03 白騎士アルリナーヴ
「来ましたよ、シズマ・ヨナ! 戦い方は……」
「知ったものか。ぶっつけ本番だ!」
「そんな!?」
「なんとかは……ならないかもしれないけれど、する!」
不信感を強めたサナ姫の視線に貫かれながら、シズマはモニターに表示される操作法を確かめる。
視界に端に三機の機械人形が走ってくるのを捉えた。
『釘』が三本並んで走ってくる様はコミカルだが、実際にその光景を見れば笑ってはいられないだろう。巨大なものが迫ってくる威圧感は馬鹿にならない。
あと数十歩という距離になると釘の機械人形は、サイズをそのまま巨大化させたマスケット銃を構えた。
「白い機械人形はすぐに投降しろ! 戦力差がわからないというならそのまま壊してやる!」
先頭の機械人形から外部スピーカーで声が響いた。すこし嗄れていて貫禄がある。年齢にして三十はくだらないだろう。他国へ侵略を仕掛ける任務を任せられるだけのパイロットであると踏んで、シズマは歯噛みした。
「射撃かよ! そういえば、こいつに武器はないのか!」
『肩部機関銃、残弾ゼロ。左右腕部に魔力波発生装置を装備。外部標準装備は確認不可』
「内蔵だけってことか。エネルギー食いそうなものを……」
「魔力! この機械人形は魔力で動くのですね! だからわたしには動かせなかったわけです!」
シートの裏からサナ姫が顔を出して計器を覗き込んだ。その目にはスイッチ類から浮かび上がる文字が映っているのか、大きな瞳がいたるところを認識し始める。
「聞こえなかったのか! 白い機械人形は両手を上げて近づいてこいと言っている!」
左のオーギティが威嚇射撃のつもりか、白い機械人形の足元に砲撃した。
地面が弾けて湿った土が白い機械人形に降りかかる。しかし汚れもせず乾いた砂のようにさらりと落ちていった。
「シズマ・ヨナ、射ってきましたよ! こちらもその魔力波発生装置を使いましょう!」
「使いたいが、どれだけ魔力を食うかわからない! カツカツだ!」
「そんな……。それなら、わたしの魔力も使うことはできますか?」
『肯定。魔力供給を行う?』
「はい! 白い機械人形は、わたしの魔力を使って下さい!」
サナ姫が応えるとシートの背部が展開し、座るのに十分なスペースが確保された。
彼女がそこに腰掛けると、予備のシートからロボットアームが伸びて小さな体に張り付いた。機械肢が稼働し始め、魔力変換炉に負荷をかけ出す。
「くっ……常に魔力を使っているような……シズマ・ヨナはこんな気分で?」
「ああ。だがサナ姫が力をくれているからすこしマシになった。これならやってやる」
モニター越しにオーギティを睨みつけて、シズマは操作をセミオートに変更した。
キッカケを与えればあとのサポートは白い機械人形がフォローする形になる。乾いた唇をちろりと舐めて、フットペダルを踏んだ。
「おい! 白い機械人形!」
「うるさいんだよ! 釘なら釘らしく板にでも打ち付けられてろっていうんだ!」
「若い声だ。少年か!?」
「だったらどうしたぁ!」
白い機械人形が急激に動き、その巨体にして数十歩あった間を詰めようと走った。
「従わないのなら撃つぞ!」
三機のオーギティが構えたマスケット砲を放った。
砲弾は弧を描く間もなくコックピットのある胸部を正確に狙っている。白い機械人形はその部分を守る用に左腕を持ち上げた。
「魔力波発生装置だ!」
『肯定。魔力波防御、起動』
機械人形の肘下部分にあったモールドから青白い光が放射された。
それは白い機械人形の上半身を覆うほどになり、砲弾が光に触れるとそこで潰れるように拉げていく。衝撃が光の波に流れるようにして弾かれた。
「光の盾だと! 機械人形にそんな機能は……!?」
「あるんだよ!」
三発の砲撃をものともせず、白い機械人形はマスケット銃を装填させまいと距離を詰めた。
