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意外なことにすでに乾いている地面を踏みしめて、校舎裏の林を抜けていく。木々というのは思っている以上に色んなものを遮蔽する。たとえば光。たとえば音。たとえば気配。ほんの少し入り込んだだけなのに、学校の日常の世界から分かたれたような心地になる。柔らかく湿気た土の匂いを吸い込み、ひときわ大きな欅の木の向こう側に、影のように佇む祠の姿を認める。
この一週間に立て続けに現れた謎。『貧血で倒れた女子生徒の狂言』と『盗まれた部員届』の二篇を印刷した紙を携えて、私はその祠を訪れた。簡単に囲われた木枠の中、緩やかに突き出した人の頭ほどの石の前に、折りたたんだ紙を置いて、なんとなく手を合わせてみたりする。
石の表面に目が開く。一つの目。人間の目よりもやや大きい、こぶし大の目。瞳が収縮し、私を見定める。
「お納めします」
私は言って、もう一度手を合わせる仕草をする。
「悪くない、悪くない。だって二つも」
一つ目をぐるぐると回転させながら、石がつぶやく。その声は男とも女とも、子供とも老人とも、化物とも神とも区別がつかない。高くもあり、低くもあり、心地よく、不愉快な響き。
その目が私を再び見て問う。
「けれどお前は、お前のその目は、これより面白い謎を見つけているね」
「……はい」
「悪くない、悪くない。解けそうなのかい」
「入部してもらえました」
「重畳、重畳」
目は嬉しそうに微笑んだ。まあ、入部したと言っても部費は私が立て替えているが……。
「しかしお前も、悪い、なかなか悪いやつだな、謎目当てで部活に勧誘だなんて」
別に謎目当てなんかじゃない、と言うのは憚られた。実際、私は出雲泉水がどうやら普通の人間ではなさそうであること、というか吸血鬼であろうことに興味を持っている。それがなかったら昨日無理やり部活に勧誘しなかっただろうと思う。だから私は冗談めかして笑いながら言った。
「部長の務めですから」
そこで背後で大きな音がした。反射的に振り返りながら、何かが落ちてきたような音だと理解する。背後に大きく聳える欅から、しかし落ちてくる重量物など思いつかない。
振り返れば、その欅の足元に、想像を超える光景が広がっていた。
吸血鬼が上下反転している。
出雲泉水が、おそらく欅の木に登っていたところから落ちてきて、地面に激突して潰れている。
「い、い、痛い……」
その整っているはずの顔は苦痛に歪み、美しい金髪は乱れ、どうも腕が曲がってはいけない方向に曲がっているらしい。木から落ちてきた? なぜ? そもそもどうして木に登って? 状況的には、私が何をしているかを木の上から窺っていたのだろうか? あとをつけられた? それが落ちてきた? さっきの会話も聞かれたか? 謎目当てで勧誘して入部させたと思われたか? 部の存続のためだけに勧誘したと思われたか? 私の言い方は本人に聞かれたらどう思われるだろう? 矢継ぎ早に脳裏に浮かぶ疑問に押し流されて、とっさに口から出た言葉は、
「大丈夫!?」
透き通るように白いはずの頬は紅潮し、琥珀色の瞳には涙が浮かんでいる。吸血鬼は息も絶え絶えに答えた。
「サプライズです……」
そんなサプライズがあるか?
第1話『吸血鬼はなぜ入部届を私に渡しにやってきたのか?』完