わたしの哀れな王子様
わたしは可哀想なものが好きだ。
怪我をして飛べない小鳥に、歳をとって仕事が出来なくなった猟犬、臆病で人を乗せられない馬。
そんな誰からも見捨てられるような可哀想な子たちをわたしは助けて、慈しんで、愛を注ぐ。
そうすることでわたしは満たされる。
彼らも、惜しみなく愛を注ぐわたしに答えてくれる。
わたしが落ち込んでいると側にすり寄ってきて慰めてくれる。
わたしは存分に彼らに甘えて、また彼らに愛を注ぐ。
わたしの世界はそれだけ。
わたしよりも可哀想な彼らとわたしがいれば、それで充分なのだ。
十歳のとき、わたしはまた可哀想なものを見つけた。
けれど、それは今までみたいに気軽に拾って慈しめるようなものではなかった。
わたしが見つけたのは、人間の子供だった。それも王族の子供。つまりは王子様。
そのときの彼はわたしの一つ上の十一歳だったけれど、世界に絶望したかのような暗く濁った目をしていた。
侯爵家の長女であるわたしのまわりにいるのは、裕福な上位の貴族ばかりだ。幸せそうな子ばかりだった。だから、見るからに不幸そうな顔付きをしている子を見るのは初めてだった。
今までの動物たちのように自分のものにすることこそ出来ないが、慈しんで愛を注ぐことは出来ると気づいたわたしは、彼に話しかけてみた。
「ねぇ、あなたの目きれいね」
他の子供たちみたいにキラキラ輝いていなくて、とてもきれい。
王子様はちょっと驚いた表情をしたあとでにこりと綺麗な笑みを浮かべて会話に応じてくれた。
「ありがとう。君の瞳も綺麗な碧色だね」
「そうかな。あなたのほうがよっぽどきれい。今まで見てきた中でだれよりも、わたしの好きな色をしているのよ」
じっと彼の目を覗き込んで、やっぱりきれい、好き、と呟くように言ってうっとり微笑む。
彼が戸惑った視線をわたしに向けてくるが、構わない。わたしはひたすらに愛でる。
「……君、変わってるね。名前は何て言うの?」
「シャルロッテ・ロイスよ、王子さま」
彼の名前も殿下という難しい言葉も知らなかったわたしはそう答えるしかない。
わたしは勉強というものに一切関心が持てず、この国の王族のことはおろか、淑女としての振る舞いなんかもきちんと覚えていない。
父も母もわたしなんかに興味はないし、期待もしていない。だからわたしも存分に手を抜く。
「ぼくは……クリスティアン・ベルネットだよ」
どうしてか彼はちょっとうつむき加減になって、消え入るような声で言った。名前を言うのを躊躇ったように見える。
「そう、クリスティアン、ね。覚えるわ」
彼、クリスティアンの鬱々とした空気が愛しくて、頬が緩む。
どんよりした雰囲気の彼についつい手が伸び、気づいたらわたしは彼の頭を撫でていた。
クリスティアンは驚いたようにびくりと肩を震わせたあとで、恐る恐るわたしを見上げてきた。
「……? シャルロッテ?」
「クリスティアンの髪は気持ちいいわね。ふわふわで、リーナともブラウともロットとも違うわ。気持ちいい」
やっぱりひとり言のように呟きながら、クリスティアンのふわふわな金髪をかき混ぜる。
「し、シャルロッテ……!」
「あら、なぁに?」
ほんのり赤く染まったクリスティアンの反応は新鮮で、わたしは目を丸くした。
「君は誰にでもこんなことしてるの?」
「してないわ。わたしが愛しいと思ったものにしか」
「い、愛しいって……君、自分が何を言っているのか……」
「分かってるわ、クリスティアン。わたしは愛しいの、あなたのその、すべてを諦めたような瞳が。苦しみを煮詰めて溶かして閉じ込めたようなきれいな目が好きなの。でも今、このふわふわな髪も好きになったわ」
クリスティアンは驚いたように目を見開いて、ばっと勢いよくわたしの手を振り払う。
強くわたしを睨む瞳には敵意が見えた。
ブラウも初めこんな目を向けてきたことを思い出し、わたしは優しく微笑む。
「怖がらなくても、いいのに」
クリスティアンは無言でわたしに背を向けて去っていった。
わたしはまた彼に会いたくて、父にそれを伝えてみた。
