14-5 イレギュラー
俺は自身の胸の中で暴れ回る存在をすっかり忘れていたので、思わず情けない声を上げてしまう。その後、完全に林さんに抱きつく形となってしまった俺は、苦しそうにしていた林さんから直ぐ様離れる。彼女の身を守る為とは言え、考えるより体が先に動いてしまうのは考えものだった。
「な、なんですか!きゅ、急に抱きついてくるなんて!新海君はいっつもそうです!こっちにも心の準備が、いや、心の準備をしても駄目駄目ですけどっ!」
林さんが顔を真っ赤に染め上げ、珍しく取り乱しながら大声で放たれる言葉を聞いて俺は焦る。恐らくだが、夏威は空気の震えには敏感。それの応用で上空の俺達の声を拾われていても不思議ではなかった。
神無月さん同様、異能による付属品にすら警戒しなければならないのは、林さんの意識からは抜けているようだった。
俺は咄嗟に唇の前に人差し指を立てて、それ以上林さんが声を上げないように静止する。林さんはハッとして、直ぐ様口を手で塞ぐ。それが功を制した訳ではないだろうが、幸いこちらに気づかれる事はなかった。
そして遠方のスピーカーから再び流れる事務的な平先生の声。
「グループ5、全滅。残りグループ数13。」
俺は今回、必要以上の焦りを感じる事はなかった。
しかし俺の予想より遥かに展開が早いのは事実だった。
この試験の仕様上、戦うより生き残る方がポイント配分が高い。俺はそれを踏まえ、狩る側は少数、ペアの大多数が相手の様子を伺い息を潜めるはずと思っていた。
だがその考えは外れ、交戦的な皆によって状況は加速しつつある。未だ試験開始から1時間も経っていない。
そこまで考え、俺達も少し動こうかと考えた直後。俺は妙な悪寒を感じ、背筋に冷や汗を浮かばせる。眼下には夏威と南部さんがいる。2人ではないのならこの緊張感は何からくるものなのだろう。
そこで俺は直感的に誰が俺達に接近しているのかを理解した。惹かれ合うべき人はなんとなくでも分かってしまう。ここまで周りに気を配っていれば簡単に分かる。
そこまで考えた俺は既に行動に移していた。林さんに断りを入れた後に抱き抱え、ガラスケースに収納したスタンバトン2つと共に俺達が乗っているガラス板は、急激な高度上昇を開始する。風を切る音が俺の耳に何度も届き、林さんは最早驚き過ぎて放心状態だった。
何かのオブジェクトの様にカチコチに固まってしまった林さんへと俺が一度視線を向けた直後。先程俺達がいた屋上のドアが勢いよく吹き飛ばされる。その破壊音が俺の耳に届く事はなかったが、ひしゃげた金属製の重厚なドアは、5m程床を滑っていく。ドアを止めていた金具は彼方へ飛んでいったが、心配するのはそこではないだろう。
そして颯爽と屋上に現れたのは、見せつけるかの様に淡いピンク色の髪をひらひらと空に漂わせている楓と、何故か楓におんぶされている大崎さんだった。鬼気迫る楓は、俺の目にとてもとても恐ろしい存在に見えた。俺はあながち間違えではない感想を抱きつつ、更に距離を取る。イレギュラー過ぎる楓と今、一戦交えるのは危険過ぎる。
しかし楓はそこで諦めなかった。高度約100m付近を高速で並行移動している俺達にビルから跳躍し、隣のビルに飛び移りながらついてくるのだ。
俺はそのビル間移動の光景を初めて見るわけではなかったが、空中戦で追われる立場になるのは初めてだった。俺は一瞬頬を痙攣らせた後、楓に懸命にしがみつく大崎さんに同情していた……。
―――――――――――――――――――――――――――
俺達は団地エリアに移動を果たし、その移動の際に草原ゾーンを挟み、飛び移れるビルがなくなった事によって、楓の追跡から逃れる事が出来た。団地では屋上を利用しての移動が再び可能になるのでなるべく早くこの場から離れたいところだった。
