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吸血鬼はなぜ日常の謎を探し求めてしまうのか?  作者: 笹帽子
第1話 吸血鬼はなぜ入部届を私に渡しにやってきたのか?
8/33

1-4

「それで先輩、答えを教えて下さい」

 霧島が椅子をくるくる回転させながら言う。別に回転するオフィスチェアみたいな椅子ではないので、器用に一本足になって自力で回転している。

「わかってますよ先輩、もうその謎は解けてるんでしょう?」

 アホ毛がぴょこぴょこと回転している。

 まあ、気づかれるのは無理ないだろう。

「やっぱりバレる?」

「バレバレですね」

「そういうものなのかね」

「べろべろですね」

「舐めるな」

「ゲレゲレですね」

「急にキラーパンサーになるな」

「サプライズです」

「そんなサプライズがあるか」

「ものすごい話戻りますけど、サプライズ豪雨で良いんじゃないですか?」

「なんか恵みの雨感出るわ」

「部長さん、入部届を盗んだ犯人がわかっているのですか」

 いつのまにか琥珀色の視線がこちらに向き直っている。彼女は動くとき音をたてない。

「いや、だから犯人は謎じゃないんだって。犯人は知らない。けど、入部届を盗んだ理由なら、わかった、と思う」

「あの、わかっているならもっと早く教えてくれてもいいのでは」

「そういう人なんだよ、この先輩は」

「そういう人なのですか」

「うん、私も伊達に先輩の後輩をやってないから。出雲さん、ここは私が、先輩の後輩歴が長いものとして、つまり先輩の後輩の先輩として、教えてあげましょう」

「それ難しくない?」

「お願いします」

「先輩はね、謎だと思うものを見つけたら、絶対にそれを解いちゃうの。解いてない状態の謎があるのは、きっと我慢できない。これが先輩の後輩として先輩を観察して得た知見。先輩の後輩の先輩である私から、先輩の後輩の後輩のあなたに共有するノウハウ」

「なるほど」

「だから先輩が出雲さんと一緒に地学準備室にやってきて、ここに座って話をしている時点で、謎はもう解き終わってるってわかる。まだ解けてなかったら、そんなことしてる暇はないはずだから」

 概ね正解だった。確かに私はこの椅子に落ち着いている。それは謎を既に解いたと思っているからこそだ。

「では先輩、答えをお願いします」

 人懐こく期待に満ちた瞳が二つ、こちらを射竦める琥珀色の瞳が二つ。

 窓の外の雨が落ち着いてきた。

「……犯人は、入部届を盗みたかったわけではない」

 私は自分なりの答えを語った。

 犯人は入部届を盗みたかったわけではない。入部届には、盗みたくなるような価値は無いからだ。金銭的な価値はゼロだ。犯人は入部届の他に盗みたいものがあったが、結果的に入部届を盗んでしまった、というだけだ。入部届は半透明のプラスチックでできた書類入れに入っていた。犯人にとって犯行時間は教室に自分しかいないわずかな間。おそらく衝動的に書類入れを机からとり、自分の鞄かなにかにそのまま入れて隠し、中を確かめる間もなく持ち去ったのだ。

 では犯人が欲しかったものとは何か。

 入部届と違って、犯人にとって価値があるものは何か。

 犯人が入部届と共に書類入れに入っていると期待したものは何か。

 考えてみれば当然だが、部費だ。

 ここ流鶯高校では、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 非公式書類である入部届は、入部の意思表示の代替である。とすれば、それと同時に、部員は一年分の部費を支払っているはずなのだ。

 入部届を盗まれたにも関わらず、持ち物を再確認してむしろ安心したような素振りを見せた笛吹さんは、部費が盗まれなかったことを安堵していたのである。確かに彼女に尋ねたところ、それまでは部費の封筒も同じ書類入れに入れていたという。しかし、今日で全員分を集め終えたことから、部費の封筒は会計の先輩に渡すために取り出していたのだそうだ。きっと犯人は、日中に彼女が入部届と部費を集めてその書類入れに入れるのを見ていて、そこに現金が入っていると知っていた。放課後の教室にそれが不用心に置かれているのを見て、そこにもう部費がないことは知らずに、衝動的に盗んだのではないだろうか。それが、どう考えても盗む価値がない入部届が盗まれたことへの、最も合理的な説明になるだろう。

「うーん、そうですよね、やっぱり盗むならお金なんですね……」

 霧島が唸った。

「世知辛いけどそういうことだと思う。置きっぱなしの財布を盗むのと同じだよ」

 だから私は、この推理に至ってからは、犯人が誰かには興味が無くなった。凡庸な盗みだからだ。

「でも全然気づきませんでした。さすが先輩ですね!」

 霧島が目をキラキラさせている一方で、出雲泉水は目を伏せていた。私が推理を語っている最中、途中まではこちらを興味深そうに見つめていたが、いまや私はおろか、望遠鏡や地図すらも見ていない。なぜだろう、私は彼女のことが気にかかる。その謎が、胸の奥に引っかかる。

「ああ、でも」

 霧島が言う。その目にも今や憂いが滲んでいる。いつも陽気なハイテンションから時折覗く、お人好しで優しい霧島が悔しそうに言う。

「それじゃあ、入部届は戻ってこないかもしれませんね。犯人は間違いに気づいたら、証拠を隠滅するために捨てちゃうでしょうから。せっかくみんなが書いたのに……」

 ハッとした。犯人探しはしたくない、興味がないと言っていたけれど、だからこれ以上この事件に関わるつもりは無かったけれど、いくら部費が無事だったからと言って入部届が失われたことは変わらないのだ。霧島が言う通り、犯人は入部届は処分するだろう。入部届は窃盗犯にとっては無価値だが、吹奏楽部員にとってはかけがえのないものだ。いくら書き直せるとはいえ、決して無価値ではないのだ。そのことを意識の外に追いやっていたのが、急に恥ずかしくなる。一瞬、やっぱり犯人を特定して、入部届を取り返さなければいけないのではという気持ちになる。けれど同時に、自分はそんなこと、実際には行動に移さないと悟っている。


 その後、地学準備室に置いてある各班の備品や直近の活動予定について出雲泉水に説明したのだけれど、喋った内容はあまり覚えていない。ただその琥珀色の瞳が、あまりこちらを向いてくれないように思われたのが気がかりだった。なにか別のことを考え続けているように見える。何を考えているかわからない。

 容疑者扱い、犯人扱いされたように感じさせてしまっただろうか。私は出雲泉水が犯人ではないことはもうわかっている。でもそのことを直接言えていない。いや、そこに踏み込まないにしても、今日は部活の勧誘で声をかけたのだ。帰る前に、入部を考えてみてほしいと、そういう気の利いた言葉の一つでもかけるべきではないか。けれども私は何も言えない。

 するりと立ち去る黄金色を黙って見送る。

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