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スガノ神霊譚  作者: 弱酸
13/30

四章(4)

  翌朝


 雀の鳴き声がうるさくて目を覚ましました。一体ベランダに何匹いるのでしょう? 少しは人の安眠に気を使えって……、えっ、もうこんな時間⁈ 

 やばい、やばい、やばい!

 遅刻する!

 もしかして、皆さん、私がぐっすり寝ているのに、起こしてくれなかったんですか?

 もう! 起こしてくださいよ!

 昨日は色々ありすぎて疲れてたから、目覚まし時計をセットするのも忘れてて……

 あれ……? 昨日の夜やり残していたことがあったような……

 あ! 仕事!

 あーもうどうしよう……。休みたい。生徒が微熱なだけで休むみたいに教師も仕事が溜まったら休みたい。お仕事面倒くさい……。

 あー火曜日だ。土曜日が遠い。だるいよー。

 でも行かないと、教頭先生に怒られちゃう……。

 とりあえず、冷蔵庫に辛うじてあったメイプル味のカロリーメイトを食べて、バタバタ身支度してから、そのまま家をすっ飛んでいきました。スマートフォンを家に忘れて取りに戻ったのは深刻なタイムロスです。しかも、スマホのバッテリー残量が十パーセントだとは……。昨日帰ってすぐに充電しておけばよかった!

 とりあえず充電ケーブルも一緒に持っていき、急いでスクーターにまたがって、学校直行です!

 ここまで大分慌てていましたが、遅刻ギリギリなのはいつものことなんですけどね。

 遅刻を自覚した瞬間しか反省できないのは、私の悪い癖です。

 やり残した仕事はなんとかなると思います。

 特に根拠はありませんけど!

 学校へはいつもどおりギリギリ間に合いました。勿論、交通法規を守って運転しましたよ!


 二限目――この学校では、一限の授業が九〇分間あって、午前と午後にそれぞれ二限ずつ存在します――にあった担当の授業を終えると、私は学校前のコンビニへ向かいました。

 パスタサラダとサンドイッチ、それからホットのレモンティーを買います。

 さすがに、学校でソースの匂いが強いものは食べられないですし、職員室のコーヒーは私の舌には合わないので……。

 本当はコンビニのお好み焼きが食べたいんですけどねえ……。

 いつもどおり、お昼ご飯を頬張っていると、遠山先生が声をかけてきました。

「よお萌田先生。生徒指導の話なんだけど、昼飯食い終わったら、生徒会の奴らを交えて短い会議するから。よろしく」

 そう言って、遠山先生は立ち去ります。

 今日からいきなり、「生徒指導の萌田先生」なわけですね。これからも、大変になりそうだなあ……。はぁ。


 その会議とやらに参加していたのは、生徒指導である私と遠山先生、それから生徒会の方から生徒会長である三年重原君と、部活動管理部長の二年水野君でした。

 重原くんは、やはり全校生徒の長と言うことだけあってか大物の風合いが漂ってはいますが、しかし、人気投票で選ばれたのでしょう、聡明さと言えるものはあまり感じられません。例えるなら、ボスって感じです。

 一方の水野くんは、見るからに頭が良さそうです。勿論、彼がメガネを掛けているという事実が、その印象を際立たせているということもあるのでしょうけど、一番印象的なのは、彼が開いているノートに書かれた文字はとても美しくて読みやすそうだということです。勉強ができる人って大抵ノートに美しくまとめる技能が高いですもんね。でも、私と同じで少し気弱そうな気がします。生徒会長の重原君に何やら強い圧力がかけられているのでしょうか、なんだか、ビクビクしています。

 一方で遠山先生は何時も通りです。何時も通り、呑気そうにどっかりと座っています。でも、何処か頼れる雰囲気はあります。単純に生徒指導を長年やってきた経験者ってだけという薄弱な根拠に拠っているのかもしれませんが……。

 口火を切ったのは遠山先生です。

「さてさて、今日は俺と萌田先生と生徒会の打ち合わせなんだけど、まあ、君たちも知ってのことだけど、今日は俺ら生徒指導と生徒会との間で意見交換する場ということは承知してるってことでいいな? 」

「わかってます」

「えぇ」

 あれ、その要件、私聞いてませんよ……。初耳です。

「そうだな。まず、萌田先生から何か言いたいことはありませんか」

「えぇっ! 私ですか」

 そんなの聞いてないですよ。私がアドリブが苦手なことくらい遠山先生は知らないのかなあ。

「私は……、生徒指導は初めてなので……、よくは知らないです……。はい……」

「あぁ、そうかそうか。萌田先生は今年度から始めたばかりだから、まだその辺の事情は知らないわけか。すまないね。須崎先生がいらした頃の癖でね。先に聞いてしまったんですよ」

 はっはっはっはっはっ!

