表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

五線譜

作者: 柊 ナナ


入学してすぐにわたしの噂は広がっていった。


父親の経営していた会社が倒産して母方の実家のあるこの地に来たということが。


別に本当のことだから仕方がないけれど、それで性格が悪いとか元金持ちとか思わ

れるのはいやだ。


なにしろ田舎ではほとんどが知り合いのようなもので、どうしても排他的でよそ者に

は難しい。


そんな環境の中で仲間はずれにされたら、まさに生地獄だ。


言葉は慎重に朗らかに、気を使い過ぎないように気を使い、舐められないように大


人しく、よく計算をして斜めに見る。


わたしはいやな人間だ。最低だ。


高校1年の女子がこんなことを考えて日々を送っているのってどうなのだろう。


別に父も母も憎んでいないし、今までもとても愛してくれている。


専業主婦でおしゃべりだった母も、今は働いているのでどうしても家の雰囲気は暗く

なっている。


本当はわたしがなんとかするべきだとは分かっているのだけれど、クラスで気を使い


帰ってから家事をしなければならないので疲れきってしまっている。


そんなある日、日直の報告を職員室にした帰り音楽室の前を通りかかったときグラ

ンドピアノが見えた。


以前はピアノ習っていたし発表会にも出たな、などと思いながめているといつのまに

かピアノの傍らに生徒が立っていた。


それが、宮野千代という幽霊との出会いだった。



三年の時に亡くなったので先輩にあたるので、宮野先輩と呼ぶようになった。


今まで一度も幽霊を見たことがなかったのに、なぜ突然に宮野先輩が見えるように

なったのか不思議に思っているとどうやら波長が合う人と合わない人がいるらしい。


宮野先輩は作曲の途中だったのが心残りでここにいるとのことで、埃のうっすらと積

もった楽譜棚を探ってみると手書きの楽譜がでてきた。


わたしは、その曲を完成させるのを手伝うことに決めた。


先生にお願いして放課後一時間ピアノを使わせてもらえることになった。


私の家の事情を知っていることもあるが、もう何年も吹奏楽部が無いこともあったよ

うだった。


すぐにわたしの日々は放課後、夕日の差し込む音楽室で宮野先輩と作曲する一時

間だけのためにあるようなものとなった。


生者との付き合いが頭痛がしてくるほど緊張して、死者との付き合いが朗らかにそ

してとても充実しているなんて皮肉なものだ。


宮野先輩がメロディを口ずさみ、わたしがそれを譜面に書き鍵盤を弾き合わせてい

くを繰り返していく。


一見単調のようだが、宮野先輩のメロディを口ずさむ音が美しく又、教えてくれるこ

とが実践的でとても勉強になった。


でも、なにより一番楽しいのは他愛もない会話だ。


宮野先輩は友人が多かったようで、特に当時の吹奏楽部のことをオモシロ可笑しく

話してくれる。


こんな先輩がいたら楽しかったろうなと、聞いているうちに少しひがむ自分と、今は独占していることに優越感を抱く自分を感じていた。


曲作りは、想像していたより早く進んでいる。


楽しい時間は、本当に早く進んでしまう。




返し忘れた本を図書室へ届けた放課後、音楽室の前を通りかかると微かにピアノの

音色が聞こえた。


この高校には今、吹奏楽部は無いはずだしこの時間に誰が弾いているのだろう。


通路の窓から室内を覗いてみると学生服の女子が二人見えた。


一人は同じクラスの鈴原理恵、もう一人は初めて見る顔だ。


鈴原、ピアノ弾くんだ。


僕と同じで鈴原は都心部の方から転居してきたみたいで、噂によると父親の経営し

ていた会社が倒産して母方の実家のあるこの地に来たそうだ。


無論、情報屋の波多野が喋っているのが聞こえたから知っているのだが。


普段見かけると、とても静かでグループに居ても相槌をうっているか微笑んでいるだ

けで率先して喋っているところを見たことが無い。


翌日、職員室へ日直の報告をした後なんとなく音楽室を覗いてみると、やはり二人

が居た。


微かに聞こえるピアノの音色がとても心地よく耳に残る。


なんという曲なんだろう、CD売っているのかな?


