07 純白剣の片鱗
「あれだけの威力だ。そうそうは使えねぇだろうよ!」
願望か、看破かはわからないままルギットは叫んだ。
いまの二人の負担を考えれば、魔力波発生装置を使えるのは五回が限度だろう。
盾と剣の両方使用ではなく、どちらか片方だけで。
ただし当然ながら、魔力変換炉すべてをそれだけにつぎ込む訳にはいかない。
実際のところは三回か四回使えればいい方だ。
対してアマタリス五機の大規模魔法は、それほど制限がない。
時間は掛かるものの、錫杖ユニットで増幅しているから実際の消耗は少ない。
白騎士を動かすように、常時負担がかかっているわけではないから余裕があった。
戦闘が終わったあとの消耗を考えなければ、それこそ尽きることはないだろう。
大規模魔法が同時に放たれれば、アルリナーヴは魔力波防御を使わざるを得ない。
できるなら攻撃には回さず、防御にとっておきたいのが心情だろう。
「サナ姫、全開で行く!」
「当然でしょう!」
だからこそシズマは使う。
大規模魔法を防がれた動揺から立ち直ってないアマタリスの一機へ向けて、白騎士は踏み込んだ。
『肯定。魔力波溶断』
左腕肘下のモールドが前進し、手首付近まで来て光の剣を形成する。
慌ててルギット隊のアマタリスは、コックピットの前で両腕を交差させた。
右肩から入り左腰へと抜けた光の剣は、その軌跡のすべてをなかったものにする。
「やはり光の剣を使わせるわけには……!」
「チャンスは待ってから動くもんだ!」
プマックが叫んで、飛び出しそうになったところを、ルギット隊のアマタリスが手で制した。
「三つ! 魔力付与!」
光の刃が消えるのと入れ替わるようにして鉄の刃が光を帯びた。
防御することは無意味と悟ったのか、もっとも近くに居たアマタリスが錫杖を輝かせる。
「魔法にはこういう使い方もある!」
錫杖と同様の光を纏うアマタリスの速度が上がった。
アルリナーヴが攻撃に転じるよりも早く、間合いを詰めて錫杖を横薙ぎに振るう。
シズマは慌てて盾で受け止めたが、その威力はプマックに滅多打ちにされていた比ではなかった。
盾が弾かれ、錫杖の大ぶりの二撃目を帯魔剣で鍔迫り合いに持ち込む。
だが錫杖は切れない。
身体能力を上げる魔法を、ユニットごと機械人形に使っているのだ。
本来ならば、それだけの魔力を変換すれば、負荷でブラックアウトしかねない。
錫杖による強化がそれを可能としていた。
「シズマ・ヨナ! 右から一、左から二!」
「三方から来るかよ!」
視界の広さでサナ姫が危機を教えてくれなければ、すでに囲まれていただろう。
アマタリスは全機、目の前のものと同様に輝いている。
時間のかかる大規模魔法から、近接戦闘に切り替えていた。
白騎士からすれば棒立ちになってくれる方がやりやすい。
しかし格闘戦なら分があるのはシズマたちのほうだ。
「左、左、右の順に来ます。正面は――」
「いまやる! 魔力付与!」
鍔迫り合いの中、左手の金属盾の表面を薄い魔力が渦巻いた。
それを見ても、ルギット隊のアマタリスは引く気配がない。
むしろ、出力を上げて白騎士を押し切ろうとする。
「盾を光らせたからって、アマタリスはもっと光ってるだろうが!」
「そんなに輝きたいなら星にでもなれよ! 瞬間掌握!」
白騎士が僅かに退くと同時、軸が鋭く回転した。
「あらっ?」
「マヌケ面に鉄拳制裁!」
常に魔力流を掌握し続けるのは無理がある。
だが、こうして一瞬だけ割り込んで機体を動かすのはいまのシズマにもできる。
慣性を強引にねじ伏せて、渾身の左腕が振り抜かれた。
つんのめったアマタリスへ向けて、帯魔盾が叩きつけられる。
接触と同時に閃光が弾け、盾表面の魔力が炸裂した。
「うおぉっ……! 爆発する盾だと……!?」
「まだその無茶な動きをするのか!」
盾で受けた時に魔力が炸裂すれば衝撃は相殺できる。
本当なら爆発と同時に表面装甲が飛んでいくのがいいだろう。
しかしそこまでコストはかけられない。
代わりに、こうして攻撃にも転用もできるのが盾用の魔力付与だ。
弾き飛ばされて正面に居たアマタリスは足元を崩し、背中から地面に倒れ込んで暗い空を見上げた。
「左、左は錫杖から。右は光が消えて……大規模魔法を近くで叩きつけるつもり……?」
「サナ姫がそう感じるのなら信じて動ければ……!」
彼女の正しさを感じ取る嗅覚は天性のものだ。
シズマはそれを知っている。
