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26 帰国の朝に

 翌日、工場は朝からフル回転していた。

 壊れた機械人形の修復作業もある。

 しかし、それ以上にエーテル・ウェポンの製造に人員を割いている。

 皮肉な話だが、実戦を経験することでその脅威度を思い知ったのだ。

 作業は現場判断で進められていたが、バナリィ王に事後承諾を取った形になった。

 責任者は謁見の際、顔面を腫らした王に疑問を抱いたが、それは些細な事だった。


「いいから武器を作るんだよ! 復旧作業は機械人形の方が早いんだから!」

「わかってますけど、まずは講習を受けさせて下さいよ!」

「あとでやる! いまは教わったことをやってくれ!」

「そんなことってありますかぁ!?」


 責任者が怒鳴りながら、交代に来た作業者を檄して現場に放り込んだ。

 彼自身はまったく眠っておらず、昨夜の夜から工房に詰め込みだ。

 伸びてきた無精髭をざりざりと触りながら、血走った目で辺りを見回す。

 材料と工具と金属音が混ざった世界は

 余裕を持て余している作業員は、一人もいなかった。

 彼は自分の両頬をぶっ叩くと、自分も現場に飛び込んだ。


 工場外では、荒れた地面や建物の復旧が進められていた。

 地面を均してから機械人形で踏み固め、砕けた破片を取り除いている。

 切り出した石を運んでくる横で、休憩に入った騎士たちが炊き出しに並ぶ。


「スープは熱いですからね!」

「あー、生き返る……」

「パンはちょいと硬い、な!」


 まだパン屋が開いてない時間からの作業だった。

 騎士はなんとか手で毟り取ると、スープにつけて口に運ぶ。


「ナイフを使えばいいだろ」

「えっ、ああ、そうか」


 指摘されて、彼はナイフをパンに突き入れて切り裂いた。

 その一方、機械人形で作業をする騎士は、朝食も食べずに出勤していた。

 寝ているところへ伝令兵が来て、叩き起こされたというのもある。


「あー、腹減った。早く休憩にならないかなぁ」

「そういったことは、スピーカーを切って言え!」

「あっ、やべっ!」


 慌ててスウィッチを切って、騎士はいそいそと作業に励んだ。

 苦笑しながら他の騎士たちも、スピーカーをオフにして作業を続けた。


 シズマたちも製造のお手本を見せてから、以降は復旧を手伝った。

 その翌日からは、スタンドアロン型の改良設計を煮詰め始める。


「リミッターをつければいいんだろうけど、それだけじゃなあ……」

「あの威力を損なうのはもったいなくありますが……切り替え式にはなりません?」

「え、ああ。そうか、プラグイン形式にして、モードを変えられれば……」


 ガリガリと頭を掻きながら、シズマは魔法紋様(プログラム)を構築していく。

 そうなれば、サナ姫にできることはほとんどない。

 彼女はわずかに距離を取って、邪魔にならないように作業を見守るだけだ。

 途中で、アイディアに行き詰まった時、別の視点からそっと意見を差し込む。

 それが彼女の、技術者をしている時のシズマと向き合う方法だった。


「いー、よし。これでテストパターンはできたっと。まずは魔力(マナ)で試して……」


 エーテルは、ある程度、収束しないと効力を発揮しない。

 ごく小規模のテストパターンでは、このように魔力を使って試験していた。

 何度か微修正を繰り返しながら、基盤ができると、次にプラグインを考えていく。


「サナ姫はどういうのがあるといいと思う?」


 シズマもまた、サナ姫の『使う側の視点』というものを大切にしていた。

 道具というのはどうあれ、使う側が評価を決めるものだ。

 そういう考えに至ってからは、前ほど権力者に対して苦手意識も消えている。


「そうですね。かならず群れで現れますから、広範囲攻撃は必要になります」

「拡散攻撃はいるな。スタンドアロンなら出力は足りるはず。あとは?」

「光の盾のように、広範囲を守る城壁にはなりませんか?」

「防御への転用か。それも必要になる……攻撃だけじゃないってことは……」


 と、また思考モードになるシズマをサナ姫はやさしく見守った。


 どうせなら帰国してからやるよりも、現場の腕があるエスペルカミュで試作までしてしまおうと、シズマたちは滞在を伸ばした。

 そのおかげでナイタラとザクシャは、ゆっくり家族や友人と再会する時間ができた。

