プロローグ 平穏
「人が死ぬ。」
今までこのフレーズを何回見聞きしただろうか。
映画、小説、歴史……。ただ短い文一つで、現実ではあまり身近に感じられない”死”という概念を表すことができてしまっている。
別に長ったらしく書く場合も同じだ。結局は死ぬ。簡単に殺されてしまう。誰に? 筆者に、だ。
だから僕は小説家が嫌いだ。簡単に人を殺めてしまう。現実では成し遂げられない欲という欲を自らの手で建設した世界で踊らせる。
必要な描写だとか言って名を与えられずに死ぬ人、人、人。
主人公の心の成長に必要だと言って死ぬ人、人、人。
あっさりと目の前で死んでゆく人たち。自分の手の中にある本の上で踊らされている操り人形たち。ただ一人、その創作主のみが行える救済。ただただ、本の中は残酷である。
とか言っているが、別に僕は人が死ぬ小説が嫌いなわけではない。そしてさっきの”小説家が嫌いだ”というのは真っ赤なウソだ。ちょっとそれっぽく言ってみただけ。
そもそも、ストーリーの裏では誰かが死んでいるはず。それは老いによるものだったり、昔の戦争においての戦死者だったりする。それを描写しようが描写しまいが、作者の勝手だし、逆にその残酷さが主体となっている小説もある。登場人物は可愛そうだが、人が物語の中で死んでしまうことは小説に深みを持たせるには必要なことなのだ。
てなことで、ジャッジャジャ~ン。これが最近僕のはまっているライトノベル、”都会の底にて”。
いや~、これがねぇ、人がバッタバッタ死んでいくんですよ。なんだか純文学っぽいタイトルしてやがるくせに、文の書き方だとかキャラクターの質だとかがライトノベルって感じ。実際に作者もこれはライトノベルだって言ってるし。
まあ内容としては朝起きたら知らない天井。かなりのボロ屋のようだ。これはもしやと思った少しオタクの入ってる主人公くんがへやの窓を開けるとそこはビルや都会の喧騒とは全く無縁の田畑が広がるのみ。それから自分が知りもしない親に会ったり、生活したりしていくうちに、文明レベルは中世、剣も魔法もない世界に異世界転移したことが判明する。
と、いかにもザ・テンプレートって感じのラノベだ。だが、人が死ぬ。簡単に。まあそこが他の戸は違うコンセプトだけどね。まあ、自分だけが持ってる魔法で天下無双! みたいなのは溢れすぎて飽和状態だからあえて”生”を問うようなうこし真面目系のラノベになっているんだろう。
そう、こうやって長々と解説してきたのは___
「つまりこういうことだよ、ヤミくん。きっと面白いから読んでみて」
「あ、ああ。わかったからシン。お願いだから手を強く握るのをやめてくれ」
「ご、ごめん。つい熱くなっちゃって」
そうだ。今は休み時間ではないか。学生にとって重要な休息タイムに熱くありすぎて体力を削るのは本末転倒だ。
隣でやれやれと首を振っているイケメンの彼はヤミくん。女子の平均身長より10cmも低い僕と違ってヤミくんは180cmオーバー。ほんとに、僕にも身長を分けてほしい。
そんなヤミくんは腐れ縁だとか言っていつも僕の話に付き合ってくれる。それは非常に嬉しいんだけど……。周りの視線がとても恐ろしい。僕が幼馴染だからといってベタベタくっついているのが気に食わないのだろう。それくらいわかってるさ。わかってるけど話し相手はヤミくんしかいないし。そんなに羨ましいんだったら自分もこっちにくればいいのにとは思うけど他の人達と牽制しあって物々しい雰囲気の彼女らに僕はそんなことを言える勇気がない。まるでビーム系統の魔法が目から飛び出してきそうなほど鋭い視線が突き刺さる。女子って、怖い。
「も、もうすぐ次の授業だから、さ。席につこうよ」
「ああ。そうだな」
ここ一ヶ月、毎日同じような空気に飲まれているけど全く慣れない。これ以上一緒にいたらほんとにビームが出てきそうで体が警報を鳴らしている。とっさに放ったその一言で、今までの緊張した空気が嘘のように緩んだ。き、気にしない、気にしない。
キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン。
授業始めの合図が鳴った。そつなく礼をこなして着席。3時限目の授業、歴史が始まった。
「ではこの前の授業の続き、教科書175ページ目、”近代と竜”のところからだ。シン、読め」
「え? あ、はい」
まさか指名されるとは思ってなかった。この歴史担当の先生……名前なんだっけ? まあいいや。まだ高等教育学校入って1ヶ月仕方ってないし覚えていないのも無理ない、よね。とりあえずこの歴史担当の先生__歴たんでいいや。いかつい顔とはミスマッチなあだ名だけど__はいつも日付と同じ出席番号の人を指名するのに。しょうがない。読むか。
「何をぼーっとしている。早く読め」
「は、はい。
”近代と竜”。長年竜と共存関係にあった人類だが、良好な関係に転機が訪れた。1935年8月、竜治国家ペールに当時南半島を占有していたケミカム連盟国軍が近代兵器(魔銃、飛行機、大型魔力槽)を手に攻めいったのだ……」
そう、今読み上げているように、人類は愚かにも竜に戦いを挑み、無残に負けた。
だがその失敗を胸に、僕たちが住むここ、竜治国家ペール首都ペレリアでは、竜歴2044年現在、約100年間もの平穏が保たれている。あの大戦からの反省で他種共存をスローガンに、人々は文化を築き上げてきた。
だがそれは一時的な夢に過ぎない。
この平和な日常が崩れ去ることを、”殺戮の悪夢”と呼ばれた人竜大戦を人々が思い出すことになるということを、僕たちはまだ、知らなかった。