だからこそ、自分の感覚よりもそれに従うことが最善であるとわかっていた。
問題は、そう思っている感覚を信じきれるかどうかだ。
鋭く息を吸って、彼は信頼を掴み取る。
「白騎士はここで叩く!」
左の一機目の大振りを斜め前に跳んで避ければ、その眼前にすでに錫杖を振りかぶった左の二機目が現れる。
本来ならば、不意打ちを食らっていただろう。
その一撃を右の金属剣で弾くと、魔力付与さえしていなかった剣が二つに砕けた。
「連携攻撃を防ぐか! だがなぁ!」
「三機目は見えてるってんだよ!」
右からわずかに遅れてやってくる錫杖は、強い煌きを放っていた。
しかし片腕のアマタリス自体は、夜の闇に侵食されている。
振り下ろされる瞬間、相打ち狙いかのような大猛火が、暗闇を焦がしはじめた。
「見ていても避けられるわけはないだろ!」
「その必要が、ない!」
『肯定。魔力波溶断、起動』
その炎ごと、白騎士は光の剣で切り裂いた。
猛火のせいでコックピットは捉えられなかったものの、錫杖ユニットとメインカメラのある首が落ちた。
「おのれ白騎士ィィ――!」
「愚かな自分を呪えよ!」
崩れていくプマック機には目も向けず、シズマは必死で光り輝く二機を目で追う。
「左から連打は……間に合わない!」
「それは甘んじて受ける! 衝撃がくるぞ!」
ぶつかりあうぐらい近くては、サナ姫の先読みでも、運動性能が追いついてこない。
瞬間掌握ではその瞬間を打破しても無理が祟り、二発目から連打食らうだろう。
それならば二発は覚悟して、その後に使うのが状況破壊につながるとシズマは読んだ。
「純白剣は落ちろやぁ!」
大振りの杖打は嵐のように叩きつけられた。
魔力付与も使っていない盾越しの衝撃は、白騎士の左腕をミシミシ軋ませていく。
何度目かの殴打で、盾にヒビが入った。
それを見てルギットは、コックピットの中で歯をむき出しにして笑った。
「鉄壁だろうが打ち崩せばなんてことはないなぁ!」
「これだけのルギット隊をやってくれた報いを受けるんだよ!」
ヒビの入った盾を、二機のアマタリスがタイミングを揃えて同時に破砕にかかる。
連打の嵐がわずか一瞬過ぎ去って、台風の目に入った。
それこそがシズマが喉から手が出るほど欲しかった一瞬だ。
「瞬間掌握からの魔力付与!」
「なにをしようが遅いんだよ!」
「同時に光の盾は使います!」
『肯定。魔力波防御、起動』
「なんだとぉ!?」
二つの錫杖に威力が乗る前に、割り込んだ盾が衝突した。
渦巻く魔力が炸裂して、その衝撃で盾は崩れ無数の金属弾となって弾け飛ぶ。
アルリナーヴは光の盾で防御しているが、二機のアマタリスは錫杖を破壊されなおかつ全身に金属弾を食らっている。
サブカメラの幾つかが破壊され、装甲もひび割れ砕けていた。
「自爆まがいのことまでするか、純白剣はぁ!」
「錫杖が砕けたからといって、アマタリスは生きてるんだよ!」
「死に損なえば冥府に迷うぞ! 潔く落ちればいいものを!」
「白騎士の言うことかぁ!」
魔力付与と瞬間掌握を使った消耗が大きく、魔力波発生装置はこれで打ち止めだった。
二人の顔色は青白い。
まばたきをする度に、強い睡眠欲に足を引っ張られている。
白騎士は無茶で関節に無理がかかっている上に左腕はダメージがある。
しかし、まだ十分に戦える状態だ。
その代わりにシズマとサナは限界を迎えている。
スタミナがないというよりは、使う装置に変換炉が追いついていないのが実情だろう。
対してアマタリスは二機が五体無事だが、全身にダメージを負っていた。
強力な装備の錫杖ユニットも損失している。
その代わりにパイロットはまだ体力がある。
錫杖による増幅がないとしても、魔法は未だに健在だ。
「サナ姫。お前の正しさはどう感じている」
「わずかに一歩。なにかがあれば……!」
シズマは目を見開いた。
サナ姫の感覚を信じてて、この状況まで持ち込んだシズマだからこそわかる。
このまま戦って勝つことはありえない。
それを覆すものがあるとすれば、手持ちにないカードだけだろう。
魔力波発生装置――使えば自滅する。
魔力流掌握――同上。
瞬間掌握――二機を仕留めるには足りない。
魔力付与――基盤の魔法具自体が破損している。
白騎士自体のポテンシャルは、素手で攻撃しても機械人形を倒せるだろう。
だが、それをさせてくれるルギット隊ではない。
睨み合いから動かない白騎士を、不審に思ったルギット機が殴りつけた。
