第一章、第六節
はっ!
気が付くと私は横たわっていた。
なんでか知らないけれど、やられたらしい。
「はあーーーー!! 魔王、ブッコロース!!」
そう叫ぶと反射的に体を起こす。
すぐさま攻撃態勢に移るが、目の前には敵はなく、私はベッドの上で虚無相手にファイティングポーズをとる変な人と化していた。
「……あれ?」
ふと気が付くと、そこは真っ白な一室。
そして、8つの目がこっちを向いていた。
「あっ。おきた」
と魔法使いのマギサ・エクステンド。椅子に座って本を読んでいたらしく、一旦こっちに目を反らしたが、直ぐに本に戻してしまった。
防御のかなめである、ドワーフのレギンは壁端で眠っているかのように小さく丸くなって目をつぶっており、我らが勇者様は窓に寄りかかっていた。
「大丈夫ですか?」
とベッドの傍らで椅子に座って、心配してくれる僧侶のミルトさん。どうやらあたしを介抱してくれたようだ。
「あっ、はい。大丈夫です」
本当にこの人はいい人だ。
それはそうと、いつまでもベッドの上に立っているのもなんだし、さっさと降りよう。なんか恥ずかしいし。
…………。
あれ? あたしどうなったんだっけ?
魔王と戦って……そこから記憶がない。
頭をひねっていると、マギサが目をそらすことなく話す。
「ここは魔王城の客間。あんたは一人で突っ走った挙句、気絶させられてここまで連れてこられたのよ」
なるほど。やっぱり気絶させられたのか。
あの魔王。一撃スタンとかやりおる。
魔王という名はやはり伊達ではなかったか。注意しなければ。
「勘違いしてそうだから言っておくけど、気絶させたのはそこに座ってる筋肉ダルマで、魔王は何も手を出してないわよ」
「あんたねぇええええええ」
思わず壁端にいるレギンにつかみかかってしまった。
しかし、それに動じることなく、筋肉だるまから淡々とした言葉が返ってくる。
「事情も把握せず突っ走ったお前が悪い。熱が入っていて止めようがなかったからな」
「は? 説明された覚えなんてないんだけど?」
「一人で走って行って、一人で熱を上げていたのだ。説明する暇などあるまい」
「相手は魔王よ! 先にやらなきゃやられていたかもしれないのよ!」
「そうだな。しかし、だからと言って一方的に殴りかかっていいという理由もあるまい」
「はぁ? なにを馬鹿なことを」
あたしの言葉にドワーフの彼は何を思ったのか、細い眼を開けてこう返してきた。
「俺たちは勇者の集まりだ。悪を倒すために集まり、悪を倒すためにここまで来た」
「そ、そうよ。悪を倒すためにあたしたちがいるのよ」
「そうだ。そして、俺たちは魔を倒すためにここにいるわけじゃない。相手が魔王であるからと言って、相手を悪だとして断定し、弾圧していい理由はない」
「依頼主からの依頼だとしても?」
「我々が受けた仕事は、『廃棄された城で怪しい動きがあるから調査をしてほしい』という内容だ。そこに魔王がいただけで、魔王を討伐してほしいという依頼は受けていない」
「でも、相手は魔王なのよ! 倒さないと……」
「違えるな!」
突然部屋中に響く怒声。私はその圧に気圧され、全身が固まってしまう。
「魔王であろうとそうでなかろうと、重要なのはそこではない。相手は悪を成すかそうでないかだ。もし、それをたがえると」
「た、たがえると?」
「今度は俺たちが悪になるぞ」
「…………」
言いたい事を言い終わったのか、レギンはまた目をつむって瞑想を始めた。
「はいはい。いい大人が子供をいじめないの」
いつの間にかマギサがあたしの後ろに立っていた。
「子供扱いしないで!」
あたしを肩をつかんだマギサの手を振りほどき、ベッドの上にダイブする。
勇者様は何か考え事をしているのか何も言ってはくれない。
自分たちが悪になる。それがどういうことなのかなんてわからない。
悪は悪ではないのか。
自分たちは正義ではないのか。
まだ、レギンが口にしたことはあたしには難しい問題だった。