14-6 風神雷神
とりあえず俺は放心状態の林さんの意識を取り戻させてから、再び眼下の戦闘に目を向ける。すると巻き起こる旋風と、火花の様に激しく空中を迸る電撃が直ぐに視界に収まる。
旋風が巻き起こり、更にスタンバトンから放たれる電撃が誰かに操られているかの様に勝也に向けて放たれる。もはや接近戦ではなく、異能での攻撃の応酬、ではなかった。勝也はただただ逃げ回り、神無月さんは中条さんを守る電撃の檻と表するのが適切な見た目のバリアに苦戦していた。最早防戦一方の2人には反撃の余地はない様に見えた。それは少し高めの位置の俺達から、神無月さんの顔に焦りが生じたのを確認出来きたからだった。
しかし、情けなく騒ぎながら逃げ惑う勝也に対して一向に攻撃があたる気配がない。攻撃の隙を与えていないが、攻めきれているわけでもない2人、主に石川は苛立ちを積らせる様にも見えた。
それに中条さんが電撃を放っているのは、見るからにスタンバトンの補助があっての事だった。有り得ない挙動を繰り返す厄介な電撃も、バッテリーが尽きてしまえば役立たずだ。
要するに負けは必至。そうなる事を分かっているのか、神無月さんは勝ちを焦りながらも冷静に回避し続ける。そこには俺の特訓の成果が明らかに出ていた。飛んでくるのは拳や足ではないが、回避する事には変わりはない。日頃俺の相手をしていただけはあり、しっかり軌道や範囲を見極めている。
着実に俺の動きを盗みつつある神無月さんを見て、将来を楽しみにしていた俺は思わず目を細めた。
ここまで聞こえる声量で石川が吠え、怒りを露わにする。沸騰をあっさりとぶち抜いて、怒りの対象である勝也へと今までより明らかに早い速度で突進していく。血眼になる石川は勝也との距離、約10mをあっさりと駆けて異能を使用した。
下から何かを掬い上げる様に右手を振り抜くと、旋風が放たれる。全てを切り刻む様な烈風をマンション間に撒き散らし、本人もほぼ同時に飛び掛かる。
そんな早まった行動に驚きつつも中条さんも右手を突き出して既に電撃を放っていた。「バチバチバチッッ!!」と、先程よりも明らかに速度を増した電撃が激しく空中を駆け抜ける。まさにレーザーの様に放たれた電撃は石川の旋風と同時に勝也へと命中する。
今まで戦闘をじっと見ていた林さんは予想されるいやな光景から目を背け、俺にしか聞こえない小さな悲鳴を上げる。
そして神無月さんは避雷針の役割を果たそうとし、間にスタンバトンを割り込もうとするカバーも間に合わず、勝也は服と皮膚を切り刻まれ、無慈悲な電撃によって意識を刈り取られた、はずだった。
確かに旋風と電撃は勝也に直撃した。それは俺が目視した事実。
しかし勝也はそれを胸で平然と受け止めた後、それを左手で掴み取るだけで異能は「パリンッ」と、砕け散る様に消え去る。勝也を貫く様に吹き抜ける旋風や、全身に一瞬で流れて感電させる電撃が霧散する瞬間を見て神無月さんは、いや、この場にいた勝也を除く全員が驚きのあまり声を失っていた。
しかしそこで神無月さんは俺の次に意識を戦闘に引き戻した。恐らくクラスメイトとして、今回のペアとして一番事情を聞きたいのは神無月さんだっただろうが、いち早く意識を切り替えた事によってアドバンテージを得る。
石川の一瞬の隙を縫って懐に入り込み、一撃を放つ。細い腕から放たれる鋭い拳撃を石川は目で追うことが出来ていたが、数歩下がるだけで防ぐ事が出来ずに、腹部へと直撃を許してしまう。大振りの無駄な動きを見せる事なく、ただ純粋に真っ直ぐ放った右ストレート。深々と突き刺さるかの様な拳を引き抜き、直ぐ様スタンバトンを放つ。
