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スガノ神霊譚  作者: 弱酸
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七章(3)

「……んー……。今日は、参拝の時間はとうに過ぎとりますよ……。ふぁー……」

 振り返ると、そこにはあくびをしながら、目をゴシゴシとこする見慣れない別の童女が立っていた。古風な格好をしてるところは同じであるが、髪の色が違うようだ。ただ、見た目に関しては、見分けがつかないほどにそっくりであった。一卵性双生神か?

 この場合、僕はこの姉妹の神をどのように呼び分けるべきなのか? 童女が二人もいては、混乱を招くというものだ。

「なんね、兄さんは? 神様を起こすとはえらい度胸しとるみたいやね。……って、あらら? もしかして、清貴ね? あらー、久しぶりやないね。元気しとった? 」

 訛りが強いところも、僕のことを「清貴」と勘違いし、人間が千年以上も生きると思っているところまで、姉妹そっくりである。

「違う違う、僕は清貴ではない。その人は、もう千年以上も前に亡くなっているんだ。僕の名前は、川霧結だ! 」

 と言っても、それでも、僕のところを清貴ではないかと疑い、訝しるような目つきで僕を見るところまで姉妹同じである。

「おかしいのう。うちには清貴にしか見えんのやけどなあ……。それで、今日は川霧家の人が何の用事? 」

「うちの童女……じゃなくて笠戸姫が、仲直りしたいと言ってだな、それで、僕は今日、こうして彼女の形代持ってきたわけだ」

 そう言って、僕は童女の息がかかった形代を姉の神に手渡す。

 姉は、それをしばしゆっくりと眺めると、笑顔でうなずく。

「そうかそうか。ありがとね、結さん。あの清貴がおらんくなってから、暫く、仲がもつれとったんやけど、今こうして、仲直りできたよ。ありがとう」

 僕は胸をなでおろした。千年以上続いた姉妹の神の下らない喧嘩に終止符を打ったのだから。

「じゃあ、うちの方からも、あの子に伝えないかんね」

 すると、何処からともなく和紙を取り出しては、和鋏わばさみでジョキジョキと綺麗な人形を切り出した。妹よりも姉のほうが器用なのか……。

 豊原姫は、形代にふーっと息を吹きかけると、僕にそれを手渡す。

「これをあの子に渡してくれたら、仲直りは成功ね」

 はい、と僕は笑顔で答える。

「じゃあ、豊原姫。僕はこれを笠戸姫に手渡しますよ」

「うんうん、ありがとう。また、遊びに来ておいでよね」

 僕は豊原姫に手を振り帰る。そして、数歩ほど歩いたとき、後ろから姉の神が僕の服を掴む。僕が、その神の方を見ると、豊原姫は、何かを警戒したような顔つきで、何処かを見ていた。

「待ち、兄さんよ。どうも夜中の社に侵入したのは、一人だけや無かったみたいやな」

 辺りを見渡しても、誰かいる気配はしない。ただ、風が止み、静けさのみが辺りを支配している。呼吸は、只々浅くなる一方である。

「兄さん、上ちゃ。上見てん! 」

 はっと、上を見ると、年月を感じるその巨大なシルエットの枝の上に、何者か、見覚えのある姿が月に照らされ立っていた。僕が、その姿を認めたとき、それは、空から何かを携え、風邪を切り裂きながら、僕に向かって落ちてくる。

「気をつけ! こっちに来る! 」

 豊原姫は、とっさに僕の服を掴み、思い切り引っ張る。僕は、それが持っていた鋭利な何かに頬を着られるのと同時に、そのまま後ろに向かって投げ出された。僕は、仰向けに地面に倒され、持っていた懐中電灯は転がっていく。