思わず聞き入っていると鈴原と目が合ってしまった。




「六条君。」


同じクラスの六条君、わたしと同じく越してきたそうだがすぐに友人が出来てクラスにとけこんでいた。

わたしとは違う。


何の用で来たのだろう。


「何?」


椅子から立ち上がった。


「あ、その、ピアノの音が聞こえたから・・・。」


「とても良い曲だね。冗談じゃなく。CDを買おうと思うぐらい。」


「この曲は、以前の吹奏楽部が作曲していたものだから、CDは無いの。」


わたしは少し冷たい言い方で答えていた。


「そ、そうなんだ。でもとても良い曲だね。なんか邪魔しちゃったみたいでごめん。」


そう言うと六条君は帰っていった。


「いいの?。何か帰らすような言い方だったけど。」


宮野先輩がわたしの顔をのぞきこんで言った。


この時間、今のこの僅かな静かで楽しい時間は誰にも邪魔はされたくない。


「先輩、さあ続きをはじめましょう。」





帰り際、涼原はクラスの皆にこのことは言わないでほしいと頼まれた。


誰にも言わないよと約束した。


気持ちが僕にはよくわかるから。


「で、私にどうせいというのだ?」


土岐朱音がおもいっきり嫌そうな目つきで梅の樹の上から言った。


「だから、明日の放課後の時間に音楽室に来て確かめてほしいんだ。」


「あのな、ヒロよ。その霊はただ制服を着たいだけという可能性もあるとは考え

られんかな?」


「制服を着たいだけ?」


朱音は腕をくみ


「うーみゅ。そう・・・。趣味だよ。今はおるのだろう制服が好きという輩が。」


「そうかな、でも僕は同じクラスメイトがしかも学校で幽霊と毎日のようにピアノを弾いているなんてほっとけないよ。」


「そう考えるな。ヒロでは考えても頭が頭痛になるだけだから。」


彩音が手をヒラヒラさせて言った。


「ともかく、ちょっとでいいから危なくないか確認してくれないかな。アイスの入った大

福買ってあげるから、お願い。」


「よかろう。」


快く、彩音はひきうけてくれた。


さて、その後僕は縁側からなぜか鋭い視線を向けている早野のもとへと向かった。





「普段ならこんなことに、いちいち首はつっこまないのだが、重要な取引をされて

な。」


室内を夕日が斜めに差し込む中、土岐彩音と名乗った人形のように整った顔立ち

のこの少女は、机の上に腰掛けて足をぶらぶらとさせている。


服装はなにかの時代劇ドラマで見た公家のような格好をして、黒く長い髪は一つに

束ねている。


「この世に未練があるのは勝手だが、自分の欲のためだけに他人を利用しているよ

うではいつまでたっても彷徨いつづけることになるぞ。もう分かっておるだろう。」


内容にあわない子供の声で言った。


「そうね、初めはそんな気持ちがあったのはその通り。でもね、鈴原さんが弾くあの曲

を聞いた時、この娘ならわたしの気持ちが分かってくれると思った、きっと繋がれる

と思った。」


「だから、そんな一方的に繋がれても結局生者と死者、すでに世界が違うだろうに。」


彩音は机から飛び降りると後ろに手を組み、壁に並ぶ著名な作曲者達の顔写真を

眺めながら言った。


「分かっているわ・・・。」




それからほどなくして曲は完成した。


宮野先輩の頭の中ではすでに完成していて、わたしはただそれを譜面に起こし音を

鳴らし合わせていけばよかったのだから。


「わたしが考えた通りにあなたは曲を作ってくれたわ。」


「先輩と作曲するのは本当に楽しくて、勉強にもなりました。」


今さっき完成した楽譜を見てわたしは言った。


宮野先輩は優しく微笑んでわたしを見た。


「あの頃の吹奏楽部、部員も多くてね。大変なこともあったけど、楽しかったことの方

がぜんぜん多かった。ある時、この想いを曲にしたらどうかなって。皆には内緒で。」


夕日が室内の半分を照らしはじめている。


今日は運動部の部活は無いのだろうか、静かだ。


「曲を作っていると一人ひとりの顔が浮かんできてお喋りするの。毎日部室で合って

いるのに、変でしょ。」


宮野先輩は触れることのできない手で楽譜を撫でた。


この曲を作りはじめたことを聞くのは初めてだ、なんとなく聞きにくい感じだったから。


「そのうちに、卒業が近くなってきたの、つまり皆とのお別れ。わたしね、なぜだかこ

の曲を完成させなければ別れなくて済むんじゃないかって、いつまでもこの幸せな

時間が続くんだって。」