アルリアーヴはまともに受けて、倒れこそしなかったものの、後退を余儀なくされた。
「純白剣の底が知れたなぁ! 大暴れしたことは褒めてやるが、その代償を払えよっ!!」
勢いのついた二機が、白騎士を苛烈に攻め立てる。
「そらそらそらそらそらそらそらそらあぁ!」
「泣いたって許されないってことはわかるだろうが! このままコックピットを揺さぶり続ける!」
歯を食いしばりながらなんとか防御するが、反撃する余裕はない。
その間にも衝撃が装甲を突き抜けて、蟹の中身だけを茹でたように、二人の体力を削っていく。
「ぐううぅ……白騎士は、逆転できる策はないのか!」
『……二つの魔力変換炉の直列接続を提案。しかし操縦者の状態を考えれば危険』
「今日はよく喋ってくれる。すればどうなる!」
『魔力変換指数一定値突破における機能限定解放』
「だとさ。サナ姫は、賭けられるか?」
「この状況で全額積めない人間は、一生経っても泥を啜るままです」
二人は不敵に笑う。
もしも負荷のオーバーフロウで倒れるのだとしても、それはすべてをやりきったとのことだ。
「だよな。唇噛みちぎってでも意識を保つ。やってくれ!」
『肯定。魔力変換炉・直列接続。魔力変換指数・魔導師級を確認。機能限定解放』
白い機械人形の回路が切り替わる。
徐々に甲高く鳴っていく駆動音がして、白騎士の内側から魔力光が滲み、装甲の色がより一層鮮やかに白く輝きはじめた。
「な、なんだ。何をしている!」
「また嘯くか白騎士のアルリナーヴは! 虚仮威しは散々なんだよ!」
それでもラッシュを止めず、アマタリスはひたすらに殴打を続ける。
シズマとサナ姫にかかる負荷が増大した。
腹の中から何かがずるりと抜き出されていく感覚に、背筋がぞわぞわと粟立つ。
二人は悲鳴を上げないので精一杯だったが、それでもなんとか意識を保った。
けれどそれが限界だ。
一歩でも意識をずらせば、即座にブラックアウトしかねない。
「正真正銘、最後の奥の手だ、サナ姫」
「…………はい」
彼女の声はひどくか細い。
あまりにも小さな体で必死に堪えている。
「自動機動。目標は、いま立っている機械人形二機の撃破!」
『肯定。自動機動、開始』
反撃の狼煙は、ラッシュを繰り出す拳を受け止めたところから始まった。
「掴んだぁ!?」
「純白剣は限界のはずだろぉ!」
二機のマニピュレーターを掴んだアルリナーヴは、そのまま握力を強めて握りつぶす。
拳が砕け散り、火花が弾けた。
そのままアマタリスを左右へ振り回してから、腕を引き戻して衝突させる。
「ぐぁあああぁああっ! こ、これほどの出力はなかったはずだ。純白剣の底力か!?」
『短剣形態』
白騎士がマニピュレーターの五指を揃えると、手首のスリットから装甲が展開した。
指先までも白くなめらかな輝きで覆われると、片方のアマタリスに突き入れる。
胸部に肘まで埋まったところで、そのまま手刀を下へ振るった。
なめらかに腰まで抜けて、切り抉られたアマタリスが機能停止し、崩れ落ちる。
「うぉおおおおおおっ!! バケモノめ、やらせるかってんだよぉ!」
ルギットは魔法を唱えて掴まれたマニピュレーターを撃ち抜いた。
片腕を犠牲にして飛び退く。
指の残骸を地面に撒きながらアルリナーヴは腰を落とした。
『刺突形態』
瞬間、地面が爆発した。
強烈な踏み込みとともに土煙が巻き起こる。
ルギットが必死に作った距離は、たった一足でゼロになった。
白騎士が刃となった貫手を突き入れる。
しかしそれは狙いを外れて、アマタリスの頭部を貫いた。
そのまま切り下げようとするのを見越して、逆に千人長は前へ出た。
全身で突撃を仕掛けていく。
「お前ぇはなんなんだ純白剣! そんなことが許されるものか。仲間を全滅させて、ルギット隊は貴様を恨んであんまりだろうが! 第五生成機関を過負荷暴発させても、その憎しみだけは果たすだろう!」
アマタリスから焼け付く前のモーターめいた死の音が発せられる。
『短剣形態』
「純白剣は、白騎士は、俺がァ――!」
その感情の一切合財を、純白剣は切り捨てた。
もう片方の五指を短剣に変えて、背後からコックピットを貫いた。
『自動機動、完了。魔力変換炉、並列接続。機能解放終了』
白騎士の装甲から輝きが失せると、シズマとサナ姫はシートにもたれこんだ。
じりじりとノイズの掛かる視界の中、すべてが静かになった戦場を見る。