 命の別状はない。ただ、頬から血が流れている。鋭い痛みも伴う。

 僕は、その姿を一週間前に自宅前のバス停で見かけたことを思い出す。

 翁面を被り、幸塚高校の制服を来た少女は、大きな矛を地面に深く突き刺している。

 豊原姫は、すっと本殿の屋根に飛び上がる。

「どうやら、こいつは兄さんの命を狙いようみたいやね」

 僕がゆっくりと地面から立ち上がったとき、その翁面の女も矛を地面から引き上げ、そして構える。ぐっと重心をおろし、僕に狙いを定めた女は、目にも留まらぬ速さでこちらに迫ってくる。僕は、目をつむり、構えた。

 僕は、もうだめだと悟った。

 豊原姫も、僕がもう間に合わないことは分かっていたはずだ。

 これで最後だと思っていた。短い人生だったと。

 しかし、次に僕が目を開けたとき、状況は、全くと言っていいほどに異なっていた。

 僕は、その臆病な自らの意思に反して、どこから飛び出したかもわからない剣を構え、能面の女の攻撃を刃で受け止めていた。能面の矛の刃と僕の剣の刃が鍔迫り合いを演じている。どちらも、譲り合うことはない。

 僕は、横にヒョイッとよけ、相手の攻撃を受け流す。

 相手は少しよろめきながら、前に行ったが、またすぐに体勢を取り戻す。

 僕は、相手との距離を十分取るように心がける。

「兄さんよ。こいつは、どうも人間の類じゃ無さそうやぞ。邪悪な物の怪か、その物の怪にとりつかれた人間か何かやろう」

 そうか! その発言の中に僕は、ある気づきを得た。僕は今、ようやくにして事実が繋がった。どうして今まで気が付かなかったんだ!

「豊原姫! こいつは、僕の学校で噂になっている能面を被った女子高生だ。こいつの正体は、きっと能面そのものにあって、少女の方は、きっとお面の意思によって操られているんだ。だから、僕はお面を破壊する! 」

「そうか! やっても構わんが、あんまり自分の意思でその剣を振り回したらいかんよ。その剣を託したやつを信じて、そいつに託して振るんちゃ! 」

「ところで、この剣は誰がくれたんだ! 豊原姫、お前か! 」

「いーや、うちやない。いつも人にびびんこしてくれって頼んで、しかも、わがままな誰かさんのちゃ! 」

「あぁ、分かった! パフェとメロンソーダで腹を下すし、言った後に恥ずかしがる誰かさんのことだな! 」

「そうちゃ! 」

 僕と豊原姫は、互いに笑みを向ける。

 そして、翁面の女を見る。ただ、じっと矛を構えて、攻撃の瞬間を伺っている。

 僕は、剣を強く握りしめる。その誰かさんが僕の全神経を支配して攻撃できるように、僕はしっかりと力を込める。

 能面の少女が先手であった。鋭く光る矛を構え、急速に間合いを詰める。僕は大きく息を吸いながら、両手で持った剣を高く空に振り上げる。

 能面の少女は、もうすぐそこまで迫ってきた。僕は、叫んだ。

「もう、どうにでもなれー!」

 僕は剣を振る降ろすと、剣の先は能面を縦に割れていくのが見えた。そして、その割れたお面の内側から、僕はこの目ではっきりと、あの少女、宇佐原れなが現れたことを確認した。しかし、それに気が付いたのは、もう僕の二十センチメートルほどにまで迫ったときだった。もう、顔面同士、衝突する以外に術がなかった。


 痛い! 顔が痛い!

 痛みを何かで例えるなら、除夜の鐘の余韻で音叉が振動しているように痛い!

 運良く、両者ともそれぞれの刃物がぶつかることはなかったのだが、顔面の凸部分がじんじんと痛むのである。

 豊原姫が駆け寄ってくる。

「兄さん大丈夫か! 思い切り、顔がぶつかっとったぞ! 」

「ああ……、大丈夫だ……。怪我はしていない……。ただひたすら、顔が陥没したかのように痛い」

 ところで、

「相手の方は大丈夫だったのか。そいつ、宇佐原家の人間だぞ」

 「なんですと⁈」と、豊原姫は宇佐原れなに駆け寄る。

「のう、兄さん。人間ち言うのは、どうやって死んどるか、生きとるか判断するんね」

「……そうだな。呼吸しているかとか、かな? 」

 豊原姫は、彼女の口に自らの耳を寄せる。

「大丈夫みたいやぞ、兄さん! 生きとる、生きとる! 」

 僕は、ほっと胸を撫で下ろす。しかし、それと同時に強烈な緊張からの開放による疲れが、どっと押し寄せ、僕はそのまま寝るように倒れてしまった。


  *


 ……兄さん、兄さん! さっさ起きんね!

