13-7.5 深淵を垣間見る瞬間
第13章7部と8部の間の話です。
主人公の隼人のいないところで行われる、
桃目線のサイドストーリーです。
土曜日の部活を終えた後に帰宅し、玄関の扉を閉め、鍵を掛ける。「ガチャリ」と音を立てて鍵が閉まった事を確認すると、私は安心したのか一息ついた後、吐露してしまう。
「あー、うざいうざいうざいうざい。なんなのあいつ……。ほんっとーにうざい!邪魔。邪魔邪魔邪魔邪魔ぁ!あぁーもう、ほんとに邪魔しないでっ!!」
どうやら心の鍵は逆に開いてしまった。
私は女子寮の自室に入りリビングで思わず狂気を孕んだ呪詛の様な言葉を呟いた。防音対策のされた壁を前に誰の耳にもそれは届く事はなかったけど。
私は自分で言うのも変だけど、その万人をいとも容易く虜にする完璧と言って差し支えない笑顔を見る影もなく醜悪に歪め、烈火の如き勢いで憤慨する。一度漏れ出た本音を制御するのを止め、溢れ出す不満を抑える事なく空中へと罵詈雑言を浴びせていく。
「あーキモいキモいキモいキモい!……ほんっとになんなの。なんで、なんで分かるの!?私が、私が馬鹿みたいじゃないっ!」
ガリッと爪を噛み頭を掻き毟る、というそんな衝動を必死に堪え、代わりに奥歯を噛み締める。自分の容姿を自ら傷付ける事など言語道断。そんな行為をするくらいなら死んだ方がマシだと思うくらい、私は軽い自傷行為ですら許さない。自身の甘えは絶対的な意思によって完全に封殺する。
歯並びが歪む前に歯軋りを止め、私―中条桃―はフカフカで心地の良い匂いが染み付いたベットに身を投げ出す。ボフッと、軽い音を立てながら倒れ込み、愛用の枕に顔を埋めてギュッと抱き締める。
そして抱き枕と表したほうが正しい愛用の枕を抱き締めたまま仰向けになり、真っ白な天井をぼんやりと見詰める。一度だけベットの傍らにある恐竜のぬいぐるみに視線をやり、室内にほんのり漂う好みのホワイトムスクの香りを嗅ぎ、心を落ち着かせる。それだけで怒りの感情はある程度静まっていく。
私は自然と今日の事を振り返る様にある男の子を頭に浮かべると、苛立ちと共に多大な興味が湧いて出てくる。他人から一度も向けられた事のない視線。完全に冷え切っており、他人を全く寄せ付ける事がない機械の様な無機質な物体の様な、まぁ、そんな目。それが彼の本心ではない事は次第に理解したけど、それと同時に更に興味が湧いてしまった。
それに普通の人と接する時とはわけが違った。偽りの仮面を維持するのも苦労する。いつか演技がすり替わり、その演技が本当の姿になってしまうのではないかという恐怖さえあった。それでも彼には私を見ていて欲しかった。
そんな事を考え続けている内に、顔に熱気を帯び始める。私は恋をしているわけではない。私は恋をした事がないので、違うと証明する事は出来ないが、なんとなく恋ではないと断言出来た。
人を虜にして注目を引き付け汚染し、依存させる。それは子供の頃に染み付いた、いや、染み付いてしまった常識であり、今も変わらない絶対的行動理念だった。
そしてそれに従い今回も標的をチクチク狙撃するだけ。そう、ただそれだけのはずだった。
気がつかない内に私は彼に惹かれていたのかもしれない。いや、惹かれてはいた。それは純粋なる飽くなき探究心だったけど、惹かれていた事には変わりはない。そんな私に苛立ちを覚える。
そんな事もあり、私は焦っていた。彼のナニカに飲み込まれる前に行動に移したいと思い、彼が珍しく油断した隙を察知して早まってしまった。別の男子生徒によって苛立ちを募らせていたのも加味されたのかもしれないけど、それはあまりにも早計過ぎた。私が1ヶ月積み上げた努力は水の泡と化し、更にはマイナスにまで陥っているかもしれない。彼はまだ私を普段の様に扱ってくれるのだろうか?打算的に身を寄せてもいいのだろうか?
