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スガノ神霊譚  作者: 弱酸
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参章(4)

「あら、あんなところに日誌なんてあったんだ」

「それはもちろん、管理人なら日誌をつけることは当然のことさ」

「あの……、奥田川さん。あの書架にある日誌読んで見てもいいですか」

「よかろう。でも、破くなよ」

 奥田川さんから許可を貰った僕は、書架のガラス戸を開け、日誌の中で一番新しいバインダーを取り出した。僕は、それをラウンドテーブルの真ん中に置いて、広げる。

「ハルちゃん、案外マメに日誌つけてるじゃん。普段はすっごーく自堕落な生活送ってるのにこういうところだけは几帳面なんやね」

「馬鹿言え。私はやるときはやるんだ」部長の顔が少しだけ赫らんでいる。

 僕は適当にページをめくってみる。


  *


――とある日の日誌――

<執筆者>

 一年奥田川成明

<日付>

 三月十三日火曜日

<天気>

 これまでのウンザリとさせるような気分の上がらない曇天から一転して、久々の青い空が見えたのだが、幾分風が強く、浮かんでいる雲は皆せわしなく通り過ぎてゆく、未だ肌寒い晴天

<報告内容>

 午前七時ごろ、遠心力野菜研究会の二年大野原が訪れる。内容は、醸造酢の貸与。午前七時三十分ごろ、二年大野原からの醸造酢の返却を確認。

 午前七時四十分ごろ、電磁的モラトリアム部【特例によるプライバシー保護】から部室の扉が開かなくなったと連絡が入る。午前七時四十五分ごろ、施錠委員会の【機密事項】に事態の解決を依頼する。【機密事項】ごろ、施錠委員会の【機密事項】である【機密事項】が当館に到着する。【機密事項】ごろ、【機密事項】より扉が治ったことの一報を受ける。なお、その際に【機密事項】から【機密事項】が【機密事項】であることから【機密事項】が必要であるとの報告もまた受けた。

 午後四時十分ごろ、学生指導の須崎すざき先生と遠山先生が来館。以前の来館に引き続き、当館に入居してある全部活動が生徒会からの直接的指導を受けるべきとの生徒会側の要望を口頭で受ける。当館の担当者奥田川はその要望を口頭で拒否。また須崎先生から、「来年度から生徒指導の担当が変わるから、よろしく頼む」とも報告を受ける。

 午後五時三十分ごろ、扇情主義的レオタード同盟の【特例によるプライバシー保護】より、次の学外活動の許可を求められる。担当者奥田川は「今はそのときじゃない」と返答した。

 午後六時二十分ごろ、夜間活動を謳歌するオタクの会の一年芝浦が来室する。登校途中で買ってきた唐揚げの差し入れをいただく。

 午後八時ごろ、魔獣召喚術研究会の【自称:天空神より授けられしダークソウルの守護者】が来室する。魔獣フェンリルの召喚術が完成したとの報告を受け、館内にいたものたちを集めて実演会を平凡荘の玄関前で開催したが、魔獣召喚術研究会のメンバーたちが何度詠唱呪文を唱えてもそれと思しき物体は現れなかった。八時二十分ごろ、実演会は自然解散した。

 午後十三時ごろ、夜間活動を謳歌するオタクの会の一年芝浦と一年佐々木から仮入部の誘いを受ける。担当者奥田川はこれを了承した。活動内容は「深夜のリアルタイムなアニメ鑑賞」だった。

 午後十四時半ごろ、本日の受付対応を終了した。

<本日の部活動入居許可に関する報告>

 新レトロゲーム機研究会:部活発足認定:裏部活

 新野球部:部活動発足認定:闇部活:重力加速度の向上


  *


「日誌に登場する部活はどれもヘンテコな名前ばかりですね」

 少なくとも学校が許可を出せるとも思えないし、公言できるような名前でもない。言おうものなら、三回ぐらいは聞き返されて、どう反応すればいいかわからないとでも言いたげな表情にしてしまう!