 実際の歓談は、格納庫近辺を復旧しながらのものとなった。

 差し入れに来る家族を照れくさそうにしながら、それでもやはり嬉しく思うのは、どうしたって仕方ないだろう。

 誰だって、もう会えないだろうと思っていた人と会えば、喜んでしまうものだ。

 二人の姿に、シズマはわずかに故郷へ思いを馳せた。

 帰ろうと思えば帰れる二人とちがい、彼の場合はもどれるという保証もない。

 望んできたし、魔法が使えるという現状に満足はしている。

 しかし郷愁を抱くなというのは無理があった。

 家族や友人と喜びを分かち合う副長二人を、遠い目をしながら眺める彼に、サナ姫はどこか寂しいものを感じた。

 それが埋められないということも、彼女の感覚は悟ってしまう。

 どうしようもないことは存在する。

 ただ、そばにいるだけが精一杯だった。


 魔力によるテストパターンが完成すると、シズマはオグナードを一機借りた。

 場所を街から離れた荒野へ移し、周囲への影響を確認してから




 はじめはシズマが乗って試そうと思ったが、内部の操縦桿は白騎士とだいぶ異なるものだったから、操縦を断念した。

 代わりにザクシャが乗っていた。

 構えるのは、三本の細いパイプを捩り合わせた杖のようなものだ。

 『光の柱』の大筒ほど大きくはないが、それでもオグナードの半分以上も長い。


「おーい、こいつはどう使うんだ?」


 ふつうのエーテル・ウェポンと違い、このテスト版はプラグイン式になっている。

 ただエーテルを吸入させただけでは使用できないため、彼は戸惑った。


「そいつに短い棒みたいのがついてるだろ?」

「ちょっとまってくれ。……ああ、三つあった」

「それの『盾』って書いてあるやつを、杖の中心部に接続してくれ」

「盾でいいんだな?」


 機械人形のマニピュレーターほどの長さの棒を杖から取ると、ザクシャは中心部にある接続部に押し込んだ。

 カチリと食い込んで、中心部から格納されていたスウィッチが現れる。


「なんだ、こいつは」

「安全装置だよ。まちがって使わないように」

「それでエーテルを吸わせてもなにも起きなかったのか」


 納得したザクシャがテストユニットにエーテルを吸わせると、オグナードの出力ががくりと落ちた。

 『光の柱』ほどではないが、スタンドアロン型用の設計をしているため、吸入量が多すぎたのだ。


「おい、これは大丈夫なのか!?」

「オグナードががくっといかないってことは、セーブはできてるはずだ」

「……そうも考えられるが」


 出力は落ちたが、行動停止までは陥っていない。

 なんとか飲み込んで、テストユニットに十分エーテルが供給されたのを確認する。


「あとはスウィッチを押せばいいんだな?」

「くれぐれもこっちには向けるなよ?」

「そんなことはしない」


 先端を荒野へ向けて、テストユニットのスウィッチが押し込まれた。

 『光の柱』のようにエーテル光が溢れ出し、それが波のように広がって膜になる。

 機械人形を横に並べて六機は楽に覆うほどの、エーテルの盾が展開された。


「……強度はわからないが、こいつはちょっとした魔力波発生装置(マナ・ストリーマー)気分だな」


 どちらかといえば、シズマの使う障壁の魔法具に近い。

 しかし機械人形サイズともなれば、ザクシャが感嘆するのも当然だった。


「どれぐらいの威力があるかみたい。ちょっと魔法をぶつけたいが、いいか?」

「ああ。やるのなら消える前にやってみてくれ」

「あいよ」


 シズマがいくつか魔法具と、丸めた羊皮紙と粉の入った壜を取り出した。

 それは瞬間的に魔法を増強するエルフ謹製の秘薬と補助紋様(ブースター)だ。

 アマタリスの持っていた錫杖ユニットのように威力はないし、使い捨てでなおかつ高価だから使い放題とはいかない。

 しかし一瞬だけならば、さほどエーテル濃度がなくとも、大規模魔法に近い威力が得られる。


「行くぞ!」


 シズマが作り出すのは、小山ほどもある巨岩の投擲だ。

 かつて白騎士の光の盾に弾かれたものだが、オミスの単純な打撃よりは威力がある。

 加えて衝撃力もあるから、盾の防御力も分かりやすい。

 目の前の小さな人間がそれほどの大規模魔法を展開するのに、ザクシャは眼を丸くした。

 強度テストといっても、それほどのことをしでかすとは思わない。


「そこまでやるか!?」

「最低でもこのぐらいはなぁ!」

