28 地上と地下と
レドーム搭載型オーギティが二股の通路を覗いていた。
先の方を探知しているが、引っかかるものはない。
どちらも同程度の長さと広さがあり、行き止まりかどうかはわからない。
同型の採掘機を使っているなら、それも当然だろう。
「……ダメですね。いくらか進まないと判別がつきません」
「そうか。ご苦労、休んでくれ」
「はっ
兵士が戻ると、ゲナガンは腕を組んで眉間にしわを作る。
どちらに進んでいいのものか、判断の材料が少なすぎた。
あるいは片方が正解なのか、どちらも不正解なのか。
大隊を指揮する彼がどうするかを考えなければならない。
彼一人だけで左右どちらもすこしずつ進んだが、代わり映えはなかった。
もどってきて、また考え込む。
休憩した様子もないゲナガンの元に、水をもってサナ姫がやってきた。
カップを受け取って、軽く頭を下げる。
「ボルゾイ・ゲナガン。話は決まりましたか?」
「サナ姫。……そうですね。とりあえずは左へ進もうと思います」
「その根拠は?」
「残念ながらありません。判断はつきますか?」
「いいえ。わたしにも現段階では……」
サナ姫も首を振った。
「であれば、予定どおり左へ行こうと思います」
「わかりました。そのように」
手を上げて挨拶を交わし、ゲナガンはふたたび黙考した。
大隊の休憩が終わるまで彼は、すこしも休まなかった。
レドーム・オーギティを前後に配置しながら、行進は続いた。
時々、反応を示して子鬼の金属生命体が襲撃してくるものの、上位種は現れない。
事前に察知できる威力はすさまじく、戦闘をしても被害はほぼなかった。
そうして一同が進んでいくと、また道が別れていた。
こんどは三叉路だ。
前方の道がいままでよりもやや広がっている。
左右への道はうねるように曲がっていて、すこし狭まっている。
明らかに正面へ進めというような道に、ゲナガンは思考する。
「これは……罠か?」
そう考えてしまうのも無理はないだろう。
あまりにも周囲が閉じていて、中央を進めと言っている。
「それはそうだけれど、あいつらが使う通路なんだろ?」
「わざわざ不便にする必要はない、か」
「そうそう。オヤジは疑り深すぎるんだよ」
息子のアウガンに言われて、そう思い直す。
たしかに自分たちが使う通路を迷路にする必要はない。
考えすぎたかと苦笑して、彼は中央を進むことに決めた。
道が太くなれば、それを巡回するオミスの数が増えるのは当然だ。
自然と戦闘が増えて、大隊は消耗を余儀なくされた。
これを失敗と捉えるか、巣の奥まで進んでいるかと捉えるか。
どちらにしろ、大隊の四分の一ほどが何かしらの故障をさせられていた。
おまけに、
「ゲナガン隊長。マスケット砲の弾が少なくなってきました」
「大剣も刃こぼれを起こして交換が必要です」
「ううむ……」
と、持ってきていた装備がだいぶ減っていた。
この状況を想定していなかったわけではない。
ただ、まだ先の見えない現状で消耗しすぎるのはまずい。
休憩の数を増やしながら『剣』の四機が戦闘すれば、消耗は抑えられるだろう。
ただし、それは切り札を擦り減らす諸刃の剣だ。
「わかった。しばらくはわれわれがオミスを切り払おう」
「すみませんが、頼みます」
「なんの。動かなすぎて、なまっていたところだからね!」
笑いながら、アウガンはがちゃがちゃときのこあたまの肩を叩いた。
それから先頭を行くのは、大隊長のゲナガン親子になった。
相変わらず、オミスばかりが現れるなか、違和感を覚えていたのはサナ姫だ。
彼女はどこかおかしいという感覚はあったが、それを明言できなかった。
もやもやしたものはあっても、それがうまく言葉にならない。
「……なんでしょう、このザラっとした嫌な感じは」
「なにかわかるのか?」
白騎士のモニターには、望遠モードにしても代わり映えのしない通路しか映っていない。
魔法で光を生み出さなければ、暗いばかりの岩の洞窟だ。
レドームより敏感に彼女の肌が捉えるというのは、気配だろう。
だがそれがなんの気配なのかは、まだピンとこなかった。
「おかしいとはシズマ・ヨナも感じていますよね?」
「進めとばかりの道しかないってのは、変だとは思っている」
視界の先では翠緑の機械人形が背負った二本の細筒から、分厚い短剣を引き抜き、オミスを切り裂いている。
金色の機械人形も盾なのか手甲なのか判別がつかない太い腕で、殴り倒していた。
途中、二機の『剣』を突破仕掛けたオミスを、背負った細筒が追って動いた。
