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スガノ神霊譚  作者: 弱酸
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四章(1)

 ……あのぅ、こんにちは。いや、もしかしてお早うございます? ひょっとすると、こんばんはでしょうか?

 あっ、あの……、初めまして、萌田もえたしおりと申します。幸塚高校で主に歴史の科目を担当している、勤続二年目の教師です。本日はよろしくお願いいたします。もしかすると、読者さんの中には、なぜ突然にして私が語りかけてたのかいぶかる方もいらっしゃるのではないかと、いや、そう思う方のほうが多いのではないかと思うのですが、それは無理もないことでしょう。と言いますのも、本日はこのような形で直接――川霧くんを介さことなく――語ることになったのは、深い事情と言いますか、言えないことと言いますか……、秘密というか……、あの……、そうですねぇ、川霧くんや他の生徒に明かすと彼らにとっても私にとっても良くないことが起こりかねないので、このようにして、川霧くんには内緒で「一回きり」の語り手さんをすることになったわけです!

 ところで、語り手というのはまず何から語っていけばいのでしょうか?

 あの……、私生来の口下手なものでして……、決しておしとやかということはないですからね。はい。なんと言いますか、こうやって人前で話すとなるとついつい舞い上がってしまって、言わなくていいことまで言ってしまうんです……。それを承知の上で、教師になってはや二年が立ち、授業中の生徒の前で教鞭をとる程度ならなんとかこなせるようになってきたのですが、昨日の川霧くんの大遅刻騒ぎみたいに予想打にしないハプニングが起こると全然対応できなくなってしまって、頭が真っ白になってしまって、こう頭からジュワーと湯気が出てくるんです。本当ですよ!

 先輩の先生方からは、ドンッと構えていればいいとかアドバイスを頂くのですが、こういうのって、最初からメンタルの強い人ができることだと思うんですよ。私のような、臆病な性格の人にはできっこないんです。

 ……ってあれ? これじゃあ、ただ私の愚痴を聞かせてるだけじゃないの! 私ったらもう! コツン!

 でも、語り手ってどこから話せばいいのでしょうか? 私が今日目覚めたところからですか? やだ、そんなの誰にも話せないよ! 最近朝食が手抜きがちになって、ウイダーゼリーかカロリーメイトしか食べてなくて、しかも最近徹夜がちになってるからエナジードリンクのタワーがいいところまで積み上がってるなんて言えない。

 ……って、きゃー! 私ったら、また言わなくていいことまで言っちゃった! 忘れてくださいね、忘れましょう。私は何も言ってないんです。毎日、毎朝しっかりバランスの取れた朝食を摂っていますからー!


  出だしから閑話ですみません……。閑話休題にします……。


 そうですね。落ち着きましょう。落ち着きます。

 私はできるっ、よし! パチン!

 それでは、つまらない私の私生活からではなく、教職員としての私に関するお話をしていきます。それは、昨日の夕刻に開かれた職員会議でのことでした。四月の中旬もいい頃だと言うのに今更、学校運営の役員決めが始まったのです。おかしな話ですよね。このような話題は、おそらく新入生の入ってくる四月以前にしっかりと腰を据えて話し合うべき話題だと言うのに、この学校ときたら年度明けに決めるなんて、いささか中途半端というか適当な学校運営ですよね。本当に。しかも、それが慣例だというのだから。

 この学校に着任してから、私思うんです。変な学校だなあって。それは勿論、私だってとっても変で変で仕方なくて、最近になって職場の同僚には言えない趣味を持ってしまったりしていますけれど、それでも、のべつ幕なしに建造された初見殺しには最適なこの校舎の配置といい、土地から感じられる言いようもない強い違和感――これを感じるのは多分この学校の中でも私だけです。皆さんには秘密ですよ――といい、とても*普通の学校*とは言えないのです。たとえ、この学校が普通科であったとしても。

 それに同じ職場の先輩方もとっても変わっていて、なぜだかわかりませんが学校で寝泊まりしている人もいるらしいんです。どうしてなんでしょうね。家に帰りづらい事情でもあるのでしょうか? いやいや、余計な詮索は禁物ですね。失礼しました。でも、学校で寝泊まりするって、たしかに不可能じゃなさそうな気もするのですが、でも絶対腰とか痛くなりますし、それにきっと熟睡もできませんよ。

 えっ、私ですか? いえいえ、泊まりませんよ。他の同僚の方に私の寝起きの醜態なんか見せたくないですし、それに深夜は家でしっかり見たいですし……。家で何を見ているかって? いやいや、秘密ですよ、秘密。絶対に教えてあげません!

