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一話:あの人誰だっけ……

「はーっはっは! 矮小な人間どもめ! 今日からこの街は私たちブラックオーダーのものよっ!」


 とあるセンター街に、甲高い少女の声が響き渡る。中空から逃げ惑う人間を見下ろす少女────ブラッディレイン・アリサは嗤笑(ししょう)を浮かべた。

 彼女の役割は人々を恐怖に陥れ、世界征服を成し遂げること。悪の組織『ブラックオーダー』の幹部であるブラッディレイン・アリサは、部下の黒ずくめたちが街を支配する様子を見て任務の完遂を確信し────次の瞬間、その端正な顔を歪めた。


「そうはさせないよ! ホワイトエンジェル・レイ参上!」

「な、なにっ!?」


 ブラッディレイン・アリサは声のした方へ振り向く。視線の先には白いドレスを身に纏った桃色の髪の少女が天使の翼をはためかせて空を飛んでいた。


「ま、また現れたわね、ホワイトエンジェル・レイ!」

「この街は皆のものだよ! これ以上悪いことはさせない!」


 ホワイトエンジェル・レイは世に言う「正義のヒロイン」である。世界中に蔓延る悪の組織に対抗するための国際機関『IWU』から派遣された魔法少女はブラッディレイン・アリサにステッキを突きつける。


「あなたの手下は既にオシオキ済み! あとはあなたに天誅を下すだけ!」

「いつのまに……っ!」


 ブラッディレイン・アリサが地上を見下ろすと、そこには黒ずくめたちが山積みにされていた。ホワイトエンジェル・レイの他に出動していたヒロインたちによって成敗されていたのだ。

 ブラッディレイン・アリサは金髪のツインテールを逆立てながら嚇怒(かくど)する。感情が高ぶりすぎたためか、その目には涙が浮かんでいた。


「おのれホワイトエンジェル・レイぃ~、いつもいつも私の邪魔をしやがって~っ!! 今日という今日は私に(ひざまず)かせてやるっ」


 金髪の少女は滑翔し、ホワイトエンジェル・レイへと急接近する。その手には魔法で作られた大鎌(サイズ)が握られていた。

 対するホワイトエンジェル・レイはステッキをバットに見立て、飛来するブラッディレイン・アリサを迎え撃つ。


 そして、交錯────!!


「ぎゃっ!?」


 悲鳴をあげたのはブラッディレイン・アリサ。振りぬいた大鎌を避けられた彼女はホワイトエンジェル・レイの一撃を脳天に食らっていた。

 余りの衝撃に星を飛ばす金髪の少女に対し、正義のヒロインは魔法を唱える。


「【エンジェリック・レイ】!」


 白い閃光がブラッディレイン・アリサに直撃し、彼女の身体は風に舞う木の葉のように遥か遠くへと飛んでいった。


「おぼえてなさいよおおおおおぉぉぉぉ~」


 ブラッディレイン・アリサの捨て台詞を聞き届けたホワイトエンジェル・レイはステッキを天高く掲げ、清々しい笑みで勝利を宣言する。


「正義は必ず勝つ!」


 後光差すその姿に街の人たちは地上から盛大な拍手を送る。


 これが、ホワイトエンジェル・レイ────本名、金宮(かなみや)(れい)が十三歳の時の出来事であった。


 ◇


「あー、正義のヒロイン育成キッツ……」


 二十六歳になった元ホワイトエンジェル・レイこと私は秋の夜風に当たりながら独り言を零す。何故だろうか、一人暮らしが長くなるとぼやきが増えてしまうのは。

 十八歳でホワイトエンジェル・レイの名を捨て、魔法少女の座を降りた私は現在『IWU(International Witch Union)』所属の公認魔法少女専属トレーナーとして日夜働いている。

 私が面倒をみている魔法少女は九歳から十五歳の三人娘。小生意気なことに、なまじっか実力を持ち合わせているため手に負えない。育成期間ではあるものの、少なくとも現役時代の私ほどには優秀な魔法少女であるだろう。若さ故のエネルギーというべきなのか、私に対して敬意が感じられないところが辛い。これでも昔は「白翼の天使」として活躍していたのに、今では後輩女子にナメられる裏方である。


「晩ご飯買って帰ろう……」


 時刻は二十時を回ったところ。外食をするには遅い時間だし、自炊も面倒だ。帰路の途中にあるコンビニで弁当を買ってお腹を満たすことにした。


「らっしゃっせー」


 覇気のない店員の声と入店音に迎えられた私は適当なものを見繕い、親子丼弁当と酒を片手に携えてレジの前に立つ。

 店員は化粧っけがなく、死んだ魚のような目が特徴的な女性だった。


「らっしゃいせー、お弁当温めますかー……」

「いえ、結構です」

「年齢確認のボタンをお願いしま……っ」


 精算の途中で店員の動きが止まる。私の顔をマジマジと見つめる店員の瞳に幾分か光が戻ったように見えた。


「ん……?」


 そして、人間らしい顔つきになった女性の顔を見た私は強烈な既視感を覚える。この辺りでは珍しいターコイズブルーの瞳に、黒染めした跡がある金髪、通った鼻梁。よく見れば相当な美人である。目に活力が無いのは心配だが。