「通すかよ! 魔力波射撃!」
先端が展開して魔力波が放たれた。
オミスの心臓部に大穴が空き、それを見た残ったものが奥へ逃げていく。
「逃がして情報を持って帰らせはしない!」
ゲナガン親子が追撃のためにオミスを追った。
魔力波射撃の威力は過剰だったのか、洞窟の壁面が砕けた。
ぽっかりと空いた穴が、魔法灯で照らさない限り、見えないほどに深い。
それを見て、サナ姫の眉がぴくりと跳ねた。
「脆すぎる。あんなにかんたんに崩れるなんて――」
言いかけて、彼女が気づいた。
一瞬、遅れてシズマもつぶやきで思い当たる。
「……挟み撃ちか!?」
「いけません! 騎士たちは壁から離れてください!」
その忠告はわずかに遅かった。
ゲナガン親子と大隊を分断するように、壁面を崩して大軍が現れる。
うぞうぞと姿を見せるオミスの数は、大隊を上回っていた。
それらを統率するように、十数機もの上位種も集合していた。
「かかったなぁ!」
「お前たちは蜘蛛の巣にかかった虫なんだよ!」
あれだけ巡回していたオミスが帰らなければ、情報は伝わっていた。
だから彼らは、ここまで姿をひた隠しにしていたのだろう。
そして三叉路を使った挟撃をしかけてきていた。
二機の『剣』は分断されている。
それは心配なくとも、もはや大隊への被害は免れない。
「まったくもって同意見だ」
「一網打尽とはこのことだな」
巣穴に飛び込むのだから、彼らはこの程度のことは想定していた。
いつ仕掛けてくるのかが問題だったが、消耗仕切る前で二人は助かった。
壁面の向こう側で、大隊が消耗しているという情報を聞き取ったのだろう。
それはある種ほんとうだったけれど、ブラフでもあった。
被害は免れないかに思われたが、ゲナガン親子はにやりと笑った。
四機の紋様装甲の戦闘機械人形が、背丈の三分の二ほどもある大筒を構える。
彼らは背中を合わせて、取り囲む金属生命体たちへ向けた。
「エーテル・ウェポン掃射!」
エーテルを供給された大筒が輝き始め、先端から光の瀑布が放たれた。
『光の柱』とまではいかないが、光の帯は確実にオミスを貫いた。
四機は砲撃を続けたまま、薙ぎ払うようにして数々の金属生命体を破壊していく。
やがて砲撃が止むと、そこに残っているのは液体金属タイプの二機のみだった。
「ばかな! こんなことが!?」
「あるんだよ! 巣穴に飛び込むのが獲物ばかりなわけもあるまい!」
その二機も、ゲナガン親子が仕留めた。
さすがに消耗仕切ったのか、四機の紋様機械人形の挙動が怪しかった。
「……これは『光の柱』に似ている」
「あれとエイエットニーグを参考にして開発したんだよ」
魔力波射撃というお手本があれば、その完成度は高まるだろう。
ましてや世界一の機械人形の国だ。
シズマにやられたままでは、いられなかったのだろう。
「どうだい、なかなかやるもんだろ?」
「ああ。なかなかどころか、たいしたものだ」
してやったりと笑うアウガンに、シズマは苦笑するしかなかった。
出力のギリギリを見計らって、寸前までエーテルを使い切るのは生半可な回数のテストでは不可能だろう。
そこまで試行錯誤できるのは、彼らの国だからだ。
ファーネンヘルトではそこまで追い込んだ調整はできない。
ある種、極めるというものにおいては、真似できない領域にあった。
「しかし、これで切り札を一枚使ってしまったな」
百機にも近い金属生命体を返り討ちにできたとはいえ、これで紋様騎士はしばらく動けない。
紋様騎士用に追い込んでいるから、他の機械人形では使った瞬間にダウンするだろう。
そういう意味では、出力に余裕を持たせらない不器用さがあった。
「けれど相手も札を切ってきたんだ。おあいこだろ」
通路での挟撃は、かなり強いカードだったことは確かだ。
それを被害なく切り抜けられたのは、イァッカム・クラスタにとっても手痛いだろう。
「……そうだな。いまは信じて先を進むしかない」
頷いて、ゲナガンは隊を整えた。
それから隊を先へ進めた。
相応に強いカードだったせいか、挟撃後はオミスすら出てこなくなった。
それを幸いと大隊は休憩を多目にとって、騎士と第五生成機関を回復させる。
消耗は浅くないものだったが、もう一度高出力のエーテル・ウェポンを撃てるぐらいにはなってきていた。
そうまで放っておかれれば、逆に不気味に感じるものだった。
ゲナガンなどは眉間に皺を寄せっぱなしだった。
シズマとサナ姫も怪しんではいたが、気にしすぎれば精神を擦り減らす。
