第一章、第三節
さて、そんなわけでしょなっぱから勇者ご一行との戦闘である。
向こうが様子見をしてくれるようなので、その間にひとまず状況の整理をしておこう。
相手は勇者御一行。そのメンバーはオーソドックスな前衛1、後衛2の3人パーティ。
先ほど斬りかかってきた勇者。はた目から見てもがっちがちの剣士だが、盾を持っていないところを見ると、ダメージを耐えるタンクと呼ばれる役割ではなく、攻撃を担うアタッカー。近距離魔法は・・・・・・まあ、せいぜいファイア程度の初級魔法やバフ程度が使えるぐらいだと思いたい。ファンタジー世界では魔法を使える前衛も一定数いるので油断はしてはいけないが、剣を振り回してきたところを見ると、魔法はほとんど使わないだろう。
後ろの、全身黒ローブのとんがり帽子をかぶった少女は黒魔道士だろう。攻撃魔法をメインに戦うアタッカー。その威力は基本高く、さっきの火の魔法を見てもどれぐらいやばいかがうかがい知れる。この世界の魔法がどんなものかはまだわからないが、ひとまず、3人の中で一番気をつけなければいけないのは彼女とみて間違いはないだろう。
残り一人は・・・・・・ヒーラー、つまりは回復役と見て間違いはないだろう。ただ、回復役とはいえその性能を甘く見てはいけない。大抵のヒーラーは攻撃力や防御力を上げるバッファーをになっていることが多い。
RPG風に戦闘条件を述べるのであれば、勝利条件は相手の戦闘能力の無力化ないし説得。
敗北条件は自分の死亡及び相手の殺害といったところだろう。
魔王として、相手を殺害しないのはおかしいかもしれないが、まだ人殺しはしたくない。魔王になったとはいえ、こちらは元一般人なのだ。できる限り殺さないことに越したことはない。
それに人を殺してしまえば、相手に自分を殺す理由を与えてしまう。この勇者を倒しても、第二第三の勇者が現れないとは限らない。そんなのをいつまでも相手にはしたくない。
相手の状況分析としてはこんなところか。
後はどうやって戦って行くかだが、基本は後ろのヒーラーから倒すのがセオリーではある。なんせせっかく倒した前衛を回復されたら元の木阿弥だ。あんなごっついメイルきた男がゾンビのように復活されようもんなら、魔王どころか、邪神であろうと裸足で逃げ出すだろう。想像するだけでも億劫だ。復活させられる方も億劫だろうが。
とは言っても、前衛には勇者がいる。数分戦っただけだが、その実力が並みでないことは間違いがない。この体が反応できたとはいえ、あくまでも防戦メインだったから対処できていただけだ。こちらは戦闘経験が皆無である。相手がどれぐらいの修羅場をくぐってきたかは知らないが、相手のほうが経験が豊富なことだけは確かだ。戦いが長引けば長引くほど不利になるのはこちらである。
勇者とまともにやりあうのはリスキーだ。いつ攻撃をもらうかわかったものではない。だから、なるべく早く勇者を振り払って、後衛に向かい後衛を無力化。それを盾に勇者を説得する。それで何とかこの場をしのぐしかない。
俺は、無意識に右手で髪をかきむしった。
しかしなんだ。チュートリアルもなしに最初から勇者と戦闘とか普通あり得ないだろう。
もう少し余裕を持ってから相手をさせてほしいものだ。
その時である。
ガチャガチャガチャ
なんか金属音のような物が聞こえたんだが。
前を見ると勇者達が武器を構えてこちらににらみをきかせている。どうやら、今の金属音は彼らが武器を構え直した音だったようだ。
(勇者様、気をつけてください。あれは攻撃をしてくる前兆です)
(大丈夫だ。わかっている!)
