1-5
翌朝。
窓の外は昨日とは打って変わって抜けるような晴天。朝のホームルームが始まるよりも前に私を呼び出した吸血鬼・出雲泉水は、小窓に青空を望む屋上への階段の行き止まりで、差し込む朝の光に少しだけ不愉快そうに目を細め、私に向き直って切り出した。
「入部届を持ってきました」
そう言って差し出すプラスチックの書類入れには、どっさりと紙束が入っているのが見える。
吹奏楽部員50人分の入部届。
「……お前がそんなことをするやつだとは思わなかった」
私は心底、驚いて言った。出雲泉水が入部届を持ってくるだなんて、思ってはいなかったのだ。
金色の髪が生命力を反射している。琥珀色の瞳は昨日よりも楽しげだ。その口元に牙が覗くような気がした。
「部長さん、代わりにこれを、吹奏楽部に返しておいていただけませんか」
「……どうやってそれを?」
「鏡の中で上下反転したりして犯人を脅かしたら、すぐに渡してくれましたよ」
「いや、犯人はどうやってわかったんだ」
「わかったわけではないですが、もし間違ったらもう一人の方を脅かせばいいかなと思いました」
二択を、勘で当てに行ったのか。無茶苦茶だった。
「……いや、ほんとに、お前がそんなことをするやつだとは思わなかった」
「サプライズです」
「そんなサプライズがあるか」
得意げだった。そんな彼女を見るのも意外に思えた。
「どうしてわざわざ?」
「吹奏楽部の皆さんにとっては大切な入部届で、でも犯人は不要だと思っているものなのですから、証拠隠滅で処分されてしまう前に持ち主に返したほうが良いでしょう」
出雲泉水は当たり前の理路を説くように言う。私が聞いたのはそういうことではなく、学校の俗世に興味がなさそうだったお前がどうしていきなりそんな義憤に駆られて行動したのかということなのだが。けれども私はそれは言わずに、密かに微笑んだ。やはりこいつは、不思議なやつだなと思う。謎が深まったと思う。心臓が大きく一拍打った気がする。
「それより部長さん」
吸血鬼は真顔に戻って言った。まるで先程の得意げな顔が私の見間違いだったかのようだった。私はあの顔をもう一度見てみたいと思った。その綺麗な顔から現れる表情をもっと知りたいと思った。
「なにかな」
「部長さんは、犯人が誰なのかは推理できていなかった。私だって容疑者のうちの一人だった。それなのに昨日、私にまで推理を披露してくれたのはなぜですか」
「だから、今回謎めいていたのは動機であって、誰が犯人かじゃないから、興味なかっただけだよ」
「誰が犯人かに興味がないにしたって、私が犯人かもしれないとは思わないんですか?」
「思わない」
「どうしてですか。昨日、それがずっと気になっていたんです」
「だって、出雲さんはお金に困ってそうには見えないから」
出雲泉水は納得しているようには見えない。不満げに目を細め、何事か思案している。
やがて彼女は、懐からもう一枚、紙を取り出して、こちらに差し出す。
「まあ、いいです。これを」
差し出されたそれを受け取ると、頭のところにこう書かれている。
入部届
名前:出雲泉水
誕生日:12月12日
血液型:O型
「……マジ?」
吸血鬼が持ってきたのは入部届だった。吹奏楽部の様式を真似して自分で作ったらしく、彼女の詳細なプロフィールが書き連ねてある。
「私も謎班に入りたいのです」
私は琥珀色を覗き込んでいる。
「謎を探したいと思います」
覗き込まれている。天と地が、どちらがどちらだかわからなくなる。どこに向かってだかわからないけれど、落ちていくような心地がする。
「……ありがとう、出雲さん。嬉しい。でも知ってる? 意思表示と同時に部費を払わないと入部が成立しないんだよ」
「すみません、実は私、そうは見えないかもしれませんが、お金に困っていて手持ちがありません」
そう言って吸血鬼は、はじめて私の前で笑顔を見せた。
歯は少し尖っていた。