彼は私の事を嫌いではないと言っていた。恐らくそれは私の表面上だけの評価ではなく、私そのものを評価した言葉だったのだろう。私は彼の言葉を少なくともそう解釈した。
しかしそれも今となってはどうなのかは分からない。それが少し残念だった。狙いを持った上での接触を繰り返す中で、彼の力強さと魅力に当てられ、少なからず安心と心地よさを得ていたのだ。それがどうしても嫌だったけど、依存してみたいとも思ってしまった。1人に固執するのは危険だが、それをしても良いのではないかと思う程、彼は力強かった。
そっと左胸に手を添えて、自身の鼓動を感じた。
トクントクントクン。
正常な鼓動を感じ、手を戻す。
恋心ではない。ドキドキはしてないしイライラもワクワクも。いや、少なくともイライラはしてる。
分からない。この気持ちはなんだろう。
どうして私はこうも面倒な……。
駄目。自身の否定は駄目。そう決めた。
「んんんー!!……はぁ。」
私は仰向けのまま抱き枕に再び顔を埋め、言葉にならない声を上げた後「はぁ」と、熱っぽいため息を吐く。
「何、やってんだろ私……。」
そんな弱々しい呟きは誰に届く事もなく無惨する。
「しっかりしろ、中条桃!私なら出来る。ううん、私にしか出来ない。」
そう、私の目指す地点は既に決まっている。それに向けて走るだけ。予定が狂ったのなら、修正すればいいだけの事。そんな事を考えている内に自然と乱れていた頭が冷静さを取り戻す。すっと冷却された頭をフル回転させ、カチカチと着実に計画を組み立てていく。
そして計画が瓦解するのを恐れ、私はベットから徐に離れ、自身の髪先を人差し指でくるくる巻き付け弄る。手櫛でも吟味するように髪質を確かめながら、普段から見ているはずの自身の顔を見る為に洗面所に足を運ぶ。
鏡の前に立つと肌と瞳、まつ毛に唇など。顔を構成するパーツの全てを念入りにチェックする。何度もじっと目を凝らして、端正な顔立ちに問題ない事を確認する。
次に制服を手慣れた手つきで脱いでいく。脱いだ制服はパサリと床に無造作に放り出される。私はそれを気にする事なく、上半身は胸を覆い隠すブラジャーだけになり、下半身は下着一枚になる。
そして腕や腰、足や首、携帯を使いうなじや背中まで確認する。ここは誰にも見られていない、個人の空間。そんな中では羞恥心など一切感じるはずもなく、更にお腹のくびれを確認し胸のチェックもする。
体は私の自慢の武器の1つだ。それに傲り、素知らぬ顔で鈍刀を振り回す馬鹿にはなりたくない。定期的なメンテナンスという名の目視確認で体の状態をチェックする。
そして毎回思ってしまうけど、私の体はあまり色気がないと思う。艶やかさや麗しいというより、単純に愛くるしい。美しいではなく、可愛い事に誉れはあるが、私が将来的に目指すのは美しい事だった。今は歳相応に合って可愛いと思うが、近い未来で美しさを手に出来るのか少し不安だった。
それでも中学の頃から着々と胸は成長してきている事に安堵している。ピップの自信があまりない代わりにこのたわわな双丘は成長してもらわなければ困る。ふにふにと胸の感触を確かめた後、私は両掌で左右の胸を同時に押し上げる。少しだけ大きく見える様になるが、楓ちゃんや奈々華先輩には敵わない。浜田先生など以ての外だ。
そんな事を考えつつ、床に落とした制服をそっと拾い上げ、ハンガーに掛ける。制服に乱雑なシワがつき、後でアイロンがけをするのは面倒だ。
そしてペタペタと素足で部屋を歩き、クローゼットに制服を仕舞った後、下着すら脱いで裸になる。私は他人が見れば確実にうっとりする事間違いなしの裸体を曝け出して、シャワールームに足を運ぶ。全身傷1つない、自慢の純白な綺麗な肌。そこにシャワーヘッドから出る温水を、ちょうど鎖骨の下あたりに当て、私の肌を温水が滑り落ちる様に流れていく。
そんなひと時を過ごす中、私は再び思案に耽る。まずふと頭に思い浮かんだ事が、この学校は可愛い女の子が多いと思った事だった。私は自身の事が可愛いと思っているし、その自信もある。それでも同年代や先輩にも、可愛いと思う子は沢山いる。同じ部活内だけでも、暦ちゃんに奈緒ちゃんや、奈々華先輩に東野先輩。神無月さんや町田先輩は私の欲しい美人の要素を既にふんだんに取り込んでいる。羨ましいと思いつつ、確実に嫉妬心を抱いていた。
個人的には警戒をしているというより、ただただあまり関わりたくなかった。自分が惨めな思いをしたくなかったし、関わる必要もなかった。それよりも私は既に警戒している人物が同性で2人もいた。
それは南部さん(頭の中ではヒカリ呼びではない)と楓ちゃんだった。
楓ちゃんに抱く印象としては、失礼だが歩く兵器だった。時折見せる超人的な能力はなんなのだろう。人の枠を軽く逸脱しているはずなのに、ある男の子はそれが普通の様に軽く対処してしまう。更にその男の子と幼馴染みらしく、明らかに裏でないかがあると、既に睨んでいた。それがどうこの先の展開を邪魔してくるのか、彼女の性格を読み取り計画に組み込んでいく。
南部さんに至っては既に私が関わりたくないブラックリストに記入されている。単純に私は南部さんが嫌いだった。相手も私を嫌っている様子だったので、気を使う必要もない。演技を続けるのは辛いものがあるけど、そんな些細な負の感情は全て抹殺し、なかった様に振る舞うのが私。これは得意分野だから。
そうして嫌悪感は頭の片隅に追いやり、同時並行で進めていた計画の構築が完了する。
今日かいた汗を洗い流す事が目的だったシャワーなので、一旦体を隅々までささっと洗い流す。サーモスタット式のハンドルを操作して温水を止める。
私は「ピチャリ」と、滴る水滴を気にもせず、シャワールームにある鏡をじっと見詰める。その鏡に映る私は、笑っていた。醜悪な心を顕現させた仮面を貼り付けていた私はペロリと舌舐めずりをし、不敵に笑う。
「アハッ……待っててね隼人君。あなたを……落としてあげるから……。」
そんな言葉を発した私の瞳は黒く、ただひたすらに黒く、永遠に続く、深い深い深海の闇を覗かせていた……。
桃ちゃんは個人的に大好きです。




