表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/34

31 世界を殺す剣

 旧友との再会を懐かしむように、蒼黒の『剣』(アイヘスネログ)は言う。

 それは人間同様の、フレキシブルな知性を持った口調だった。

 高度な人工知能と言えばいいのか、あるいはまた別のものなのか。

 どちらにしろ、ファーネンヘルトの二機よりも自由度が高いようだ。

 背部の大型ユニットと側頭部のツインアンテナから、その姿は悪魔にも見える。

 全身にぽつぽつと黒い痕があり、黒い装甲に蒼い輝きが滲んでいた。


「『剣』がイァッカム・クラスタなのか?」


 シズマの問いを、蒼黒の悪魔は否定した。


『そうではない。アルリナーヴの搭乗者は、ハイ・エルフの子孫ではないのか?』

「あなたも永く封じられたのですね。妖精は島に閉じています」


 サナ姫が応えると、アイヘスネログはわずかに頭部を下へ向けた。

 他の機械人形たち同様に、土に埋まっていたのか。

 もしくは、活動していても地上にはいなかったのか。

 どちらにしても地上には疎いようだ。


『時も流れたか。彼らは敵対存在だよ。わかるだろう?』

「だったらあなたが、どうしてその最奥地に?」


 その疑問は当然だ。

 敵対存在なら、その最下層で平然といるのはおかしい。

 彼女のセンスは目の前の存在が、ただならぬと感じている。

 饒舌な機械人形は、アイカメラを白騎士の胸部コクピットへ向けた。


『説明は順を追ったほうがいいかな?』

「わかりやすくはあるでしょう」


 サナ姫の言葉に頭部を縦に揺らす。

 情報を整理していたのか沈黙の時間があった。


『まずイァッカム・クラスタではない。そうであるなら、君たちと会話することはないのだから』

「わかる話だ。続けてくれ」


 頷くシズマを透かして見ているように、視線の位置は変わらない。


『次にこの地に居た理由は、彼らがこの身を暴いたからだ』

「これだけ地下を掘っているなら、機械人形も掘り当てるか」

『アルリナーヴの中のお嬢さんは、それならなぜ最奥地に居たのかと聞いたね』

「この地に居た理由はわかります。しかし、なぜ深層にいるのか」


 彼らの言い分として『剣』は、模造品や劣化品などとなじる呼ぶ。

 それが神殿の最奥部に、無傷で放り込まれるのは不自然だ。


『こうして会話しているのが答えと言ってもいいだろう。彼らは、自由意志のないものを見下す種族のようだ』

「……あなたに、パイロットはいないと?」

『人が乗れば機動に制限がかかるだろう』


 『剣』は魔力変換炉(マナ・コンバーター)を持たない。

 それゆえに動くにはパイロットを必要とする。

 でなければ、魔力反応炉(マナ・リアクター)が起動しないからだ。

 人間が乗るというのはある種の鍵であり、リミッターでもある。

 無人機(ドローン)が、常識を超えた旋回ができるのは、人が使わないからだ。

 それを機械人形という形で、突き詰めたものだと言う。

 イァッカム・クラスタの金属生命体もそういう意味では同種だろう。

 彼らにも体内にリミッターはない。


「魔力の問題を解決したっていうのか?」


 そのためには、人を使わずに魔力を生成する必要がある。

 大気(エーテル)を変換するのは、生物特有の機能だ。

 それを擬似的にでも際限できたのなら、戦争に人はいらなくなる。


『解決とは呼べない。単純に、魔力(マナ)を使わないだけでね』

「それで『剣』なのか?」

『機能が足りれば、道具が違えど刃と呼ばれる』


 まさしく独立した『剣』(スタンドアロン)の存在だった。


「……それは金属生命体とどう違う?」


 魔力反応炉があるわけではない。

 パイロットも不必要だ。

