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吸血鬼はなぜ日常の謎を探し求めてしまうのか?  作者: 笹帽子
第2話 吸血鬼はなぜ目玉の謎を白日の下にさらすのか?
12/33

2-2

 土曜日は学校が休みなので、一日ゆっくりと部屋に籠もって、じっくりと自己嫌悪に浸ることができる。土曜日で本当に良かった。


 昨日の夕方の事件が繰り返し頭をよぎる。なぜ吸血鬼が木に登っていて、しかもそこから落ちてきたのかという謎は解けていない。それはかなり大きな謎なのだけれど、今回ばかりは考える元気がない。このままでは三大『未だに解けてない謎』入りしかねない。

 だって、出雲泉水に、きっとその前の会話を聞かれた。

 謎目当てで部活に勧誘したと思われてしまうだろう。謎班だなんてふざけた話をして、謎を収集しているとこの私が彼女に説明してしまった以上、本当に謎目当てで彼女を部活に勧誘したのだと、思われるに違いない。そしてそれは、実際、誤解というわけでもない。私は、彼女のことが気になっている。普通ではない、()()()()()()()である彼女が。

 彼女は不快に思うだろうか。普通は思うだろう。入部を取りやめるだろうか。普通はそうだろう。いや、取りやめるのが逆に気まずいと思って一応入部はしてくれるかもしれない。でも部活を楽しんではくれないだろう。さらに、そんな事態になっていると霧島に知れたら、彼女にもどう思われるか。失望されるだろうか。嫌われたくない。そこに思考が至るたび、自己嫌悪が深まる。傷つけたことへの悔悟より、自分がどう思われるかを気にしてしまう。自分のことしか考えていないじゃないか。

 思うに私は、調子に乗っていたのだ。舞い上がっていたのだ。そこでしくじった。踏み外して墜落したのは、出雲泉水ではなく、私の方だ。


 ベッドに転がったまま、大きくため息を吐く。吐けるのは空気だけで、胃の中のもやもやとした気持ち悪さはどこへも出ていかない。

 息を吐ききった、その瞬間。

 枕元の携帯電話が震えた。

 私は息を吸いそこねて詰まった。

 人間、息を吐ききった瞬間が最も無防備であると小説で読んだような気がする。格闘技であればその瞬間を狙って技をかけるのだとか。警察や諜報組織が尋問をするとき、相手を動揺させるような核心を突く質問をぶつけるのも、相手が息を吐ききった瞬間だとか。この電話も、間違いなくそれを狙っている。そんな電話をかけてくる人間は一人しかいない。その電話の主は、私がいま、息を吐ききったタイミングであることを知っている。私が今日こうして布団にくるまったまま自己嫌悪に沈んでいることを知っている。千里眼持ち。そうしてそこに声をかけてやろうという、私への過剰なお節介焼き。


 思えばそもそも、姉がそんなだから、今こんな事になっているのではないか、と私は無理のある責任転嫁をした。


 姉は、私と違って本物である。私と違って特別である。

 我が家は占い師の家系だというが、両親がそれらしい力を持っている素振りはついぞ見たことがない。二人とも平凡だと思う。父方の祖母が占いをしていたというけれど、早くに死んでしまったから私はよく覚えていない。だからこの家では、姉だけが本物で、それ故に特異だった。姉だけは明らかに、常人には見えていないものが見えていた。見えてはいけないものまで見えていた。私には見えていないものが見えていた。

 私は姉と比べられるのが苦痛で仕方がなかった。高校生になった今では、「兄/姉と比べられたくない」問題というのは、きょうだい関係においてかなり普遍的な事象だと知っている。けれど、小さい頃は姉と比べられることが、ともかく理不尽に思えて仕方がなかった。だって、姉が持っている占い師の才能は、千里眼の力は、私が努力で追いつけるようなものでは絶対にないからだ。小学校に入ったあたりからそれを強く意識させられた。姉と私は五歳離れている。私が一年生で入学するとき姉は六年生で、その名は良くも悪くも学校中に轟いているのである。私は最初から、「ミウラの妹」扱いだ。この呼び名がともかく気に入らなかった。ミウラって名字じゃないか。私だってミウラだよ、と言い返したくなったし、実際言い返した。姉を知る高学年の生徒や教師からは、私も姉と同じような異常な能力を持っているのではないかと勝手に怖れられ、すぐに安堵と失望のまなざしを向けられた。私が何もしないうちから勝手にハードルが上げられて、勝手に失敗したことにされている。こんな不公平な話はないと思った。低学年のうちは違う学校に通わせてくれと毎日親に泣きついた。高学年になると姉と露骨に喧嘩を繰り返した。姉が喧嘩に乗ってくれたのは、向こうも反抗期だったのであろう中学生のうちだけで、高校に上がってしまうとそれもうまく躱されるようになった。それがまた、気に入らなかった。

 私は占い師を噛み殺す狼になりたいと願ったが、それは占い師の力が得られないのと同様、叶わぬ望みだ。偽物でもできる努力として、本物の千里眼には叶わないなりに、探偵に憧れた。探偵小説を読み漁り、周囲の人間の行動をひたすらに観察し、賢しくも推理の真似事をした。存在しない才能を、持ち得ぬ力を、無理矢理に知恵で補うような話だ。千里眼が一瞬に跳躍する距離を、理屈で食らいついてよじ登るような話だ。最初から勝てないとわかっている哀れな偽物の足掻きだったのだけれど、私は自分が、姉のような本物ではないにせよ、特別でないにせよ、少なくとも何者かではあることを証明したかった。

 私も中学生になると、環境が変わった。相変わらず姉と同じ中学校だけれど、姉と五歳離れているので、生徒は全員入れ替わっている。「の妹」ではない人間関係が初めて作れるようになり、そこでは私は「超絶の千里眼の姉と比べると何でもない凡人」ではなく、「ちょっと勘が鋭い人」になることができた。偽物ではあるけれど、何者かになれた。私は生活が上向き始めたと感じた。ますます探偵の真似事にのめり込んだ。姉とも、お互い大人になってきたのか、昔のように良い関係に戻ることができた。私は姉と比べられるのが苦痛だっただけで、姉が嫌いなわけではない。むしろ尊敬している、自慢の姉だ。姉は大学に入って実家を離れたけれど、変わらず私の良き相談相手になってくれる。

 高校に入った私は、地学部に出会い、あの祠に出会い、目を手に入れたことで、さらに都合よく探偵の真似事ができるようになった。同学年に他に部員がいないので必然的に部長になり、部のことが自由にできるようになった。自分を慕ってくれる後輩が入部し、私の推理に称賛と尊敬の眼差しを向けてくれる。

 ちょっと都合が良すぎた。そんなにうまくいくわけがなかった。

 私は調子に乗っていた。天狗になっていた。警戒するべきだった。私の人生そんなにうまくいっていいわけがない。

 さらにはこの上、格好の謎である吸血鬼疑惑の後輩まで現れた。それが私の推理を力で乗り越えてくるのが新鮮で心地よかった。彼女に絡んで推理をした二件とも、斜め上の方向から彼女は別解を示してきた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。さらにその吸血鬼が、出雲泉水が、地学部に入部してくれるという。私はここに至って有頂天だった。そうして、その天から墜落した。偽物のイカロスは空を飛べない。


 震え続ける携帯電話の画面には「三卜(みうら)八恵(やえ)」と表示されている。

 私が恐れ、尊敬する、本物の、姉の名前。


 通話を受けると、姉は眠そうな声で言った。

「随分とまぁ、人を待たせて長いモノローグをやるよねぇ」

 ほら、本物はすぐこういうことを言う。


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