25 メタル・リキッド・フレーム
時間を逆回しさせたかのような気持ち悪さで、白騎士の打撃で窪んでいたフレームが、元通りになる。
その際、なめらかに輝く装甲が一瞬、液体のような質感を帯びた。
「再生……いや、変形か?」
「わかりませんが、生半可な攻撃は通じないと見えます」
「だろうな。くそ、厄介な相手を寄越してくれる!」
「あれだけの態度です。その自信を崩さなければなりません」
「わかってる。強烈なのを喰らってもらう!」
アルリナーヴの足下が爆ぜ、その身が前方へ跳ぶ。
神速の踏み込みから、右手の五指を揃えて『短剣形態』にして抜き放つ。
高速の斬撃を受けて、涙滴型の金属生命体の肩口から胴までが、深く切り裂かれる。
「手応えはあったが!」
「悪意はそのままです!」
「切断でも通らないっていうのか!?」
液体が崩れてくっつくように、アヤンシロッツが正常な形にもどる。
「抵抗は無意味だ」
余裕さえ見せつけて振り向き、アヤンシロッツがその腕を長剣に変えた。
短剣形態のように、装甲板を展開したわけではなく、腕そのものが刃になっている。
「ぐにゃぐにゃと粘土ですかあれは!」
「多分、液体金属って奴だ。詳しくは知らないが!」
「液体!? 金属が液体なものですか!」
「水銀とかってあるだろ!」
「え、……ああ、それならばなぜ硬いのです?」
「そういうもんなんだよ。ちくしょう、どうすりゃいい!?」
間合いの遥か外で、アヤンシロッツが腕を振った。
熱々の飴みたいに刃が伸び、アルリナーヴへ襲いかかる。
「そんなのありか!?」
後ろへ飛び退った白騎士を追い詰めるように、刃は細分化して四方を囲う。
細分化した腕の方へ、アヤンシロッツが引きつけられて、脚を使わず移動した。
「これでは間合いがつかめない!」
「サナ姫は、目に惑わされるな!」
白騎士は地を蹴って縦横無尽に動きまわる。
伸腕剣は、さらにそこから細かく枝を張り、網のように白騎士を追った。
全開放の速度で逃げ回れば捕まることはないが、かといって倒すこともない。
逆に変換負荷が限界までくれば、力尽きるのは白騎士の方だ。
「白騎士は、あれだけの質量すべてを一瞬で焼き尽くすようなものはないか?」
枝剣を短剣で弾き飛ばしながら、シズマは聞いた。
『■■。■■■■■■■■■■』
アルリナーヴの返答は、すべてがマスキングされて明瞭にならなかった。
それは答えられないというより、検閲されたように不自然だ。
しかしそれは二人の耳には、衝撃音と重なって聞こえなかった。
「いまなんて言いました!?」
『現段階では不可』
「そうなるとは思ったが、だったらどうする!」
背中の機械肢で回り込んでくる刃を弾きながら、サナ姫は思考する。
展開力は目を見張る物があるが、速度自体はそれほどでもない。
「……出力を落としましょう。持久戦なら全開放は悪手になる」
そうするべきだ、とシズマの理性は囁く。
打開策を見つけるまで、ダメージ覚悟で見に回る、というのは悪くはない選択だ。
しかしどこかで、出力を下げるべきではないと叫ぶものがある。
それが本能からくるものか、臆病風からくるものかは判断がつかない。
「いや、出力は下げない」
シズマはそっちの声に乗っかった。
「どうして! 状況はわかるでしょう!?」
後ろから身を乗り出して叫ぶサナ姫に、それでも首を振る。
あいまいな根拠だとしても、可能性を否定しきれない。
だからこそ、現状でセーブできるのなら、その時間で解決策を見つけるべきだと。
「だからだ。サナ姫は、白騎士が意味もなく勝手に全開放にすると思うか?」
「……いいえ。彼は忠義の厚い騎士です」
シートに体をもどしながら、彼女は周囲を見る。
背後から折れるように迫る斬撃を弾き、一つ息を吐いた。
「俺だってそう思う。勝手に起動したってことは、必要だって感じてるんだ」
「それは……アルリナーヴはそう思っている?」
『肯定。敵金属生命体は余力を残していると推定』
そう考えれば、展開力とスピードがそぐわないのも、納得がいくだろう。
パフォーマンスが落ちたところを、狙い打とうとしているとすれば。
「……そんな罠を張りますか?」
「時間差で仕掛けてきたんだ。それぐらいのことはやってみせるよな」
「わざと追い詰めなかった……そんな知恵のあるものが、いるだなんて」
正面から迫る刃を払い、シズマは『刺突形態』を起動した。
ブーツの踵部分が鋭く射出されて地を弾き、爆発的な推進力を生む。
枝葉の大本へ向かって白騎士が跳び、その中心部を短剣形態で切り裂く。
真っ二つになった網を抜け出し、地を滑りながら振り向いた。
そこには何事もなかったかのように、元通りになるアヤンシロッツがいる。
「完全に真っ二つにしてもダメか」
「金属生命体なら、どこかに動力部はあるはずです。そこを突ければ」
「コアを狙うっても、ああも展開されればどこにあるか……」
くるりと振り返って、アヤンシロッツはゆっくりと歩く。
その余裕の源泉は、まちがいなく不死身性から来ている。
「もう一度言おう。抵抗は、無意味だ」
白騎士が出力を下げないとわかったのか、涙滴は反り返るほどに腕を振りかぶった。