 遠山先生の笑い声はいつも通り調子がいいです。

「そうだねえ。じゃあ、生徒会の方から何か無いかな」

 その問いかけを待っていたかのように部活動管理部長の水野君が話し始めました。

「今日は、このような場を設けていただきありがとうございます。それでは、私、水野から、去年からの引き継ぎが多くを締めますが、改めて生徒会として生徒指導の先生方に意見を述べさせていただきます」

 そう言うと水野君は目の前に置いてあるノートをめくります。

「まず、生徒会に未だ属していない生徒会非公認の部活動への取締に対するお願いです。学内に存在するすべての部活動を生徒会の指導下に置くことを決定してから、もうすでに多くの年月が経過していますが、それにも関わらず一部の生徒らが勝手に部活動を称して非公認の活動を行っているので、今後彼らのそのような行いを一切禁止するとともに、存在するそれら部活動をすべて生徒会の指導下に組み込まれるように、生徒指導の先生お二方から、彼らを説得していただきたいということが一点。それから、次が今年度からの新しいお願いなのですが……」

 それから、水野君はパラパラとページをめくり

「旧文化系活動棟、所謂『平凡荘』の新たな自称『管理人』である二年二組の奥田川成明の処分に関するお願いです」

 遠山先生が話に割り込みました。

「ほおう。君たちはもう、奥田川の存在を知っているのだね」

「はい。以前からの要注意人物なので。それに彼は、本校で発生している多くの怪事件の首謀者でもあります」

「その証拠は? 」

 遠山さんが切り込んできました。

「いえ……、今は、証拠と呼べるものを持参していませんが、平凡荘の管理人は代々、生徒会や学校に対して挑発的な言動や行動ばかりで、生徒会としては、彼が具体的に大きな問題を起こす前に取り締まっておくべきだと考えています」

 遠山さんは、椅子に深く座り直しました。

「でも証拠がないじゃあ俺らもどうすることもできないなあ。それに第一、あの管理人たちが起こしてきた問題っていうのも、はっきり言って校則に違反しているわけでもなんでもない。もっとも、人目につく行動をよくとってきたのは嘘じゃないがな」

 気弱そうな水野くんが食って掛かります。

「それでしたら、あの古びた円形校舎を使用禁止にしたり、校則を変更して、校内であらゆる結社を一切禁止するとうして……」

「それじゃあダメなんだよ! 」

 遠山先生が語気を強めると、水野君はヘロヘロに縮こまってしまいます。

「言ってはおくが、俺らは別に生徒会の味方ってわけじゃないんだぞ。生徒指導はその点に関してはいつも中立のつもりだ。何かの勢力を特恵的に庇護するなんてことはない。だから、正当な理由がない限り、あの平凡荘を使用禁止にすることもできない。以前に耐震検査も行われたりしたが、特に以上はなかったし、はっきり言って、あの棟を使用禁止にする口実なんて今じゃあ無いに等しい。それに、校則については、現実的に不可能なことくらい、お前らも知っているはずだろう。仮に、教職員たちの役員会議で決まったとしても、最終的に、全校生徒達による投票で過半数の賛成を取らなくちゃいけない。今のこの学校で、規制を強くする方向に校則を変更しようとしたって、多くの生徒たちは付いてこないだろう。この学校の生徒たちは、規則に縛られることを嫌がるからな。それに……」

 遠山先生は、そこで間をおいて

「先生たちは、お前たちの道具じゃないもんな……」

 しばらく、四人の間を沈黙が流れました。私はこの間がとても苦手です。私にフォローできることは何もありませんけど、でもこの永遠のようにも感じられる間をどうにかしないといけないのは、私に定められた役割なのかもしれません。

「あの……、落ち着きましょうよ。ね? 一回皆さん深呼吸、深呼吸。はいっ、せえの、ひぃー……、ふぅー……」

 むぅー。私以外誰もやってくれないー……。これじゃあ険悪な雰囲気に耐えられなくなって暴発した人みたいじゃないですか。まあ確かに否定はしませんけど!

 気の所為でしょうか、私の呼吸だけが少し荒くなってきている気がします……。

「先生」

 ここで口を開いたのは、生徒会長の重原君でした。

「はっ、はいぃ……。どうしましたか? 」

「萌田先生はどう考えていらっしゃるのですか」

 えっ、私に向かって質問⁈ いやいや、今の流れからして、私に聞いてくるのはどう考えてもおかしいでしょう。一人で深呼吸をし始めたおかしな先生ですよ?

「私に聞かれましても……、いや……、まあ、そうですねぇ……。生徒さんたちが毎日楽しく暮らせえば、それでいいかなあ……、なんて、ねぇ、えへへ……」

 もう何と答えたらいいのだか分かりません。気がつくと、手なひらが汗でびしょびしょになっています。ここまで、手汗をかいたのは初めてです。

 重原君は再び、遠山先生の方を見て、立ち上がります。私には要はないってことでしょうか? いえいえ、それで構わないのですが

「我々生徒会としては、現体制より以前から存在する部活動の多くが、未だに生徒会に敵対心を見せ、合流しないことは由々しき事態であると考えています。これでは、生徒会勢力と旧来勢力が学内で並び立つ二重権威の問題が解消されず、最終的には生徒会そのものの正当性を脅かしかねません。ですので、この問題を解消するためにも一刻も早く、平凡荘の勢力を取り壊す必要があるのです。その点を心に留めておいてください」


 生徒指導、というより実質的に遠山先生と生徒会の生徒たちによるしたたかなバトルは、遠山先生による「意見だけは受け取った。解答は、我々の一存では責任が取れないので、保留とする。この件については、奥田川にも伝えておく」……というところで、一応の決着を見ました。いえいえ、解決なんて全くしてなかったですが。始まった頃よりも、溝が深まったとさえ思われます。

 会議後の私にとって不幸だったのは、お昼休みが終わってからの三限目も授業があることです。私は急いで授業の準備をすると、そそくさと職員室を後にするのでした。


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