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29 大広間の戦い

 六機の液体金属型が、全身を一斉に細枝へ変えた。

 四機の『剣』をすり抜けるように無数の棘を突き込もうとする。


「させん! 魔力波防塞(マナ・フォートレス)!」


 金色の機械人形(ノメル・スティミカ)の装甲が内側から吹き飛んだ。

 それら一つ一つがリンクしながら、魔力の盾を形成する。

 広範囲を覆う絶対防御壁が、すべての細枝を跳ね返した。

 枝葉の下を、黒光りする金属生命体(アロック・アコック)が抜け出す。

 脚部を変形させながら進む移動は、不気味に速い。


「強力な防御壁だが、本体が疎かだなぁ!」


 全身の防御を周囲に回しているから、すなわち本体が疎かになるということだ。

 両腕を一本化して巨大なブレードに変え、フレームを剥き出しにした機械人形へ迫る。


「それをさせないから清流剣(エイエットニーグ)なんだよ!」


 割り込むように前へ出るのはアウガンだ。

 相方にならば弱点などは百も承知、それを狙われるのも知っている。

 背部の魔力波射撃(マナ・ブラスト)を撃ち込みながら、両手に分厚い短剣を構えた。

 贅沢な牽制射撃を避けつつ、アロック・アコックはブレードを振り抜く。

 アウガンが両の短剣を叩きつけて鍔迫り合いになると、ギリギリと火花が散った。

 息子を信じて、父親が叫ぶ。


「いまだ斉射ぁ!」


 魔力波防塞は強力だが、白騎士の光の盾と同様にひどく消耗する。

 稼働時間を見切った命令に従うのは、従騎士も慣れたものだ。

 五十六の機械人形が両手に構えての椀飯振舞(おうばんぶるまい)だ。

 いまここで残弾を使い切ってもいいという覚悟にほかならない。

 その尽くを食らって細枝がへし折れていくが、六機の金属生命体は怯えなかった。


「蒸発させろ!」


 続けて、四機の紋様騎士が高出力エーテル・ウェポンを放った。

 地に落ちた細枝を回収させる前に『光の帯』で焼き払う。

 液体金属ごと、大広間の表面が硝子状に焼け固まった。


「貴様ら――!」


 それに怒ったのがその内の一機だ。

 突出して、小さくなった身体で、ブレイクダウン寸前の紋様騎士を倒しに掛かる。


「させるわけにはいかないね!」


 紅い煌きを内陣に残して、赫灼剣がその足下を浚った。

 砕けて飛沫に変わる脚部と、宙で回転する胴体を、高速連打が撒き散らす。


「柔らかいなら、イーレブワーツの敵じゃない!」


 内部から心臓部(コア)を取り出したナイタラが、それを白騎士へ向けて放った。


「そらよ!」

「あいよ!」


 球体は白い半月が振り上げられ、高周波ブレードの元に一閃された。

 先日の涙滴型との戦闘で、出力調整は済んでいた。


「まず一つ!」


 紅い機械人形の前で液体になったものは、二度ともどらなかった。

 それを見たせいか、後ろに控えた五機の金属生命体は慎重になりはじめた。

 自分たちの敵ではないと思っていたものに、仲間一機があっさりと散ったのだから。

 それを意に介さないのは、エイエットニーグと打ち合う黒い金属生命体だけだ。


「そろそろお暇する時間でね!」

「なあに、もっと付き合っていけよ!」

「そうはいかないなぁ!」

「させるものか!」


 上段から振り下ろした巨大ブレードを、アウガンが短剣を交差して受け止める。

 そこを魔力波射撃が狙い撃ちした。

 アロック・アコックの腰から下が爆ぜる。


「それでは、さようなら!」


 言いながら、飛び散る液体金属とイーレブワーツに潰されたものに細枝を伸ばした。

 回収しながら巨大ブレードを脚部に変えて、交差する短剣から前へ跳んだ。


「踏み越えていくつもりか!?」

「足場としては最適だったよ!」

「そこは行き止まりだとも!」