しかし、光の盾の威力は二人にもずっしりとのしかかっていた。体の芯から吸い取られるような魔力の消耗は、わずか数秒の展開でも強力な魔法を使ったようだ。
「歯を食いしばれよサナ姫! 右腕も使う!」
「くっ……わかりました!」
白い機械人形が右腕を振りかぶり、正面のオーギティを殴りつけた。
重量差もあるだろうが、岩盤を軽々と砕くパワーは並大抵ではない。折れ釘となって吹き飛び、地面を転がった。
「がああああっ!」
「隊長!?」
「殴ったァ!?」
右のオーギティから女の声がした。左のオーギティは驚愕しながらもマスケット砲を棍棒のように使って殴りかかろうとしている。
シズマは突き出した右腕を左の釘人形へ向けた。
「右腕の魔力波発生装置だ!」
『魔力波溶断、起動』
肘下にあったモールドが手首付近までスライドすると展開し、そこから魔力波の刃が伸びた。
左のオーギティを串刺しにすると、振り払うようにして右腕が動き、オーギティを真っ二つに切断する。
これもやはり数秒で展開終了し、モールドはもとに戻った。
「ザクシャまで……っ! おのれ、光の剣などと! 盾に剣とは騎士のつもりか!」
「騎士か……。だったら、この機械人形は白騎士だ!」
「戯れ言を!」
最後のオーギティがマスケット砲で殴りかかってきたのを、白騎士は右に動いて避けた。
一歩踏み込んで左拳を上から叩きつけ、最初のオーギティのように吹き飛ばさずにその場でへし折る。
折れた釘からは脱出する様子がないものの、隊長機からは脱出ポッドが作動した。小さな飛翔体がエスペルカミュがある方へ飛んで行くのを見ていたが、白騎士には射撃兵装は積んでいない。
「……終わった……んですよね?」
「……どうでもいい。だるくて、なにも考えたくない」
シズマとサナはシートにもたれて動けなくなっていた。
シズマは朝からろくなものを食べていないのも影響した。
魔力も枯渇寸前で、サナの方はまだ消耗しきったわけではないが、サブシートに座る前に、体の中身をシェイクされたダメージがぶり返してきている。
『敵機、第五生成機関反応消失。機動終了しますか?』
「……ああ、頼む」
『肯定。機動終了、待機状態へ移行します』
白騎士が跪くと、胸部コックピットを開放した。
シートを掴んでいたロボットアームが伸びて、二人を地面に下ろすともとに戻ると、胸部装甲が閉じてそのまま白騎士は活動を終えた。
戦いを終えた少年と少女はその膝の下で守られるように背中を預けながら、暗く底のない沼に意識を落としていく。
やがて騒ぎが収まったのを確認した町の警備兵がかけつけてきてふたりを回収するまで、鉱山前は静寂に満ちていた。
やわらかな雲に包まれた夢からシズマが浮上した。
血の巡らない青白い顔で上半身を起こし、きょろきょろと辺りを見回す。
豪奢とは言えないが質のいい調度品を揃えた広い部屋は、彼の住んでいる家とは似ても似つかない。
両手で顔を覆ってふたたび顔を上げるまで、たっぷり数分はかかった。
「気絶したあと、どこかに運ばれたのか。牢屋じゃないなら約束は守られたってことだよな」
シズマの知り合いにこれほど金を持っていそうな人はいない。ギモンのように下から数えた方が早そうなのばかりだ。
そこから推測して、サナ・オズマの手であることは容易に推測できた。
ベッドサイド・キャビネットにおいてある水差しを空にすると、シズマはやわらかくも弾力のあるベッドから降りた。
覚えのない上等な寝間着を身に纏っていることに気づき、一瞬、顔をしかめる。
「部屋とかベッドを汚して弁償しろって言われるよりはいいか」
スリッパを履いて部屋を出たシズマは、使用人を呼ぶためのベルの存在には気が付かなかった。
部屋を出ると目に入るのは広い廊下だった。白い壁を基調とした色使いは清潔で、汚れたらすぐに掃除されていることがわかる。板張りの床は艶がありよく磨かれていた。