 えーと、この人は確か────


「お会計、六五二円になります!」


 店員の大声に私は我に返る。いけない、いつの間にか後ろに人が並んでる……。

 私は急いでレジを済ませて店を出た。店内を振り返ってレジの店員を見遣ると、彼女の目は再び腐ったように死んでいた。


「あれ、誰だっけなー……」


 まだ二十代も半ばだというのに、最近もの忘れが酷くなってきた気がする。

 まあいっか、と思考を放棄して帰宅の道に着く。今は手に提げた親子丼のことでも考えていよう。


 ◇


 翌日、軍事演習場では私が面倒を見る三人の新参魔法少女たちが模擬戦闘を繰り広げていた。火を放ち、空を翔け、瞬間移動までお手の物。

 魔法少女は当初、悪の組織に対抗する特殊な力を持つ者を指す言葉だったが、現在では軍事的な側面を持つようになっていた。力ある魔法少女を育てることは国の威信に関わるだとかで、後任の育成には随分とお金が掛けられているようだ。

 まあ、私は頼まれたからトレーナーをやっているだけで、政治的、軍事的な部分に携わるつもりは毛頭ない。何だったら今すぐやめてもいいくらいだ。魔法少女時代からのものと合わせて、余るほど貯蓄はあるのだから。


 そして、私は彼女たちがバチバチと戦火を交える間も上の空で昨日のことを考えていた。

 どこかで見たようなコンビニの店員。年のころは私より二つか三つほど上と見受けられる。以前どこかで会ったような気がするのだが、どうしても思い出すことが出来ずにいた。この胸のもやもやを解消するべく、今日もあのコンビニに行って確かめるつもりだ。


「おーいレイちゃん、訓練終わったよー!」


 私のもとに駆け寄ってきたのは、青髪の少女ミソラ。元気印の九歳児である。


「おー、おつかれ。私のことはレイちゃんじゃなくて金宮(かなみや)教官と呼びなさい」

「えー?」


 ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべるミソラは挑発的な上目遣いで擦り寄ってくる。完全に私のことを姉か何かだと勘違いしている少女は「えいえい」とお腹を指でつついてくる。


(れい)教官、お疲れ様で~す」

「おつかれ零ちゃんっ。アタシらのことちゃんと見てた?」


 ミソラに次いで私のもとにやってきたのは二人の魔法少女、十五歳のサナとサノ。猫なで声が特徴的なサナとハキハキと喋るサノは対称的な性格であるが、双子の姉妹である。


「おつかれ。金宮教官と呼びなさいね。あと、皆の様子はちゃんと見てました」

「本当ですか~? なんだかボーっとしてたみたいですけどぉ」


 ミソラの次はサナが私に擦り寄ってくる。ええい、鬱陶しい。私は君たちの友達ではないぞ。

 立場というものを分からせてやろうか……と大人げないことを考えつつ、三人を並ばせる。


「えー、こほん。今日の訓練も上々の出来でした。来月から君たちは三等魔法少女として仕事を受け持つことになります。その責任をしっかり意識して、明日からの訓練も努めるように。以上、解散」


 私が解散の指示を出すと、ミソラとサノは並んで演習場を出ていった。お二人は仲が良いようで。


「サナは帰らないの?」

「えっと、もしよろしければこれからお食事でもどうですか~?」


 サナは柔らかい笑みを浮かべて私のもとへ歩み寄る。対する私は少しばかりたじろいでしまった。


 ────サナの瞳は(くら)く淀んでいる。


 私は時折サナが見せるこの表情(かお)が苦手だった。形容しがたいのだが、蛇に睨まれているような、獲物として捕捉されているような気がして寒気がするのだ。

 私はサナから視線を逸らしつつ、言い訳のように言葉を並び立てる。


「ごめんね、お誘いは嬉しいんだけど、今日は行きたいところがあって……」

「ご一緒したいです~」

「いや、大した用事じゃないから付いてこられても困るというか」

「サナとの食事は『大した用事じゃない』ものよりも優先度が低いということですか?」


 サナの細められていた目は一転してギョロリと見開かれる。光のなくなった虹彩は、まるで深淵を覗いているかのよう。


「そ、そういうつもりで言ったわけじゃ────」

「ふふっ、冗談ですよ。またの機会にお願いしますね~」


 サナはそれだけ言い残して演習場を出ていった。

 私は緊張感から解放されて胸をなでおろす。徒労感とはこういうものを指すのだろう。


「ったく、十も年下の女の子相手に何をビビってるのやら……」


 とりあえず、今日の仕事は終わった。早く書類仕事を片付けて帰ろう。そして、気になっている「例のコンビニ店員」に会いに行くのだ。



















「なんだか怪しい…………零様はサナのモノなのに」

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