表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法使いは機械人形に乗って  作者: 高野十海
第一部 エスペルカミュ編
9/34

08 一夜明けて泣いたら

 一夜明けて迎えた朝は、その屋敷にいる誰もが気だるく思っていた。

 騎士団のみが疲れを見せずに動いていた。

 しかし大人数の身の回りの世話をした使用人も、それを指揮したハパップも、特に機械人形に乗り込んだ三人は、朝日さえ鬱陶しく思えるほどに。

 ナイタラは朝の九時頃に起きて、くっついた背と腹にたっぷり温かい食事を詰めた。

 シズマとサナ姫が起きるのがもっとも遅かった。

 眠ったというより、過負荷による気絶なのだから当然でもある。

 彼女は昼近くに目覚めると、寝間着用のワンピース姿のまま食堂へ現れた。

 尻尾の長い小動物をお供に、首へ巻けている。

 人前に出る姿を教育されている彼女の、こうした気の抜けたは非常に珍しい。

 それだけに使用人や騎士たちは驚いている。

 おなじく現れたシズマのシンプルなパジャマ姿などは、誰も気に留めないほどだ。


「……可愛らしいお姿で」

「淑女をからかうものではありません」

「サナ姫は子供だろ」

「淑女でもあります」


 いつもの「姫でもあります」の通りに言うもので、彼は思わず吹き出した。

 それを見てむすっと頬をふくらませるのではなく、大人びて使用人にはちみつとミルク入りの紅茶を頼むのがサナ・オズマだ。

 その気持ちを代弁しているつもりか、ふわふわ尻尾の小動物が威嚇している。


「そういやそいつ、最近見なかったな」

「エルビーですか? 戦いをする生物ではないでしょう」


 彼女が背を撫でてやると、威嚇していたのも忘れてくすぐったそうに喜ぶ。

 身をよじっているくるくると回り、もっともっととねだった。


「エルビーってのは種族か?」

「わたしが考えました」

「ありふれてるってことか」

「シプリムですよ」

「ああ?」

「はい?」


 使用人が運んできたコーヒーと紅茶を飲んで、二人は落ち着いた。

 昼も近いから運ばれてきた食事は朝食にしてはやや多い。

 ヴィネグレットソースで和えた茹で鶏と卵を使ったサラダ。

 ポテトのポタージュ。

 チーズに刻んだドライフルーツとナッツとはちみつを混ぜたものを挟んだ甘塩っぱいサンドウィッチ。

 燻製肉とレタスのシャッキリした食感のサンドウィッチがメニューだ。。


「ハムがいい香りしてる。これでトマトがあればなあ」

「トマト……あんなものを食べるのですか?」


 露骨に嫌そうな顔をして、サナ姫はチーズサンドを齧った。

 彼女にとってトマトは、観賞用の植物で口にするものではない。

 一部では食べられているが、彼女のような上級階層にはありえない。

 このことから、その扱いは明らかだ。


「いまは観賞用でも、品種改良すれば食えるだろ」

「トマトを食べなければならないとは寒い時代です」

「言ってろ」


 彼女は野菜などをエルビーに上げながら、自身も小動物のようにちまちま食べていく。

 食べるのは遅いが健啖で、シズマが食後のコーヒーを飲み干す頃には、すべてのメニューを食べ終えた。

 食べ盛りの少年でさえも満腹になるものだが、彼女も負けない胃袋の持ち主だ。

 そのまま二人が食堂でまったりとしていると、昼食をとりにハパップがやってきた。

 彼はすぐにサナ姫の姿に眉をひそめる。


「サナ姫に置きましては、はしたない。すぐに着替えてきていらっしゃい」

「そう言わなくてもいいだろ、子供だし」


 からかうようにシズマが言うと、幼姫はツンとした顔をして席を立った。

 エルビーが肩から頭に上って、長い尻尾をポニーテールのように垂らす。


「それでは着飾ってまいりましょう。シズマ・ヨナはそのままでよろしい」

「俺は着替えるっての。そういやハパップさん、ナイタラはどうなった?」

「元気をしている……とは言えないな」


 難しい顔をしてハパップは言いづらそうに答えた。

 食事をしに現れたナイタラは悲壮な表情こそ見せなかった。

 かといって捕虜になった時のように、どこまでも突き抜けるような快活さもない。