父は基本的にわたしの我が儘をきいてくれる。それは別に愛情からくるものではない。たぶんそうした方が面倒が少ないと思っているのだろう。
父にクリスティアンに会いたいと手紙だったか人づてだったかで伝えると、数日後、マナーのレッスンが厳しくなった。
言葉遣いや立ち居振る舞い、お茶会や食事のマナーまでみっちり仕込まれた。このとき殿下という言葉も覚えたし、クリスティアンを呼び捨てにするのは不敬なのだと知った。
そうしてようやく彼に会えたのは一年後。
一年前と同じく王宮で開かれたお茶会でだった。
お茶会には上位貴族の子供たちがわらわらいた。王子の友人探しのためとかなんとか。
子供だからってみんながみんな楽しそうにしているわけではないけど、わたしの興味を引くものはこういう場には全くない。だから正直いつも退屈で、適当にうろうろしてお菓子を食べていた。どこそこの令嬢と仲良くなる気はない。どうせ面白くない。
お菓子を食べつつ、うろうろしながら彼を探す。
他の王子は会場の目立つところで同じ年頃ぐらいの子供たちに囲まれていたというのに、彼だけは目につく場所にいない。
「――あ」
ようやく見つけた。
なかなか見つからないはずだ。そもそも会場にいないなんて。
クリスティアンは会場の外、立派な庭園にいた。
何をしているのか知らないが、何かを堪えるようにじっと立っていた。
あんまり動かないから置物みたいだ。
わたしは迷わず会場を飛び出して、彼のもとへ向かった。走るのは良くないらしいので、ピンと背筋を伸ばして歩いた。気持ちとしては今すぐに駆け出したかったけれど。
深い悲しみで彩られた硝子玉みたいな瞳が近づいてきて、わたしの頬は知らず緩んだ。
一年ぶりに見た王子様は相も変わらず悲哀に沈んだ目をしていて、わたし好みだった。
「お久しぶりです、クリスティアン殿下。わたくしのことを覚えておいででしょうか」
微笑んで、淑女の礼。
この一年で身に付けた礼儀作法だ。貴族はこういうことをきちんとしなければいけないらしい。大人の仲間入りをしたみたいでちょっと楽しいけれど、煩わしくもある。
「君は……シャルロッテ……?」
濁っていた瞳がちょっと透き通る。たぶん角度が変わったせい。
「ええ、覚えていてくれたのですね!」
忘れられていなかったことに破顔する。
クリスティアンは特に反応を示すことなく笑みを貼り付けた。
「何の用かな」
「あなたとお話しに来たのです。今日は王子殿下たちが来ると聞いていたのであなたに会えるかと探していたのですが、なかなか見つからなくて苦労しましたのよ?」
「探していたの? ぼくを……?」
「? ええ」
不思議そうというか驚いたというような表情でわたしをじっと見つめてくるので、首を傾けつつ頷く。
「クリスティアン殿下はここで何をされていたのですか?」
「……会場には、兄上たちがいるだろう」
「そうですね」
「だから、ここに」
「そうでしたか。でもわたしとしては会場にいてくれた方がありがたかったです。見つけるのに時間がかかって、あなたと居る時間が減ってしまいましたから。もっとあなたと居たかったのに。――どうしました? 珍獣を見るような目をして」
驚いたような、不思議そうな顔。よっぽどわたしが変な人間に見えるのかもしれない。
「君は……ぼくのこと、嫌いじゃないの?」
慎重に顔色を伺う瞳。
「何言ってるの? 好きよ。前も言ったでしょう?」
ああ、しまった。つい言葉遣いが乱れてしまった。
クリスティアンもわたしの発言に目を丸くしている。
しかし不敬だとかは言わず、警戒するようにじっとわたしを見つめて、はっと何かを思い出した様子だ。
去年のことを思い出してくれたのかもしれない。
「そうだったね……、君はぼくの目が好きって、言ってたね」
やっぱり思い出してくれていたらしい。
覚えていてくれたことが嬉しくて頬が自然に緩む。
「目だけじゃないわ、クリスティアン殿下」
「ああ……この髪も……」
「だから、それだけじゃないのよ。わたしはあのとき特に好きなところを言っただけ。わたしはあなたのことすべて、まるごと、あなた自身が好きなのよ」
まっすぐ、彼を見つめる。
