04 エスペルカミュの脅威
「まずは剣と盾が必要だ」
シズマがそう切り出すと、初老の紳士は怪訝そうな表情を浮かべた。
「それは白騎士が持っているのではないか?」
「魔力波発生装置は常時使うわけにはいかない。あれは切り札も切り札だ」
「そうなのか?」
「わたしとシズマ・ヨナが揃って万全の状態で使っても、心臓が六十も脈打てば枯渇しましょう」
「ふうむ。武器が必要ってことはわかった。それは作らせよう」
紙を取り出してメモを書きながら次を促した。
コーヒーを飲んで喉を潤して、パイロットとして言葉を続ける。
「それと、白騎士には俺とサナ姫ふたりで乗る。じゃなければとても耐えられない」
その言葉に真摯は紙に走らせるペンをぴたりと留め、正面からシズマを見た。
細められた目は笑っているのではなく、むしろ睨みつけているようだ。
「うーん……そっちは承服できないものだよ。仮にもファーネンヘルトの姫だ。それに女の子でもある」
「仮ではありません。わたしは姫でもあります」サナ姫はぷくっとむくれた頬で言う。「しかしシズマ・ヨナの言葉も正しいのです。あれは……とても一人では使い切れない」
自分の体を両手で抱きしめる姿からは、その恐ろしさが伝わってくる。
体の中身をずるずると吸い上げられるような強烈な負荷は、体験したものにしかわからない。
「俺だって男の子だよ。子供を戦いに駆り出してるんだろ?」
シズマは逆にギラリと光る眼で紳士を睨み返した。
白騎士に乗ったのは彼の勝手だったし事故だが、それを続けさせるのはファーネンヘルトの都合だ。
平和な時代からやってきた少年は戦う存在ではない。しかし戦えるからにはやらなければならないとは思っている。
それをサナ姫だけ下ろすと言われれば怒りもした。
「それは……すまない。わかった。サナ姫と同等の魔法使いが見つかるまでは、乗ってもらうしかないようだ」
「渋い顔をしないで下さい、ルゲーノ・ハパップ。ファーネンヘルトを守るために王族が立ち向かうのは当然のことです」
「わかりました。そう認識します」
初老の男――ハパップは指の節で眉間を解しながら、何度も強く瞬きをして深く息を吐いた。
爪跡がついた拳を開き、テーブルの上に乗せる。この町を収める立場のハパップからすれば、この状況は寿命が縮むものだ。
しかし、サナ姫から直々に言われてしまえば従うよりなかった。
「他に必要なものがあるのならすべて言ってほしい。やれるだけのことはやらせてもらう」
腕組みをして天井を睨みながら、シズマはしばらく黙っていた。
サナ姫もまたテーブルに肘をついて両手で顔を支えながら思考を巡らす。
「あとは……出来るかぎり優れた魔法使いを集めてもらいたい。機械人形を一機組み立てるとして、余った第五生成機関を動かしておけば、大規模魔法だって発動できるわけだろ」
「なるほど。王族級とは行かなくても、それなりの魔法使いを集めれば……」
「それなら騎士団を動かしましょう。彼らなら戦力になるはずです」
ぱっと王女が立ち上がり、テーブルに手をついて身を乗り出した。
王国騎士団は一定水準以上の魔法使いでなければ、下級騎士にもなることが許されない。条件には当てはまる。
大規模魔法が発動できなくなったのは、世界から大気が薄れているのがその元凶だ。
それは機械人形が発掘されて、第五要素を用いて動くことに密接に関係する。
発掘以前、機械人形の生成機関が生み出す余剰エネルギーは世界に満ちていた。それがなくなれば、魔法が使いづらくなるのは当然のことだった。
それを機械人形を動かすためでなく、魔法を使うために動かせば大規模魔法は使えるようになる。
兵力に劣るファーネンヘルトにとっては、かなり有効な手段に思われた。
「国から援助があるなら文句はない。いまは……このぐらいいいか?」
「はい。最優先は武具の製造ですね」
「ああ。予備も欲しい」
「それでは鍛冶屋に至急連絡をいれましょう」
三人が冷めた飲み物を干して、朝の会議はこれで解散となった。