しかしそこで終わる程、石川は弱くなかった。自身の足元に旋風を放ち、自分を囲む様に荒れ狂う風を撒き散らす。まさに風のガードを纏う石川。そこで神無月さんは足止めを余儀なくされた。
そこまで時間を稼げば中条さんが近寄るのも時間の問題だった。スタンバトンの電撃を放とうとしていた神無月さんの電撃を利用して、逆に神無月さんを仕留めようとしていた。異能の射程圏内なら中条さんの前でスタンバトンを使うのは悪手。それが抜け落ちていた神無月さんは顔を青ざめさせていた。
それでも距離がある分直ぐには自身に命中する事がないとはいえ、そんな時間は1秒にも満たない。神無月さんは自身の敗北を予感したのも束の間、勝也の左手が電撃を掴み、むしり取る。すると直ぐに霧散する電撃。再び皆が呆気取られるのも束の間、この場で唯一それを見ていない石川へと左手を無造作に伸ばす。
そして掴めるはずもない旋風を再び掴む。勝也は荒れ狂う風を引き剥がす様にして左腕を振り抜く。そんな動作だけで石川の異能は消滅して霧散する。石川が「ありえない!」と、顔を痙攣らせた直後、勝也のスタンバトンは宙を舞い、大振りの右フックが石川の頬へと直撃する。豪快に振り抜かれた勢いで石川は吹き飛ぶ。3m程勢い良く後方へ飛ばされた直後なんとか踏み留まる事が出来た石川。足はガクガクと震え、誰からでも2発分のダメージを負っているのは一目瞭然だった。
石川は肉体的ダメージというより、勝也の放つオーラとやってみせた事に恐怖し、精神的ダメージを負っている様に見えた。
先程の逃げ惑い、情けない姿を晒し続けた勝也はもう、そこにはいない。顔を醜悪に歪めこの状況を楽しみ、石川の反応を見て至極嬉しそうに笑っていた。干渉力の応用による事象への無理矢理での乗っ取りとはまた違った、異能。そんな得体の知れないものを表すかの様に、今の勝也は不気味過ぎた。
あの恐れ知らずの中条さんでさえ、思わず後退りをし、神無月さんも驚愕と畏怖を顔に映し出し、普段の無表情はそこにはなかった。
そして勝也が地面に落ちたスタンバトンを拾い上げて一歩進む。2人はそれに合わせて1歩後退する。
また一歩進み、一歩後退する。その繰り返し。
呆気に取られた神無月さんを置いていく形で距離を詰める勝也。無敵移動要塞の様に、どっしりと悠然に進む勝也。恐らく異能が効かない相手と初めて対峙する中条さんと石川。2人は自分の異能が効かない事に焦りと恐怖のあまり辺りが見えていないのか、何度もつまずき、転びそうになっていた。
「な、なんなんだよお前ぇ!異能が効かないなんて、は、反則だろ!?」
そんな石川の必死の言葉をものともしない勝也。寧ろ嘲り、高らかに笑って挑発する。
「はははっ!!見てよ神無月さん。あいつくそおもろいよ!自信満々に言ってた癖にこのザマかよ!くだらねぇぇ!」
そんな芝居がかった動きを見せた後、威嚇する様に放つ怒号。実際には違うが、ビリビリと空気が震撼した気がした。
そんな中、神無月さんが唐突に振り向いて俺達を見上げてくる。どうやら俺達は既にバレていた様で、その耳の良さには白旗を上げざるおえない。
そして神無月さんの表情には「なんなのこれ?どうゆうこと?」と、俺に回答を求める様な視線を向けた後、直ぐに視線を俺達の対岸のマンションに向ける。見たのは屋上ではなく、マンションとマンションの間にある地上の街路。神無月さんの耳に俺達以外の誰かを見つけたのだろうか?