「先輩・・・。」


わたしは、椅子から立ち上がり宮野先輩を見た。


「鈴原さん、あなたのピアノだけがわたしの気持ちに繋がった。」


先輩は友達も後輩もたくさんいて毎日が幸せだったじゃないですか、わたしとは全

然違う。


「わたしの曲を、わたしの思いの通りに弾いてくれた。」


「そんなこと。」


宮野が人差し指を立てて言った。


「作曲者のわたしが言うのだから間違いないよ。」


「そうだ、先輩。これから一緒に新しく曲を作りましょう。そうですね、ポップ調とかもい

いかも、それともクラッシクの名曲をアレンジして・・・。」


「鈴原さん。」


聞こえないふりをした。


「この曲、弾いてくれない?」


わたしは椅子に座ると鍵盤の蓋を閉めた。


「いやですよ、よく聞く物語のような終わり方は。どうせならこのままわたしをあの世

へ連れて行ってください。」


わたしは鍵盤の蓋を見つめたまま、怒られる覚悟で言った。


わたしはいやな人間だ。最低だ。


「ごめんなさい。」


なんで謝るんですか。


「最初はそのつもりだったの、あまりにもさみしくて孤独で。無駄なことだと分かって

いても繰り返そうとしてしまう。


でも、あなたに会ってあの頃を思い出せて曲を完成させることが出来たの。」


「だから、もうわたしは必要ないんですか。」


人から与えられることが当たり前のような暮らしから、人の顔色をうかがって愛想笑

いをして心の中では馬鹿にする暮らし。


そう、きっと宮野先輩のこと羨んでいたんだ。


でも、そんな人がわたしのことを必要として毎日待っていてくれる。


優越感をもっていた。


わたしはいやな人間だ。


「そう、結果的にあなたを利用してしまった。ごめんなさい。」


また、謝らせてしまった。


宮野先輩がどんな人か分かっていたのに、どうしてわたしはこうひねくれているのだろう。


もういやだ。


わたしは、俯いたまま何も言えなかった。


「もう、弾かなくていいから。ありがとうね、今まで付き合ってくれて、楽しかった。」


待って。


「いやです。さよならなんていやです。」


まるで子供だ、でもそれしか言葉にならない。


「ごめんね、でもそう言ってくれてありがとう。嬉しい。」


また、謝らせてしまった。


「でも、小さくて可愛いけどコワーイ女の子にも注意されちゃたから。曲も完成したし。」


わたしは鍵盤の蓋を開けると先輩を見て言った。


「わたし弾きます。最後まで聞いてください。」


夕日が鍵盤の上にかかりはじめている。


そう、この曲は先輩の曲だ。


わたしの知らない楽しかったことや悲しかったこと、怒ったことや泣いたことや色々な

思いが込められているのだろう。


もしも、当時の同級生や後輩がこの曲を聞いたならどのように感じるのだろう。


最後のピアノの音が終わると先輩はゆっくりと窓際へと近づいた。


「先輩?」


わたしの声はかすれていた。


「先輩として忠告。これからはあなた自身の曲をかいてほしいの。

わたしは自分の気の甘さで途中でやめることになったけど、あなたは完成させてほしい。

周りに合わせることも大事だけれど、自分を分かってもらえることも必要よ。

わたしだって最初から皆と分かり合えたわけじゃないんだから。

それに・・・。」


と言って、先輩は音楽室の入り口の方を見て微笑んだ。


六条君と早野さんが居た。


「もう第1小節ができるんじゃない?。大丈夫、あなたなら、きっと自分の曲を作れるわ。」


振り返ると窓から差し込む夕日の中、カーテンが揺れて先輩の姿は無かった。




その後、生徒会の掲示板に吹奏楽同好会会員募集のポスターが貼りだされた。


発起人は、もちろん鈴原だ。


早野が一緒に、何人かの楽器の出来る知り合いに声をかけているみたいだ。


本当に早野の面倒見の良さには感心する。


そして放課後、鈴原はあの曲を弾いて仲間を待っている。


宮野先輩との時を思い返しているのか、それともこの曲に込められた宮野先輩の仲間達への思いを感じ取ろうとしているのか。


手書きのポスターにはピアノやギターの絵とともに五線譜が書かれている、そして、そこには音符の代わりにこう書かれていた。


「わたし達の曲を奏でましょう!!」


いつか聞こえてくる曲が、鈴原達の曲に変わるのを僕は楽しみに待っている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