 僕に向かって叫ぶ声が聞こえるのと同時に、肩が強く揺らされる感触も同時に感じられた。

 僕は、ゆっくりと目を開けると、その視界には、豊原姫と宇佐原れながいることを確認した。

「おお! やっぱ生きとったんね! 良かった、良かった」

 僕はゆっくりと体を起こす。

「なあ、豊原姫。僕、どれくらい眠ってた? 」

「うーん……、一時間ぐらいやろかね? 」

 僕は、まだ頭蓋骨が陥没したかのような、深い部分から起こる痛みを感じる。愚鈍な痛みというものである。

 急に宇佐原は、僕に頭を下げる。

「ごめんなさい……。私、あなたの命を奪おうとしてしまった……」

 そのまま、宇佐原は下を向いて、何も喋らなくなってしまった。

「れなの奴な。ここ最近の記憶が曖昧らしいんよね。覚えとったり、覚えとらんかったりして、ある時、ふと気が付くと知らない場所に立っているかと思えば、自分がしたとは思えんことを自分がしたということになっとったり……、こいつはこいつで、色々と辛かったらしいんよ。やけん、あんまり、れなのことを攻めんでくれんかね? 」

 僕は、宇佐原の方を見る。その目からは、暗くてはっきりとは見えないが、涙がこぼれていた。

 当然、僕に彼女を責める意思はない。

 僕は、宇佐原の背中をさする。

「いいんだ、宇佐原。理由がどうであれ、結果として、僕は死ななかったんだし、まあ、頭は痛いんだけど……、でも、生きてるだけマシってもんだよ」

「ごめんなさい……。私が弱いばっかりに、お面の力を頼ったばっかりに……、全部、全部、私が悪いの……」

 宇佐原のすすり泣くようにして、そう言っていた。

「そういえば、豊原姫。能面はどうなった? 」

「あー、あれか? あれなら、ぱっくり割れてそのまんまよ。ほれ」

 豊原姫は、見事なまでに真っ二つに割れた翁面を僕に渡した。見事な作りではあるが、やはり、宇佐原がしばらく使っていたせいか、所々に細かな掠り傷があった。

「兄さんの言う通り、うちが感じた不快なものの正体はそれやったみたいやな。でも安心しとき、それにはもう何も憑いとらん。そいつはな、お面を付けた者の肉体を支配し、次第に肉体に宿る魂を駆逐しては、乗っ取ることが出来るんよ。本来なら、これは人間で呪術をやるもんでも出来るもんじゃないし、大体なら、弱い物の怪が依代を得るためにやる姑息な手段やけどな」

「でも、僕の聞いた話では、幸塚高校の女子生徒を中心に、最近そのお面が沢山出回っているらしいんだ。僕の家にも、回収したものがあるだけあるんだけど、もし、その話が本当なら、同時多発的にそれらが頻発したことにならないか? 」

「うーん……、確かにそうやな。そうであるとするならば、何かの物の怪が複数のお面に自分の霊を割りまくった上で、仕込んで、それからばら撒いたということやろか? そうや、のう*れな*、お前、どっからそのお面入手したんね? 」

 宇佐原はすすり泣きを止めて、淡々とその犯人像と、これまでの経過を事細かに答えるのだった。

 本殿裏の木々がいつもより激しく鳴き喚き、木の葉は踊り狂いだす。

 いつしか現れていた白とグレーと黒のグラデーションに染まった一掴みの雲は、そこに佇むことを明確に拒否し、この場を去ろうとしている。

 宵闇の宇には、乙女座と天秤座てんびんざの星々が美しく瞬いていた。


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