第一章、第二節
自分が何者であるか。
それを説明するために何かないか、あれこれと考えていると、リズが話しかけてきた。
「混乱されているところ、大変申し訳ございませんが、お客様が来ております」
「ちょっと待ってろって……は? 客?」
「はい。勇者様御一行です」
「へっ?」
その瞬間、目の前のドアが勢いよく開かれた。そして、怒声が部屋の中へ響き渡る。
「魔王よ! 覚悟しろ!」
「はあああああああああああああああああああああああああああ!?」
突然現れる3人の人物。中央に立つ少年の手には、ロングソードと思われる精巧な装飾をした煌びやかな剣があり、その剣先は明らかにこちらを向いていた。
凍り付く俺。
いや、待て。レレレ冷静になれ。俺はあらゆる困難に耐えて……は、いないな。
そんなことより、落ち着け。こういう時は、まずは落ち着いて現状を整理するところから始めよう。
相手は勇者らしい。当然、勇者という事は魔王を討伐するために存在すると言うこと。
そして、討伐対象は俺。彼女達が言う限り、俺。とどのつまり俺。
(どう見てもやばいやつやん!)
こちらは剣術どころか、格闘技すらまともにやったことはない。
学校の授業で多少やった覚えはあるが、そんな何十年も前の話、覚えているはずがない。
その上、相手は勇者だという。きっと剣も達人レベルであろう。そんな人間にただの一般人である俺が戦っても、数秒で首をはねられて終わるだろう。
(まずい! これは絶対にまずい!)
このままだと数分後には仏さんだ。
何かないかと対策を考えている中、こんな声が聞こえてきた。
「あとはお任せします、魔王様。華麗に勇者たちを倒すところを楽しみにしています」
そういって、影のように消えようとするメイド。
そのメイドの肩をがっしりつかみ、逃がさないと力をこめる。
「ど・こ・へ・行・く。メ・イ・ド」
「いえ、私も死にたくはありませんし」
「俺だって死にたくねえよ!」
「しかし、魔王様なら勇者一行ぐらいなら片指一つで倒せるかと」
「そんな力があるのか?」
「はい。噂では」
「噂かよ!」
「私も魔王様自身ではありませんので使い方とかはちょっと……」
「使い方わからなきゃ意味ねぇだろうが!」
「そういわれましても……」
「そもそも、俺はまだ魔王になるって認めてすらいねえよ」
「いえ、魔王様はもう、魔王様ですし」
「というかお前、逃げたくて話逸らしたな?」
「何のことやら」
「は・な・し・を・そ・ら・し・た・な?」
「ワタシソンナコトシリマセーン」
メイドと押し問答していると、警戒しながら近寄ってきた少年が叫んできた。
「何をごちゃごちゃ言っている!」
「うるせぇ! ちょっと黙ってろ!」
反射的に叫んでしまった。相手はその言葉に威圧されたのか、少し後ずさり、さらなる敵意をこちらに向けてくる。
いやまて。落ち着け。
怒鳴ったところで事態は好転しない。
ひとまず落ち着くんだ俺。
いかんいかん。
あまりの事に冷静さを欠いでしまった。
なんとかたるもの優雅たれだ。まあその格言の人、割とだめ人だけど。
まてよ? こいつらに俺が魔王じゃないということを証明してもらえばいいんじゃないか?
名案である。なんせ、こいつらは俺のことを知らないはずだ。最低でも顔見知りであった覚えはない。
このメイド達に連れてこられたとでもいえば、きっと耳を傾けてくれるはず。
「まて、君たち。怒鳴ってすまなかった。落ち着いて聞いてくれ。俺は、なんか突然ここに連れてこられただけのただの一般ピィポーなんだ! 決して魔王なんかじゃないんだ」
よーしよーし。自分でもびっくりするぐらいの迫真の演技。よし、これならこいつらも信じてくれるはず。
「何を言っている魔王。その身からが出る禍々しい魔力は魔王そのもの。貴様が魔王以外の何物でもない証じゃないか!」
アッ、ソーデスカ、ハイ。
どうやら、この体からあふれ出ているらしい魔力とかいう何かが、俺を魔王と表しているそうな。
なんだよ魔力って! ファンタジーかよ!
「悪しき魔王よ。この場で悪行を悔い改めろ!」
悔い改めろとか言われましても、目覚めたばっかで悔いるどころか何もしとらんのですが。
明らかに向こうはこちらを敵視している。しかも一方的に。
こういう場合は、何を言っても無意味である。相手に敵として認識されてしまった以上、対処する他ない。
さて、どうしたものか。相手は勇者御一行(らしい)。
メンバーは銀色に輝くかっこいい鎧をまとった、茶髪のお兄ちゃん。ロングソード(実物を見たことないからわからないが、両手で持っているしたぶんそう)を持っているし、一番前にいるし、きっと彼が勇者なのだろう。
あとは、白色を基調とした修道服のような服を着たピンク髪ボブカットの女性と、今度は大きなのとんがり帽子をかぶった全身黒色のワンピースの女性の3人だ。
とんがり帽子の女性の顔は見えないが、最低でもあの修道女は美人だ。十人が十人美人だと断言するだろう、驚くほど美人さんだ。
美人をはべらせながら旅とか、あーうらやましい!