 すこしばかりおとなしく、言葉少なめに大量のパンとスープを平らげた。


「あれでは国を捨てたのと同じだろうよ」


 眉間に皺を作ってシズマは言う。

 彼も一年半前に故郷を失ったと言っていいだろう。

 望んで来たとしても、物理的に帰れないのは郷愁を誘う。

 近くなのに帰れないのは、よりもどかしく狂おしいだろう。

 その感情が理解できるからだ。


「彼女には可哀想なことをしたが、我々にとっては正解だった」


 それもファーネンヘルト、ひいてはシズマにとって正しい。

 ナイタラを引き入れなかったら、七機ものアマタリスに負けていただろう。

 白騎士は奪われ、そのパイロットがどういう扱いを受けるかを考えれば。

 だからといって正当化されるものでもないが、一理あった。


「ザクシャというのは捕虜扱いでいずれ返すのか?」

「峠は過ぎた。それはそうするだろう」


 容態は良くなってきており、意識も戻って捕虜扱いになったのを理解している。

 ナイタラを抑える役目を担っていたのか、ザクシャは冷静な性格をしていた。

 ハパップは人材的に引き入れたいと考えていたが、それは交渉のテーブル次第だ。


「ナイタラには会わせてやってくれ」

「それで気分が向上するなら安いものだな」


 ハパップが頷くと、シズマは最初に運び込まれてから使っている部屋に戻った。

 着替えてふたたび一階へ降りる。

 リビングルームには先客がおらず、閑散しているというよりは静かで落ち着いていた。

 窓から見える庭は大きくはないものしっかりと手入れされている。

 シズマがボードゲームの駒を眺めて退屈していた。

 そこへ昼食を食べ終えたナイタラがやってきた。


「シズマ・ヨナか」

「よっ、お疲れさまだったな」

「そういうことはいい。お前たちが一番ってことはわかってる」


 ハパップから伝えられていた通りに、彼女にはいつものような調子はなかった。

 おとなしくしていれば、印象的な長い赤毛と碧色の瞳ばかりが目立つ。

 彼女はソファに座ってじっとテーブルに視線を注いだ。

 しかし、そこから得るものはなにもなく、頭のなかは思考が渦巻いている。

 その様子を見れば、シズマも引き込んだ原因の一人として、落ち着かない気分になるのは当然だ。

 なにから切り出せばいいのかと考えて、ザクシャのことが思い出された。


「ザクシャとかいうやつは、峠を超えたらしいな」

「……そうか。よかった。あいつはエスペルカミュに戻れるのか?」

「ハパップの話なら、あっちが交渉のテーブルにつけばその気らしい」

「一刻も早く返してやれればいい。あたしは……どうなると思う?」


 テーブルに送っていた熱い視線をシズマに向けて、ナイタラはじっと瞳を見た。

 針のように突きつけられたのは、一切の嘘や欺瞞を許さない真剣だ。

 そこには、鳴りを潜めていた彼女のマグマの如き本質がある。


「本音を言えば、エスペルカミュからすれば鬱陶しいだろ」

「……そうしたのはお前らだろう!」

「そうだ。ナイタラ・エーンには悪いと思うが、ならどうして白騎士を持って返らなかった」

「くっ……それは……」


 あの時、ナイタラ・エーンには二つの選択肢があった。

 騎士団を騙して、オーギティで大規模魔法を使って撃退。

 プマックと二人で白騎士を持って帰り、褒章を受ける。

 そうしなかったのは、彼女がその選択肢を取ったからだ。

 人質を取られているのはあっても、本国に手柄を持ち帰って歓待を受けるのに比べれば、仲間を見捨てるというのは十分に釣り合う話だろう。

 否、半壊の機械人形とはいえ、二機もいれば病院を襲って奪還もできたに違いない。


「どうしてそうしなかったか言ってやろうか」

「言うな」

「十日しかいっしょに暮らしていないが、情が移ったんだろ」

「言うな! そうだよ、あたしは敵の国の奴らを見捨てられなかったんだ! バカな女だ!」


 休火山に火を点けて、シズマはその噴火を全身で浴びる。


「だってわかるだろ。みんな優しいんだ。おいしいものを食べさせてくれて、ベッドだってふかふかだった! そういうことをされれば誰だって気が休まる! あたしの好みをわかってはちみつの小瓶までくれた! そういう人たちを裏切って……裏切ったら、あたしはどうなる!?」


