13-8 エキスパート①
日曜日。俺は多くの人が行き交う街中、背もたれ無しの2人用のベンチに腰掛け、1人でただひたすら待っていた。 少々鬱陶しい太陽に照らされ、ジリジリと肌が焼かれる様な感覚に苛まれながらもじっと堪える。5月に入りまだ1日目だったが、流石に長時間日光を浴び続けるのは辛いものがあった。ここを待ち合い地点と決めた人物の顔をぼんやりと浮かべながら、額にうっすらとかいた汗を手の甲で拭う。
俺はハーフスリーブの黒のパーカーに、真っ白なアンクルパンツに身を包んでいた。携帯で事前に気温は調べておき、それに合わせた服にしたつもりだったのだが、それでも暑かった。俺が嬉しさのあまり、30分前からここに座っているいる事も加味されていただろうが。
やはり友達関係に慣れてきたとは言え、2人っきりでの休日となれば、どうしても嬉しさのあまり俺の気が緩み、浮かれた行動に出るのは仕方のない事だと、既に諦めていた。
それでも道行く少女達に笑顔を送り続けるのは、そろそろ疲れてきた。好意の視線を向けてくれのは嬉しい事なのだが、どうしてもむず痒くなるし、何かいけない事をしている気分にさえなってしまう。
そこでメロウカットソー、オフホワイトの長袖Tシャツと、グレーとホワイトのオーバーチェック柄のプリーツミニフレアスカートに身を包んだ人物が俺に向かって走ってくるのが見えた。その少女は俺が待っていた人物だ。そして今日も今日とて俺を思わず笑顔にさせてくれる、扇状的な笑顔を浮かべていた。
日頃のトレーニングとその女の子の運動能力の高さから、あっという間に距離を詰めてきて、あまり呼吸を乱さずに声を掛けてきた。
「ず、ずみばじぇん。ちょっと支度に手間取っちゃいまして。」
(噛んだ……。)
そして俺はそんな可愛いらしい人物に返答する。
「……俺は大丈夫だけど、春雨さんの方が心配だよ。」
俺のそんな言葉に意味が分からないといった様に首を傾げる春雨さん。本人は気づいていないようだが、春雨さんは誰の目から見ても魅力的に映り、視線を集めていた。俺はそんな中で春雨さんの身に何か起こるのではないかと危惧して放った言葉だったのだが、俺の気にし過ぎなのだろうか?
そして春雨さんは俺のそんな危惧を知る由もないような素振りで、この暑さで脱いできたと思われるベージュのニットベストを黒のリュックに仕舞い込んでいた。走った事の弊害として乱れた前髪を手櫛で整え、服のしわも綺麗に直していた。
そこで満足したのかその場で、クルリと鮮やかに一回転してみせた。辺りから「おおっ……。」「やばい俺惚れたかも……。」などといった声が聞こえてきたが、俺は聞かなかった事にした。いや、聞こえなかった事にした。
そしてまじまじと俺を見詰めてくる春雨さんに若干気圧されていた。
「どう、ですか?」
春雨さんにしては珍しく心をくすぐるような甘い声で問われ、俺の心はぶすりと射抜かれる。それでも致命的な風穴が開く前になんとか修復を間に合わせ、体勢を立て直す。
にこりと微笑む春雨さんを見て、その立て直しは崩れかけたが。
「うん、とっても似合ってるし、とても可愛いよ。」
そんなありきたりで簡単な感想しか、絶対的な可愛さの前では出てこなかった。それでも春雨さんはそれで満足したのか、頬を抑えてソワソワし始める。ついでに右往左往する目線には気付かないフリをして。
「し、新海君も、普段より、ずっとずっとかっこいい……です。さ、さぁ、い、行きましょう!!」
「う、うん。」
俺はそう言って春雨さんの横に並んで歩く。春雨さんも辺りからの視線には気づいていたようで、その場から逃げ出す様にして、歩くペースを上げていた。そんな相変わらず注目を浴びるのに耐性がない春雨さんも可愛かった……。
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俺達が着いたのは一階にゲームセンターがあるなんの変哲も無いビルだった。なぜそれを知っているのかというと、看板にデカデカと表記されていた、からではなく過去に任務でここに訪れる機会があったからだ。俺の記憶にある店内とは微妙に配置が変わっているし、並んでいるクレーンゲームの商品や、ゲーム機器は当然、様変わりしていた。
ビデオゲームはE-sports部でプレイした以外、一度もプレイした事はなかったが、クレーンゲームは一度だけだが経験があった。そんな過去を思い出しつつ、店内を巡る。喧騒と軽快な音楽を耳にしながらズンズンと奥に進む春雨さん。俺はその背中を追う様に縦に並んで、ぴったりと添うように歩み続ける。
店内では当然の様に春雨さんに視線が集まるが、視線を向ける人々は自ら顔を背け、ソワソワし始めるだけではなく、何故か感覚を開けて俺達の後ろをついてくる。春雨さんもここが自分の戦場なのか堂々として歩いており、ここの視線をだけはあまり気にしていない様子だった。
ここは最新ゲーム機器が並んでいる店内ではなく、少し時代遅れのゲーム機器を扱う事が売りのゲームセンターなので、人の数も少なくて春雨さんにはぴったりなのかもしれない。
そして春雨さんはあるゲーム機器の前で立ち止まり、辺りの音に負けないように少し大きめの声を上げる。
「新海君、これ、一緒にやりませんか?」