 それにやっぱり、最近の先生って優しいなーって思いますよ。虐待が禁止されているこのご時世でありますし、現代の教員というのは、生徒に親身な態度で振る舞えるような器の広い方が求められているのかなあ、とか思ってたりします。

 でも、この事実が意外と私にとっては予想外だったわけです。教員というのは、こう、もっと威厳があって、全生徒から尊敬の眼差しで見られるような、そういった職業だと思ってて、こんな口下手な私ですから、もしかしたら、その口下手も解消できるのではないかという淡い期待を描いて教職員になったんです。でも、結果は違いましたが、これで正解だったと思います。だって、私にはそんな屈強な教師には慣れないってこの一年で思い知らされましたもん!

 え? 私の抱いている教師像があまりにも古すぎますって?

 いやいや……、偶然ですよ、偶然。年齢詐称なんかしてませんっ!

 

 話を戻して、職員会議の場面です。

 テーマは、役員決め。内訳は、体育祭の担当、文化祭の担当、生徒指導、保護者会の担当などいくつかあります。去年度の私は、教師一年目ということもありまして、そのような類のものは一切引き受けること無く、先輩の先生方に助けていただきながら教師としての基礎を学んできました。

 そして、そろそろ教師の色に染まってきたかもしれない今日このごろ、今年こそは何か役員を任されそうな気がしてならないです。体育祭の担当は、おそらく体育の先生の誰かがするでしょうから問題ないでしょう。でも、文化祭の担当ってなんだか嫌ですよね。生徒たちの無理難題に対処して、部活動の出店とか管理して、それから生徒会とも話し合いつつ、近所のお宅を一軒一軒訪問しては、「文化祭当日は、生徒や来場者がもしかすると騒音等でご迷惑をおかけするかもしれません。あの、これつまらないものですが……」とかいいながら、前日に和菓子店で大量に買ってきた菓子折りを配りに行かないといけないのですよ。絶対嫌です。怖い怖い。

 生徒指導も勿論嫌です。たしかに幸塚高校はそれなりに名のある学校ですから、短ランに提灯パンツを履いてド派手な髪型をキメたヤンキーなんてものはいませんが、校則を違反しているのかしていないのかわからないようなグレーゾーンを狙ってくる頭脳系の確信犯がかの学校にはとても多いんです。最近聞いた話なのですが、以前この学校ではパソコンの持ち込みが禁止されていたらしいんです。でも一部の生徒が、どうにかしてでもその規制を切り抜けようして、学校にワークステーション――本人曰く、パソコンとワークステーションは別物だとのこと――を持参してきたり、タブレット端末を持参してきたり、何をどうしたかは知りませんが、関数電卓に汎用のオペレーティングシステムをインストールして持ってきたりしていたらしいです。一番意味がわからなかったのは、多分一九七〇年代位の――とっても古い真っ暗な画面に文字だけ出てくるようなやつです!――クリーム色の筐体とブラウン管ディスプレイなどを持ってきて、「これはパソコンじゃなくてマイコンだ! 」とか言い張ってる生徒が居たらしいです。一体何を言っていたのでしょうか? 私にはさっぱりです。

 他にも、本校ではバイク登校は許可されていないのですが、軽車両(つまり、自転車など)であれば何でもいいということで、馬や牛で登校する生徒もいるらしいです。全く不思議ですよね。どこから連れてきたんでしょう。実家が農家だったりするのですかね?  しかも、安全面には気をつけているということで、みんなしっかりとヘルメットは装着しているんです。

 そういえば、先日三輪車で登校する生徒を見かけたのですが、あれは注意したほうが良かったのでしょうか?

 とにかく、生徒たちのそういった行動によって、校則の方も大分死文化した条項が存在するようで、教員側の方も面倒事に絡まれたくないということで、よほど倫理と法規を犯しているような事案でも発生しない限り、口を出さないらしいです。まあ、それ以前に私は生徒に話しかけられないのですけどね……、はい……。

 とにかく! 生徒指導というのは、今学校に置いては別の意味でとーっても面倒くさい役職なんです。

 それから、保護者会の担当もまた別の意味で大変なのだとか。確かに、ここはある程度予想の付く怖さがあります。大人の世界ですよ。確かに高校ともなれば、小中学校と違い保護者が積極的に参加する事もめっきり減るようなのですが、それでも依然として保護者の皆さんと相手をするのは骨が折れるらしいです。この役職だけは、絶対になりたくないです! 怖いです。怖すぎます。保護者の間に巻き起こる微妙な悪い雰囲気をなんとかして押さえ込みながら、どうにかして円滑に一年を乗り切るなんていうスキルは私にはありません! もしなったら、新人の私なんか、保護者の皆さんに捻り潰されてしまうかもしれない!

