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魔法使いは機械人形に乗って  作者: 高野十海
第一部 エスペルカミュ編
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05 吹き荒れる嵐の胎動

 一夜明けて、白騎士を動かすためにシズマたちは鉱山前に来ていた。

 縛られていた縄を解かれたナイタラも居て、三機から必要な部品を選り分ける作業を任されている。

 サナ姫は一緒に白騎士に乗るために、ハパップは鍛冶屋のドワーフを連れて、使えそうもない部品を鋳潰し、剣と盾の材料にさせるために呼んでいた。


「昼間にこうして見上げるとデカいもんだな」

「騎士と言えば……騎士ですね。貴婦人に敬意を表した恰好をしています」


 じっくりと見たことのなかったシズマとサナは、この際にとぐるぐると場所を回って白騎士を見上げてみた。

 全体的には、肩や膝など関節を保護するために強調されたプレートアーマーのようにも見えた。

 首には襟があり、腰関節を保護するためかスカート状の装甲がついている。

 そして何よりも特徴的なのは、背部に背負った用途不明の細長い卵型をしたパーツだ。

 それが二つもついている。

 なにかの容れ物にも見えるが、外部から入れるような隙間はない。


「スタビライザー……にしては大きすぎるよな。さすがにデッドウェイトだろ。」

「白騎士は通常の機械人形とは違うのでしょう。魔力(マナ)で動くためのものでは」

「そうも考えられるか。動けるんだから余分ではないってことだよな」


 自分の中で納得してシズマは装甲板に足をかけた。

 サナ姫も続いて、コックピットブロックへ移動する。

 その横で、派手に壊れたオーギティにそばでがっくりと肩を落としながら、ナイタラは自分が使っていたオーギティに張り付いていた。


「あたしのオーギティ……ボロボロだぁ……。おい、こっちの技術屋ってのは、しっかりしてるんだろうな!」

「機械人形を組んだ経験は無ェ! お前が知っていればやれることはやる!」


 声を張ったナイタラは怒鳴り返され、びくっと背筋を震わせて目をうるませた。

 それをごしごしと腕で拭う。

 彼女の胸辺りまでしか背がないドワーフの鍛冶職人は、いかにも強靭な体をしている。

 小さくてもその威圧感は半端ではない。


「教えてやるが、できなければファーネンヘルトの技術屋は恐れることはない!」

「舐めんなクソガキ。問題はお前ェのおつむにどれほど詰まってっかだ!」


 負けじとふんぞり返りながら、ナイタラはフンと気を吐いて鍛冶職人を見下ろした。

 下から睨み上げて、ドワーフはバカにされてなるものかと意地を張り返す。


「あたしの頭は硬いって評判だ! 頭蓋骨はしっかりしてる!」

「……そんなことは聞いてねェ! いいから部品を分けろってんだ!」

「お、怒るなよ! 怖いだろ!」

「泣くほどのことか……?」


 ぽろぽろと涙を流すナイタラに困惑しながら、機械人形を組み上げるよりナイタラの相手をする方が疲れそうだと思い、ドワーフの鍛冶職人は深くため息を吐いた。

 それを見ながらハパップは鍛冶職人の弟子たちに声を掛ける。

 まず破損した部品と、そうでない部品。その中でも破損が酷くて修理に耐えないようなものは鋳潰し用に回してと、素人目でもわかりそうなものから作業させはじめていた。


「分解しなければ運べそうもないから、外せるものはそのように。ただしわかるところだけ。回路だとかそういったものは難しいから手を触れないでいい」

「わかりやした。聞こえたなお前ら!」

「ういっす!」


 代表格の弟子が声をかけると、人間、ドワーフなど種族問わず、多くの職人の弟子がせかせかを手を動かし始めた。

 電動工具などないものだから、それらはすべて手作業で進められている。


「アニキ、ダメです。規格が違いすぎますよこれは」

「なにィ? ……人が使うものとは思えんな」


 ましてや使っている部品が巨大なものだ。

 まず、そのために作業用の道具を作らなければいけない、という問題が見つかっていた。

 その逆に、精密すぎて外せない部品なども出てきていた。

 作業が終わるまでは、まだまだ時間がかかるだろう。

 起動完了した白騎士が立ち上がり、ぎこちなく動きを確かめてからと作業している弟子たちの方を見た。


