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スガノ神霊譚  作者: 弱酸
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弐章(2)

 一時間以上が経過し、ようやくすべての部活動の紹介が終わった。

 今日から一週間は部活動の仮入部期間であり、それは等しく先輩たちからの間断のない勧誘活動が始まることを意味していた。

 講堂を出ると、早速、外では各部活動の部員たちが残っていて勧誘活動を開始していた。

 部員たちはめぼしい一年生を見つけては、声をかけ、捕まえて、勧誘ポスターを押し付ける。「先輩の力」を使って、貧弱そうな一年生を無理やり勧誘しようとする輩もした。

 運動系の部活動が僕に勧誘ポスターを配ってくるのだが、見るからに運動経験のなさそうな出で立ちをした僕に果たして配る意味はあるのだろうか? 紙の無駄ではないか?  いやむしろ、ただ単にポスター配りのノルマを達成するためだけなのだろうが……。

 ところであの部活はラグビー部だろうか? ガタイのいい一年生が担がれながらどこかへ誘拐されてしまった。

 僕は一人、そんな鬱陶しい喧騒から逃れ、人通りの少ない通りへと出る。

 騒がしいのは嫌いだ。

 鼓膜が破れそうでイヤになる。

 だが、正直なところ、どの部活動に入ろうかいまいちピンと来ていない。この際、心機一転して、運動系の部活動に入部してみようかとも考えたのだが、基礎体力もままならない僕に続けられる自信もない。そうかといって、文化系の部活動に入るのも考えものだ。絵も音楽も大してできるわけではないし。パソコン部とかアマチュア無線部も考えては見たのだが、どうもどこかしっくりと来ない。

 どこか腑に落ちないんだ。

 僕が求めている学園生活というのは、簡単に言えば、完全に棒に振ってしまった灰色の中学時代を直ちに挽回し、先輩や後輩たちとクラスを超えた交流が生まれ、できることならそこで彼女も作って、華やかな学園生活……。

 そんな実現できそうにもない絵空事を無双している、無力な僕がいる。

 ありきたりで、周囲からすれば一見楽しげな部活動というものに、僕はある種の抵抗感や疎外感のようなものを感じている。つまり、自らがその場にいる事自体が全くもって場違いであるかのような、あるいは、彼らがなぜ、そこまで享楽的で楽天的な毎日を送れているのかという、僕が未だに解決できていない大いなる疑問から発せられていることは承知なのだが、しかし、自らがその曖昧模糊な感情を制御することもままならず、僕は只々、その場において、頭も考えないであるかのような彼らと、余りにも悲観的で悲劇の主人公を演じようとしている僕に杞憂の念をぶつけることしか出来ないでいるのだ。

 僕が、先程から常々述べてきた、夢というものは、ある意味で彼岸の世界にあるような非実在的な代物であり光景であるのだが、しかし、運悪くも僕のおつむがよろしくないせいで、未だに、華やかな高校生活という夢を追い続けているのだ。

 ただ、今の現状を見る限りでは、僕がこれまで偉大的なそんな些細な夢の数々の実現も、この調子じゃ幸先悪そうとしか思えない。

 中学の頃の行動パターンを今後も踏襲するのであれば、やはり、今後の高校生活というのも、大して友達も作れずに、女子と喋る機会もなく、無駄な時間がただ流れ去っていくだけの毎日がフイルムのように繰り返されるだけなのだ。

 このままでは、刺し身の脇役、渡辺・愛方すらも下回り、そもそも高校生活に置いて何ら重要な役割を果たさなかった無名の徒に成り下がりかねない。

 少なくとも、僕の中学時代というものは、そういったものであった。

 毎日が、終わることのない疎外感で満たされていた。

 だからこそ、これからの高校生活というものに、僕はある種の希望を抱いているのである。それは、中学で自らが自らでないものを日々演じることの遠因となっていた中学の同窓生と完全に袂を別つ環境が此処に与えられ、新しい自分が形成されるのではないかという、細やかな期待である。人のために演じ続けてきた根暗ピエロが果たして、その素性を明かし、本来の内面から生じる心情によって、新しいペルソナは形成されることが、可能な話だと言えるのだろうか?

