第一章、第八節
「う、うまかった……」
6つもの大皿に山盛りで出てきて、この人数ですら食べきれるのかわからなかったが、案外あっさりと食べきってしまった。
比較的小食のマギサやミルトですら、かなりの量を食べているように見える。
それだけでも僕としては驚きであるが、一番驚いたのは、出された料理すべてが見たこともない料理ではあったことだ。
ご飯と細かく刻んだ野菜、卵と一緒に炒めたものや、
キャベツピーマンと共に味噌で和えたもの。
野菜と鮭を酒蒸しにしたものや、肉を卵でコーティングして焼いたもの。
すべて僕たちの国にはない料理だ。
そしてすべてが驚くほどうまかった。辛みがあったり甘みがあったり、味も多種多様で、食材と調味料がうまくまとまっており、うまく言葉にはできないがとにかくうまかった。
この仏頂面の男が作ったとは思えないほどに……。
さらに、こちらがすべての料理を食べきる少し前、魔王が厨房にいったん引いたと思ったら、さらに6つの皿を持ってきた。
「で、デザートも出るのか……」
「ガトーショコラだ。お気に召さなかったか?」
3角形に切り取られたチョコケーキに白いソースが加えられ、ケーキの上にはホイップされた生クリームが乗っている。
店で出るようなきれいな装飾ではないにしろ、この魔王から作られたとは到底信じられないものであった。
「い、いや。ありがとう」
そういって、ケーキを眺める。
これ、本当に店で作ったとかではないのか? 魔王が作ったとは思えないんだが。
一緒に添えられた小さいフォークを手に取り、ケーキに突き刺したはいいが、そこから先が進まない。
既にかなりの量の飯を食べているのだ。単純にお腹がいっぱいなのである。
僕の反応はまずまずではあったが、ケーキに反応したのは女性陣だ。
一番最初に反応したのはマギサであった。見た瞬間に両手を合わせて目を輝かせており、その味にも満足なのか、満面の笑みを浮かべて食べている。
ミルトは始終笑顔でいるので感情が読み取りづらいが、雰囲気が明らかに違う。僕たちとは違い、彼女の舌はかなり肥えていると思うのだが、その舌に見合うものであるのであれば相当なものだろう。魔王などやめてしまって、飲食店でも経営したらいいんじゃないかと思う。
マオは魔王が気に入らないのか、この食事の間、始終しかめっ面をしていたが、このチョコケーキがえらく気に入ったのか、笑顔を取り戻していた。
レギンは甘いものが苦手なこともあって、その分もマオが食べていた。ぶつぶつ文句は言っているが、それでも笑みが隠し切れてはいなかった。
目の前では魔族の娘が、目を輝かせながらおいしそうにチョコケーキをほうばっている。
「メル様、お口にクリームが」
メイドが近づき、ハンカチで少女の顔を拭く。
(こう見るとただの子供だな)
魔族の娘というのはわかっている。しかし、頭の角ととがった耳以外は人間の少女と大差がない。
魔王のそばにいるということは彼女も実力のある魔族なのだろう。しかし、その幼い姿を見ている限りはそんな感じは受けない。
(俺は何を考えている)
人族と魔族。それは常に敵対する敵同士である。
相手の領土を奪い、人々を蹂躙し、物を奪って自らのものとする。
それは昔から変わらない。そう変わらない。
僕が勇者になったのも、魔族に虐げられる人々を救い出し、守るためだ。
人々の安寧のために、繁栄のために、僕たちは戦う必要がある。
そんなことを考えているとカランと音が鳴った。
持っていたフォークが下がって皿に当たったらしい。
僕はチョコケーキを2口ほど食べたが、おなかがいっぱいで進まない。
そんな少女の姿を見て、僕は気が付いたらこう言っていた。
「これ、食べるか?」
「いいの!?」
皿を差し出すと、少女は大喜びしながらそれを受け取り、リスのように口いっぱいにチョコケーキをほうばりながらケーキを食べる。
なんというかほほえましい光景だ。
そんな姿を見てか、厨房から戻った魔王がこう言った。
「足りなかったら、言ってくれ。追加で焼くから」
「いや、充分だ。ありがとう」
これ以上は食べられない。出されてもこちらが困るだけである。
「そうか。それはよかった」
笑いながらこちらを見る魔王。なんだ笑えるんじゃないか。
ずっと堅苦しい顔をしていたから、こっちも警戒をしていたが、なんだ。少しほっとした気がする。
魔王はエプロンを脱ぐと、それをメイドに渡し席に着いた。
そして一息ついた後、腕を組んでこういった。
「さて、勇者よ。交渉の時間だ」
この一瞬。そのたった一言で、この場の空気は明るいモードから一転、凍り付いたものへと変わっていった。