一部分だけを愛する女だと思われてはたまらない。
わたしは一度愛すると決めたなら最後までそのすべてを愛する。良いところも悪いところも関係ない。すべてを、最後まで。
途中で捨てるくらいなら、初めから愛なんて注がない方がいい。
「ほんとに……? からかっているの? それとも……ぼくのことを知らないの?」
「知っているわ、一年前よりよく知っている。たくさん勉強したもの」
一度言葉を切る。
この一年で彼のことを知った。けれど、それは彼自身のことではない。彼の生まれた境遇だとか、環境。そこで彼が何を思い、どう育ったかまでは知らない。
クリスティアン・ベルネット。この国の第三王子。
正妃から生まれた上二人の王子たちと違って、身分の低い側妃から生まれた王子。
母である側妃は正妃から疎まれ、執拗ないじめにあって彼が五歳の頃衰弱死。
母が死んだことにより後ろ楯が無くなった上に、正妃の標的は王子自身に移る。
クリスティアンは王宮の離れに追いやられ、正妃の息がかかった質の悪い使用人にいびられ、上二人の王子のようにまともな教育環境は与えられない。
最悪なことは、こういったことをたいていの貴族は知っていて、誰も何も言わないことだ。
彼の境遇は王妃の行いのせいなので、口を挟める者も王以外にはいようはずもないが、その王も特に何をするでもない。
皆、第三王子には興味がないのだ。
どうだっていいのだろう、彼が質の悪い教育を施されようが、虐げられていようが。
兄二人のできが悪ければ、そうもならなかったかもしれないが、残念ながら二人とも優秀すぎるほどに優秀らしい。
そんな最低とも言える環境で育てば、絶望したかのような目をするのも納得だ。味方なんて一人もいなかっただろうから。
――とても可哀想で愛おしく思う。
でも、わたしより可哀想かと言われれば微妙なところだ。彼は母親には愛されていただろうから。
「わたし、勉強は嫌いだったんだけど、あなたのことを学べるのは楽しかったわ。礼儀作法を身に付けないとあなたに会えないと言われて、必死で勉強したの。あなたのことを思えば勉強なんて大したことなかったわ。そして、今、あなたに会えて、頑張って良かったって思ってる」
クリスティアンは呆けたようにわたしを見つめる。見定めているのかもしれない。わたしの真意が何なのか。
彼の唇が震えるように言葉を紡ぐ。
「どうして、そこまでぼくのことを……?」
まだ、疑っているみたいだ。
これまでの環境がそうさせているのだろう。疑り深く慎重なのは悪いことではない。身を守るためにはとても大切なこと。
「あなたが、可哀想で愛おしいから。暗くてぐちゃぐちゃに濁っているあなたの目は、とても素敵で、可哀想で、愛おしいの。何もかも諦めたようで何も諦めていないその目が、何よりもきれいだと思うわ」
「……」
彼は押し黙る。
わたしは存分に語らせてもらう。
「『可哀想』なんて気分の悪い言葉よね。でも可哀想と言い表す他に、いい言葉をわたしは知らないの。だから、可哀想と言うわ。――本来、わたしにあなたを可哀想なんて偉そうに言う資格はないけれど」
彼が王子だからとかそういうわけではなく、単純に、誰かを哀れむことができる程、わたしは幸せに生きてはいないというだけ。
「わたしはね、可哀想なものが好きなの。可哀想な境遇にいながら、最後まで諦めず抵抗して生きようとする力に満ちているものたちが好きなのよ。どうしようもなく惹かれてしまうの」
空を飛べなくなり地に横たわる小鳥の目に光は失われていなかった。必死に翼を動かしていた。
年老いて動きが鈍くなってなお、その犬の目はギラギラと獲物を探していた。殺されることなんて微塵も考えていなかった。
臆病な馬は人に優しかった。役立たずと詰られても瞳の優しさは変わらなかった。
彼ら自身はきっと可哀想なんて自分で思っていない。だって諦めていないから。
そして、目の前の王子様も同じ。
絶望したように濁った目をしていても、瞳に宿る強さは失われてはいない。どころか誰よりも力強さのある光を瞳の奥に隠している。
彼は生きることを、幸せになることを諦めていない。
なんて、きれい。