 ポロポロと涙を流しながら、彼女はずっと胸につかえていたものを吐き出しはじめた。

 シズマの襟を掴んで額同士を当ながら、ただ浮かぶ言葉を喉から絞り出していく。


「隊長は生きてて、ザクシャも生きてた! あたしだって家族には会いたい! ファーネンヘルトの兵にされたけど、それってあたしのせいか!? 故郷には友達もいるだろ! それを引き裂いて、もう二度と会えないようなことになって、どうして愛情を感じるんだよ! 優しくされたことはうれしいじゃないか! それを純粋に受け止めたら許されないなんてあるか!? あたしは! あたしは……!」


 感情がバラバラになって、不安に感じていたものが吹き出したのだろう。

 すべてをバラバラに吐いて、碧色の目から雫を落としながらシズマを睨みつけた。

 天から垂らされた蜘蛛糸のように縋りつく。

 順序がめちゃくちゃだったが、それが逆に彼女の強いストレスを感じさせた。


「ナイタラ・エーンは優しすぎるんだな。機械人形に乗るべきじゃなかったんだ」

「あたしは騎士だ……侮辱、するな……」

「やれることをやったんだろ。義理を守ってファーネンヘルトのためにやったなら、お前は騎士だよ」


 額を肩に埋めさせて、子供のように泣く彼女をあやすために、ポンポンと背を叩いてやった。

 シズマも子供のころ、不安や悪夢を見た時、そうやって慰めてもらったものだ。

 しばらくして落ち着くまで、ずっとそうやっていた。


「あたしは……どこの国の人間なんだ」


 ぐすりとまだ喉に涙が絡んでいるものの、肩に落とす温かい雫は落ち着いた。


「おまえがそうしたいっていうのなら、ファーネンヘルトは受け入れてくれるだろ」

「ファーネンヘルトの騎士になるのか……?」

「なりたいなら、だ。そうしたいのか?」


 肩をグリグリと押すように首を振って答える。


「……わからない」

「ならもうすこし考えろ」

「……うん」


 二人がそうしていた頃、入り口では、使用人が痴話喧嘩かと覗いていた。

 ナイタラが顔を埋めて、シズマに甘えだしたところでサナ姫が来た。

 それをすこしだけ見て、去っていた。


「ふーん……シズマ・ヨナもああいうことが好きなようで」




 その後、一度サナ姫を王城へ戻したいと騎士団を通じて通達があった。

 三日後に発つとサナ姫は返事をした。


「シズマ・ヨナとナイタラ・エーンは同行するものとします」


 夕食の時にサナ姫はそう発言して、シズマは首をひねった。


「白騎士を見せるために持って帰るっていうなら、俺はわかる。ナイタラを同行させる理由はあるか?」

「彼女はファーネンヘルトのために働いてくれたのです。それを褒める必要があります」

「そういう甘い言葉で処刑を……」

「我が国の白騎士を奪った不届き者が先でしょうか」

「おっと藪蛇」


 くすくすとハパップが笑って、サナ姫はさらに続けた。


「それに、先のことを持ち帰ってエスペルカミュから話があると連絡があったようです」


 それにはシズマも冗談を言ってはいられない。


「どういうことだよ。アマタリスを七機も壊したから弁償しろって?」

「内容は伝えられていません。ですが、備えるのなら白騎士は必要になります」

「……まあ、そうだな。三日か。アマタリスは組み上がるか?」


 親指で口ひげをなぞって、ハパップは考えた。

 疲労の度合いが少なく、現場を確かめようと戦場跡を見に行ったのを思い出す。


「全機をバラして一機を組み上げるだけなら、なんとか……なるか。だが二機目は相当遅れることになる」


「それでいいよ。ハパップさんはナイタラに合うようにしてくれ」

「あたしが乗るのか?」

「エスペルカミュのものでしょう。オーギティよりはいいはずです」

「それは……そうだけど」


 オーギティに愛着があるというよりは、困惑した表情で彼女はスープをかき混ぜた。