 そうです。私は何もしたくないんです。

 今こうやって、職員室の片隅で置物かなにかと変わりなく、この時間をやり過ごしていきたいとさえ思うのです。

 バレませんように……、バレませんように……。


「萌田さーん、萌田さん。聞こえますか」

「あっ、あ! はぃっ! どうしましたでしょうか! 」

 教頭先生に声をかけられて思わず、勢いよく立ち上がってしまう私。周りの先生の何人かは、下を向いてクスクスと笑っている。

 教頭先生は、かまうこと無く話を続ける。

「…………なので、萌田先生で大丈夫ですかね? 」

 テンパりすぎて、教頭先生が何を喋っているかもよくわからない。

「あーっ、あのっ。わかりました! 」

 とりあえず、肯定しておくのが吉!

「それでは、今年度の生徒指導は、萌田さんと前年度からの留任になる遠山先生で決定しました」

 まわりから、沸き起こる拍手。

 何? 生徒指導? この私が⁈ えぇー! そんな、えっ、えっと、心の準備が!

 とりあえず、椅子に座り直す。特に話を聞いていなかったけど、私ってもしかして「生徒指導」になったの? そんなー。

 私はただ座り尽くしていた。この学校の役職に面倒でない仕事がないことくらい知ってましたし、それにもう二年目だから、そんな役職が割り振られてもおかしくないころだろうなぁ何と持っていたけれど、まさか、生徒指導になるとは……。

 両手で顔を覆って、小さくうめき声を上げていると、後ろから強く肩を叩かれました。振り向いてみますと、私と同じ、生徒指導を任された十年ほど先輩の理科の遠山先生が立っていました。

「よお、萌田先生。そんなシケたつらしてんじゃないですよ、もう。もっとこう、明るくいきましょうよ。明るく。パーッとね」

 そんな事言われましてもー。

「萌田先生は、まあ二年目だからこういった面倒事を引き受けなくちゃならんのは仕方のないことですよ。まあ、そんな面倒事を俺は八年間もやってるんですけどね! 」

 遠山先生は高らかに笑います。何が楽しいんでしょう。こんな悲しいときに。

「でも、生徒指導を任されたのは、もしかすると人によっては大変なのかもしれませんねえ」

「どうしてですか……」

 なにか悪いニュースでしょうか?

「いや、生徒指導っていうのは基本的に交代しないんですよ。去年度までいらした、ほら萌田先生が指導を受けていた歴史の須崎先生は定年退職されてしまったけれど、あの人はこの学校を務めていた約四十年近くは生徒指導をやっていたんですからねえ。要は、半永久職ってわけですよ」

 また、遠山先生は高らかに笑います。

「俺も何年この学校にいるかは分からねえですけど、多分ここにいる間は役職を外されることはないでしょうね。萌田先生もそう思っておいたほうがいいかもしれませんよ。それじゃあ、生徒指導は明日から動きますので、またお声掛けします。まあ、先生もそんなに落ち込まんで、楽しくやっていきましょうよ。それじゃあ、お疲れさま」

 半永久職って、そんなあ……。確かに務め始めて二年目なわけですから、何かしらの面倒な役職が振られてくるくらいのことは覚悟していたのですが、まさか、それが寄りにも寄って生徒指導で、しかも半永久的にやめられないだなんて。確かに私が以前お世話になっていた須崎先生は、ベテランで尊敬に値する素晴らしい先生でして、やはり年の功からくるものなのかもしれませんが、大物の風合い――人を恐れず、包み込んでしまうような雰囲気――はどことなく感じられました。私のような小心者とは大違いです。あの先生なら生徒指導の役職はやはり的確だったと私も思います。教頭先生は一体何を考えていたのでしょうね。だって、どこからどう見ても私は小心者で臆病な人間ですよ。そんな私に、この役職が務まるとはとても思えません。私には、何か過大評価されている部分でもあったのでしょうか? いやぁ、困るなあ……。

 それにしても遠山先生のあの底抜けな元気の良さは、一体どこから湧き出るものなのでしょうか。少し暗い私にも分けてほしいものです。本当に。

 でもそう考えると、去年度までのあの須崎先生と遠山先生の二人は、まるで刑事ドラマに登場するような名コンビの感もありました。冷静沈着で何者にも恐れない須崎先生と情熱的で考えるよりも即行動の遠山先生の二人であれば、恐れるものは何もないでしょう。たとえ、屁理屈に屁理屈を重ねる偏屈な生徒相手だったとしてもです。

 そんなの私には無理ですよ。出来っこないです。私にできるのは、新人で右も左も分からないあたふたした雰囲気の出来損ないくらいです。

 はぁ……。でも、そんなに思いつめてたってダメですよね。何も解決しないのは確かですから。そうです。落ち込んでちゃ駄目なんです。

「しっかりしないと私! 」

 パチン!

 ……あら? もしかして、私独り言言ってました? 周りの先生方がくすくす笑っています。きゃー、恥ずかしいっ! 

 私はしばらく赤面していました。



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