 形成されてほしい。そうであってほしい。

 僕が、これまで存在しない別人を演じてきたことが事実であってほしい。

 それが、僕が今抱いている願いなのだから……。


「おーい。川霧くーん」

 そんな、考えたってどうしようもないことを考えていると、背後から香春が小走りでこちらに来た。邪気のない香春のよく成長した胸の周期運動が、僕に心の不浄さを暴いていく。

「やあ、香春。どこの部活に入るか決めたのか? 」

 香春は少し息を切らしたようにしながら話す。言葉に小粒の汗を感じる。

「うん、決めたよ。川霧くんは? 」

「いーや。僕は全然だ。このままじゃ、僕は高校生になっても帰宅部のままかなあ」

「そうなんだ。私ね、生徒会に入ろうと思ってるの」

「生徒会? 」香春は、うんっ、と頷く。

「そう、生徒会よ。ほら、さっきの説明会でも言ってたじゃない。生徒会のスタッフを募集してるって」

 幸塚高校の生徒会は他の学校の生徒会とは違う。生徒会長を頂点に、その下にはいくつかの部署が存在していて、その下にスタッフが存在する。生徒会の選挙で選ばれる役職は、生徒会長と書記長、部活動管理部長、校内行事担当部長、広報部長の五つで、それ以外の役職は生徒会長が自由に作ることができ、スタッフ自体は希望する人であれば一年生からでも入ることができる。

 その規模は役員・スタッフを併せて約百名を数える。

 この学校の生徒会はやけに規模が大きい。

 生徒会スタッフは全員、赤っぽいスタッフジャンパーを着ているからみんな分かりやすいし、さらに、役員は腕にワッペンを付けている。

 生徒会スタッフは役員たちの指示の下で、まるで軍隊か機動隊のようにぞろぞろと動き回り、しかも、生徒会の権威を後ろ盾にした高圧的な輩も多いため、巷では「赤い悪魔」とか「赤ジャン」などと呼ばれている。

「生徒会だったら、お前みたいなやつにはお似合いだな。香春」

 もっともこの表現において、先述の高圧さは抜いてある。

「あら、それはどういう意味かしら? 」香春はヌッと上半身を近づける。

「何の意味もないよ」ただそう思っただけ、消して深い意味もない。考えてもない。

 少しだけ僕は上半身をずらすことで間合いを取るようにして、彼女の存在感に圧倒されている。

「でもお前がそうやって、一年生の頃から生徒会に入るってことはやっぱり将来の生徒会会長選のための布石か何かかな? ほら、お前って学級委員長とかなるの好きじゃないか。将来は、この学校からの『女総理誕生』も夢じゃないかもな」

「学級委員長は好きでなったんじゃないの」

 香春は、何かを拒むかのように、少しうつむき気味になり、少しだけ体をねじるようにして、僕に正面を向けない。

「そうか、ごめん……」

 悪かった。

「いいや、気にすることじゃないよ、川霧くん。これは私の性格のせいもあるし、別に学級委員長をやるのは嫌いじゃないよ。中学の頃も任されてたから」

「でも、学級委員長みたいなクラスをまとめ上げる仕事が嫌いじゃないっていのなら、それならいっそ、生徒会長のポストを狙ってもいいんじゃないか? 」

「いいや、違うの、川霧くん。学級委員長ってみんなのイメージだと、クラスをまとめ上げる代表者っていう感じなのかもしれないのだけど、本当は違うの」

「違う……」うん……、と香春は頷く。

「そう、まるっきり。何の役割にもつかない普通の生徒なら、クラスの学級委員長に選出されることは、等しくクラスをまとめ上げるトップということになるのだろうけど、実際の学級委員長というのは、あくまでも生徒会直属の役職でしかないの。それはつまり、私の今の役職は生徒会長の承認を得た存在・機関なのであって、クラスの代表者というわけではない。そして、その代表者ではないものの責任ある立場こそが、私の求めるものなの。例えば、そうね。生徒会なら副会長さんとかかな。だから、私はクラスのみんなかから『クラスの代表者』として見られることが好きじゃないのよ」