「でしょう? ここに入ってる部活って名前も活動内容もみんなヘンチクリンで、これだから平凡荘の部活はみんな学校中から変な目で見られるのよ。うちもこの部活に入ってるもんやからクラスの友達からその系統の人なんやないかって疑われとるし、まあ、それでも今はなんとか変人扱いまではされとらんとは思うんやけど……」

 ……、興奮気味の追風さんがヌーっと顔をこちらに近づけてくる。まあ無論、こんなシチュエーションも……悪くはないんだがな。

 管理人奥田川さんは反論する。

「なあに追風。平凡荘の部活動たちはみんな自由闊達で、青春を全力で謳歌しているじゃないか。あの生徒会に喰われてしまった覇気の無い部活動らに比べれば、遥かに有意義で健全だぞ」

 いや、生徒会の部活動のほうがよっぽど健全な気がしてならないのだが……。僕の気のせいなのか?

「なによハルちゃん。あのねぇ、こんな訳わかんない部活動がいっぱい蔓延はびこってるから、平凡荘にいる女子がうちを除いて一人しかおらんのよ。しかもその一人って、二階のこけし研究会にいる三年内海さんだけよ! ここに来た頃、その部室に顔出しに行ったら、壁一面にこけしびっしりと敷き詰められてるし、しかも当の本人すらもこけしになりきってしまってたし! 」

 うわぁ、そりゃ悲惨だ。追風さん、あなたがこの建物の中で――無論、僕を除いて――唯一正気を保っていられる存在だというのなら、それはもう厳重に保護しなくちゃいけないくらい貴重ですよ。

 奥田川さんのメガネが輝く。「いや、それは誤解だ。追風」

「じゃあ、何が違うっていうのよ」

「こけし研究会には、内海さん以外にもうひとり女子学生がいる。しかもその方は、今年入学したばかりの一年生だ! 」

「えっ、そうなの! どんな子、どんな子⁈ 」

「つい先日入部してきたばかりの方でね、名前を須藤さんとか言ったかな。どうやら*あかべこ*に関心があるらしく、部室に顔を出したときには、部屋の一角をあかべこが侵略し始めていたかな。もっとも内海さんは自分のことをこけしだと思いこんでいるものだから、そんな須藤さんを彼女は部屋の隅からずっと見つめているだけなんだがね」

 なにそれ怖い! ただでさえ、こけしで埋め尽くされた部屋というだけで、もし夜中にそこで目を覚まそうものなら怖じ気着いて用を足しにすらもいけないかもしれないくらいに怖いというのに、人が増えたら余計に怖くなり始めてる! ホラーゲームでステージとして出てきてもおかしくない!

 内川さんがバタンと立上がる。

「うち、その子のところに行ってくる! これ以上同じ轍を踏む子が出て来んようにせんと、この流れを止められるのは、うちらしかおらんのよ。みおちゃん、一緒に行こう! 」

 追風さんは、ニセ幼女若宮の腕を掴み上げ勢いよく部屋を飛び出していった。

 再び現れる僕と奥田川さん二人きりの空間――追風さんのあの天真爛漫さがそれまでの部室に温もりを与えていたことを考えれば、今このようにして、探れば探るほど、噛みしれば噛みしめるほど「変な人」にしか見えなくなってくる奥田川さんと再び、面等向かって話さなくちゃならないかと思うとどうも気が滅入る。引きこもり気味の病弱管理人奥田川さんは、先ほどからこちらを生ぬるい笑みで見ている。黒縁眼鏡の奥に光るあの瞳は、どうも僕が包み隠している潜在的な本心を見透かしてるようにしか思えない。

