30 崩落する天盤
シズマたちが、イァッカム・クラスタの住処へ侵攻してから数時間後、世界中に金属生命体の群れが姿を現していた。
それはファーネンヘルトも例外ではなく、騎士団が対処に当たっている。
「エーテル・ウェポンは順番に使え!」
騎士長アッシュが怒鳴りながら、紅い腕の豆粒の機械人形を駆る。
その片腕は、旧エスペルカミュ王が自ら千切ったものだ。
回収してオグナード用に調整したものを手甲にしている。
隊長機として判別しやすいというのもあるが、それ以外にも理由はあった。
「魔力供給!」
紅腕がわずかに鮮やかさを増して、残光を曳く。
ぞろぞろとやってくる子鬼の金属生命体に爪を突き刺しながら、別個体へマスケット砲を放った。
魔力反応炉が生み出す莫大なエネルギーほどではないにしろ、魔力を供給すれば切れ味を増す。
二機が機能停止したのを確認してから、アッシュはマスケット砲を装填する。
大剣とマスケット砲を両方持つよりも、小回りが効くため彼は気に入っていた。
「くそ、どうなってやがる」
オグナードの正面モニターは、際限なくオミスがやってくるのを映していた。
下手をしなくとも百を超えている。
彼はこれがイァッカム・クラスタの大移動だとは知らない。
ただ騎士団として、果すべき仕事をしているに過ぎなかった。
騎士団もマスケット砲と大剣を駆使しながら、対処にあたっている。
しかし、その物量差はあまりにも大きかった。
一機一倒を心がけても、戦線はすこしずつ押されていた。
背面モニターには、もう街が見え始めている。
「どうすれば打開できる……?
コックピットの中で彼は呟く。
二桁に満たない機械人形でよくやっていたほうだ。
シズマが置き土産に作っていった、三重螺旋杖も手伝っている。
それでもアッシュには、ラインを押し返すイメージが見えなかった。
だいぶ数を減らしていくが、それでも後続は止まらない。
戦線は城壁を背負って戦うほどに追い詰められていた。
「騎士長! もうマスケット砲の弾ありません!」
「大剣も予備尽きました!」
「支援機は停止寸前。螺旋杖、使用できません!」
戦況は絶望的と言っていいだろう。
街ではイァッカム・クラスタの波を見て、暴動寸前だ。
慣れのツケが回ってきたのか、今更になって避難するには遅すぎる。
アッシュは決断した。
「シズマ殿には悪いが『光の柱』を使わせてもらう!」
「私がもってまいりましょう!」
マスケット砲の最後の弾丸を撃って、女騎士が言った。
「なるべく早く頼む。抑えきれる自信はない」
「わ、わかりました!」
淡い煌きの爪だけが、まだ刃こぼれしていなかった。
女騎士が『光の柱』の改良型を持ってきるとき、もう目の前にオミスが居た。
それを紅い爪が突き刺し、道を開ける。
「間に合ったか!」
「第五生成機関はすでに運転してあります。どこに撃ちましょう!?」
「見える範囲を端から端へ薙ぎ払ってくれ!」
「やってみます!」
「みんなは下がれ! 『光の柱』を使う!」
騎士たちが半ばから折れた大剣を投げつけ、最後の弾丸を放った。
わずかに引いた金属生命体の群れを背にして、慌てて街へ近づく。
「やってくれ!」
「はい! プラグインは拡散で、浄化をします!」
女騎士のオグナードが、肩に担いだ改良型『光の柱』を起動した。
それは光の柱というよりも、エーテルの嵐だった。
放射状に広がる高濃度エーテルが、金属生命体を消し飛ばしていく。
やがて浄化の光が消え去ったあとに、ひんやりとした空気が流れ込んだ。
地表は削り取られ、向こう数キロまで射程の続くかぎり荒れ果てている。
「……こんなものを使えば、地上はこうなるか」
その光景を見たものは、思い知っただろう。
強力な兵器を誤って使えば、いつでも世界など灰燼に帰すと。