そんな俺の予想は直ぐ様答え合わせが行われた。
それは街路から姿を表した人物が2人いたからだ。
決意の炎を瞳に宿らせ、その綺麗なミディアムヘアーを揺らしながら左手をかざしていた女の子。その子は俺が渡した青のヘアピンをしっかりと付けて、佇む春雨さんだった。
そして皆が一斉に春雨さんに視線を釘付けにされるのと同時、勝也だけが勢い良く地面を這い蹲る事になる。カクンと膝が折れ、無慈悲にもコンクリート舗装の通路に無理矢理押し付けらた。初回の衝撃の際に「ぐっ」と、苦悶の声を漏らしたので、衝撃はかなりのものに違いない。
それは見るからに春雨さんの異能。多大なる重力を受けて勝也はまともに動けないはず。神無月さんには友達だから異能を使用していないのではなく、ただ射程距離外というのは春雨さんの本気の顔を見れば直ぐに分かった。
断腸する思いで他人を押さえつけていると思われる春雨さんを思うと俺は胸が苦しくなる。そんな俺の心情を無視するかの様に状況は加速する。
「曜ちゃんには悪いですけど、ここで脱落してもらいます!」
「フフッ、これも僕の作戦の内さ!」
「いえ、ここに駆け付ける事が出来たのはたまたまです!」
そんな三神が格好つけて言い放った言葉は直ぐ様春雨さんによって否定される。三神は眼鏡を押し上げたままフリーズし春雨さんをじっと見ていた。
そしてその2人の背後からグループと思われる4人が新たに顔を見せる。どうやら春雨さん達は6人で動いていた様だ。更に恐らくだが中条さんのペアも仲間。つまり一気に2対8という不利的状況に持ち込まれた神無月さんペア。更に勝也は人体干渉力によってかけられている重力を掻き消す事は出来ない様で、今だ全く身動きを取れずに苦しそうに地面と密着している。
しかしここで神無月さんは怯む事なく春雨さんへと一気に距離を詰める為に走り出す。唯一の勝利方法に気づいたと思われる神無月さんに俺は少し期待してしまう。「この状況を切り抜けれるのではないか」と。
しかしそんな俺の期待も虚しく三神によって放たれた?衝撃波の様なものに弾き飛ばされる。それをもろに食らった神無月さんは5m程勢い良く地面を転がる。ゴロゴロと横になって転がり、マンションの壁にぶつかる事で静止する。
威力は劣るが仮面男に酷似する異能を使用したのを見て、俺が下していた三神への評価と警戒を更に引き上げた。恐らく固まった部隊行動を実現させたのも三神だろう。俺がこの試験はまともにやるなら一筋縄ではいかない事を再認識した直後、神無月さんがよろめきながら立ち上がる。ここからでは神無月さんの表情を窺う事が出来なかったが、恐らく神無月さんはまだ諦めていない。
神無月さんが勝つ方法は現時点で春雨さんをなんとかして倒し、勝也の助けを得る事。春雨さんに無理にでも接近出来るのは神無月さんのみ。それを分かっての先程の動きだったが、近寄ることも既に難しそうだった。
そこで沈黙が訪れる。既に勝也のオーラに圧倒されていた石川と中条さんも勝也の実質的な戦線離脱に平常心を取り戻し、春雨さんに同行していた仲間もじりじりと詰め寄ってくる。春雨さんは自身が倒されてはいけない事、神無月さんに近寄っても意味がない事を理解しているのか、三神の隣から動く事はなかった。響き渡るのは勝也の悔しそうな叫びと、詰め寄る足音のみ。
そんな緊迫した場面で、平先生の声が響き渡る。
「グループ1。全滅。残りグループ数12。」
そんな事務的な報告を皮切りに5人は一斉に神無月さんとの距離を詰め、中条さんは弧を描く様にして電撃を放つ。
そこで神無月さんは最後の抵抗と言わんばかりに一番先頭の男子生徒の顎に高速の掌底打ちを放ち、一度だけ弧を描き飛来する電撃を回避する。更に1人目の右側から来た2人目のスタンバトンは自身のスタンバトンで勢い良く振り抜き、弾き返す。
そして3人目の攻撃が届く前に一度ステップを踏んで間合いを離す。相手が波状攻撃を選択してきた事である程度の抵抗は許されたが、4人目の石川が持つスタンバトンの直撃にはなす術なく神無月さんは意識を失ったのか、一度だけ「ビクッ」と痙攣した後、力無く地面に倒れ伏す。
どさりと崩れ落ちた神無月さんとは別の箇所で、圧倒的なG(重力)によって身動きが取れない勝也も三神のスタンバトンによってトドメを刺されこの場は春雨さんのグループが勝利を収めた。
三神は勝也を友達として倒した事によって心底嬉しそうに飛び跳ねていたが、それとは全く逆の逆の感情を抱いているのか、中条さんと石川は暗い顔をしたまま、ピクリとも動かない勝也を見ていた。
そして俺は、辛そうにしながら口を抑え、1人でマンション内へと駆け込んで行く春雨さんの後ろ姿を黙って見つめていた……。