「うーん、僕みたいな一小市民には到底理解出来ないスケールだな」

 到底僕には、呆けていることしかできない。

「あら、そう? なんてことないと思うのだけど」

「……で、結局。香春は一年生から生徒会のスタッフに入って、将来は生徒会の副会長にまで登りつめるということなのか? 」

「そうね。そうなると思う」

 香春にとっては、立候補して生徒会長になるよりも、下からの叩き上げで副会長くらいまでのポストにまで登りつめることのほうがなんてことないのか。もしそれを簡単だとうのなら、香春は将来とんでもない大物になるんじゃないのか? 彼女は確実に実力だけで、叩き上げで生徒会役員勢に加わろうとしているのだ。自らの実力を信じていて、それを有効に活用しようと考えられる高校生なんて、おそらくきっと世界中を探し回っても香春しかいないだろう。もしかすると、僕は早いうちに彼女に胡麻を摺っておいたほうがいいのかもしれない。

 彼女は、何かをごまかしたいかのように、あるいは何か照れ臭いことでもあるかのように、自らの心情が暴かれることを防ごうと、僕に顔を合わせようとはせず、不規則なリズムで、僕の周りをゆらゆらと歩き回る。

「それでね、川霧くん」すっと、彼女は僕の方を向いた。

「なんだ? 」

「私と一緒に生徒会のスタッフにならない? 」

「え! 僕が? 」

「いや、なんだかさ、川霧くんってスポーツをたしなむ人でもないし、かといって幸塚高校の文化系部活動には興味なさそうだし、このままだと帰宅部になるんじゃないかなあ、なんて思って。だから誘ったの。きっとやりがいにはなるはずよ」

 香春は底までお見通しだったのか……?

 うむ、その指摘は誠に鋭いであるぞ。

「でも僕はお前なんかと違って、将来副会長ポストを狙おうなんて思ってもないし、そもそも僕はヒラがお似合いな人間だ。中央権力に参画して手腕を振るおうなんていう考えは、これまでも、そしてこれからも僕の中に生じることは無いんだ」

「ヒラならヒラでいいじゃない。一年生から入って卒業するまで何の役職も与えられずにヒラスタッフとして生きることだってできるのよ」

 自分で行っても何だが、万年ヒラは嫌だなぁ。ヒラヒラの人生を送りそうだ。

 香春さんの言葉がグサグサと突き刺さっている。

 でも、女上司香春さんからこき使われる毎日も嫌いじゃない。

「そうだな、香春。もう少し考えてみるよ。仮に僕が生徒会に入ったとしても、将来、自らの無能さに際悩まされる気がしてならない。でも、香春さんからのきついご指導をいただくのも嫌いじゃない」

「あら、何のことかしら? 」彼女は、首を傾げる。

「いや……、なんでもない」聞き流してくれ……。

「そっか、残念だなあ。川霧くんには生徒会はお似合いだと思ったんだけど……」

「うーん……。もう少し他の部活にも可能性を探っていきたいから。生徒会は最後の手段ということでとっとくよ」

「そうよね。ごめん、無理に誘っちゃって」

「いいや。こっちこそごめん。誘ってくれてありがとう」

 ただ、僕は彼女をまた俯かせるような真似をしてしまった……。

「じゃあ私、生徒会の見学に行ってくるから。じゃあね」

「じゃあ」

 そう言って僕は香春に手を降った。

 香春は小走りに去って行った。

 僕はいつの間にか校舎と校舎の間の狭い路地に突っ立っている。冷たい風が僕の間を駆け抜けてゆく。

「あんなこと言ったけど、入部のアテなんてどこにも無いしなあ……」

 あるのは、帰宅部としての冴えない毎日だけ。それなら、僕は香春さんの誘いを快諾しておけばよかった。あの香春さんなら、こんな凡庸な僕でも大切にしてくれるだろうし、それに校内で最大規模の組織である生徒会なら、僕は僕が望んだ華やかな高校生活に近づけたのかもしれない。


