三話:ポンコツメイド育成計画
国際魔法少女団体『IWU』に所属している私は、過去のデータベースを参照できる権限を持っている。
軍に置いてあるコンピュータから八年ほど前の記録を引っ張り出し、その中身を精査する。
「ブラックオーダーが散り散りになったのは……っと」
虱潰しに遡っていたところ、一つの調査書に目が留まる。
【--------------------------- 死亡】
【--------------------------- 死亡】
【ブラッディレイン・アリサ 死亡】
【--------------------------- 死亡】
【--------------------------- 死亡】
「やっぱりねぇ……」
悪の組織の死亡者リストにアリサの名前が記述されていた。これが意味することは、既にアリサは亡き者で、私と同居しているのは幽霊────なんてオカルティックな話ではなく、『IWU』の利権争いにアリサが巻き込まれたということだ。
得てして各国の魔法少女は手柄を挙げたがる。それは「悪の組織を殲滅した」だとか「国際的犯罪者を討伐した」などの曖昧なものでも成立するため、暫く行方不明になっていたアリサを功績として利用したのだ。
現に、アリサを始末した(とされる)功労者は『IWU』内で覇権争いをしている国の魔法少女の名前が記されている。ブラッディレイン・アリサを討ったことが幾分その魔法少女の株を上げたのか国益に繋がったのかは知らないが、見ていてあまり気持ちの良い物ではない。
データを捏造してまでやることなのか、甚だ理解に苦しむ限りだ。
ただ、このデータのおかげで今回は救われた面もある。それは、アリサがこの世にいないものとして扱われている────要するに、もうアリサは警察にも政府にも追われる身ではないのだ。
「これで私は安心してアリサの面倒を見られるわけね」
この事実をアリサに伝えるのはしばらく先のことになるだろう。
彼女のことだ、自由の身だと知った途端、胸の内に燻っているであろう「世界征服」の野望が再燃してもおかしくはない。彼女を自由の身とするのは私への依存が確認できた時だ。くくくっ。
「ただいまー」
私が帰宅すると、リビングからテレビの音が聞こえてきた。いつもなら無音で真っ暗な部屋が私を出迎えるのだが、誰かが自宅にいるというのはこんなにも喜ばしいことなのか。
リビングへ至る途中でキッチンの様子を確認するが、使用された形跡はない。はて、アリサは何をしているのだろうか?
「アリサー?」
「あ、おかえりなさい」
私がリビングに顔を出すと気の抜けた声が届く。そして私は驚愕に目を見開くことになった。
白いシャツ(私のもの)に、下半身は純白のショーツ(私のもの)と生脚を剥き出しにした半裸スタイル。ソファに寝転がりながらポテトチップスをハムハムと頬張り、お笑い番組を見て腹を抱えているではないか────初日からどんだけ寛いでるんだオイもうちょっと遠慮しろ────い、いや、まあいいだろう。彼女に自由を与えたのは私だ。アリサが楽しく過ごせば過ごすほど、私への依存度が上がるというもの。
「ねえアリサ、今日は何をしてたの?」
「んー? お昼にカップ麺を食べて、録画してあったドラマ見て、いい時間になったからバラエティ見てる」
「いいご身分ですね?」
昨日まで死んだ目をしていた人間とは思えない図々しさに、私の顔は思わず引き攣る。
「アリサ、ちょっと立ってくれる?」
「なんでよ」
「いいから」
「しょうがないわねー」
アリサはポテトの油に塗れた指を服で拭き(後で絶対洗わせる)、私に相対した。
私は彼女のこめかみに手をやり、そっと告げる。
「アリサさんや、晩ご飯はどうしたのかね?」
「……あっ」
「まさか、忘れておったとは言うまいね?」
「こ、これから作るところだったのよ! 何が食べたい? カップ麺のシーフード味とカレー味があるけど───」
「カップ麺ですって? ふざけてるの?」
「ふ、ふざけてないわよ!」
「アリサ……あなたもしかして料理をしたことがない?」
「えっ……料理ってカップ麺にお湯を入れることじゃないの?」
アリサは至極真っ当に、平然と言ってのけた。
もしかすると、私はとんでもない思い違いをしていたのかもしれない……。
「失礼ながら、アリサさんは義務教育を修了されていらっしゃいますか?」
「ギムキョーイク? 中華料理の名前?」
「……小学校と中学校にはちゃんと行ったのかって訊いてんのよ!」
「いででででっ、こめかみグリグリしないでっ、小学校には行ってません! 小さい頃からブラックオーダーで世界征服を目指していました!」
「なーにが『世界征服を目指していました』だ。頓珍漢なことを言いやがって!」
「ぎゃー! 頭が割れるーっ!」
アリサのスッカラカンの脳味噌に「こめかみをグリグリされると痛い」という知識を入れ込んでからしばし。私はどうすべきかと考えあぐねていた。
当初の予定では「私に生活を依存するおもしろメイド」に育て上げる予定だった。なぜメイドという落としどころをつけたのかというと「私に生活を依存しながらも、付け上がらせない最適な身分」がメイドであると踏んだからだ。我ながらとんでもない悪魔的発想。メイドへの偏見。
しかし、それらも準備段階で頓挫してしまったようなものだ。
────アリサには一般常識が無い。
メイドとして仕込むという話以前に、健康で文化的な最低限度の生活を送るための能力に欠けている。
考えてみれば思い当たる節はあった。私が正義のヒロインをやっていた当時、高校生くらいの年頃のアリサは「世界征服を成し遂げる」と本気で言い放つ不思議ちゃんだったわけだし、常識というか道徳心というか、人が生きていく上で学ぶべき知識が欠落していたように思える。
初めはそういうものかと思っていたが、これは明らかに意図的なものだろう。彼女の家庭の事情に踏み込むつもりは無いが、幼少の頃より組織によって「常識を学ばせない環境」が整えられていた────言わば、一種の洗脳教育である。
ここまで考えが至ったところで、私は決意した。
私はアリサを専属メイドにする前に、真人間にしてみせる。
「アリサッ!」
「ひゃいっ!?」
「アラサーになるまで知識がないことをバカにされて悔しかったでしょう!」
「え、えーと?」
「悔しかったと言え!」
「く、悔しかったです!」
「よろしい。ならば君に教育を施そうではないか。こう見えても私の本職は教官なのだよ」
「ありがとうございます?」
「そして! 君を真っ当な人間として育て上げ、行く行くは私ナシでは生きていけないメイドになってもらう!」
「メイドってなんの話よ!?」
アリサの叫びは私に届かない。今日からはスパルタでいかせてもらう。
これは、元・魔法少女の私と元・悪の組織幹部のアリサが二人で暮らしていくための第一関門なのだ!
「データベースの履歴は────ブラッディレイン・アリサ……? 零様は死んだオンナに執着していると言うの……?」