しかし恐るべきところは楓の身体能力だけではない。恐らく大崎さんの異能によって、俺達は相当な距離から探知されていたのだろう。楓は楓で、大崎さんを完璧に仕上げてきたと考えて間違いないだろう。そんな彼女の功績を無視するかのような雑な扱いをする楓には、笑う事すら出来ないが。
俺もかなりの勢いで空中を駆けたので、林さんへの配慮が足りないだろう。そこは要反省だ。
そしてここの団地は東棟に差し掛かる程の場所だ。更に言うなら密集マンションの間に挟まれている通路、俺の眼下では現在進行形で戦闘が行われている。
そして俺はゴクリと思わず息を呑む。そこには俺の探していた人物がいたから。更に戦っている相手に俺は驚きを隠せなかった。
そこでは神無月さんのペアと、中条さんのペアが戦闘を繰り広げていた。周辺には他のペア生徒の姿はない。ずば抜けた聴覚を持つ神無月さんがいる限り、ばったり遭遇なんて事は基本的にありえない。
恐らく神無月さんが先に見つけ、それに気づいた石川が仕掛けたのだと思うが、そんな事は今の俺にはどうでもよかった。俺はその戦闘に思考と視線の両方を釘付けにされていたから。
神無月さんは俺との特訓で、近接戦闘のスキルはメキメキと成長させている。だがしかし、格闘術、運動能力でも勝るはずの相手である中条さんに、異能の工夫というアドバンテージによって神無月さんは苦戦を強いられていた。
中条さんの動きを一言で表すなら「上手い」、その創意工夫が凝らされた異能使用の攻防には舌を巻かざるおえない。Eクラスでもやはり全国的に見れば実力がトップクラスの集まり。1つ頭が抜けた程度では圧倒的な展開には持ち込む事は出来ない。中条さんが特別という可能性もあったが、その相方、自信満々な態度を取り続けた石川も良い動きをしていた。
石川は夏威と同じく運動能力で戦闘をカバーしている。距離を詰める速さや状況判断をしてから繰り出す技は流石に夏威に比べると見劣りはするが、十分同年代では通用する動きだ。
しかしそれを踏まえると明らかにおかしい。その動きについていけている勝也が。
そもそも勝也は謎が多い。気になる事を言い出したらキリがないのだが、1つ挙げるとしたら、Eクラスに入る事が出来る要素がなかった。いや、ないわけでもないがまばら過ぎる上に、不定期過ぎる。1人の友達として悪くは言いたくなかったし、疑いたくもない。
しかしそうせざるを得ない程不可解だった。体育の成績では底辺、それなのに時折部活やまさに今、普段の性能を軽く超える運動能力を発揮する。以前行われた小テストでも竜星を下回る最下位の点数。異能に関しては未知数だったが、竜星とは違い本人から自信があるなどといった類のものは聞く事はなかった。それに今も必死に石川の猛攻から逃げながらも異能の使用を一度も見せていない。
明らかに何かを隠している勝也は、俺の目には少し不気味に写った。俺は勝也を自身の鏡の様に思いつつ、俺はそこで葛藤が生じる。それは1人の友達として決断を鈍らせるものだった。俺が引っかかりを覚える箇所が何個もある状態でも、今は実害がない。それも踏まえると俺が何かをするべきではないのかもしれない。
クラスの中に潜むイレギュラーな存在によるパワーバランスの変化。有利なはずのAクラスが圧倒的な不利を強いられる下位グループへの−ポイント。
俺はそこまで考え、勝也の笑顔が脳裏を過る。そこで俺は短いながらも勝也との日々を鮮明に思い出してしまう。
(勝也、お前は本当にそれがお前なのか?お前は、一体誰なんだ。)
そんな俺は、皆から俺へと思われているであろう事を不意に思ってしまう。
そしてそんな事を思ってしまった俺は、勝也の正体を暴こうとする気持ちは消え失せてしまった……。