「追風と若宮さんが席を外してしまったからしばらく戻ってくることはないだろうね。追風は一回どこかに首を突っ込むと中々離れてくれないからね」

「随分と経験則から導き出されたかのような言い方ですね」

「あぁ、そうだとも、曲がりなりにも僕と彼女は長い付き合いだからね。彼女は相当なお節介だから」

 そうですか……、とも言えなかった。しばらく微妙な空気が部室の中を包み込む。

「そうだ」

 奥田川さんがパンッと拍子を打つ

「今のうちにこの部活に関してわからないところを聞いてみてはどうかな。追風もいないことだ、話がそれる心配もないだろう」

 急に質問はないかと言われても問いに窮することは世の常だ。うーん、などと呟きながら、僕はラウンドテーブルの上で開いたままになっている日誌をもう一度見直す。気になることが多すぎる――文中にある妙な部活動名や行動に対して一つ一つツッコミを入れるのは先ほどの一件で妙にどこか衰弱気味の僕には自信がない。

 その時、僕はその日の日誌の最後の項目に関心を寄せる。

「あのここにある<本日の部活動入居許可に関する報告>という項目って一体なんなのでしょうか? 別の日の日誌を見て見てもその日ごとに妙な名前の部活が生まれているようなのですが」

「おぉ、君は良いところに目をつけたね。そこに書いてある部活動名はね、その日管理人である私が認可を出したものだよ。『裏部活』は、生徒会の公認を受けない一般的な部活動で、『闇部活』というのは、その部活自体は全くのデタラメで、その裏で周囲に公表することのできない活動をやっている部活動のことだよ」

 その名称は、どうもこの学校の地下社会を覗いているかのような印象しか与えていない気もするのだが気のせいだろうか。

「でも、今の学校では生徒会の下にしか部活を置けないのですよね? だとしたら奥田川さんは一体なんの権限で部活動の発足認可を出してるんですか」

「はっはっはっ! 」

 笑い方は相変わらず妙に気味が悪く、釣り上がる頰に刻まれるシワは深い。

「もちろん、平凡荘の一管理人であり、また研究会の部長をやっている一学生の分際にすぎない私に学校の正式な部活動の発足認可なんて出せないよ。それはあくまでも、平凡荘に入居する部活動として認めたものだ。さっきも言ったが、それまで生徒の自主性を尊ばれてきた我が校において、生徒会による直接的で強権的な指導がかつてより為されている。だから、今この学校に*公認の部活動*を作ることは大変難しい、いや不可能と言っても差し支えない。生徒会の突きつけてくる条件はいつも厳しくて横柄だからね」

 彼らは実に権威的なんだ、とも添える。

「なら、ここにある部活動名はどれも非公認ですか? 」

「そう。でも、非公認の組織を設けることは決して校則違反ではない。禁止されていていない。校内で誰が勝手に徒党を組もうともそれを咎めることは校長にも生徒会長にもできない。一切自由だ」

 確かに必ずしも校内で結成される部活動が学校や生徒会の公認である必要はない。公認されれば学校側から様々な便宜が図られるかもしれないが、それが必要出ないのなら校内で何をしでかそうとやはり勝手なのだ。

「それにもう一つ特別な事情もある。創設当初から生徒の主な部活動の拠点はここ平凡荘であったわけだが、どうも学校側はこの建物内のどの部屋に何の部活が入居していたかを把握していなかったんだ。過去の管理情報をひっくり返して調べて見ても、そこに出てくるのは、一つの部屋を複数の部活で相部屋にしたり、部屋を又貸ししていたり、あるいはとうの昔にその部活が消滅していたとかね」

「随分と適当な管理ですね」

 教師というのは僕ら生徒に対して随分と権威的に振る舞うが、その反面、彼らの学校の管理体制というのは随分と脇が甘くいい加減なものだな。所詮は面倒な事案は後回しにしようとする、大雑把で人間臭いお役所論理による結果の反映といったところに帰結するのだろう。しかし、

「それだったら、なぜ学校側はこの建物に対して強権的に対処しようとしなかったのですか。その気になれば、生徒を停学や退学とかもチラつかせて言うことを聞かせることも出来たんじゃないですか」