午後になって、サナ姫とシズマとハパップの三人は屋敷の地下牢まで来ていた。
そこには一人の若い女性が閉じ込められていた。後ろ手に縛られて自由もなく、この世のすべてが恨めしいという表情でシズマたちを睨んでいる。
「オーギティのパイロットだろ、アンタ。話をしに来た」
「お前が白騎士とかいう奴のパイロットか!」
ほとんど体当たり同然で女パイロット――ナイタラは齧りつかんばかりに牢へ突っ込んだ。
どしんという衝撃とともにひっくり返り、そのまま芋虫のように倒れ込む。
サナ姫は大きな瞳を丸くしたあと、屈んで芋虫女をじっと見た。
「猪ですか、あれは」
「エスペルカミュの兵の質はそれほど高いってことはないのか?」
「おのれ、あたしはともかく隊長とザクシャを愚弄するなよ!」
「お前を愚弄してるんだよ。すこしは落ち着け」
「なんだと! そうやってみんなあたしをバカにするんだ!」
猿か犬のように唸るナイタラの目は、痛みと屈辱のせいか潤んできていた。
男たちはどうしたものかと考えたが、彼女をうまく扱うのは酷く難しそうだ。しかたなく、ただひとり冷静なサナに視線をやった。
「それでも淑女ですか。吠えるのがパイロットの仕事ではないでしょう」
「くっ……子供にまでこうも言われるのか。……いいだろう、要件を話せよ!」
開き直って、ぽろぽろと涙を流しながら彼女はふんぞり返った。
それは芋虫というよりも、浜辺に打ち上げられたアザラシかなにかのようだ。
「わたしは子供ではありますが……むぐっ」
姫でもあります、と続けようとしたサナ姫の口を手で覆って、シズマは哀れなナイタラに言葉をかける。
「いいからまず座れよ。待っててやるから」
「あ、ありがとう……」
這いずって壁際まで進むと、ナイタラはもぞもぞと動きながら体を起こした。
ぺったりと背中を預けて起きるまで、三人はじっと待った。
サナ姫だけはぷくっとむくれていたが、そうかんたんに立場を明かすものではない、とハパップに注意されて頬を元の形にもどした。
「なかなか愉快な人のようだね、シズマ君」
「話が通じないように見えて、意外と即落ちするタイプに見える」
こそこそと耳元で囁きあい、男二人は実に残念そうな瞳で女パイロットを哀れんだ。
「それで、拷問でもしに来たか?」
「人聞きの悪い。尋問と言って下さい。わたしたちがあなたたちを保護したのですよ」
「それは……ありがとう。ってことは、ザクシャのやつは!?」
「彼の怪我は深かったので、病院で治療中です」
「……よかった。そうか、生きてた……」
またぽろぽろと涙を流し、サナの言葉にも耳を貸さず「よかった」と繰り返す彼女に、シズマは厄介の気配を感じた。
人の話を聞かないタイプというのもあるし、感情を表に出し過ぎる。敵にしても怖くはないが、味方にすると恐ろしいというある種の匂いを振りまいている。
シズマは屈んでサナの背に合わせると、こそこそと耳打ちを始めた。
「作戦変更しないか。あれはダメだろ」
「わたしもそうは思いますが、彼女は情報源ですよ」
「たしかに猫の手も借りたいが、あれは猫か?」
「仮にもエスペルカミュの兵士……の、はずです」
「聞こえているんだよ! あたしは十人長だぞ!」
ぼそぼそと言い合うふたりの会話を拾えるほど耳が良かったのが仇になったのか、ナイタラはぴょんぴょんと跳ねるようにして前で行こうとして、また芋虫になった。
ごろごろと文句を言いながら暴れるものの、それに脅威性はない。
十人長と言えばその名の通り、歩兵にして十人の兵の長だ。彼女に率いられた兵がどうなるかは知らないが、シズマの予想ではろくなことになっていない。
武勲で小さくも出世したことから能力はあるのだろうが、まだ彼女自身が長の器ではないことは明らかだった。
「……やっぱダメだよこいつ。ザクシャとか言うやつにしよう」
「おい! あたしの何がダメだっていうんだ!」
「そういうところだろ! どうも相性が悪い。サナ・オズマ、お前のすべてを見下してますみたいな感じで接してみろよ」