 製造方法や種別は別で同一存在じゃないとしても、機能が同等ならばそう呼ばれるの言葉通りに。


『機能だけを見れば差異は少ないだろう。それを分けるのは行動理由だ』

「地上を支配する思想はないというのですね」

『する理由もない。自由の身ではありたいが』


 そう言われて、ラオベイリンの騎士たちは緊張を解いた。

 解かなかったのは、喋る『剣』に乗る四人だけだ。

 機体から伝わる緊張感や状態が、機械肢から伝わっている。


「……アルリナーヴは警戒している?」

『肯定。曜変剣アイヘスネログは最警戒が必要』

「人の敵ってことなのか?」

『我が主操縦士。世界の大敵です』


 地上を制圧するつもりはないのに、『剣』が敵視している。

 それを世界の大敵とまで言うとはどういうことか。

 大軍のあたまの中身は、混雑しすぎてすでに絡まっている。


「どういうことだ、アイヘスネログ」

『どうやら、駆動方法に問題があるらしいようでね』

「魔力を使わないのがまずいのか?」

『肯定。アイネスヘログはハイ・エーテルで駆動』


 その疑問を晴らしたのは白騎士だった。

 コックピット内部ではすでに機械肢で魔力を要求している。

 いますぐにでも、全開放にならなければまずいと言っているようだった。


「……言葉の響きから推測すれば、それって『光の柱』なのか?」

『否定。呼称『光の柱』は濃エーテル。ハイ・エーテルとは異なる』

「もっとヤバいものってことなんだな」

『肯定。周囲に拡散すれば通常物質は破壊される』


 サナ姫が曜変剣を、もっとも嫌悪するものと捉えた感覚は正確だった。

 存在するだけで周囲を消し去りかねない。

 生まれたことが罪なら、それは悪しきものというしかなかった。


「つまりあなたは、ここに封印されていたのですね」

『そうなるね。目覚めたのは、ほんとうにひさしぶりなんだ』

「あなたが起動してしまったから、イァッカム・クラスタは家を捨てることになった」


 すなわち、ここは地下神殿ではなく、一機の剣を封印するための場所だった。

 待ち構えていた液体金属型は、その封印のために殿を務めたのだろう。

 人間をここへ誘い込むためという黒い金属生命体(アロック・アコック)の言葉は、正確ではなかった。

 ある種の強がりでもあったが、一端の真実を含んでいる。

 もしも自分たちを倒せるものなら、ふたたびアイネスヘログを封印してくれるかもしれないと。

 穴を塞ぐ余裕もないぐらいの逃亡こそが、彼らの大移動だった。


『すこしぐらい、外を見せてもらえないかな。いまの世がどうなってるかは気になるじゃないか』


 軽く言ってみせるが、それがどういう事態を招くか理解すれば、頷けない話だ。

 すくなくともシズマとサナ姫は、させてはならないと機械肢に魔力を渡していく。

 アイネスヘログが外へ出れば、そこの文明は壊滅しかねない。


「そのすこしが、世界を滅ぼすかもしれないんだろう?」

『そんなことはないさ。循環はうまくいっている』

『いいえ、曜変剣。ハイ・エーテルの余剰エネルギーは存在します』


 強く、イーレブワーツは否定した。

 赫灼剣もまた、二人のパイロットから魔力の供給を嘆願している。


『一パーセントもないじゃないか』

「その一パーセントで、世界を殺せる猛毒を持っているから封印されたか!」


 余剰エネルギーだけで、拡散する『光の柱』を振りまいているようなものだ。

 実現してしまえば、どうなるかはエーテル・ウェポンが証明している。

 話が平行線になるとわかったのか、蒼黒の悪魔は頭部を下げた。

 うなだれているようでもあるが、それは嵐の前触れも感じさせる。

 衝撃から立ち直った大隊の騎士たちも、ようやく飲み込めたようで戦闘準備を開始した。

 ただしマスケット砲は残弾がなく、いま装填しているのが最後だ。