それが放たれた瞬間、無数の棘となって高速で宙を制圧していく。
「やっぱり速いのがくるか!」
「狡猾なイァッカム・クラスタは!」
弾丸のように殺到する触腕棘を弾きながら、シズマはなんとか突破口を見つけようと目を凝らす。
棘は直撃すれば、わずかに白騎士の装甲を削る程度の威力だが、数が多すぎた。
そしてなにより、二人には当たる度に振動で震えるのがたまらない。
「いいかげんに、しやがれってんだよ!」
わざと攻撃を受けて、白騎士はそれを掴んで縛ろうと触腕棘を抱え込んだ。
しかしそれは液体の質感を帯びて、ぐにゃりと変形して抜けていってしまう。
「いっそ光の剣で叩き潰せれば!」
さすがのサナ姫も、どうしたらいいかわからない敵に、苛立ちを覚えていた。
もしも『魔力波溶断』が広がれば、それを上から振り下ろすだけでいいだろう。
そうできないから、この状況が出来上がっているのだが。
「……いや、案外使えるアイディアだよ、それは」
「えっ?」
「叩き潰すってのがいい。すごくいい。そうだよ、圧縮すればいいんだ」
やることが決まったのか、彼は目に光さえ携えて前方を睨んだ。
ふたたび押し寄せる棘の群れを、強引に突破するために、刺突形態で吹っ飛ぶ。
ガリガリと装甲を削る、液体金属の海を強引に打ち砕いて、大本の正面へ。
その質量は通常時の半量ほどだ。
棘に攻撃を回しているせいで、自分を構成する部分をつぎ込んでいる。
それが戻ってくる前に、
「ぶった切る!」
『肯定。長剣形態』
左脚から展開したブレードが、棘とアヤンシロッツの接続を断ち切った。
「抵抗は、無意味だと言っている」
そしてすぐに金属生命体は、液体になり始める。
「光の盾を使う! 二枚ともだ!」
『肯定。魔力波防御、二重起動』
両腕の肘下に取り付けられたモールドから、魔力波が広がる。
シズマはそのモールドを、マナ・ブレードを使う時のように手首付近まで前進させた。
「なにをやろうが……」
「無意味かどうかは、お前の体で試させてもらう!」
腕を反転させてシールド向き合うようにすると、アヤンシロッツを挟み込んだ。
魔力波が干渉して、いかなる大規模魔法をも絶する力が、左右への変形を防ぐ。
だから自然、それでも液体金属の変形で逃げようとするなら、薄く伸びざるを得ない。
「シズマ・ヨナ! 悪意は腰から地面に逃げるつもりです!」
「させるかよ!」
「なにを――」
魔力波の間を縫うように、左脚ブレードが真っ直ぐ持ち上がった。
液体金属を掻き割いて、中から透明な保護膜に包まれた動力部が姿を現す。
「模造品如きが――」
「抵抗は、無意味だ!」
うぞうぞとうごめいて、動力部に取り付こうという液体金属を振り払う。
お株を奪って、白騎士はブレードを突き刺したが、保護膜はかなり頑丈で貫き切れない。
稼働時間が切れて光の盾が自動終了して、液体金属の動きが勢いを増す。
「汚い脚を退けろ、模造品が……!」
「足の下を這いずり回るイァッカム・クラスタの言うことか!」
動力部の突き刺さった脚をカカト落としの要領で、地面と衝突させる。
しかしわずかにブレードが食い込んだぐらいで、保護膜は貫けない。
すでに液体金属は保護膜に張り付き、あとは遠くまで伸びた触腕が合流するかしないかという瞬間。
「本来の刺突形態を!」
『肯定。刺突形態』
サナ姫の声に従い、白騎士の踵カバーが展開し、中から分厚い刃が姿を見せた。
機械人形一機を吹き飛ばす威力で、射出型ブレードが動力部を貫いた。
「が……」
動いていた液体金属が、塩をまぶしたナメクジのように溶けていく。
それきり、アヤンシロッツの声が聞こえなくなった。
『機能限定解放終了。通常状態へ移行します』
周囲を見回せば、オミスはすべてエスペルカミュの騎士が仕留めている。
格納庫近辺はボロボロで、機械人形の残骸も転がって酷い有様だ。
しかし、状況を理解する内に、エスペルカミュの騎士たちから喜びの声が上がりはじめた。
「よかった。よかった! 生きてる!」
「もうダメかと思った! おい、生きてるよ!」
「た、倒した……あんなのを、あの白い機械人形と紅いのが」
「とにかく救助を! まだ生存者がいるかもしれない!」
その声に従って、あたりは慌ただしく動きはじめた。
シートにぐったりと持たれながら、シズマは天を仰いだ。
もう暗くなりはじめた空に、無数の星が輝いている。
「……どうする、サナ姫。こんなのがいくつも来たらたまらないな」
「動力部内蔵型のエーテル・ウェポンの改良を急げば……」
空を貫き抉る『光の柱』ならばと、彼女は考えた。
それに頷いて、シズマはシートから体を起こす。
「そうだな。……さて、そろそろ紅いのを拾ってやろう」
「戦いも疲れますが、その後のことを考えれば気が重い」
なにせ国王を殴り倒したあと、格納庫で一暴れしましたと報告すれば、長時間拘束されることは明らかだった。
二人はザクシャとナイタラが回復するまでまってから、その日は街の宿に止まった。
面倒ごとは、翌日の自分がなんとかしてくれると信じて。
それはそうならなかった。