騎士たちは額に脂汗を浮かべた。
中でも、それを放った女騎士は、喉が乾いてへばりつくようだった。
残りの少ない水筒を震える指で呷る。
「でも、もうイァッカム・クラスタは片付きましたよね?」
そう問う彼女に応えるように、どろりとしたなにかが荒野で立ち上がった。
「うそ、でしょう」
オミスは消えた。上位種もあらかた消えた。
残ったのは、液体金属型のみだ。
大半の質量は蒸発したのか、体積自体は通常の半分ほどだろう。
しかしその脅威に変わりはない。
通常の機械人形で勝てるかものかと言われれば、厳しいだろう。
「『光の柱』は!?」
「ダメです! リミット寸前まで酷使しましたから!」
「ちぃっ!」
アッシュは歯ぎしりした。
大剣はなく、マスケット砲も弾切れ。
使える手段は回復待ちをしている三重螺旋杖と、『光の柱』のみ。
交代しながら螺旋状を使っても、オグナードの出力では倒せるか不透明だ。
確実とすれば、予備の第五生成機関を取りに行って、交換するのが現実的だろう。
ただし交戦して、時間稼ぎができるならばの話だ。
「誰か、格納庫まで言って予備を取りに行ってくれ!」
「騎士長は!?」
「やれるだけやってやる!」
「そんなのっ」
言いかけた騎士は言葉を止めて、反転して走った。
それを背面モニターでちらりと見て、アッシュは液体金属型に向き合う。
「俺のすべてをくれてやる。お前だって赫灼剣なんだろ!」
ジグ・アッシュの魔力変換炉が危険域に入る。
紅い右腕が鮮やかに煌めいた。
*
大広間で、補給と休憩をしている最中、ゲナガンは苛立たしげに膝を揺すった。
いまからでも外へもどって、国を守るべきではないのだろうか。
そういう考えに取り憑かれていた。
もちろんこの大隊での侵攻は、彼が企画して指揮するものだ。
途中で抜け出すなんて、とても許されない。
「オヤジ、腕は直るか?」
「……いや、もどらない。直すには魔力を食い過ぎる」
「そうか。片腕になるけど、やってくれよ」
「ああ。できることはする」
息子に話しかけられて、彼は思い直した。
ほんとうなのだとしてもやらなければならない。
すでにことが進んでしまっている以上、引き返す選択肢はない。
アウガンは決意を固め直した。
シズマとサナ姫は、白騎士のコックピットを開け放っていた。
地下の土っぽいじめっとした空気を吸い込んで、けほけほと咳をする。
「あいつらが呼吸するかは知らないが、人間はとても住めないな」
「こんなところに居ては、地上の光を求めるのも頷けますが……」
人の立場からすれば当然、許す訳にはいかない。
これは互いの生存を賭けた戦いだ。
「地上はどうなっていると思う?」
「あれは嘘を吐く場面ではありません」
「……手、白いぞ」
サナ姫の手は、これ以上ないほど握り締められていた。
開かれた手のひらは爪が掌に突き刺さり、くっきりと痕を残している。
よく見れば、その顔はわずかに青い。
彼女も国を治める一族だ。
心配でないわけがない。
「わたしたちが退くわけにはいきません」
「ああ。あいつらがここで足止めしたなら、この奥には絶対に親玉がいる」
そうじゃなかったとしたら、このまま奥まで誘い込んで、崩落させて生き埋めにしてしまえばいい。
できない理由があると考えるのが自然だ。
なら金属生命体の統治者が残っている、という可能性に行き着く。
大広間で食い止めたいと温存した戦力を出したのだから、決戦は近い。
これが最後の休憩になるだろうと、二人もわかっている。
「最初から全力で仕掛けて、地上へもどろう」
「あなたならやれると思ってしまうのは、なぜでしょう」
「お前が俺を信じてるからだろ?」
「……はい。シズマ・ヨナはいつだって信頼に応えてくれた」