部屋の間隔は広く、騒音も問題ないだろう。しかしそれほど馬鹿げた広さがあるわけではない。
一面にある部屋は三つほどで、ちょっとしたお屋敷という規模だろう。
「買い上げたのか、地方療養としてこういう建物をキープしてるのかね」
どちらにしろ上流階級のコミュニティには縁がなさそうだと考えながら、角にある階段を見て客間が二階にあることがわかった。
広々とした廊下の中央には毛足の短い絨毯が敷かれていた。当然のようにシャンデリアのある天井を眺めながら進めば、部屋の扉が見えてくる。
食堂であろう場所から、人の話し声がしてくる。童女らしき声はサナのものだろう。低く響くバリトンボイスは、初老の紳士だろうか。
ドアを開ければ、長いテーブルでサナと初老の紳士のふたりだけが食事をしていた。
護衛の男たちと使用人は壁に控えていて、水がなくなったらすぐに継ぎ足し、皿が空けば次の料理を出している。
「シズマ・ヨナ。目覚めましたか」
「……ああ。誓いは守られたみたいだが、あれからどうなった」
「ちょうどいい。それを話していたところだ。君も座ってくれ」
「なら食事をもらえますか。腹が空いてどうしようもない」
「もちろん。彼に食事を」
「かしこまりました」
紳士が合図を出すと、女性の使用人が厨房へ入った。シズマは席に付いて背の高いグラスに注がれた水を飲んだ。
ふたりが食べているメニューは、とろりとしたホテルで食べるようなスクランブルエッグに、生ハムとクレソンを主役にした生野菜のサラダ、チーズ、なめらかな黄色いポタージュ、大きなロースト肉だ。デザートはまだ出てきていない。
シズマのところに食事がやってきた。メニューに差をつけられているということはなく、おなじものが並べられた。
「無作法がで悪いが、マナーというものを知らない。そこは大目に見てほしい」
「気にせず食べるとよろしい。ここには私たちしかしないのだから」
「助かるよ」
まずシズマは前菜ではなくスープから飲んだ。黄色いのはとうもろこしのポタージュのようだ。
それからハムと野菜のサラダに手を付けた。塩辛い生ハムと野菜の相性はいいが、ドレッシングがかかっていない。
「ドレッシング――じゃなくて、サラダ用のソースってあります?」
「塩と酢と胡椒ではいけませんか?」
パリパリと野菜を咀嚼していたサナが言うと、難しい顔をしてシズマは続けた。
「んー……悪くはないんだけど。ではボウルと植物油を下さい」
「……かしこまりました」
一瞬だけ怪訝な顔をして、使用人が厨房へ入っていった。
「油が足りないのならそう言ってくれればいいのです」
「上等な食事なんて久々なんだ。すこしぐらいわがままを言わせてくれ」
町で食べられるものは上等の食堂であっても、それほどに上等ではない。
シズマが暮らしていた時代と比べてしまえば、の話だが。
ボウルと植物油がやってくるまでの間、スクランブルエッグに舌鼓を打った。
かなり時間がかかる湯煎方式で作られているようで、焦げ臭さがまったくない。
シズマはこれを千切ったパンに乗せて口に運んだ。クリームとチーズのコクを楽しんでいると、ボウルがやってきた。
「お持ちいたしました」
「ありがとう。えーと……フォークでいいか」
ボウルに塩と胡椒と酢を入れて軽くかき混ぜると、様子を見てそこに油と水を足した。
傾けてせわしなくちゃかちゃかとかき混ぜていると、食堂全体からこいつはなにをやっているのかという視線が突き刺さる。
しかしそれを物ともせず、シズマは軽く乳化するまで混ぜ続けた。
「あ、卵入れてないから固まらないのか。でもフランスとかイタリアのドレッシングってこんなもんだっけ」
彼が意図したマヨネーズソースのようにとろみはつかなかった。
どちらかといえばヴィネグレットソースに近いものが出来上がり、それをサラダにふりかける。