「そんなことをした覚えはありませんが、そう感じたのならシズマ・ヨナにはそうだったのでしょう」
「そういうところだよ!」
ガリガリと頭をかいて、シズマは壁に背中を預けた。
ちらりとハパップの方に目をやると、彼もこの手の人間を扱うのは苦手なのか、なるべく関わらないように微妙に遠ざかって立っている。
「おい逃げるなよ、それでも大人か」
「子供を戦争に駆り出すような、汚い大人だからやれることだよ」
「ろくな奴がいねえ……」
頭を抱えたのも仕方がないだろう。
どうしてこの国のために働くことができるのか疑問すら浮かぶような発言だ。
この場が落ち着いてゆっくりと話ができるようになるまで、もうしばらく時間が必要だった。
ようやく全員の気持ちが落ち着くと、ぽろぽろ流れ落ちた涙の跡が見えるナイタラの顔を覗き込み、サナ姫は口を開く。
「あなたが知っているかぎりの情報を話すつもりはありますか?」
「ないね。国を裏切れってことだろ。バカにするなよ」
ツンとそっぽを向いて視線を逸らす。
その態度にため息を吐いて、切り札をちらつかせた。
「こういう言い方は好みませんが……ザクシャというパイロットはどうしますか?」
ばっと振り向いて威圧する獣のようにサナ姫を睨むと、ナイタラは烈火の如く燃えた。
「お前っ……! 汚いんだよ! 話さなきゃザクシャを殺すっていうのか!?」
「殺しはしません。ですが、治療もしません」
波紋一つない湖のように返すと、ナイタラの怒りは頂点を超えて逆に青白くなるほどだった。
視線が圧力を持つのなら、それは幼姫のなめらかな肌を貫いていただろう。
「それじゃあ見殺しじゃないか! ファーネンヘルトって国は捕虜の扱いも知らないのか!」
「あなたが素直になれば、弁えていることにはなりましょう」
「子供にまでこんな教育を施して、恥ずかしい国だな!」
お前を十人長にする国ほどじゃないという言葉を飲み込んで、シズマは首を縦に振った。
「まったくその通りだ。俺もこの国は気に入らない。が、だからこそ頷いておけ。やることをやるってことだ」
「……ちくしょう! 話せばザクシャを治すって約束は果たせよ!」
「それは誓いましょう。それともう一つ、あなたが欲しい」
「なっ……あっ……!」
あまりの屈辱に血管が沸騰でもしたか、ナイタラは顔を真っ赤にして叫んだ。
「こっ……子供に求愛される覚えはない!」
「兵士としてってことだよバカ女ぁ!」
「あたしにはナイタラ・エーンって名前があるだろ! そんな言い方はよせ!」
「もういやだぁぁあああああああ!!」
叫んで走り出し、シズマは地下室を出た。
シズマが限界を超えて退場してからサナ姫とハパップによる交渉が続いて、ナイタラはファーネンヘルトへの協力を約束した。
「では白い機械人形の奪取ないし破壊は失敗したということか」
「申し訳ない限りですが、そうなります」
ベッドの上で治療されながら、三機のオーギティの隊長をしていた男――タシラ・プマックは報告した。そばに立つのは清潔な白衣を身につけた看護師と、恰幅のいい頭髪の薄い男だ。
「貴様は貴重な機械人形とパイロットも失ったわけだ」
「……はい。ですが、白い機械人形は想像以上のパワーがあります。それに見たこともない機能を持っていました」
「光の盾と剣というものか」
「ええ。我々の発掘してきたものとはモノが違います」
「ふうむ……」
「カンバレル長官には、アマタリスを使ってもらいたい」
「なにっ、そこまでのものか?」
「はい。あれはパイロットが未熟な内に叩いておかねば伸びます」
じっと眉間に皺を刻み込み、長く突き出た鼻を引っ張って、恰幅のいい男――カンバレルは地面に目を落とした。
アマタリスは、エスペルカミュが保有する機械人形でも、七機しか出土していない高性能機だ。
王室献上級でこそないものの、ラオベイリンで出てくるものを含めてもこれより上のものは数えるほどだろう。
それこそ下級と言っていいオーギティとは比べ物にならない性能を秘めている。