そんな春雨さんの一言で辺りがざわめき始める。「あの女王が2人プレイだと!?」「あいつはいったい何者なんだ!?」と、微かに聞こえてくる声に俺は若干の心配を覚える。俺はとりあえず春雨さんに肯定の意思を見せた後、俺が威圧するように睨みながら、ばっと背後を振り向くと、一斉に顔を逸らす野次馬達。
そもそも10人近い人だかりが出来ており、しっかりと5m程の距離は開けられていたが、ずっと見つめ続けられるのは流石にいい気分はしない。
「私はいつもの事ですから、気にしないでください。皆さん意外といい人ですから大丈夫ですよ。」
そう言って春雨さんは朗らかに笑いながらゲームモードの選択をしていた。そうやって俺が春雨さんに視線を戻すと背後から再び、「やっぱりエキスパートを選択したぞ!女王はやる気だ!」「てか、あの番犬の目つき怖すぎ。」などと聞こえてきてはやはり不安でしかない。
とりあえず後ろの人だかりに威圧する様にオーラを飛ばしながら、春雨さんにゲーム説明を受ける。このゲームはどうやらVRゲームというらしく、頭に機械で出来たサンバイザーとゴーグルを融合させた様な帽子?を被って行うらしい。
簡潔にまとめた内容としては、現実の仮想銃のトリガーを引いて、出てくるゾンビを倒すゲームであり、俺達はヘッドセットを介して360度全方向に映し出される敵を倒すのだが、その難易度とプレイヤーの視点をモニターで観戦出来る事で、観戦客も多いらしい。それだけで女王呼びされる事にはならないと思うのだが、俺がおかしいのか、周りがおかしいのか、観客の熱気にやられてよく分からなくなっていた。
とりあえず俺はその仮想銃を手にする。見た目はM4A1に酷似しており、重さも実際の兵器と然程変わらないずっしりとした重みが伝わってくる。春雨さんには少し重いのではないかと心配になるが、春雨さんは「これくらいもう慣れました。」と、にこやかに言う。どれだけ通い詰めているのか気になったが、とりあえず今はゲームを楽しむ事にした。
ヘッドセットを被り、その内側に映し出される映像に目をやる。そして次第に始まるゲーム。実際にプレイしてみて分かった事だが、仮想銃自体に発射の際の反動は当然の様に存在しないが、画面内では反動は存在した。それを知らなかった俺は、1射目を全く制御出来ずに1発目だけヘッドショットを当てて、それ以外は全て外してしまった。しかし2射目にその反動が実物と酷似している事に気づき、あっさりとその反動に対応することが出来た。
その後は完全に順応した俺によって大量のゾンビ達は蹂躙されるがままになってしまう。しかし最高難易度に設定されているらしく、大量のゾンビに加え、目を見張る速度で走り回り、更には出現場所が前後左右同時や、リロードの間を狙うかの様に近づいてくる。そこで苦戦を強いられるのが普通の様だが……俺はそんないやらしい搦手に苦戦する事なく、ノーダメージパーフェクトスコアを叩き出した。ヘッドショット率は驚異の98.7%。春雨さん(観客も含む)は声を上げる事も忘れ、ただ画面を食い入る様に見つめていた。春雨さんもパーフェクトスコアなのだがら、そんなに驚く事ではないような気がするが。
そして命中率とヘッドショット率を加算した最終スコアランキングが更新され、ランキングに俺によって刻んだゲストプレイの名を除いて、全てスプリングレインの名前が刻まれている画面を見て、なんで春雨さんが女王呼ばわりされていたのかを理解する。
堂々と掲げられる1位スコアは命中率100%のヘッドショット率66.6%のパーフェクトスコアだった。俺は春雨さんの方が余程凄いのではないかと思っていると、キラキラとした眼差しを向けてくる春雨さん。そして早口で捲し立てる。
「す、凄いです新海君!なんですかこの数字!」
「いや、でも春雨さんの方が凄いと思うんだけど。俺は命中率低いし。」
「そんな事ないです!私は何回もプレイして、ゾンビ1体につき、ヘッショヘッショ胴体を正確に3発で射抜くタップ打ちをしてるから命中率が高いんです。これならリコイルもラスト1発だけで抑えれますし、ゾンビの湧く位置とタイミングを完璧に覚えれば誰でも出来ます!」
(いや、その方が難しくね……?)
俺が呆れる様にそんな事を考えていると、興奮気味の春雨さんがズイズイと俺に寄ってくる。
「新海君の場合、命中率は低いですけどそれは全部玉抜けしているんです!体力的に倒したとしても崩れ落ちるまでは判定は生きているので、玉は命中しますからそこに吸われているんですよ!それにそれに、フルオートでのこのヘッショ率は異常ですよ!これ銃が重くてリコイル制……」
「ストップストップー!!春雨さん近い!近い!」
「へ?……どうぇぇえぇぇぇい!?」
そう言って春雨さんは亜音速で後ずさる。春雨さんは興奮のあまり俺に食い入る様に近寄ってきて、俺の胸板に手を当てて「ハァハァ」言っていたので、思わず静止させたのだ。
顔を溶岩流の如く熱く燃え上がらせ、蒸気が頭上から立ち込めている春雨さん。「はわわわわ」と、声を漏らし続けている様子は愛くるし過ぎて、逆に俺達には毒だった。俺を含めて観客の数名が吐血する……のを必死に堪える。
((((なんだこの可愛い生き物は!?))))
俺は先程まで観客の頭を心配していたが、どうやら俺も同じ部類だったという事に、観客の一部と顔を見合わせて何となく察してしまう。
そして結局熱暴走する春雨さんが正常な機能を取り戻すまで、1分程かかった……。