「ただかき混ぜただけに見えますが……おいしいのですか?」
「うまいよ。使うか?」
パリパリとクレソンを食べてみせ、ボウルに残ったヴィネグレットソースを差し出す。
頷いたサナに使用人からボウルが手渡された。
彼女はレタスにちょろりとソースをかけると、兎のようにちまちまと齧った。
「……なるほど。味をまとめる効果があるのですね」
「おいしいのかい?」
「はい。バラバラにかけるよりも」
「どれ、私も試してみようか」
ヴィネグレットソースが食堂を駆け巡るなか、シズマは大きく切り出したロースト肉を二枚とパンを三つ、ポタージュを二杯も平らげた。
うまいものを食える時に詰め込んでおこうという卑しい根性もあるが、それ以上に消耗した体力と魔力を回復させるのに必要なエネルギーだった。
あとは食後に新鮮なフルーツを食べるばかりとなった。
「ふう。こんなうまいものは久々に食べたよ。ごちそうさま」
「いい食べっぷりだった。気に入ってくれてなによりだ。食後の飲み物はなにがよろしい?」
「コーヒーがあればそれを。深煎りにミルクと砂糖をつけて」
「紅茶もあるが、コーヒーでいいかい?」
「ああ。コーヒーで頼む」
「わかった。私とサナ姫には紅茶を」
「かしこまりました」
文字通り、腹がふくれるほど食べに食べたシズマは、椅子に持たれながらようやく回ってきた頭で考え出す。
「それじゃあそろそろ話をしようか」
初老の紳士が雰囲気を切り替えると、シズマは頷いた。
「そうしてくれ。まず、白騎士――あの機械人形はどうなった?」
「試してみたが、シズマ君やサナ姫相当の魔法使いでなければ動かせないようだった」
「動かすにも制限があるわけだ。そういや魔術師級とか言ってたな」
「古い時代の階級でしょうか。魔法使いのように一括りではないのですね」
ある程度、まとまった魔力変換性能がなければ負荷に耐えきれずに満足に動かせないだろう。
戦争兵器として開発されただろう機械人形は、十全の性能で使わなければならないというのは正しい。
「なら放置は仕方がない。それじゃあ、あのオーギティのパイロットは?」
「一人は重傷だが、一人は軽傷で済んだ。重症なのは光の剣……とやらで切ったほうだ」
「生きてたってほうに驚くよ」
「機械人形の操縦空間は、それほどまでに安全なのですね」
重症のザクシャのほうは病院で治療中だった。
軽症ですんだ若い女のパイロットは牢屋に入れてあり、近いうちに話を聞き出す予定だと初老の紳士は言う。
「オーギティの方はどうする。一つはコックピットブロックごと脱出されたが、三機分も合わせれば、一つぐらいは組み上がるだろう」
「ファーネンヘルトで使います。残った部品も研究しなければなりません」
「それはそうなる。さて、それじゃあ一番重要なことになるが、君についての扱いだ。シズマ・ヨナ君」
紳士の目がキツく狭まった。
「サナ姫の誓いで捕らえることはできない。これはいい。だが、放っておくことも出来ない。そして現状で機械人形――白騎士と言ったか。あれを動かせるのは君しかいないと言うわけだ」
「雇われろってことですか」
「是非そうしたい。考えてもみてくれ。エスペルカミュが作戦を失敗したという情報はもう伝わっているだろう。そうすれば次が来るのは道理だ」
「……そうなれば、ファーネンヘルトに跳ね返すちからはない、か」
「あなたを除いて、です。シズマ・ヨナ」
「……クソ、考える間もなく、やるしかないじゃないかよ」
ぐしゃりとテーブルクロスを握りつぶして、シズマは深く息を吐いた。
「卑怯だったかな」
「いや、状況を理解させられた。必要なことなんだろ」
「聡明で助かるよ」
キレイに切り分けられたフルーツと紅茶とコーヒーがやってきた。
砂糖とミルク入りだというのに、シズマにとってはあまりにも苦いコーヒーだった。