「うおおおおおぉっ!」


 魔法の構築が完了して、巨岩の砲撃が放たれた。

 光の膜があるといっても、ザクシャはそれを信頼しているわけではない。

 オグナードが倒されかねない迫力に、思わず叫んでしまう。

 エーテルの壁と巨岩が衝突して、衝撃力が空気を震わせた。

 オグナードへ伝わる威力が、その脚を後退させる。

 衝撃そのものを拡散させて、ほぼ無効化する光の盾と比べれば、あまりにも原始的だ。

 ただしその防御力は本物で、オグナードの出力だというのに巨岩が貫通する様子はない。

 やがてブースターの効果時間が切れて、巨岩が霧散した。


「おお、この威力をあっさり耐えるかよ」

「……驚いたな。これは使えるぞ、シズマ・ヨナ」


 スタンドアロン形式ではなくとも、出力に余裕のある機体なら装備させられる代物だ。

 特に、錫杖ユニットを失った尼僧の機械人形(アマタリス)にはもってこいだろう。


「スタンドアロンじゃなくても、いけそうだ」

「造りが複雑そうだが、エスペルカミュで量産が効くか?」

「設計はしたが、作ったのはこの国だ。それはできるだろ」

「……そうか」


 彼が胸なでおろしたのも不思議はない。

 このユニットが配備されれば、エスペルカミュにとっては大幅な強化だ。

 祖国が、そこに住む親類、友人がおかげで助かるかもしれないのだから。


「しかし三種類も作るとなれば、工房はフル回転じゃすまないな」

「ザクシャとナイタラを産んだ国なんだから、なんとかするだろ」

「……そうは思いたいな」


 そして単射砲撃と拡散砲撃のプラグインも試したところで、二人は荒野から帰還した。

 テストユニットは無事に動いたことから、微改良をして量産することになった。




 そして、ファーネンヘルトの使者が帰国する日が来た。

 ドワーフの鍛冶職人(キサン・ジジッカ)は、工房の作業員たちと相当に仲良くなったようで、涙を流して別れを惜しんでいる。

 ザクシャとナイタラの見送りにも、家族と友人か駆けつけてきていた。

 特に彼女なんかは、ボロボロと涙を流しながら家族と抱き合っている。

 ザクシャは泣いてこそいないが、その眼差しにはわずかな寂しさがあった。

 サナ姫はきょろきょろと辺りを見て、まだシズマがやってこないことに首を傾げた。

 寝坊でもしたのかとお越しに行こうとした時に、やってくるのを見つけた。

 その足取りはひょこひょこと、なんだか情けない。


「シズマ・ヨナ。……どうしたんです、それ」


 彼女が指摘したのは赤く腫れる頬だ。

 そこにはくっきりと拳の跡がついている。


「ああ、ちょっとな。いい土産をもらったよ」

「……まったく、あなたという人は」

「正面からぶつかりたくなるってこともあるのさ」


 それはある種、少年のロマンだと言う彼に、サナ姫はため息を吐いた。


「わかりましたよ。少年趣味ってやつでしょう」

「……それはちょっと、意味が違う」


 慌てて訂正することになった。




 ファーネンヘルトの使者が帰国する朝、シズマの部屋を尋ねるものがあった。


「はいよ。朝のサービスなら間に合ってる」


 応える声に返事もせず、ドアが開けられた。

 そこには王族衣装に着替える前のバナリィの姿があった。


「よう、帰るんだってな」

「ああ。わざわざ王様が見送ってくれるのか?」

「そのつもりだ。土産もある」


 そう言って王は、バサリと平服の上着を脱ぎ捨てた。

 しっかりと筋肉のついた上半身が露わになる。

 なにも身につけていないことを見せつけると、右腕を突き出した。

 小指から順番に握られていく、親指が閉じられる。


「さあ。やろうぜ、俺の仇」


 彼の顎には、まだ治りきっていない傷が残っている。

 それが逆にバナリィという人間の負けん気を生んでいた。


「……オーケイ、来いよバナリィ。泣くんじゃねぇぞ」


 にっと笑って、シズマも同じように右拳を突き出した。

 広い客間に二人だけ。

 ドア前からは六歩も歩けば拳の当たる距離だ。

 右腕を引きつけたバナリィは、猪のように突っ込んだ。

 同じように、シズマも突っ込んだ。


「オオッ!!」

「はあっ!!」


 互いに三歩ずつ、突っ込んだ勢いを乗せて、渾身の右拳を繰り出した。 





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