ナイタラやアウガンたちは、切り札を使って消耗したのだと楽観した。
疑問を抱きながらも、大隊は進んでいく。
ある地点から、通路は大幅に変わりはじめた。
まず、通路が幾多にも別れはじめた。
それらの内、いくつかは細い道になっていて、その先は部屋のような構造になっていた。
小部屋ならばレドーム・オーギティにも探知できるほどで、あきらかに生活圏内に入ったという雰囲気になった。
イァッカム・クラスタがアリの巣構造なのだとしたら、女王の間に近づいていることになる。
もちろんまだ遠くにあるだろうが、それでも先が見え始めたことに大軍は安堵した。
退避しているのか、部屋のほとんどは空ばかりだった。
金属生命体が居たとしてもごく少数で、ゲナガン親子がすぐに蹴散らしてしまう。
大軍の消耗をかなり温存しながら、道を進むことができた。
そしていよいよ大部屋が増えてきて、深層も近かろうという頃合い。
気を急く彼らの足並みは、いよいよ早まっていく。
休憩は最小限になり、隊は奥へ奥へと進んでいった。
「広いな」
コックピットで水を飲みながら、シズマは呟いた。
入ってから何時間経ったのか、あるいは何十時間なのか。
それとも数日ほども歩いているのか。
時間感覚を失いかけている。
「着実に奥へは進んでいますが……」
「怖いよな。まだ遭遇戦があるほうがましだなんて、おかしいけど」
恐怖や想像というものは勝手に膨らんでいく。
それを攻撃に使っているとしたら、金属生命体というものは人間を研究しつくしている。
賢いといってもそれほどではないだろうと思いつつも、否定しきれない。
「しかし、その感覚は正しい。わたしも背筋が寒いままです」
「最悪の事態を想定したら、何が起こる?」
「土砂崩れで生き埋めというのは怖いですが……」
「やるならイァッカム・クラスタは巣を捨てる覚悟だろ」
「ありえないは、ありませんよね」
「あいつらの望みは、地上を手にすること、か」
「最終的に巣を捨てるという覚悟はあるはず」
もし土砂崩れを起こすとしたら、巣穴に金属生命体が少ないことに説明はつく。
そうなれば四機の『剣』はどうにかなっても、残る機械人形は全滅だ。
「まさかほんとうに?」
その疑念が膨れ上がっていくのを感じながら、大隊は進んでいく。
やがて、大広間と思しきところに出くわした。
そこからは八方に通路が広がっていて、ここが金属生命体の生活圏で、もっとも大きなところだと想像できる。
「ボルゾイ・ゲナガン。崩落の危険性は考えてください」
サナ姫から懸念をされると、ノメル・スティミカが頷いた。
「それは考えている。が、それは最終手段だろう」
「そのとおりだとも」
大隊が入ってきたところ以外から、七機の金属生命体が現れた。
いずれもが上位種だ。
ゲナガンはすぐに命令を下し、高出力エーテル・ウェポンが撃たれた。
彼らはその体を崩したものの、すぐさま元にもどった。
すべてが液体金属型だ。
代表してか、大隊が入ってきたところと反対から現れたのが尊大に胸を逸らせた。
黒光りする金属生命体は、油虫のような鈍い輝きを放っている。
生命のそこから否定したくなるような不気味な嫌悪感を持っていた。
「そう慌てるなよ、我らが家は気に入ったか?」
ざらついた声で、黒い金属生命体は喋り始める。
それを相手取るのはゲナガンだ。
「貴様たちを倒して、一刻も早く出ていきたいとも」
「なに、ゆっくりしていけよ。我々は近々引っ越すのだからな」
「なんだと?」
「いま、その準備をしているんだ。地上が片付きそうなんでね」
「なにを言っている?」
「いや、なに。ちょうど邪魔をする模造品が消えたんでね。掃除をすこし」
「……まさか」
「あんなに小さい街は、われわれには似合わないだろう?」
「貴様らァ!」
「巣穴を見つけてくれてありがとう! ついでに言えば、これだけわかりやすく設置しないとわからないあたまの悪さには辟易するがね!」
ざらついた声で笑う。
奥の奥まで誘い込まれてしまえば、もどることはできない。
地上を守るのは、防衛に当たっている機械人形だけだ。
巣穴から地上へ侵攻しはじめたイァッカム・クラスタを、止められるだけの戦力があるかと言われれば、むずかしいだろう。
「やらせるものか! やらせるものか! 地上は人のものだ!」
「それを覆すと言っている。まちがった時代はわれわれの手で直す!」
「させるわけにはいかない!」
大広間で、七機の液体金属型と大隊の戦いが始まった。