彼女の中を巡るものが、雫となって大きな瞳からこぼれた。
シズマはそれを指で拭ってやる。
温かい水滴をこぼしながら、サナ姫はその指を掴んだ。
「……また、頼ってもいいですか?」
「気にするなよ、相棒」
にっと笑う彼の胸に、彼女は顔を押しつけた。
投げられた補給食と水筒を受け取って、ナイタラはパックを剥いた。
焼き締められたパンに、はちみつを塗ってバリバリ食べる。
「あんまり食べすぎるなよ」
「食わないと回復しないだろ」
「三袋目は勘弁しろよな」
彼女はすでに一袋開けたあとだった。
「わかってるって」
水筒を傾けて口を湿らせながら、補給食を食べ終わるまで五分とかからなかった。
その健啖ぶりはある種、清々しさすらある。
本音を言えば、ザクシャはこうして振る舞う彼女が好ましくもあった。
「あたしは回復したが、ザクシャは平気か?」
服の食べかすを手で払いつつ、彼女は視線を投げた。
「ああ。高速機動にもすこしずつ慣れてきた」
全開放でのアクロバットは、大きく負担をかけるものだ。
かといってスピードを緩めることは絶対にできない。
それが最大の武器なのは二人も承知の上だ。
その超高速域を、はっきり言えばまだコントロールできていない。
振り回されていると言っていいだろう。
乗っている期間を考えれば十分だが、そんな言い訳が許される状況を過ぎている。
「意識だけは持っていかれるなよ。あたしもがんばるから」
「舌を噛み切っても、気絶だけはしてやらないさ」
「噛み切ったら死んじゃうじゃないか!」
「……それぐらいの覚悟って意味だ」
最後の大休憩を終えて大隊は大広間を出発した。
七方をレーダー探知して、もっとも広い道を通っていく。
それ以外は道が狭くなっていて、個人用の通路と思われた。
それからは妨害というものはなかった。
ただ進むごとに、通路が単純な地下道から整備されていくのが目で見える。
「これでは地下神殿だな」
なめらかに削られた通路を左マニピュレーターで触って、ゲナガンが呟いた。
壁には装飾が彫られ、なにかを模した像まであった。
明らかに生活をする場所ではなく、もっと神聖とされる空間だった。
神社や寺院のように張りつめた空気すら感じて、一同は唾を飲んだ。
「実際、神殿なんだろ。金属生命体が崇めるものがあるに違いない」
「彼らにも宗教があるというのか?」
「知識を持って喋るのなら、誰だって見つけるだろ」
「ならわれわれは、彼らの神を倒すわけだ」
「緊張するか?」
「しない奴よりはいいだろ」
「たしかに」
苦笑して、シズマは進むに続いた。
やがて、明らかにいままでの文明とは隔絶した大扉が現れた。
それは岩ではなく、すべすべとつやのある金属製だった。
あきらかに磨かれた色だ。
地上の技術よりも優れたものだと、全員が感じているだろう。
だがそれは、乗っている機械人形からしてそんなものだ。
いまさら、未知の技術に怯えることもない。
意を決して、先頭のゲナガンが近づいた。
大扉は横にスライドして、壁の中に納まった。
「自動ドア……?」
呟くシズマを気に留めず、ゲナガンは首を傾げながら進んだ。
部屋のなかには祭壇があった。
供物は飾られていない。
部屋の奥に巨大ななにかが居る気配を、全員が感じていた。
あるいは、この世に存在してはいけないと思わせる嫌悪感とも言える。
「……行くぞ」
ゲナガンが勇気を振り絞り祭壇奥の大扉を開けた。
漏れ出す気配が濃密さを増して、サナ姫は背筋を震わせた。
「あれは、なんです?」
アルリナーヴのモニターが、そこにあるものを捉えた。
途端、すべての機械人形のコックピットに『剣』のマークが吹き荒れた。
『久しぶりだね。アルリナーヴ、イーレブワーツ』
蒼黒の『剣』がそこに居た。




