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27 救援要請

 エスペルカミュから帰り、しばらくはのんびりとした生活が続いていた。

 時々はイァッカム・クラスタが襲撃してくることもあった。

 しかし、先遣隊として現れる子鬼の金属生命体(オミス)だけならば、アルリナーヴやイーレブワーツが出撃しなくても倒せるぐらいに、エーテル・ウェポンの普及が進んでいた。

 巨人の建てた街も人の交流が増え、いまでは活気が生まれている。

 エスペルカミュから来る商人の中継地点として、十分に機能していた。

 人々は、襲撃があるということに慣れ始めていた。

 どんなに過酷な状況でも、首まで浸かってしまえば体の方が変化する。

 適応力という武器が、人間を大きくしてきたように。

 それはイァッカム・クラスタが、襲撃してくるものと決まっていたからかもしれない。

 もし戦争のように敵国へ仕掛けることもできたのなら、もっと緊張を保っていただろう。

 そして敵の姿が常時監視できる状態であれば、なおさらだ。

 しかし彼らはどこにでも出現し、そして消えていく。

 見えないものへの恐怖というのは、それほど長続きしなかった。


 暇といえば語弊があるが、シズマも最近はパイロットよりも、技術者としての側面をより強く見せていた。

 そうなると、サナ姫もうかうかはしていられない。

 彼女は作るものではなく、使うものだから、そこには立ち入れなかった。

 その時間を使って、彼女はパイロットではなく為政者になるための勉強をした。

 いまは白騎士のパイロットの仕事の方が重要だが、平和になれば必要になるのは政治を司ることだ。

 命懸けで培ってきた鋭い感覚は、物事の本質を捉えるという勉強でも十分に役立った。

 権力を握る人間として、ファーネンヘルト王はなかなか抜け目がない。

 彼女は十分にその血を引いていることを証明した。

 ある意味では、均衡状態を保っているといってよかったろう。


 それを打ち壊したのは、一通の伝令の魔法具だった。

 鳥に変じて飛来してきたそれを受け止めたのは、シズマ・ヨナだ。

 食堂の窓から入ってきた乱入者は、昼食を取っている人たちの視線を集める。

 それをなんでもないことのように手を振って散らした。


「うん、誰からだ?」


 昼の休憩中、片腕に止まった鳥から手紙を受け取り、目を通す。

 読んだ彼の瞳が、ギラリと光ったのも無理はないだろう。


「なにが書いてあったんだ」


 具だくさんのスープを頬張りながら、ナイタラが尋ねた。

 言いながらも、その目は嵐の気配を感じ取っている。


「ああ。ラオベイリンから救援要請だ」

「救援……って、あっちにもイーレブワーツみたいのがあるんだろ。それで勝てない相手かよ?」


 スプーンを置いて、彼女が眉をひそめたのも当然だ。

 『剣』の機械人形は、同士討ちでもなければまず負けない。

 ナイタラ・エーンの価値観はそう捉えている。

 それが二機もあって足りないというのは、どういう事態か。

 視線の圧力が強まり、シズマは手を振ってそれを否定した。


「ピンチじゃなくて、チャンスだな」

「チャンス?」

「あいつらが通った道が一つ、見つかったらしい」


 通常、イァッカム・クラスタが通ったあとの道は、なんらかの方法で埋められるか、戦闘で崩れて通ることはできなくなる。

 そのためには防衛しかできなかったが、倒しに行けるとなれば話が違う。


「へぇ。ってことは、人がゆっくり眠れるようになるんだな?」

「そうはしたいはずだ。じゃなかったら力を借りようとは思わない」

「だよな。なら今回は全力でいくことになるわけか」

「むこうはな。こっちから行けるのは『剣』の二機だけだ」

「ええっ、どうして!?」

「となりの大陸までどうやって機械人形を運ぶっていうんだよ」