「白騎士は部品を運ぶのを手伝いますよー!」


 地上に向けて、空気が揺れるほど大きな音が空間を駆け抜けた。

 みんなが耳を手で押さえつける。

 キィンと響く耳鳴りの中、ドワーフの鍛冶職人が叫んだ。


「音が大きすぎんだよ! もうちょっとなんとかならねェのか!」

「えっ、あっ、そうか。スピーカーは絞れるか?」

『肯定。音量調整、完了』

「これぐらいでどうです?」


 上から降り注いでくる声はまだかなり大きい。

 しかし、耳を手で塞いでも貫いてくる轟音と比べれば、穏やかといえる範疇だ。


「それぐらいにしてくれ!」

「わかったよドワーフの親父さん!」


 ふたたび轟音が響き渡り、薄い金属部品が反響で揺れた。


「だから叫ぶんじゃねェ! 十分聞こえている!」

「すまない。もうちょっと絞るっ。白騎士、お前のせいだぞ」

『否定』

「否定。じゃない。いいから音量再調整だ。もうすこし絞れ」

『肯定。音量調整、完了』


 スピーカーの調整を終えた白騎士は、名誉挽回とばかりにあっちこっち動き回る。

 クレーン車の真似事をして破損した部品を運んだり、巨大なブラックボックスを釣り上げたりと目の回る忙しさだった。

 乗っていたシズマとサナ姫は、延々と魔力(マナ)を変換させられて干からびる思いである。

 しかしそれは白騎士の操縦と魔力変換(マナ・コンバージョン)の負担に慣れる訓練でもあったから、休憩時間になるまでは汗を掻いて必死に耐えるしか無い。


「はーい、休憩の時間ですよ―! お茶と軽食もありますからねー!」

「うぃーっす!」


 ようやく小休憩になると、シズマとサナ姫は白騎士から這い出すように出た。

 ハパップ家の使用人が、軽めの食事と陶器の瓶に淹れたお茶を持ってきていた。

 急いで持ってきたのか、カップに注いだお茶からは湯気が立っている。


「腹減った……もうダメだ……」

「お腹と背中がくっつきます……」


 差し入れの、パンにチーズを挟んだものを貪るように食べ、浴びるほどお茶を飲む。

 健啖のドワーフも呆れるほどの食べっぷりは、欠食童子が食事にありついたようだ。

 持続的な魔力変換が、極度に消耗することを二人は初めて知った。

 それ以来二人は白騎士の中に弁当を持ち込むようになった。

 でなければ、持たないと初日にわかったことは幸いだろう。




 サナ姫は、昼食とおやつと夕飯もたっぷりと食べて、ハパップ邸で夜を迎えた。

 自室で上着をめくり、やわらかに膨らんだ腹をつまむ。

 心配そうに眉をひそめたが、余分な肉がつきそうな気配はない。


「あれだけ食べて、肥える気配もないというのは恐ろしい」


 魔力(マナ)に変えているのは肉体や魂そのものなのではないかと考えると、彼女は身震いして自分を抱きしめた。

 背筋にぞくぞくとしたものを感じて、温かいものでも飲もうと食堂へ降りた。

 使用人に、はちみつとシナモン入りのミルクティを頼むと、テーブルに着く。

 そこへ、シズマがガリガリと頭を掻きながら現れた。

 おなじように温かい飲み物を使用人に頼むと、サナ姫の対面に座った。

 その手には、木と鉄で出来たプレートを持っている。


「シズマ・ヨナは眠れませんか?」

「それはサナ姫だろ。鏡は見たか、青白いぞ」

「そんなことは……ありますけれど」


 運ばれてきたハニーシナモンミルクティを音を立てずに飲んで、じっと白いテーブルクロスに目を落とす。

 ミルク入りのコーヒーを啜って、シズマはプレートを放り出した。


「言わなきゃわからないって習わなかったのか?」

「弱みを見せれば突かれると教わりました」

「帝王学ってやつは孤独だな。俺が玉座を狙うように見えるかよ」


 ふっと口元をほころばせて、彼女は微笑んだ。

 するりとミルクティをもう一口飲んで、安心したように小さく息を吐く。


「その器は感じません」

「ああ。お前はそのぐらい生意気でいい」

「望むのならそうしましょう。……ところでそれは何を」


 顔色に赤みが差しはじめて、ようやく気づいたとばかりにプレートに注目した。

 表面には幾何学模様が彫り込まれていて、腕輪と似た印象を受ける。

 彼女は使い方は知っていても作る知識はないから、それが何を示すかわからない。


「俺の稼業(しょうばい)は知ってるよな?」

「それぐらいは覚えています。大道芸人でしょう」