  僕は今、校舎と校舎の間にある薄暗くひんやりとした風の吹き抜ける狭い路地に一人佇んでいる。あれだけ騒がしかった講堂前に屯していた勧誘の喧騒もここまでは届かない。

 入学したばかり故、今僕がどこにいるかも見当もつかない。

 ただ、コンクリートに覆われたこの空間に色彩は感じられない、灰色の無彩色が広がっている。

 どうやら迷ったようだ。

 無機質の空間に閉じ込められたようだ。

 僕は検討もつかずにただ歩き始める。そうしてただ歩いていれば、どこかに抜け道があると思った。

 しかし、それは見つからない。あるのは、細く続くコンクリートの通りと中を除くことのできないホコリのかぶった窓が並ぶ視界だけ。

 歩みを進めていくほどに、冷たい向かい風は次第に強くなる。

 冷たい風で次第に体温を奪われていく。

 でも、このまま前に進まないと僕はここから永久に出られない。

 そう、ずっと永遠に……

 永久に……

 果てしなく……。


「おーっと、ここで何してんだい、君」

 僕は誰か男の人に声をかけられた。あたりを振り向いてみたがどこにも見当たらない。

「まったく、私は幽霊じゃないんだから早く気づいてくれよ。ここだよ、ここ」

 後ろを振り返るとそこには、はんてんを着た高校生が立っていた。

 夏の制服の上から赤いはんてんを着ていて、

 床屋に行ってからずいぶんと時がたったようなボサボサ頭で、

 日にあたったことがないかのように白い幽霊のような顔の

 下駄を履いた黒縁メガネの少年

「こんなところで迷っているとは、さては君一年生かな? 」

 はい、そうです――とも言えなかった。僕はただ黙っていた。

「いやー、君が悪いんじゃないんだよ。君が迷うことは悪いことじゃない。悪いのは、使い古した建物を一向に解体しようとせず、そのまま温存を図っている学校の運営側だよ。彼らは、何か怪しい迷宮の一つでも作りたいのだろうか。無論、私はそっちのほうが大好きなんだがね」

 男はニヤッと笑う。

 僕はやはりまだ、ずっと黙っていた。喋りだすことが、話しかけることができなかった。ただ、捕食者に見つかった草食動物のようにただずっと動かないでいた。動けなかった。

 男は、カランコロンと音を立てながら近づき、僕の肩をポンッと叩く。

「安心したまえ、君。別に僕は君を獲って喰おうなんて思わない。私にだって善意の一つや二つはあるはずさ」

 あ……、どうも

「……で、ところで何だけど、君の願いは何だい? 」

 願い……?

「そう、願いだよ。今、君は何を欲していて、そして今、君は何をしたいと思っているのか」

「願い……」僕は弱く黙る。そして考える。僕が今望んでいることを

「早く、ここから抜け出したいです」

「ほほう、そうかそうか」

 男は満足げに笑う。

「よし、じゃあ君に出口を教えてあげよう。私についてきなさい。君の望む方へ導いてあげるよ」

 そう言って、男はいきなり僕の制服の袖を掴んで歩き始めた。僕はグラっとよろめきつつも、男に引っ張られるようにして歩き始める。男の歩くペースは早かった。

 男はカランコロンといわせながら僕を引っ張っていく。

「あ、ところでさ、君。確認なんだけど」男は少しだけ僕の方を振り向く。

「はい」

「今日から一週間って、部活動の仮入部期間だよね? 」

「えぇっ? あぁ、そうですが……」

 それを聞くと男はまたも満足げに笑い、こう言うのだった。

「さあて、面白くなってきたね」


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