 それ以前に、最悪の剣を相手に通じるかどうかも不明だったが。


『散歩もさせてもらえないとなれば、だだをこねるしかないね』

「誰が世界を滅ぼさせると思うものか。子供じゃあるまいし!」


 気を吐いて、シズマはそっと意識を戦闘状態へ高めていった。

 サナ姫の視界が高くなり、鋭敏に気配を捉え始める。


『子供なら、すでに君たちを滅ぼしているとも』

「その自制心を最後まで保ってくれたのならな」

『封印されている内になくなってしまっても、不思議はないだろう』

「とりもどしてもらうまでは、この部屋に居てもらう!」


 アウガンの清流剣が走った。

 大隊を抜けて、厚みのある短剣を振りかぶる。

 射撃ユニットがアイネスヘログの正面を捉え、魔力波(ブラスト)を放った。


『ご挨拶だな』


 片手を突き出した曜変剣の前に、それはそよ風に変わる。

 膨大なエネルギーの膜を手のひらに生み出して防いだのだ。

 それはハイ・エーテルを使った光の盾みたいなものだ。

 続けて叩きつけられた分厚い短剣が、その光の膜の前に砕け散った。


「そんなバカな。エイエットニーグだろ!」

『そう言われてもね。高度処理知能もないじゃないか』


 それは蒼黒の悪魔からすれば、敵足り得ない存在ということだ。

 最大の武器の魔力波発生装置(マナ・ストリーマー)が通じない以上、アウガンに勝ち目はない。

 適用されるのは、金色の機械人形(ノメル・スティミカ)も同様だった。

 ダメージを与えるための兵装がない。

 すなわち、勝つ可能性が存在しなかった。


「ファーネンヘルトの姫様。オレたちは邪魔になるか?」

「いいえ。ですが、あなたたちは地上を頼みます」

「そう言ってもらえるように仕向けたが、おやさしい……」

「全世界の金属生命体を倒せと言っているのですよ」

「そんなことは、とてもかんたんに思える」


 皮肉げに笑いながら、ラオベイリンの騎士たちが退いていく。

 それを倒そうなどとは、蒼黒の悪魔もやらなかった。

 彼にとってはまさしく羽虫を潰すようなものだったが、その意味がない。

 外へ行きたいという願いがあるだけで、戦いたいわけではなかった。

 ただその願いを叶えることが、世界を破滅させる行為になってしまう。


『どうしても外へは行かせてくれないかい』

「悪い奴じゃないんだろうさ。けれど、その存在は許されない」


 シズマは一度頬を叩いて気合を入れる。


『君たちの国には行かないと言っても?』

「魅力的な話ですが、一度外に出てしまえばあなたがもどる保証はない」


 空間に広がる空気さえも読もうとサナ姫が集中する。


『そうだろうね。そうだろう』

「あたしだってお前の立場になったら、外へ行きたいって思うよ。だから気持ちがわからないとは言わないけれど、そう生まれた不幸がわかるとも言えないけれど!」


 感情移入してしまったのか、ナイタラは潤んだ目をごしごしと擦った。


『願いと願いをぶつければ、仕方のないことだ』

「ああ。俺たちは、俺たちの都合でお前を封じるんだ」


 やるべきことを考えて、ザクシャは必死を振り絞る。


『こっちが勝ったら、外へ行かせてもらう』

「俺たちが勝って、もう一度眠ってもらう」


 条件は決まった。

 シズマたちは世界を賭けて、

 アイヘスネログは自由を賭けて、

 ただ、ぶつかるしかない。

 

機能限定解放(システム・リリース)全開放(アンリミテッド)


 アルリナーヴとイーレブワーツの装甲色が鮮やかに変わる。


『さあ、ひさしぶりに戦おう』


 アイヘスネログの出力が上がり、ハイ・エーテルが駆け巡る。

 世界を滅ぼす『剣』が、両腕を上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