 エスペルカミュでは下から眺めていたものに乗るという喜びはあった

 しかしそれは祖国と戦うかもしれないということを意味する。

 複雑な気持ちをスープに混ぜていく。


「それじゃあ、明日は現場に行って、それから王城行きの支度か。騎士団は連れて帰るんだろう?」

「待機させておく理由はありません」

「なら準備はさせてやれよ。こっちで彼女の一人でもできてたら可哀想だ」

「仕事を逃げてそんなことをしていた騎士は不届きです」

「騎士は四六時中じゃないってことだよ」

「むぅ……」


 さすがに夜のことまでサナ姫が干渉するわけにはいかない。

 しぶしぶ特別休暇を与えることを考えて、幼姫は嘆息した。




 翌日、戦場跡に来てシズマとサナ姫は眼を丸くした。


「白騎士は、黒騎士じゃないか!」

「デコボコしています。ドロを被ったにしては固そうな……」


 彼女の言う通りで、白騎士という名の由来の白い装甲は跡形もない。

 全身を黒いかさぶたのようなものが覆っていた。

 できの悪い鋳造品のように表面はでこぼこで、金属錆に近いざらつきがある。


「アルリナーヴは大丈夫なのですか?」

『肯定。損傷の自己修復中』

「それは……発掘して直さずに乗れるわけだよな。ナノマシンかなにかを含んでるのか」


 想像以上のオーバーテクノロジーを搭載しているようで、白騎士アルリナーヴはまだ底が見えない。

 これだけの重量が、全長より高く跳ねる。

 その上、衝撃を吸収しきれるという時点でわかっていた。

 だが、それ以上のものが眠っていてもおかしくないと、シズマは不安さえ覚えた。


「アマタリスはバラしてくれ! オーギティと同じように!」

『うぃっす!』

「働き詰めで悪いが、その分は応えるつもりだ!」

『うぃっす!!』


 褒章は期待できると聞いて、鍛冶屋の弟子たちが、いそいそ働きはじめた。

 一週間前のオーギティの約束は守られたから、彼らはその甘い味を知っている。


「嬢ちゃん。こいつはもうダメだな。破損がひどすぎるし、なによりファーネンヘルトじゃイカれた回路はどうしようもねぇ」

「……そうか。頑張ったな、あたしのオーギティ」

「もっと褒めてやれ。アンタの命を守ってくれたんだ」

「……ああ。大切な相棒だ」


 オーギティを前に、ドワーフの親方とナイタラは黙祷した。

 機械人形に命はないが、それでも付き合ってきたものがある。

 葬儀は人間の気持ちを落ち着けるためのものだ。

 そうすることに間違いはない。


「崩れた土地の修復を行う! 第五生成機関エーテル・ジェネレーターを動かすぞ!」


 騎士団長が叫ぶと、駆動音がして周囲に大気(エーテル)が溢れはじめた。

 それを使って荒れた場所を修復していく。

 植物の種を植えていくのは屋敷の人間たちと、駆り出された農家の手伝いだ。


「白騎士は動けますか?」

『否定。二十四時間は機動不可』

「しかし二日後には乗せてもらいます」

『肯定』

「修復時間が思ったより短いが、それは短縮できるのか?」

『肯定。魔力(マナ)による急速治癒が可能。しかし非推奨。使用時に極度の魔力変換負荷』

「なるほど。それじゃあどうしようもない。俺たちができることはないな」

「わたしたちは白騎士を動かさければなりませんから、他のことをしましょう」


 シズマとサナ姫は、植物の種植えを手伝ったりしながら、その日を終えた。




 そして、街を離れる時が来た。

 ハパップ邸の使用人と騎士団の一人が秘密の会合開いていたらしく、別れがたそうに手を握っていたがそれはすぐに引き離された。

 白騎士とアマタリス・ナイタラ仕様がほとんどの荷物を背負い、馬車と馬による大移動が始まった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