13-9 エキスパート②
「はいこれ。」
「ありがとうございます。んー!甘くて美味しいですね!」
そんな春雨さんの満開の花の様な鮮やかな笑顔をつい写真に残しておきたくなるが、携帯に手が伸びたとこで踏み止まる事が出来た。俺も飲み物を一口だけ口に含み、春雨さんに笑顔で共感の意思を示す。イチゴ味のミルクティーのおかげで口の中が甘々になるが、サラサラとした喉越しのおかげで意外とさっぱりと飲める。頬が溶け落ちそうな程の甘さに、思わず頬に手を添える仕草が春雨さんには似合っており、その満足気な表情も加味されて愛くるしさを加速させていた。
この飲み物を買う際、店員に茶化され(カップル容器を使うか聞かれただけ)もしたが、俺が会話をブロックした事で幸い春雨さんの耳に届く事はなかったので、再び顔を沸騰させる事には至らなかった。
そろそろ春が終わりを迎える次期とはいえ、今日は特別暑い為か店内の座席は満席で、テラス席のみ空席だった。それで少しだけ暑い思いをしながらの休憩だったが、ちょうどよく雲で太陽が覆われ始め、途中からは過ごすにはちょうど良い体感気温になっていた。
このテラス席は2階だったので、街路を歩く人々からは見える事はない。しかし同じテラス席の住人からは様々な視線を向けられる。そして上空から俺を見る視線を感じ、視線を一度だけ上に向けるが、直ぐに意識と視線を春雨さんに引き戻した。そして俺は今日薄々感じていた事をストレートに告げる。
「春雨さん。やっぱり不安?」
「……分かりますか?」
春雨さんも自覚があるのか、何に対して不安なのか詳しく尋ねるまでもなく話は通じた。
「今日一日明らかに動きがぎこちないからね。普段の歩き方とほんの少しだけ違うなって、違和感を覚えてさ。」
俺がそう言うと春雨さんは心配そうな顔を少し恥ずかしそうに顔を背けてて、ボソボソと俺に聞こえるかどうか程度の小声で呟く。
「……いや、それはちょっと別の理由と言うか……」
「え?」
「あ、いやいやいや、なんでもないです!」
俺はしっかりと聞き取る事が出来ず、内容も何処か根本的にズレていた様な気がして訊き直したのだが、結局はぐらかされてしまった。目線を盛大に泳がせ、口笛を吹こうとして唇を尖られているが、全く音が出ておらず、少し滑稽な姿の春雨さんだった。
俺は失笑寸前でなんとか堪える事を成功させ、話を再開する。
「俺は今回の試験で春雨さんを助ける事は出来ない。だから……」
「いえ、大丈夫です。」
俺の言葉は、冷静さを取り戻し真剣な表情の春雨さんに遮られる。その決意の篭った眼差しを見据え、無言で続きを促す。
「新海君には既に助けてもらっています。それに……既に決意はしているつもりです。でもいざ相手と対面して実際にそれが出来るのかが不安で。私と、新海君の努力を無駄にはしたくないです。
だから、そんな私に勇気を、くれませんか?」
そう真剣に頼み込まれて俺が断る事は出来ない。元々断るつもりなど毛頭もなかったが。
春雨さんは人を傷つける事を嫌う。自身の過去が重い足枷となり、永遠と付き纏っている。それを取り払おうとはしているが、そんな簡単な話ではない。俺との訓練の時でさえ一瞬の躊躇を見せる。本人なりには大きな一歩なのだが、やはりまだ足りない。それを試験に持ち込むとなると、結果があまり良くない未来を迎えるのは明白。異能での直接攻撃をメインに扱う試験でないにしても、スタンバトンで相手を気絶させる事や、異能での足止めには大きな抵抗があるだろう。それは春雨さんだけに言える事ではないが、度合いが明らかに違う。
しかしそれを乗り越えようとしている、真の意味で強い彼女の背中を押さない理由はなかった。俺は少しだけ勇気の与え方を思案する。俺が頭の中で叩き出した最適解に一度逡巡してしまうが、背に腹はかえられない。それは俺の為でも、ある人の為でもあるから。
そして俺はすっと頭のヘアピンに手を当ててそれを外す。
「春雨さん、手、出して。」
そう言って2つの少しだけ古ぼけた青色のヘアピンを春雨さんに手渡す。春雨さんは目を大きく見開き、俺とヘアピンに視線を交互に飛ばしていた。
それは俺が昔ある人から貰った大事な贈り物。あの人を感じ、思い出せる唯一の品。俺の心の拠り所であり、依存度合いを顕著に表すものだった。しかし俺もそろそろ次の一歩を踏み出す時が来たのかもしれない。俺だけが足踏みをする訳にはいかないのだ。
しげしげと手の上のヘアピンを見つめたまま、春雨さんは恐る恐る確認をとってくる。
「いいんですか?これ、かなり年季入っていますし、新海君の大切なものなんじゃ……。」
「いいんだ。春雨さんなら大事に使ってくれそうだし、俺は言葉だけでなく、形あるものでも春雨さんに気持ちを伝えたかったから。それにそれなら試験の日もつけていけるでしょ?」
俺がそう言うと春雨さんは感極まった様子でプルプルと震えながら俯いてしまい、表情が読み取れなくなる。
「ずるいです。新海君はずるいです。こんなのないです。」
そこで一度だけ鼻をすする音が聞こえ、パッと顔を上げる春雨さん。少し言い方的に誤解を招きそうな言葉だったため、俺は先程の言葉を聞いて少しビクビクしていたが、春雨さんの朗らかな笑顔を見るとそんな不安は既に消え去っていた。
「頑張ります。良い結果、絶対残します。」
そんな簡単でありきたりな言葉。しかし俺にはそれで十分だった。春雨さんの端正な顔のパーツから、全身から放たれる情報だけで俺は全てを理解出来たから。あまりにも扇情的な微笑みには思わず俺も笑顔を浮かべる。この少女の笑顔には一生惑わされてしまいそうだった。いや、惑わされたかった。
「あ、でも新海君、ヘアピンをつけない姿もカッコいいですね。」
そんな何気ない一言。そんな一言を聞いた瞬間に俺は立ち上がり春雨さんを抱き締めようとした……のを、必死に理性で押さえつける。鍛え上げられた腕で自身の足を押さえ込むという、荒技でなんとかその場を凌ぐ。
春雨さんは俺のそんな葛藤を露知らず、先程渡したヘアピンを自身の髪に着けていた。こげ茶色の手入れの行き届いたミディアムヘアーに1つのアクセントが追加される。耳掛けヘアアレンジによって魅力が増し、その破壊力は絶大で、俺は思わずたじろぐ。
「えへへ……どう、ですかね?似合いますか?」
その一言を聞いて俺は全身が灰になって、さらさらと散っていく。俺が一種の放心状態に陥ってしまい、春雨さんは驚き慌てふためいていた。俺は春雨さんが異能の暴発を起こす前になんとか意識を取り戻す事に成功した……。