 黒い金属生命体の行先には、ノメル・スティミカが待ち構えていた。

 すでに分厚い装甲を再装填し、振りかぶられた右腕は破城槌にも似ている。


「貫く!」

「やってみなよ、劣化品!」


 正面装甲を多積層の盾にしつつ、アロック・アコックは大鎌を形成する。

 盾ごと打ち抜く勢いで、金色の右腕が放たれた。


「オオオオッ!」


 あと一枚というところまで撃ち抜いたが、そこで右拳が止まった。


「惜しかったなぁ!」

「そうでもないさ!」


 アロック・アコックが大鎌を振り抜く寸前、金色の右腕が弾け飛ぶ。

 魔力波防塞の要領で散弾と化した装甲が、盾ごと金属生命体を吹き飛ばす。

 飛び散りながらも、大鎌はフレームを剥き出しにした右腕を引っ掛けた。

 肘から先が切断されて、ごとりと落ちる。

 元にもどる場所を失った装甲片がバラバラと崩れ落ちた。


「……やってくれる」

「劣化品に食い止められるとは思わなかったよ!」


 仲間の残骸を取り込んで、二回りも大きくなった黒い金属生命体が言う。

 ノメル・スティミカの右側を守るように、翠緑の機械人形が並んだ。

 完全に形を取りもどす前に、イーレブワーツが低く駆けた。


「切り裂け、赫灼剣!」

『意のままに。爪撃機動(タロン・ビート)


 装甲が一部展開し、燐光が宙に舞う。

 両腕が霞むたびに、黒い液体が周囲に飛び散った。

 しかしその爪は心臓まで届く前に、新たに作り出された黒い複腕に捕まる。

 装甲が薄いせいか、掴まれた部分が軋んだ。


「脆そうだな、模造品」

「こういうのは鋭いっていうんだよ、覚えておけ!」


 複腕を支えにして、イーレブワーツは後転した。

 鋭く尖る足先が、複腕の根本を半ばから切り裂く。

 着地と同時に、紅い機械人形の全身装甲がスライド、並ぶフィンが唸りを上げた。


「吹っ飛べ!」

嵐風波動(ストーム・ビート)


 ダウンバーストにも等しい烈風が吹き荒れた。

 半分ほど千切れた複腕がぶちぶちと音を立て、アロック・アコックが地面へ打ちつけられる。


「やってくれる!」


 強烈な風が縫いとめている内に、ゲナガンが命じた。


「いまだ、一斉射撃!」


 弾丸装填が完了していた機械人形から、マスケット砲を撃ち始める。

 砲撃の雨が殺到するも、そのすべてが心臓部を捉えなかった。

 アメーバのように飛び散る液体が、砲弾を巻き込んで再構成される。


「欲しいか。返してやるよ!」

「ここは使わざるを得ないか!」


 苦虫を噛み潰した顔で、アウガンは装甲を展開する。

 全身から撃ち返す砲弾を、ノメル・スティミカが魔力波防塞で防いだ。

 だがこれは悪手だと彼自身も感じている。

 


「防塞が消滅したら棘を伸ばす! あれだけの防御は連続しては使えまい!」


 それは当を得ている。

 使うたびに、全身を駆け巡る魔力(マナ)の大部分を消耗する大技だ。

 連続どころか複数回使うだけで、アウガンは相当苦しい。

 使わざるを得ない状況に追い込まれた失策自身、彼のものだ。

 場の膠着はわずかに数秒だろう。

 脂汗を浮かべながら、負荷の掛かる中、必死に思考する。


「行け、イーレブワーツ!」

機能限定解除(システム)全開放(アンリミテッド)


 ザクシャの決断が誰よりも早かった。

 停止した時間の中を、紅い光芒がジグザクに伸びる。

 待機していた五機の金属生命体が、水風船のように破裂した。


「受け取れシズマ・ヨナ!」

嵐風波動(ストーム・ビート)


 破裂した水風船を、烈風が水飛沫に変えた。

 霧さながらの細かさになったその中に、キラリと光る球体が見える。


「それはさせない――」


 振り向いて、アロック・アコックは細枝を伸ばそうとする。

 その側を、白い流星が追い抜いた。


機能限定解除システム全開放(アンリミテッド)刺突形態(レイピア)