うっとり眺めていると、クリスティアンはその力強い瞳で見返してきた。
「君は、やっぱり、変わってる」
そう言ったかと思うと、笑った。本当の感情なんて無視した作り笑いではなく、何の裏も表もない純粋な笑み。
とってもきれいに笑うので気づいたらわたしの頬は赤く染まっていた。
それから五年経って、現在。
わたしは十六歳、彼は十七歳になった。
相も変わらず彼を愛しているわたしは機会があるごとに彼に愛を囁く日々を楽しく送っている。
互いに婚約者や思い人などがいないから出来ることだ。
もし彼に婚約者ができていたら、こんなに堂々と彼に好意を伝えていないだろう。心の中で思う程度だ。
「ごきげんよう、クリスティアン殿下。今日も麗しいですわね」
現在、わたしたちは王立学園に通っている。この国の貴族たちは十五歳から三年間学園に通うのだ。
わたしは二年生で彼は三年生。学年が一つ違うので、同じ学園内にいるとしてもどちらかが会いに行かなくては会うことはほとんどない。
今はわたしの方が会いに来た。
というか彼からわたしの方に来ることは滅多にない。嫌われているという訳ではなく、それより早くわたしが会いに行くからだ。
「シャルロッテ! 今日こそ私から会いに行こうと思ったのに」
クリスティアンはわたしを見て嬉しそうに微笑んだあと、また負けたと悔しそうにする。別に競争してるわけでもないのに。
そう、五年の間、惜しみ無く愛を注いだ結果、クリスティアンはわたしに心を開いてくれるようになっていた。
そして彼の境遇もちょっと改善されていた。
上二人の優秀な王子たちの手助けがあったらしい。王妃からの嫌がらせはなくなり、王宮内に立派な部屋も貰えたみたいだ。
兄弟たちとも上手くやっているらしく、喜ばしい限りだ。それもこれも彼が諦めず頑張った結果。
「ロッテ、今日は中庭に行こうか」
頷くと彼はわたしの手を取って中庭へ向かって歩き出す。
今はお昼休憩の時間。お昼ご飯を中庭で食べようということらしい。
横を歩いてわたしをエスコートしてくれる彼を見てくすりと笑みがこぼれる。
「どうしたの?」
「いえ、ずいぶん大きくなったなぁって思っていただけよ。社交的にもなったしね」
「そうだね、全部ロッテのおかげだよ。君がぼくを見つけてくれたから、ぼくはこうしていられるんだ」
「ふふ、素敵ね。笑っているあなたは本当に素敵」
「……ロッテはすぐほめるよね……話の途中でも」
「そうね、気づいたら言わないと忘れてしまうかもしれないもの。いつまでもこうしていられる訳でもないのでしょうしね」
今のところ互いに婚約者も思い人もいないのでのほほんとしていられるが、こんな関係もそう長くは続かないだろう。
彼は王子様だし、わたしだって侯爵家の長女だ。いつかは結婚するのだろう。
ただ、わたしのことをどうでもいいと思っている両親は、わたしを嫁がせる気がそもそもあるのか分からない。いや、学園に通わせるということはその気はあると取っていいのだろう。
一応侯爵家の娘だし、政略結婚には使える。たとえ変人と言われていようが。
「そうなの? どうかな、いつまでもこうしていられるかもよ?」
「あら、あなたと結婚でもしない限りは無理よ。浮気していると思われてしまうもの」
「あー、そうだね。まあ、なんとかするよ」
「え……」
びっくりして立ち止まってしまう。
その「なんとかする」はどこにかかっているのか。わたしとの結婚の方にかかっているのか、浮気の方にかかっているのか。
クリスティアンは唐突に立ち止まったわたしに驚き、戸惑ったように覗き込んでくる。
「ロッテ、ぼくとの結婚は嫌?」
不安げに瞳を揺らすクリスティアン。
「え、ちょっと待って。逆にあなたはわたしと結婚したいの?」
「そうだけど」
待って待って。混乱。わたし今混乱してる。
心を開いてくれたとは思っていたけど、予想以上すぎて。
「え? ちょっと待って。え?」
「ロッテがそんなに動揺するなんて珍しいね、可愛い」
彼は意地の悪い笑みを浮かべ、慌てるわたしに顔を寄せる。