「それは金がない時の方だ」

「否定はしないのですね。たしかに人形の使い方は見事でしたが」


 調子の戻ったサナ姫を見て、ニッと口角を上げて笑みを浮かべる。


「そこで一晩考えてみたんだが、サナ姫の買った腕輪は身につけているか?」

「ありますとも」袖をめくって右腕についている腕輪を見せる。「これがどうかしましたか?」


 彼女が軽く障壁を展開して見せると、正常に作動していることがわかる。

 うっと顔をしかめて一瞬で魔力(マナ)の障壁が消えたのは、昼間の疲れのせいだろう。


「これと白騎士の魔力波発生装置(マナ・ストリーマー)は、それほど遠くないものだと思わないか?」

「えっ……ああ、そうですね。盾の方は同じように見えます」


 どちらも魔力で作られた防御壁を出すものと見れば、それらは同質のものだった。

 性能上に大きな格差はあるものの、同種であることは理解できる。


「白騎士は魔力(マナ)で動くよな。ってことは、光の盾も原理的には魔道具と似たものってことだろ」

「……待って下さい、シズマ・ヨナ。あなたは、白騎士用のものを造るって言いたいんですか?」

「理論上は可能なんだよ」

「優秀な作成者であることは認めます。ですがそれは机の上の話でしょう」

「ファーネンヘルトから機械人形が出たのだって、信じられるか?」

「出来てしまえば現実ってことですよね」

「これが技術テスト一号だ。見てろ」


 テーブルの上の木と鉄のプレートを取り出すと、シズマはそこに魔力(マナ)を通しはじめた。

 腕輪や光の盾のように広がっていくわけではなく、その表面がうっすらと光を帯びているのが目で見える。

 よく見れば表面上を循環しているのだが、そこまではっきりとした流れではない。


魔力(マナ)の膜……のように見えます。留めているのですね」

「考えたが、なにも全部を魔力で造る必要はない。盾に魔力(マナ)の防御力を足せば底上げになる」

「シズマ・ヨナ。あなたは……」

「小型化と省エネルギー化は日本人の十八番なんだよ」


 少年は得意そうに笑うが、サナ姫の受けた衝撃はその比ではない。

 わずかな時間で問題点を見つけ出し、試作までこぎつける行動力。

 それを可能とする技術は、彼女の中にあった自尊心にヒビを入れるのに十分な威力があった。

 自分自身を優秀だと認識している彼女だからこそ、シズマの異質性が理解できる。

 いまはまだ世界が気づいていない。

 しかしこのまま白騎士が目立ち始めれば、嫌でもわかるだろう。

 そして同じ場所に立っていれば、比べられる時が絶対に来る。

 その時に、自分は並んでいられるかと考えて、彼女は足元が揺らいでいる自分に驚いていた。

 なんとしても崩れてなるものかと踏ん張る。

 ぬるくなったミルクティを飲んで、体の芯から冷えはじめた体をすこしでも温めようとした。


「わたしは、負けません」

「ああ。俺だってエスペルカミュには勝ちたい」


 少女は超えるべき壁を見つけて、静かに心の炎へ薪をくべた。




        *




「一週間もベッドの上だったからなまっているか?」


 コツコツとブーツの踵で石畳を叩いて密着させると、タシラ・プマックはコンバットジャケットの上着を締めた。

 ゆったりとして衝撃を吸収する作りは二〇世紀の宇宙服に似たシルエットだ。

 しかしその素材はもっと粗く、原始的だった。

 機械人形用のヘルメットを被ると、上着とボタンで留めて歩き出す。

 廊下を渡って重い扉を開ければ、そこはアマタリスが並んでいるのが見えた。

 そこには他に王室献上級の機械人形もある。

 高性能な発掘機械ばかりを集めてたものだ。

 広々とした格納庫はエスペルカミュに力がある証である。


「タシラ・プマック百人長、遅くなりました!」

「よう。体はもういいのか?」


 もこもこのジャケットの上からでもわかる大きな体の男は、プマックの肩をぽん軽く叩いた。


「はい。ルギット隊長にはお世話になります」

「しっかりやってくれれば文句はねぇ。なぁ、お()ぇたち」


 巨躯のナレ・ルギット千人長は、そういって部下の面々に顎をシャクった。


「おう! 俺たちゃ力のあるやつは歓迎するぜ!」

「百人長というのだから、やれることはやってくれるだろ!」

「目立たないように『釘』(オーギティ)なんかを使わされたんだ。屈辱は倍にして返せよ!」