「そう言われれば……そうだけど、歯がゆいなあ」


 一転攻勢をかけて敵地を叩けるというのに、全戦力を使えないというのは、足踏みをさせられているように感じるのだろう。


「いや、そうでもない。あくまでも別大陸のイァッカム・クラスタに過ぎないって考えれば、こっちの大陸の戦力を使いすぎるのはまずいだろ」

「アリの巣みたいに、女王は別ってこともあるのか?」

「それはわからないが、俺だっておなじであってくれとは思うよ。一度に叩けるならそのほうがいいんだから」


 可能性は可能性の話で、絶対ということはありえない。

 シズマは、防衛に戦力を割けることは間違っていないと感じた。


「……なるほど。防御も考えなくちゃいけないのはやっぱり苦手だ」

「しっかりしろよ副長様」

「いいんだよ! そういうのはザクシャがやってくれる。あたしは攻撃担当だ!」


 開き直って、ナイタラはスプーンでスープを頬張った。

 彼女自身、自分の性質を理解していた。

 ファーネンヘルト騎士団副長は、まだ二人合わせて一人前なのだった。




         *




 三日後、アルリナーヴとイーレブワーツは、大陸を越えていた。

 ラオベイリンから出兵した機械人形は全部で六十二機もの数があった。

 大軍と呼んで差し支えないだろう。

 それらすべてにエーテル・ウェポンが配備されている。

 独自に改良を加えているのか、見たことのないものも存在した。


「遠いところからよく来てくれた。感謝する」

金属生命体(あいつら)を叩くっていうなら、来ない理由はないだろ」

「赫灼剣にも相棒がついたんだな。そいつはよかったよ」

「ああ。イーレブワーツにはおせっかい焼きがついてる」

「それなら寂しくないだろう」

「おせっかい焼きかは知らないが、不調はなさそうでなによりだ」


 金色の機械人形(ノメル・スティミカ)に乗ったゲナガンが手を上げて歓迎した。

 それに応えながら、白騎士と紅の機械人形は近くまで寄る。

 そばには翠緑の機械人形(エイエットニーグ)も居る。

 前線に使えるのがこの二機なのか、あるいはラオベイリンでも、これだけしか出土していないのか。

 どちらにしろ、運用できる『剣』は四機だった。

 子鬼の金属生命体(オミス)ならば出る幕はないだろう。

 しかしそれ以上となれば、先鋒に立たなければならない。

 なるべくなら消耗を抑えたいところだが、どこまで温存できるか。

 もしも親玉を叩けるなら、そこが勝負だろう。


「それで、入り口というのは?」

「あっちだ。閉じないように兵が見ている」


 ゲナガンが案内した方には、マスケット砲を構える二機の機械人形がいた。

 その形はほとんど釘の機械人形と似ていたが、頭部が異なる。

 こっちはキノコのようにドーム型をしていた。

 それが時々、くるくると回っている。


「キノコだ」

「こっちの機械人形は珍しいか?」

「似たようなのは見たことがあるが、あたまが違うな」

「それは初期型だろう。後期型は頭部にレーダードームを搭載している」

「へえ。後期にもなると、いろんなのが溢れかえるんだな」


 生産がしやすかったから数は出来たものの、戦力としてはカウントし辛い。

 そのために頭部を換装させ、偵察機として運用したのだろう。

 納得して、侵攻時間までたっぷりとラオベイリンの機械人形を眺めていた。


 入り口は、荒れ地のど真ん中に存在していた。

 もしかすれば、入り口が出来たから荒れ地になったのか。

 どちらにしても、まず人が立ち寄らないような場所だ。

 それだからカモフラージュを怠ったのか、どちらにしろ発見されるというのは愚かだ。

 イァッカム・クラスタの穴の内部は、機械人形が四機、余裕で並べるぐらいの広さがあった。

 天井も高く、金属生命体が通るのにふさわしい。

 通路が綺麗すぎることから、採掘用の道具かなにかがあって、それを使ったと推測できる。