「ロッテ、誘惑してきたのはそっちだよ。あんなにぼくに愛を囁いておいて、逃げるなんて許さないからね。ぼくのこと、好きなんでしょう?」
耳をくすぐる甘い声音に、腰が砕けそうになる。その腰は彼がいつのまにやらがっちり抱えてくれていたので、みっともなくくずおれることはなかったけど。
「……っ、な、なんて声出すの……! 足から力が抜けるかと……」
「そうなの? そしたらぼくがロッテを運ぶから大丈夫だよ」
「く、クリスっ……! わかったから、ここ、人目あるから……!」
「ロッテ、顔が真っ赤だね。でも恥ずかしがってるロッテも可愛いよ」
結局、クリスティアンはわたしを横抱きに抱えて中庭まで連れて行った。
すぐそこが中庭だったのが幸いだ。
中庭にいくつか設置されている、テーブルセットのチェアに下ろされる。
「ロッテは本当に愛されることに慣れてないよね」
クリスティアンは席に着かず、わたしに顔を寄せてクスクスと笑う。
「ずっとそばで見ていて気付かないなんて。もうとっくに感づかれているのかと思ってたんだけどね」
「わたしは、愛を注ぐのでいっぱいいっぱいなのよ……!」
恨みがましい視線を送るも涼しい顔で流される。
「そんな相手はぼくしかいないじゃないか」
「っ、わたしはあの子達にも愛を注いでいるわ。たとえ死んでしまっていても、わたしから奪われてしまっていても」
わたしの可愛がっていた小鳥のリーナは死んだ。弟の玩具にされて。
わたしの可愛がっていた老犬のブラウも死んだ。彼は、寿命が来ただけ。ただ弟が彼に乗って怪我をさせることがなければもう少し生きられたのかもしれない。
わたしの可愛がっていた馬のロットは、奪われた。人が乗れるようになったから。その後は知らない。
結局、自分のものにしたと思った子たちは父から与えられたものでしかなく、わたしの意見なんか関係なく父や弟の機嫌でわたしから取り上げられた。
わたしはもう怖くて、愛するものを理不尽に失うのが恐ろしくて、以前のように可哀想なものを拾うことはできなくなった。
「ごめん、そんな顔をさせたかった訳じゃないんだ。君が彼らのことを忘れていないのももちろん知ってる」
「ええ……いえ、そうね。もう、わたしにはあなたしかいないんだわ。――わたしは、あなたを望んでいいのかしら……」
「ぼく以外の男を望むことは許さないけど?」
「あら、まあ……それじゃ、わたしには初めから選択肢なんてないじゃない」
自信たっぷりの彼におかしくなって笑いが込み上げてくる。
「そうだね」
彼もいつもどおり微笑む。
わたしたちの結婚はきっと一筋縄ではいかない。王妃はクリスティアンが力をつけるような結婚はさせたくないだろうから。わたしの家は腐っても侯爵家。わたしとの婚姻は第三王子に嫌でも力を与えてしまう。わたしの両親がどう反応するかも読めない。
けれどクリスティアンは諦めない人だ。よく知っている。彼とわたしはきっと素敵な式を挙げるだろう。
「クリス。誰よりも、あの子たちよりも愛しいのはあなたよ。わたしは何があっても最後まであなたを愛するわ」
彼の目を真剣に見つめる。いつも伝えていることだけど、いつもより少し力を込めて。
彼はやっぱり嬉しそうに微笑む。
「うん、ありがとう、ロッテ。ロッテにそう言われると勇気が湧いてくるよ。ぼくも、ロッテが大好きだよ」
彼の言葉もおおむねいつもどおり。
けれど、彼の言う『好き』がわたしの思っていたものと少し違うことにようやく気付いて、恥ずかしくなる。
頬どころか顔を真っ赤にしたわたしを見て、彼は目を細めて優しく笑っていた。
それが悔しくてわたしは間近にあった彼の頬に唇を寄せる。
「――愛してるわ。わたしの哀れな王子様」
驚き、わたしと同じくらい顔を赤くする彼に満足していたら、わたしの頬を包むようにするりと彼の熱い手が伸びてきて、また、顔が近付く。
「ん……っ」
重ね合わせた唇は、頭の大事な部分が蕩けてしまったのではないかと思うほどに甘美で、わたしをうっとりとさせた。
唇を離したクリスティアンもうっとりとした瞳で、幸せそうに笑った。
「――ぼくも、愛してる。ぼくだけの愛しいお姫様」
お読みくださりありがとうございました!