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「お姉ちゃんって、友達と通話するときもそういうかけ方してるの?」
「するわけないでしょ。友達なくしたくないし」
「妹をなくすぞ」
「残念ながら姉妹の縁とはそう簡単に切れるものではない。六花が生まれる前から私は六花のお姉ちゃんだけど、六花が生まれてからは六花はずっと私の妹なんだから」
「後半の意味がわからん」
「前半について理解してくれてありがとう」
「地学部に入部者が来たんだけど」
姉に隠し事は無意味だ。けれど、私にも意地があるので、目のことだけは姉には秘密にしている。多分バレバレだが。今年の正月に姉が帰省してきたときは、目を隠すためにインフルエンザとものもらいに同時罹患していると泣きわめいてごまかすことに無事成功した。
「まあ、それはごまかせてないんだけど」
「地の文にカットインしないで」
だから目の話はカットして、カットインされてもカットして、ポイントをかいつまんで、つまりせっかくの新入部員に、悪くとらえかねられない言葉を、聞かれてしまったのだと伝える。
「いやぁ、それって、悪くとられてるかどうかわからないでしょ」
「まあ、そりゃ、わからないけど……」
「わかったように自己嫌悪してたじゃん」
「してたけど……」
「謎目当てで部活に勧誘した、って、六花は直接言ってすらいないんでしょう。正確にはなんて言ったの」
「いや、謎目当てで勧誘するなんて悪いやつだな、って言われたときに、私が、部長の務めですから、って返事を」
「それって誰に言われたの? 誰との会話だったの?」
「…………」
「ごめんごめん。お姉ちゃんが悪かった。かわいい妹をいじめて悪かった。お姉ちゃんは今ので地獄に落ちることが決定した。半年ぶり六回目の決定です」
「積み上げた実績」
「いや、でさぁ、それ聞いても別に、新入部員っちは悪くは思わないんじゃないの」
「そんなのわからないでしょ」
新入部員っちってなんだよ。部室で発見かよ。
「ほら、わからないじゃん」
「わからない……うーん、わからない……」
「当事者である六花には客観的な判断が下せなくなっているこの状況、第三者である私が客観的な意見を述べさせてもらうと、普通はそれで嫌悪感を覚えたり失望したりなんてことはないと思うね。だってそれって、貴方の謎が目当てですって、貴方に興味がありますってことで、言われて嫌な気持ちになる人、いないよ」
「え……その発想はなかった」
本当になかった。そんなに嫌がられたりしないよという姉の言葉は、確かにそうかもしれないと思ったし、そうであってほしいと思ったし、いわば姉に言って欲しい言葉だったけれど、「貴方に興味があります」は予想の範疇になかった。
「いや、貴方の謎を解きたいって、普通に愛の告白でしょう」
「は?」
「知りたい、知りたい、って」
「変な効果音ならさないで」
「地の文で描写してくれないと効果音の内容が伝わらないんだけど」
絶対に描写しないからな。
「いや、別にそういう、変なつもりではないんだけど」
「でも謎なんでしょう?」
「……まあ」
「謎は気になるでしょう?」
「そうだね」
「ラブ」
「ラブではない」
「まあ、百ラブ譲って、愛の告白はしないまでも、興味があったから部活に勧誘したんだ、って、全然ポジティブな話じゃん」
「ラブって単位なの?」
「だから罪悪感に浸ってないで、普通に本人に、そういう意図で言ったのであって純粋に部活に加わって欲しかったんだって言えば、それで丸く収まると思うなぁ。ラブく収まると思うなぁ」
「うーん……」
姉の言うことは、まあ、わかった(ラブを除く)。筋が通っていると思う(ラブを除く)。
「知りたいって思えるのは幸せなことだよ」
しかしその釈明を、出雲泉水にどうやって言えばいいだろうか。月曜日に学校で、部室にいれば来てくれるだろうか。どうせまた校舎内を徘徊しているだろうから、それを探そうか。時計を見れば夕方の四時。月曜日の放課後まで四十八時間は自己嫌悪に浸る時間があるのでまだゆっくりできそうだ。
「いやぁ、なんで土日は会わない前提なの」
「土日に個人的に呼び出すのはハードル高いでしょ」
「個人的に呼び出せなんてお姉ちゃん言ってません。発想がラブなんじゃないの?」
「ラブではない」
「だから、六花は部長なんだから、やればいいでしょ」
「何を」
「部活を」
「……あー」
「ああ、その反応、もともと明日って部活だったんじゃない?」
「そうだった」
日曜日は部活だった。すっかり忘れていた。そんな物忘れをしたことは初めてだと思う。そうなれば姉が電話をかけてくるだけのことはある。
土曜日で本当に良かった。
「土曜日で本当に良かったね」
ほら、本物はすぐこういうことを言う。