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(第3話のあらすじ!)
県立流鶯高校に入学した霧島四方子は、学校の地図を作ろうと校舎内を歩き回るうち、何故か隠れて着替えている男子生徒と鉢合わせる。男子生徒が残した忘れ物を届けようと、翌日霧島は学年中を探すが、その生徒はどこにも存在しなかった。霧島はこの謎を、怪しい部活動、地学部に持ち込むことにする。
私、霧島四方子は、積み上げるのが大好きだ。
AならばBである。
BならばCである。
故にAならばCである。
ひとつ、ひとつ、積み上げてもうひとつ。子供の頃は四角い積み木が好きだった。三角と違って、その上に次が積めるからだ。飛躍なく、跳躍なく。一歩ずつ、着実に。ページは一ページずつ。問題は一問ずつ。階段は一段ずつ。飛ばさない。
もちろんこの世の中には、飛ばせる人もいる。跳べる人がいる。そのことは私も知っている。一足飛びに進んでしまえる人には、憧れもする。けれど、この一段一段を踏みしめるのが自分のスタイルだ。それがやっぱり馴染むし、気に入っている。
だから3棟3階から階段を上って、そうか3棟は3階で終わりで4階はなかったんだっけ。ここは屋上への扉があるだけの行き止まりなのだと、そう手帳に書き付けようとした。けれどそのとき、そこに誰かがいるのに気づいた。
屋上への扉の前の死角で、男子生徒が着替えている最中らしかった。
幸い、と言うべきなのかなんと言うべきなのか、わからないけれど、その生徒は下半身は緑のジャージにお着替え済みで、上半身に服を着ようとしているところだった。引き締まったお腹だった。悪くない筋肉だ。私が現れたのによほど驚いたのか、うおっ、とかなんとか言いながら、男子は慌てて上の体操着とジャージを被る。茶髪がかかった頭がジャージから出て、こちらをむっと見た。誰だお前、と言うような顔だった。
「あ、ごめんなさい」
咄嗟に私はそう言った。けれどすぐに、いや自分に非があるような状況でもないなと思ったし、男子が同じ一年だということにも気づいたので、続けて言った。
「なんでこんなところで着替えてるの?」
男子はこちらを一目見たきり、そのまま慌てたように脱いだ制服をバッグにつっこみながらもごもご言う。
「いや、部活」
それだけ言うと、無愛想にも男子は足早に階段を駆け下り、そのままどこかへ行ってしまった。
降りていく頭は、光の加減かやっぱりやや茶色く見えた。地毛が茶色いのかな、と思った。学年を問わず染めている人はあまり見たことがない気がする。入学してすぐに分かったけれど、やはり進学校だけあって、クラスで周りを見渡したときの様子が中学とは違っていた。私は中学の賑やかさも別に嫌いではなかったけれど。
部活、と言っていた。これから運動部の練習に行くから着替えていたということなのか。ということはあの男子はもう部活を決めたのだろうか。私はこのあと見学に行く予定の部活のことを考える。地学部。新入生用の冊子に載っている紹介文からは、何をやっている部活なのかよく分からなかったけれど、もしかしたら地図好きの人がいたりするかもしれない。そうだったらいいな、と思う。賑やかな中学には、そういう話の合う人はいなかったから。
ともあれ、途中まで上りかけた階段は最後まで上ってしまおうと、私は残りの数段を一つ一つ、飛ばさずに上る。屋上に出るための扉にはもちろん鍵がかかっていて、けれどそれを確かめて私は満足した。手帳に情報を書き留め終えれば、下がった目線の先に入ってくるものがあった。
黒い折りたたみ傘が、ぽつんと床に落ちていた。
さっきの男子の忘れ物だろう。拾い上げる。明日届けてあげよう。クラスも部活も聞かなかったけれど、まあ探すのは難しくないと思う。顔を見たし。髪が微かに茶色っぽいのも特徴だし。最悪の場合には腹筋をチェックすることで本人確認ができるだろう。ああ、あと名字も分かる。腹筋は忘れて大丈夫そうだ。
と、このとき私は甘く考えていたのだった。
翌日、私はあの男子生徒が存在しないという謎に突き当たる。
そうしてそれが、私が地学部に入部するきっかけになるのだった。