「オグナードでは駄目なのか」
「半端なものを送れば、あの小僧はそれを糧にしますよ」
オグナードも優秀な機械人形だ。
しかしそれはオーギティと比べてであって、アマタリスと比べれば一つか二つ落ちる。
プマックはマスケット砲を豆鉄砲のように防いだ魔力波防御と、素手で機械人形を破壊する基本性能を見誤ってはいなかった。
「……わかった。プマック百人長がそれほどに言うのなら、国王と掛け合ってみよう」
「是非に頼みます」
頭を下げたプマックをベッドへ戻して、カンバレルは病室を出た。
キリキリと痛む胃をさすりながら、懐から取り出した胃薬を飲み込む。
ため息を吐きながら、国王と話し合わなければならないことを想像し、また疼き出す胃をなだめながら病院を後にした。
王城を訪れたカンバレルは従者に取り次いでもらうと謁見を許された。
順番を待っている間、何度も長い鼻をつまんだり、たっぷりと蓄えた髭を撫でたりした。
心を落ち着ける動作をしていたものの、その心は晴れなかった。暗い内容を伝えなければならないのだから、それも当然だろう。
しばらくして謁見する時間になると、刑罰の執行を告げられた気分になって、険しい顔になった。
「来たか。カンバレル」
「はっ。先のことの報告に参りました」
玉座に座る王は、多少肉付きが良いものの、全身に巡る野生の動物に近い雰囲気は生来のものだ。
若い時は豪腕の名で知られた騎士で、年を取った今でもその風格は十分に残っている。
「期待したものではないようだな。言ってみよ」
「プマック百人長は負傷。ザクシャ、ナイタラの二人は生死不明。オーギティ三機はすべて破壊されました」
「大損だな。その……白い機械人形とやらは、それほどのものか?」
「信じがたい話ですが、プマックはその機械人形は、見たこともない光の剣と盾を使ったと……」
「なに……光の剣!?」
「はっ……」
くわっと険しい顔つきになった国王に、冗談を抜かすななどと怒られるのではないかと考えて、カンバレルの胃が縮むように痛んだ。
しかし国王はカンバレルを睨むわけでもなく、視線を絨毯へやって思考の海に沈んでいった。
「……それでプマックは、なんと?」
「過剰とも思えますが……アマタリスを使うべきだと言っていました」
「そうか。カンバレル、いい部下を持ったな。俺の見立てでは、そいつは『剣』だ」
「はあ……『剣』と、いいますと?」
聞き覚えのない言葉に、カンバレルは困惑した。
「お前には言ってなかったが、機械人形には特別な種類が存在する」
「そんなものが……それが『剣』というわけですか」
「ああ。しかも白い剣とくれば、そいつは『純白剣』だろう」
「それは、どういうもので……」
「古文書に記されていたのを見ただけだ。俺も詳しくはしらねぇよ。が、めちゃくちゃに強いってことはわかった。いいだろう、アマタリスを使え。全機だ」
「全機ですか……!?」
半分も使えばいいほうだろうと考えていたカンバレルには、その言葉は衝撃だった。国王は『剣』というものを過剰評価しすぎているように思えた。
しかし彼の野生の動物めいた勘働きが外れたことはほとんどない。
今回に限っても、きっとそれが正しいのだろうとカンバレルは唾を飲んだ。
「『剣』を手に入れられるなら安いもんだ。プマックは怪我が治り次第、アマタリスを使う部隊に組み込んでおけ。隊長は……ナレ・ルギット千人長に任す」
「ルギットを! ……わかりました。帰り次第、手配します」
「うむ。カンバレルはよくやってくれ」
「はっ。それでは失礼いたします」
ルギット千人長とアマタリス七機を投入するというのは、エスペルカミュにとっては全力を傾けるのに等しい。
それほどの戦力をつぎ込むだけの価値が『剣』にあるのかはカンバレルには疑問だったが、少なくともプマック百人長の目が節穴でないことは幸いだった。
これだけの大戦力を使うのだから、まず失敗はないだろう。
しかし『剣』を捕らえたあとのことを考えて、カンバレルの胃はキリキリと痛みを増すのだった。