 ルギット同様に、部下の面々もプマックより遙かに鍛え上げたものたちばかりだ。

 百人長とて鍛えていないわけではないが、彼らと比べれば大人と子供ほども違う。

 それが全員ともなれば、ルギット隊は屈強と呼べるほど鍛え上げなければ、務まらないということだった。


「ありがたいことです。雪辱の機会を頂ければ頑張ります! しかもアマタリスまで貰って!」

「あはははは! そう気張るのはいいことだが、余力は残しておけよ。ハイキングってのは帰って思い出を語るのが一番楽しいところだ」


 そういって笑ってから、細い目をさらに鋭く研ぎすませた。


「で、勘を取り戻すのにどれぐらいかかりそうだ。白騎士は早めに叩きたいんだろ?」

「一週間……いや、三日でものにしますよ。アマタリスは必死で掴む」

「かけるかよ?」


 ギラリと睨めつける視線に負けじと、プマックは腹を据えて正面から眼を見た。


「命懸けです」

「金の話だ!」

「そっちですかっ!?」


 唾を飛ばして言うルギットに、さすがに言葉もなくしてそのまま硬直した。


「ぎゃはははは! 隊長はどこでもギャンブルの話かよ!」

「賭けがなかったら俺は生きてねぇ! 楽しいだろうが!」

「自分が賭けるのは苦手だってのに!」

「負けることがあるから勝った時が嬉しいんだよ!」


 からかう部下に怒鳴り散らしながら、ルギットは楽しそうに笑った。

 部下の面々もまた笑いながら、バシバシと叩き合っている。

 こうして信頼を深め合うのが流儀だとわかって、プマックは乾いた笑いを浮かべた。


「な、馴染めるだろうか」


 宣言通りに三日でアマタリスを使えるようになったが、プマックは散々に賭け事の遊びでむしり取られた。




 白騎士にオーギティが三機とも倒されてからちょうど十日後、ルギット隊はふたたび格納庫に揃っていた。

 そこにはエスペルカミュ王とカンバレルの姿もあり、これからファーネンヘルトへ向けて出撃する前の最終確認がなされていた。

 野生動物の如き王は、一歩踏み出して自信満々に笑いながら、ルギット隊の端から端まで目を通した。


「よくもここまでアマタリスを乗りこなしてくれた。ナレ・ルギット千人長以下は優秀であると自負している」


 広々とした格納庫に王の声が低く響いた。


「はっ。プマックもよくついてきました。このまま俺の下で育てば、いい機械人形乗りになりますよ」

「そうしてやってくれ。いずれは部隊を率いなければならないだろうが、すこし早かったな」


 百人長は苦い顔をしたが、すぐに平常に戻した。

 どんなことであってもそれは事実だ。飲み下さなければならない。


「見込みはありますよ。時に国王は、もう俺に賭けやしたか?」

「うん……どういうことだ?」


 聞き返す国王に、ルギットはにやりと笑った。


「大儲けのチャンスは逃すなってことです。俺は賭けは得意じゃねぇですが、俺が賭けの対象になって負けたことはありません」

「ははははは! 大口を叩いてくれる。よかろう、勝てばそれなりにうまい目にあわせてやる」


 言っていることを理解して王は大声で笑った。

 カンバレルなどは眉をしかめるほどで、くわんくわんと部屋に反響が残る。


「ありがてぇことで。聞いたな、お前たち!」

『おうよ!』


 ルギット隊は沸き立ち、床をブーツでガンガンと叩いて盛り上がった。

 プマックもそれに混ざっていて、すっかりと隊の雰囲気に馴染んでいる。


「白騎士は叩いて持って帰ってきますよ。玉座で待っていて下さい」

「いい報告を囁いてくれよ」

「いい女の声でなくていいなら、存分に」

「勝利の美酒以上の女などおらぬわ」


 王とルギットが互いに笑いあって場が閉じると、カンバレルは出撃命令を下した。

 戦闘糧食や装備品を確かめたあと、ルギット隊はアマタリスに乗り込んだ。

 第五生成機関エーテル・ジェネレーターに火を入れると、格納庫の大扉が開かれると出撃路に光が灯る。

 カタパルトや輸送機などと気の利いたものはない。

 移動は徒歩になるが、更なる習熟を考えればちょうどいいだろう。


「ルギット隊、準備はいいな!」

『おうよ!』


 ファーネンヘルトへ向けて、アマタリス七機の侵攻が始まった。

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