 先頭はエーテル・ウェポンを構えた機械人形が担当した。

 四機の『剣』はちょうど真ん中ほどに、殿は外部魔力型と呼ばれる全身魔力紋様の機械人形がついている。


「へへへ。こうまで守られると、お姫様になった気分だな」

「ならばお姫様は転ばぬように、お気をつけくださいませ」

「わかってるよ! シズマはすぐに人をからかうのをやめろよな!」

「ちょっと緊張を和ませようとしただけだろ。怒るなよ」

「怒ってはない。ただそういうのは場所を考えろよな」

「悪かったって」シズマは外部スピーカーを切った。「いや、緊張してるのは俺か」


 サナ姫は後ろから、そう呟く彼を覗き込んだ。

 手足が震えているわけではない。

 ただ、すこしばかり顔色が青白い。

 もはや歴戦の戦士と呼んで差し支えない男でも、この状況ではそうなる。


「シズマ・ヨナ。怖いのですね」

「そりゃそうさ。いままで、戦っていて怖くなかったことなんかない」


 どれもこれもが命懸けだったと言う。

 余裕ぶっているのは単なるポーズにすぎないと。

 その強がりが、人に安心を与えるとわかっているからそうするのだ。

 だからこそ、彼女にだけは見せてくる弱さを、サナ姫は嬉しくもあった。


「怖いのは当然です。その臆病が鋭敏な感覚になる」

「だったら、サナ姫はよっぽどの怖がりってことか?」

「……ええ。白状すれば、わたしだって取り繕うのが上手な女に過ぎません」


 その真実は、シズマにとっても衝撃的だった。

 強がりをする少女だとは知っていても、臆病だとは感じさせなかったのだから。

 あるいは、それは彼を安心させるための嘘だとしても、そこには真実味があった。


「なんだ。怖くない人間なんてのはいないんだな」

「ええ。だからこそ、平穏を取りもどしにいきましょう」

「強がりのセンスでやってみる」

「それなら、わたしだって負けませんとも」


 くすりと微笑みあって、ふたりは魔力光で照らされる洞窟内へ目を移した。

 仄暗い奥底から、地響きのような音が聞こえ始めてきていた。


「中から来たぞ! 迎撃準備!」


 先頭の機械人形がエーテル・ウェポンを構えた。

 横に並ぶ限りは、どうあがいても相手をする数は洞窟の範囲を超えない。

 訓練された騎士たちは、順番にマスケット砲を撃ちはじめた。

 続々とやってくるオミスは、飛び道具を持っていない。

 機能停止した仲間を盾に使って来るものもいたが、それらは大剣のエーテル・ウェポンで切り裂かれた。

 洞窟内で初の戦闘は、先頭の内、三機が中破しただけで済んだ。


「どうだよ、ファーネンヘルトの騎士から見てさ」

「……よく訓練されている。こうも統率されていれば、並の兵では敵わんな」

「あはははは! そりゃあそうさ! イァッカム・クラスタとは年中やりあってんだ!」


 ラオベイリンでは騎士に配属されれば、毎日が戦争のようなものだと言う。

 ごく最近、イァッカム・クラスタを相手にしはじめた国の比ではないと。

 それを素直に飲み込みながら、ザクシャはゲナガンに応えた。


「この兵ならば、オミスを率いている奴らにも敵うのか?」

「厳しいところだね。液体金属タイプだと無理かな」

「ああ、あれか……」


 あれはやはり手強いというのと、一機だけではないということにファーネンヘルトから来たものたちはげんなりした。

 通路がより広々とした場所に出るまで、数回戦闘があった。

 しかし統率者はおらず、やってくるのはオミスばかりだった。


「喋るタイプは出てこないな」

「あれらは貴族のようなものだと考えれば、不思議はない。遭遇するのは先遣隊なのだろ」

「そうも考えられるか」


 ゲナガンの言葉に納得して、シズマは頷いた。

 通路が二股に別れているところで、大隊は休憩を取った。

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