そして、こっちの味方は……俺と、
「サキュも頑張るよ!」
と息巻いてる亜人の少女一人。
いや。私はあなたが何できるかすら、知らんのですがね。
まあ、こんな子供のいうことなど期待はしないとして、さてどうしたものやら。このままだと濡れ衣を着せられて、そのまま討伐されてしまう。
――ん? 待てよ。そういえば、俺は魔王で、相手は勇者。そして、相手が言った魔力。
そう言われれば、なんかさっきから体の中からあふれ出てくる気のような何かを感じる気がする。
いや、もしかして……だが……。
試しに気を練るようにして手に力を入れると、小さな火が現れた。
ん? まさか……もしかして……。
こちらが火を出したのを見てか、勇者が叫ぶ。
「何をしようとしている! 時間稼ぎをしようとしたところでそうはいかないぞ!」
時間稼ぎというのは稼ぐ必要があってするのであって、こういう場合には適用されないと思うのだが。
そんなことを思っていることを知ってか知らずか、駆け出してくる勇者。部屋の中央あたりまで走ると、そのまま地を蹴って空を飛んだ。
「は?」
その高さ、ゆうに5mはある。
てか、その位置から10メートルはあるぞ。こちらの方が段があって上に位置するのに、なんで俺が勇者を見上げているんだよ。
鎧と剣を持ちながらその跳躍力は陸上選手もびっくりである。
「覚悟しろ! 魔王!」
と勇者が叫んだ。その言葉で正気に戻る。
あかんあかん。
このままでは真っ二つになるのを待つだけだ。
四の五の言っている場合ではない。正直訳が分からないが、どうにでもなれ!
俺は立ち上がって右腕を突き出し……
「おっっりゃああああああああ!!」
と叫びながら力を込める。
――がきん!
と金属と金属がぶつかるような音がした。
勇者が振り下ろした剣は、俺の手から出た魔力によって手の少し先で宙に浮く形でとまり、俺には当たることがなかった。
(おっ、まじか。)
ほぼ想像通りの結果が出た。
俺の右腕から出た魔力はシールドとなり、勇者の剣をはじき返した。
(セーフ)
胸をなでおろす。
自分の感覚は信じるものである。
現実世界では気を練ったところでなんの意味もなかったが、どうやらここは異世界で、俺は魔王らしい。
気(魔力?)を練れば魔法は出るらしい。どこまでできるのかは試してみないとわからないが、ひとまず簡単なことであればできそうだ。
勇者は一度地面に着地すると、そのまま横から切り付けてくる。
俺はそれに対して拳で対応する。
撃ち合う拳と剣。両者は轟音は立てるものの、どちらも損害はない。
勇者は剣戟を止めることなく、繰り返し切り付けてくるが、俺はそれをことごとく打ち返す。
その交錯は何重となり、1分程度の間、お互いの攻防が繰り返された。
しかし、こうして体を動かしてみてわかったが、この体も明らかに自分の体ではない。
体は軽く、羽のようである。反射速度も段違いで、一瞬あれば動きが一つの動きが完了できるほど滑らかだ。
前の体であれば、体を動かすよりも先に切り付けられているだろう。
相手も十分化け物ではあるが、こちらも十分化け物である。
また、自分の目もかなり良くなっている。
別に現代の視力が悪かったわけではないが、高速で動く剣の動きが滑らかに見える。
一振りが1秒あるかないかという速度であるはずなのに、何事もなくその剣戟を打ち返せる。
もう少し早くても反応できそうなぐらいだ。
なるほど。魔王というのも信憑性が増してきた。
突然言われて何を言っているのかはわからなかったが、どうやら自分は魔王として転生をさせられたらしい。
どうしてそうなったのかの理由はわからないが、どうやらこれを現実と受け止めないといけないようだ。
そんなことを考えながら、撃ち合いをしていると、小さくであるが声が聞こえた。
「我が内なる火の神よ……」
ふと遠くを見ると、とんがり帽子が呪文を唱え始めている。遠くて詠唱の内容までは聞こえないが、魔力と思われる何かが宙へと舞い、集まって火の玉へと変化する。それはみるみるうちに大きくなり、人ひとり分は包み込めるほどの大きさになる。
「勇者様! 下がって!」
その声を聴いて、直ぐに剣戟をやめて後退する勇者。
「ギガフレア!」
という声と共に、火の弾がこちらへと向かってくる。
「しゃああらくせぇぇぇえええ!!!」
そう叫びつつ、右指に魔力を通す。その魔力は指先から伸び、火の玉を6分割にして爆発させる。
勇者は、そのまま距離を取り、一度体制を立て直す。
それに合わせて、ピンク髪の少女が何かを口ずさみ、勇者に何か力を与えた。
彼にダメージは与えていないはずだ。となると、力や防御力を増強させる何かといったところか。
となると、彼女は見た目通り、僧侶で間違いないのだろう。
さて、一戦交えたわけだが、ひとまず自分が戦えることが分かった。
その原理とかはさっぱりわからないが、自分が彼に匹敵するだけの力を持っているのだけは確かだ。魔王と言われても確かに納得できるだけの力だと思ってもいい。
しかし、魔王とはいえ簡単に討伐されるわけにはいかない。
俺だって死にたくはないのだ。
「まあ、なんだ。正直何もわかっていない状況だし、あんまりこういう手段はとりたくないが……」
相手は頭に血が上っているようだ。
こういう相手に話をしようとしても、話は通じない。
こういう時の対処手段は一つ。
相手を殴って落ち着かせる。
相手が俺を警戒する中、一歩前へと足を進めた。
かっこいい場面であるんだし、こんな機会、めったに来ないだろう。
決め台詞ぐらいちゃんと言わせてもらおうか。
「あんまり俺の世界をなめんなよ、勇者!」