もはやアルリナーヴを動かす必要もなくなった。
必要最低限の魔力変換すら放棄してシズマは咳き込んだ。
噛み切れた唇からは血が滴っている。
幼姫の唇は切れこそしていないが、内出血を起こしたのか紅を塗ったように赤い。
「おわった……よな。これで、ぜんぶ」
「……うごいているものは……みえません……」
二人が安堵して目を閉じ、意識を断ち切ろうかとした。
その瞬間、アルリナーヴの集音マイクががざりとなにかがうごめく音を捉えた。
サナ姫は鉛でできたまぶたをこじ開け、錆びつく首を動かして霞んだ視界で見る。
「……うそ」
首と右腕のないアマタリスが一機、立ち上がろうとしていた。
タシラ・プマック。最後の一人だ。
「……ナイタラを、ザクシャを、ルギット隊のみんなを、隊長を失って、俺が生きている。その意味がわかるか! 国王は白騎士を捉えろと言ったが、そんなことで、そんなことで……命令だよ! だからって命は! 失われたものは戻ってこないだろ! それがなくなってしまえば、白騎士を壊したくなることだってわかるはずだ!」
屈辱と憤怒がプマックを染め上げている。
感情が優先して理性を超越していた。
しかし騎士軍人という立場が彼を縛り上げる。
それでも残った左腕を振り上げて、棒立ちになった白騎士へ叩きつけた。
「ぐぁあぁあ――!」
「きゃああぁっ……!」
白騎士は抵抗もなく倒れ込んだ。
シズマとサナ姫はその悲鳴さえもか細い。
もはや出せるものは出し尽くした。
ここでプマックが二人を嬲り殺すというなら、そうなる運命だ。
「なんでこんな……白騎士は血が通っているはずだ! みんなが死んで、漁夫の利のような情けないことで納得ができるものか! 白騎士は持って帰るが、少年はその範疇ではないだろ! 死んだところで気持ちはすまないけれど、だからって殺さずにいられるわけはない!」
叩きつける度に変形して、アマタリスのマニピュレーターが砕ける。
それでも知ったことかと、プマックは滅多打ちにした。
白騎士の装甲は硬く、たやすくは歪まないが、しかしその中は無事ではない。
何度も強く揺さぶられて、シズマとサナ姫は意識が飛びかけていた。
かろうじて保っていられるのは、ただ生への執着からだ。
これだけ人を死なせて生き残ろうと足掻いて、それをかんたんに投げ捨てられるほど安くはない。
かといって魔力変換炉を再点火するちからはなく、ただ二人は嵐に飲まれていく。
プマック機が立ち上がり、全力で白騎士のコックピットを踏みつけようとするのが見えて、シズマとサナ姫はそれでも目を開いた。
その瞬間、プマック機に猛火が押し寄せた。
「大規模魔法だと……! 情けない国の騎士団かぁ!?」
「もう止めて下さい隊長!」
アマタリスが振り返れば、そこにいたのは半壊のオーギティだった。
「ナイ、タラ……?」
「状況がわからなくはないでしょう! ファーネンヘルトの騎士団は狙いをつけています!」
撤退命令を下されたとはいえ、そのまま逃げ帰れるほどサナ姫の命は軽くない。
騎士団は様子を見ながら、バックアップできるように様子を伺っていた。
もっとも機械人形同士の戦いに割り込めず、歯噛みしたものであった。
だがその屈辱を晴らす場面が来て、彼らにとっては幸運だった。
「そんなことが、そんなことは……ナイタラが協力してくれれば!」
「あたしは……エスペルカミュには帰れません。故郷の人間がどうして殺してくれますか!」
「それは任務だろ!」
「任務なら命を失って正しいって、隊長の口が言うんですか!」
「……っく、うぁああああああぁああっ!!」
プマックのあらゆる感情が戦場に響いた。
「ここで隊長を逃がすのが最大限ってことはわかるはずでしょ!」
「また何もかも失って帰るのか……!」
「……もう、ファーネンヘルトへ出撃することはないでしょう」
「ナイタラ・エーン! 俺は――!」
騎士団からアマタリスへ向けて魔法が殺到した。
それが着弾する寸前、コックピットブロックから脱出装置が射出された。
轟音がすべてを引き裂いて、最後の言葉を飲み込んだ。
誰も彼もがボロボロになって疲れ果てていた。
七機のアマタリスが砕ける戦場に、騎士団の勝鬨が上がった。
意識が消える前にそれを聞いて、シズマとサナ姫は泥沼のような闇に沈んでいく。
「……あたしは、どこの人間なんだ」
故郷を失って、ファーネンヘルトにも生きていないナイタラが、勝鬨の中で雫を零した。