14-1 嵐の前の静けさ①
週が明けた月曜日。異能実習試験当日を迎えた俺達は、既に目的地へと向かう大型バスの中だった。学校のロータリーからバスに乗り込んで、座席に座ってから2分程経過した辺りで、隣から最近聞き慣れた可愛らしい声で話し掛けられる。
「あの、新海君、ヘアピンやめたんですか?眼の色と同じで似合ってたのに……。」
「いや、やめたというか、一時的に卒業かな?」
俺は隣に座る林さんを見て曖昧な返答をする。バス内では学校指定のペア座席になっている為、俺が望んで隣に座っているわけではなかったが、どうしても林さんを意識してしまい、そわそわと体を微細に揺らす。
俺は首に着けた絶縁体チョーカーを時折触りながら、尻目に林さんを確認する。そこで林さんも緊張の中、確実に浮き足立っている事は、少し冷静さを失った俺でも見抜いていた。
そして似合っているとも言われ、ヘアピンを手放した事に少し後悔を抱くが、直ぐにそれは霧散する。俺が決めた事に後悔はない。揺らぐ事はあっても曲げはしない。一瞬春雨さんの笑顔が脳裏に写った事で、なんとなくこの状況が浮気している気分になってしまったが。
そして林さんは先程の俺の答えで、納得したのかは分からないが、結局ヘアピンの話はそれきり一度も浮上する事はなかった。
その代わり、話題は自然に今日の試験の話へと切り替わっていく。
「軍の演習場だけあって結構大きいんですよね?マップと衛生写真には目を通してますけど、実物を見てるわけじゃないですから。それに私の体力が持つか心配です。」
「そうだね。遅延行為によって長丁場に持ち込まれると、辛いのは皆も同じだけど、戦略の1つとして確立しているから、少し厄介かな。
それにあそこはかなり広いから、覚悟しておいてね。」
「は、はい……!」
俺がそう言うと、林さんは拳を固く握りしめて決意を表す。俺は軍の施設という事もあり、千鳥戦闘演習場には何度も足を運んだ経験がある。あらゆる現場を想定した作りになっており、面積は約30万平方m…東京ドーム約7個分の広さを誇る超巨大な施設だ。事前に配られたマップには、俺の知る物と何も変わっていなかった。勿論立ち入り禁止区域も設定されていたが、中に入った事があり、内部構造を熟知している、俺と楓は他の生徒より既に一歩リードしている形になる。
そんな事を考えていた中、バスの先頭で座っていた東條が立ち上がって俺達の方を見ているのに気づく。次第に騒がしいバス内も直ぐにエンジン音が聞こえるだけの静けさを生み出す。東條はそんな姿に満足そうに微笑む。その笑顔が地獄から這い上がってきた悪魔に見えなくもなかったが、相変わらずの寝癖のおかげで、多少は緩和されていた。
「今日は私がわざわざ本部に出向いて許可を取った会場での試験だが、それともう1つ。現役でVATに所属する連中を試験官として今日一日付き合ってもらう事になっている。大前提として、数台の監視カメラによって映像は常に記録され続けているが、それでは全てをカバー出来ているわけでもない。それゆえ、1グループに基本的に1人がつく形となる。恐らく姿を認識出来る奴らはこの中に数名しかいないと思うが、しっかりと監視されているから、反則などといった事はしないように、な?
それとこれはお前達の保護も兼ねている。最近はなにかと物騒でな。」
そんな東條からの追加の情報伝達と改めての忠告。試験進行にはなんの関係もない情報だったが、俺としてはありがたい情報だった。俺の2つの目的の内の1つが解消されたからだ。俺は1つの目的に集中することが出来る。
そして俺としては以前東條が休日に行なっていたと思われる事の、おおよその予想がついた事で、1つのモヤモヤが解消された。陰ながら尽力してくれていた事に意外感を感じつつも、何かの狙いを無意識に探ってしまう。
そして恐らく裏の意図を勘繰っているのは俺だけ。
なぜならバス内では、「今更そんな事?」の様な顔を浮かべながらも、東條の話に耳を傾けるクラスメイト達を既に確認済みだったからだ。
「それともう1つ。」
俺はそんな東條の言葉を聞き、意識をある人物からバス前方に引き戻す。
「今回の試験でお前達は他クラスとの実力差を思い知らされるだろう。Dクラス相手ではお前達と大差はないが、AやBクラスといった高位のクラスとは顕著に差が現れる。
そして今後の立ち回りを考えるのには良い機会だ。天狗の鼻は今のうちに折っておけよ?
それにスタートダッシュが失敗しても残れさえすれば次がある。紆余曲折の荒波に揉まれる中、お前達には懸命にはもがいて絶対に生き残って欲しい。私からは、以上だ。」
そう言って東條は座席にドスッと腰を下ろす。俺達は東條から珍しいアドバイスをもらうが、どう受け取っていいのか判断がつきかねていた。
しかし俺は東條愛という人物をなんとなくだが、理解してきているつもりだ。1ヶ月間付き合ってきた中で、見えてきたものはある。それを薄々感じ取っているのは俺だけでは無いと思うが、その事で他人と共有した事はなかった。
しかし次期にクラスメイトの共通認識として、「口調は荒く厳しい物言いだが、俺達の事を思っての発言をしてくれる、ただの反面教師ではない。」と、次第に認識が確立されていくだろう。
そして東條は隣に座る浜田先生に、「やっぱり愛ちゃんって、ツンデレだよね?」なんて茶化されていたが、その後には鈍い打撃音しか聞こえてこなかった。
俺は浜田先生の頭部?を心配しつつ、時折林さんが返しやすい話題をふる事で、ベストな状態を維持させていた……。