なんかひそひそ声が聞こえてくる。
(あの構え。もしかしたら覇王流の使い手かも知れません)
(あの有名な覇王流だと。さすが、魔王。人族の技にも精通しているというわけか)
勇者と僧侶が会話をしている。
おい。全部聞こえてるぞ。
しかも、なんだよその覇王流って。知らねえよそんなの。ただ立ってるだけだよ。悪いか。
何というか、すっごいやりずらい。
いや、だってあれだよ。めっちゃ構えられてるんだよ。右手をちょっと動かしただけで、びくってするし。いや、反応しすぎでしょ。あんたら。
「か、かかってこにゃいのか!」
おい、勇者。そこを噛むな。台詞が台無しだろうが。
後ろの2人は見て見ない振りをしているが、俺には間違いなく噛んだのが聞こえた。聞き違えでない事は椅子の後ろで隠れてクスクス笑っているメイドを見れば一目瞭然だ。
その様子に飽きれているっと、後ろから亜人の少女が声をかけてきた。
「魔王様、私は何をすれば……」
顔を向けると、少女は不安そうな顔で見ている。
そのあどけない顔を、見て少し心が安らいだ気がした。
少女の頭に右手を乗せると、その髪をかきむしり、そしてこう言う。
「大丈夫だ。任せておけ。君は後ろで隠れてみていればいいから」
そうして、再度前を向いた。
依然と勇者たちはこちらをにらみつけて立っている。
俺は、魔力を周囲に展開し、周囲に影を落としながら、なるべく威圧的な態度でこういう。
「来いよ、勇者。てめえがどれぐらいすげえのか知らねえが。目にものを見せてやる」
☆
にらみ合いはしばらく続いた。
俺は左手を腰に当て、魔力を最大展開しながら、勇者をじっと睨みつける。
勇者たちも、こちらの動きを警戒し、動いては来ない。じっとこちらの動きを警戒している。
動きがあったのは突然だった。
なんの音もなく、なんの前兆もなく、ただ突然に再戦の火ぶたは落とされた。
勇者が駆け出すと共に、魔法使いが詠唱を始める。
勇者は、またも全力で地を蹴り、再度空中に舞い上がって、その剣を振り下ろす。
俺はそれを右手で受け止める――ようなことなどせず、魔力で筋力のブーストをかけ、勇者の真下を全速力で駆け抜けた。
「なっ!」
俺の動きに驚く勇者。しかし、そっちの事情など知ったことではない。こっちはなんせ1対3なのだ。通常に戦っていたら勝利などあり得ない。
「正々堂々戦え魔王!」
「うるさい! 1対3で戦いを挑むおまえがいうな!」
後ろからの叫びに応えつづ、無事、後衛2人の元に到着。勇者は着地後、直ぐにこちらを向くが、その足が地を蹴ることはなかった。
右手で魔法使いを、左手で僧侶を、手刀に魔力を通して剣にして、後衛2人の首筋に刃を当てる。
「少しでも動けば、二人の首をはねる」
その言葉に硬直する勇者。
「勇者様! 私たちの事は気にしないで! 魔王を倒してください!」
僧侶がそういった。
まあ、普通はそういうだろうな。それはわかっている。
しかし、勇者とはかなりの距離が開いた。これで、彼が到達するまでに後衛を無力化することは容易だろう。
そうすれば、勇者一人を相手すればいい。そこが一番難度が高いと思われるが、今の自分なら何とかなるという自信があった。
「わ、私は気にして欲しいかな……」
は?
ぼそっとそういった魔法使い。
それでいいのか勇者パーティ。自分に素直と言えば聞こえはいいが、世界を守ろうとするパーティにしてはやけに意思が弱くないか?
その言葉に飽きれてしまって、勇者から気がそれた。
まずいと思って、勇者を見ると……
「ぐぬぬぬぬ……」
勇者は苦悩していた。明らかに苦悩していた。頭を抱えてまで苦悩していた。
(えー)
いや、まあ。仲間を大事にする気持ちは大切なんだが……勇者ってこんなんだっけ?
なんというかイメージとかけ離れている気がする。
「いや、……でも、だが…………しかし」
接続語をひたすら口にする勇者。その姿は控えめに言ってダサイ。
「あー、だが……でも……はっ!」
勇者が何かひらめいたようだ。
こちらも身動きとれなくて割とだれてきたところだ。こんな状況にしたこっちとしては何だが、さっさとして欲しい。
「魔法使いだけで手をうたないか?」
勇者は名案とばかりにそういった。
おい、勇者。それはどうなんだ。
その言葉に僧侶は苦笑いし、魔法使いは気力が失せたようで手に頭乗せてきた。
結構重いからやめて欲しいのだが。
まあ、このままだと締まりが悪いし、こっちから提案をしてみよう。
「勇者よ。正直、俺はお前と戦う気はない。そもそも、俺は魔王と言われて呼び出された直後で、現在の状態すら理解していない状態だ。俺としては現在の状況を確認することを優先したい。
そこでだ。今は休戦としないか? 俺はお前と話がしたい。勇者と魔王が話し合うのはおかし「それでいこう」」
……即答だった。
僧侶は相変わらずぎこちない笑みをし、魔法使いは深いため息をついていた。
ついでにリズは椅子の後ろでやっぱり笑っていた。
俺も説得には時間がかかると思って、もう少しいろいろ考えたのだが、余りに拍子抜けでびっくりした。
まあ、結果オーライといえばそうなんだが、なんだか釈然としない。これでいいのか。世界を守る一行よ。
そんなわけで、勇者御一行はリズに誘導され客間へと送られた。
微妙な顔で見送る俺を置いて……。