 瞬間的ならば赫灼剣にも匹敵する超高速域を、シズマは強引に捻じ曲げる。


「無茶をさせる。魔力流掌握(フル・コントロール)!」


 一筋の光と思われたシルエットが、捻れるようにパッと開いた

 五指短剣形態(ダガー)、脚部長剣形態(ロングソード)、背部副肢大剣を瞬間的に動かす。

 飛沫の壁を抜けて白騎士が立ち止まると、その中を飛んでいた球体はすべて砕けていた。

 ばしゃりと液体金属の雨を被って、アロック・アコックはそのすべてを飲み込む。

 膨れ上がった全身から細枝を展開しつつ、彼は疾駆する。

 反転して、巨人を上回る巨人を相手に、白と紅の機械人形は所狭しと飛び跳ねた。

 壁を走って足場にしながら赫灼剣が棘の隙間を抜ければ、純白剣は棘そのものを切り裂いて接近し、高周波ブレードを振るう。


「『剣』とは、あれほどの力を持つものか?」


 ぽつりとコックピットで呟くゲナガンに応えるものはない。

 白騎士たちのように喋りもしなければ、機能を解放して性能が上がりもしない。

 それがラオベイリンの『剣』だ。

 少なくとも、エイエットニーグとノメル・スティミカはそうだった。


「別物なのか、あの二振りは」


 宙で巨人の一撃を光の盾で防御しながら、高周波ブレードが肘から先を切り裂いた。

 腕部を回収される前に、翠緑の機械人形の前へ刺突形態で跳ね飛ばす。

 魔力波射撃で完全に蒸発させながら、アウガンが黄金の機械人形に接触した。


「やれることをやろうぜ、オヤジ」

「……ああ、そうだな」


 息子に励まされるのは、情けなくも快い。

 ボルゾイ・ゲナガンが紋様騎士に、切り取った部分をいつでも蒸発させられるよう供給最優先を命じた。


 超高速域でのコントロールで、シズマたち四人は限界を感じつつあった。

 魔力はまだ持っても、揺さぶられるのはどうにもならない。

 ましてや相手が巨人化して、天井にあたまをぶつけそうになっているものだから、飛び跳ねる必要があった。

 偏る血液をなんとか正常に保つように迂遠に動きつつ、シズマは機会を睨む。


「サナ姫。あいつの悪意がどこからくるかわからないか!?」

「……おかしい。大広間全体に満ちてはいます。しかし正面から強烈に感じるということはない」


 彼女の感覚を信じるのなら、それは部屋全体が心臓部ということになりかねない。

 しかしそれなら、飛び跳ねたりするダメージが蓄積しているはずだ。

 だがアロック・アコックにその様子はなかった。

 いまも閃光めいて跳ね跳ぶ赫灼剣を捕まえようと、全身を網に変えている。


「全体にあるけれど、全体じゃない……」


 赫灼剣を網にかける寸前だった黒い巨人がぐらりと倒れた。

 片足を高周波ブレードが完全に断ち切っていた。

 その内の半分が蒸発して質量を減らしたというのに、まるで余裕が崩れない。


「やるねえ。模造品はいいおもちゃだ」


 それは絶対有利を確信しているものだ。

 姿を追っているから感覚はこの部屋にある。

 心臓部がこの部屋、あるいはその付近にあることは確実だが、どこに隠されているか。

 サナ姫に検討をつけさせるためにシズマが叫んだ。


「ゲナガンは部屋全体にマスケット砲をばらまいてくれ!」


 そう命令が下され、機械人形たちは狙いもつけずに砲弾を放つ。


「どこを撃っている!」


 見下すように言いながらも、アロック・アコックは針の山を伸ばして、機械人形たちを串刺しにしようとした。

 それをゲナガンがわずかに数秒、食い止める。

 片腕分の装甲が足りなかったせいか、棘が通って数機の機械人形が貫かれた。


「――追いましたね、一瞬」


 砲撃の雨を感知した黒い巨人の気配が身動いだのを、サナ姫は捉えた。

 わずかに身じろぎした砲弾跡は、大広間中央地表にヒビを入れていた。


「広間の中央、地下深くに埋めてあるはずです!」

「そこまでわかれば、いくらでもやりようはある!」


 外部スピーカーが発した瞬間、アロック・アコックから一切の余裕が消えた。

 中央に陣取り、そこを荒らそうとするものに反応して迎撃を叩きつける。


「追い詰められちゃったかな、地下のモグラは!」

「うるさいんだよ、模造品如きがピイピイと!」

「大事な物に埋めるほど地下が大好きなら、地上に昇ろうなどと腹がよじれるなぁ!」

「白いやつはぁ――!」


 挑発されて、巨碗の表面を針山にして白騎士へ叩きつけようとした。

 それ股の間を通って避けながら、攻撃の隙をついて大広間中央へ動く。


「アルリナーヴ、魔力波溶断(マナ・ブレード)、両腕でぇ!」

『肯定。魔力波溶断』


 両肘したのモールドが前進し、展開する。

 白騎士を駆け巡る魔力を吸入して、光の剣が抜き放たれた。

 無いものかのように地を切り裂く光の剣は、共鳴しあって出力を上げていく。


「やめろォ――!!」


 上から両腕を大金槌に変えて、叩きつけようとするところへ赫灼剣が突っ込んだ。


「お前がなあ!」


 振り下ろすはずの大金槌を微塵に切り裂いて、紅い機械人形は壁面に着地する。

 その瞬間、ぴたりとアロック・アコックが停止した。

 光の剣が地下の心臓を切り裂いていた。


「終わったか……?」


 つぶやきは誰のものか。

 あるいは、全員のものだったか。

 それから数秒の静寂が答えだった。

 アルリナーヴとイーレブワーツから光が失われる。

 大広間の戦いは決着した。

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