「それは不可能だ。仮に学校側がそんな手段を使おうたって、平凡荘にいる生徒はみんな拒否するのは目に見えている」

「*みんなでやれば怖くない理論*ですか」

「そうさ。仮に平凡荘にいる生徒、数にすると最低でも百人以上いる私たちを一斉に停学や退学に追い込んでしまえば、それはもう学校の安定的な運営にも支障をきたすことは必至だし、第一、地域住民にも悪印象を与えかねないのだから、そんな手を彼らは出せっこないよ」

 聞けば聞くほどに学校側のチラつかせる権威というものはハリボテのように薄っぺらいものだという思いで溢れそうになる。僕は、背もたれにもたれかけ、深くため息をつく。

「それだけ学校側に反抗的な態度をとる生徒がいるというのなら、生徒会という名称は随分と現実と乖離しているようにも思えますね。それじゃあ、生徒を代表する会ではないじゃないですか」

「日本中のどこの学校にしたって、生徒会というのは必ずしも生徒の代表じゃないだろう。むしろ、学校側の作り出した学校のための擬似的な傀儡代表機関なのだし、むしろ*学校が存在するから生徒会も存在する*に等しい。ほとんどすべての生徒は生徒会の役員選挙なんかに希望を抱いていないし、何も変わらないと、変えられないとも思っている。それに、そもそも関心がない。もっとも私は別の意味で関心を持っているのだがね……」

 言わんとすることはある程度予測もつくことだし、僕はあえてそれが何かを聞かないことにした。


 外からは夜の到来が叫ばれた。窓越しに漏れ聞こえる虫の音々は、春の営みがより確かのものであることを僕に知らせ、とろとろに溶けた安心をもたらしている。


「追風さんたち随分と遅いですね。まさか、ミイラ取りがミイラになるなんてことはないでしょうね? 」

「さあね。こけし取りがこけしになったりしてね」

 …………。

 そういえば、

「追風さんはどうして、この部活に入ったんですか。あの人はどちらかというと、こんな変人ばかり集まるところじゃなくて、もっと女子高生らしいというか、キラキラした世界にいそうなのですが」

「ジメジメ部活で悪かったねぇ」

 いやいや、ミステリアスな印象しかない奥田川さんがそんな、ほおを膨らませたって茶目っ気なんて出やしないから。

「彼女は自分から入るって言ってきたんだ。去年のちょうど秋頃のことだったかな、私のところに突然飛び込んできて、『人がいないのなら、私が入ってあげてもいいんだけど』とかいいだしてね。彼女、そんな類のものには一切興味がいなかったのにね。本当に不思議なことだよ。空から槍でも降ってくるんじゃないかって……。まあ、入部してから今においても、大して研究内容に興味があるわけでもないようだけど」

「元々興味がない点では、僕と追風さんは同じ境遇というわけですね」

「いやいや、そもそも君自体が僕の研究対象のようなものなのだから、たとえ入部しなくたっていずれは私の研究サンプルになるだけさ」

 もしそうなりそうな時は全力で阻止する!

「それに君が追風に対してどんな印象を抱いているかは私の知るところではないけど、彼女は彼女で随分と変わっているよ。主に趣味の方面でね」

「えっ、なんですか? 」

「うーん、私の口からは答えられない。知りたければ彼女に直接聞くか、彼女の行動を逐一監視して隙を狙うほかない」

「僕もそこまで人の内面を探ろうなんて思うほどの腐った性分ではないですし」

 ましてや、ストーカーですらない。

「まあ、知らなくても良い事実もあるのだよ。世の中には」

「そうですか……」

 夕日の沈んだ宵の部室には、話すネタを出し切ってしまった瓦斯欠気味がすけつぎみの精根尽きた男二人がわびしく座っている。彼らは只々、この難題をいとも簡単に解決することのできるその道の達者が帰還する至近未来を待ち焦がれていた。

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