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24 紅い光芒のイーレブワーツ

 現れた赤い機械人形へ向けて、子鬼の金属生命体(オミス)が殺到する。

 すでに棍棒めいた太い腕が振りかぶられ、全方位から叩きつけるつもりだ。

 それを睨んで、ナイタラは機能を解放する。


「まずは、吹っ飛べ!」

『意のままに。嵐風波動(ストーム・ビート)


 イーレブワーツの全身装甲がスライドし、内部フレームが露出した。

 放熱フィンめいたスリット型の魔力波発生装置(マナ・ストリーマー)が唸りを上げる。

 大気が打ち震え、不可視の衝撃波が赫灼剣から放たれた。

 襲いかかった十一機のオミスが、上から潰されるように地面へ叩きつけられる。

 ナイタラが意図したように、吹っ飛びこそしなかったが、逆に好都合だった。


「ぐっ……消耗はするが、これで!」


 ぐっと歯を噛み締めて、ザクシャはごっそり体の中身が奪われる感覚に耐える。


「エスペルカミュの騎士たちは、倒れたのにトドメをさせよ!」

「あっ……はい!」


 オグナードなんかに乗った騎士たちが、慌てて武器を取った。

 進路方向にいた二機だけを足先の刃で貫くと、赫灼剣は敵を見る。

 角張った金属生命体(アクナルバウガ)が、立ち塞がるようにそこへ居た。

 鋭利と称せるイーレブワーツと比べれば、それはゴツゴツと鈍い形状だ。

 岩を削り出したような荒さは、頑丈そうとも言える。

 赫灼剣がカミソリだとすれば、アクナルバウガは鉈剣だろう。


「……派手な登場じゃねェか。模造品ごときが目立ってくれる」


 見下すように、彼の巨体はイーレブワーツを睨みつける。

 輝くツインアイを見て、ナイタラは乾いた喉をごくりと動かした。


「喋るタイプか。硬そうだな……」

「イーレブワーツならやれるだろ」

『その通りです、我が副操縦士(サブ・パイロット)


 歯噛みする主操縦士(メイン・パイロット)を励ますように、ザクシャと赫灼剣は言う。

 彼のものは強がりもあったが、紅い機械人形は事実であるかのように。


「舐めた口を聞いてくれる!」


 それを聞いて、憤慨しない金属生命体ではない。

 砕けて転がる機械人形の一部を踏み潰しながら、一歩ずつ近づいていく。

 ナイタラは、騎士たちがオミスを仕留めていくのを横目で見ながら、迫ってくる脅威と対峙する。


「全力でいくか、ナイタラ」

「向こうにもう一機見えるけど……出し惜しみでどうする」

「だよな。……イーレブワーツはやってくれ!」

『意のままに。機能限定解放(システム・リリース1)


 赫灼剣が煌き出して、火のごとく燃える。

 全開放(アンリミテッド)でないのは、まだ慣れない二人にとって、負担が強すぎるからだ。

 魔力増槽(マナ・タンク)を接続して稼働時間が増えているものの、それに頼りすぎれば枯渇する。

 だからバランスを考えれば、これがベストの選択だった。


「歯を食いしばれよ!」

「サナ姫様のようにはいかないが、後ろは見る!」


 イーレブワーツが踏み込んだ。

 だんだんと縮まっていた距離を一足で無にして、右爪を突き込む。

 大盾にも等しいアクナルバウガの腕とぶつかり、火花が散った。

 ガリガリと、表面装甲が削れて宙を舞う。


「おっ……!」

「回転を上げる!」


 左爪、右肘突棘、左膝衝角、間隙なく攻撃の雨が降り注ぐ。

 火花と金属片が弾け飛び、周囲に火と塵の霧が散る。

 粉塵が燃えて、小爆発を巻き起こしながら巨岩が削れていく。

 加速する連打を破壊するように、防御一辺倒だった豪腕が放たれた。

 砲撃めいた一撃が、雨を止ませる。

 わずか一撃、されど当たれば必殺にも等しい一撃だ。


「硬すぎる。これじゃ、表面を削って滑らかにしてやったようなものだ!」

「お前たちが研磨をしてくれて動きがよくなったかもなァ!」


 大振りの一撃を避けながら赫灼剣はカウンターをいれる。

 しかし大したダメージにはならず、相変わらず表面を削るにすぎない。

 拳の砲撃が掠めて頭部の角を折り、その余波で吹き飛ばされる。

 当たれば文字どおり、砕け散る威力だ。

 距離ができて、アクナルバウガは詰める様子も見せず、軽くなった体を確かめていた。

 地を抉りながらも転ぶのを避けた赫灼剣が、停止して片膝をついた。


「ぐっ……! イーレブワーツは、光の剣みたいな威力のある技はないか!?」

魔力の爪(マナ・クロウ)は起動時間が短く消費が大きいです。推奨しません』

「だったらこの状況を打開するのに何がある!」


 ザクシャの問いに、一瞬だけ逡巡して紅い機械人形は答えた。


第二段階(リリース2)を。鋭さを上げて切り裂きます』

「いけるんだろうな?」

『この名と我が操縦士の名誉にかけて』


 わずかなゆらぎすら見せないその声に、ナイタラは不敵に笑う。

 相棒を信じきれないのなら、最初から乗らないほうがましだと。

 ザクシャも頷いて、ただ押し寄せるだろう負荷に備えた。


「だったらやってもらう!」

『意のままに。機能限定解放(システム)第二段階(リリース2)


 全身の装甲がスライドして、ブレードがせり出した。

 それは過剰な出力を調整する放熱板のようなものだ。

 ブレードが赤熱し、装甲が一層鮮やかに煌き出す。


「くっ……負担はまちがいなく増えているが……いけるな?」

「じゃなかったら、やれとは言わない」

「だよな。……もっと早く、速く、疾く。風になれ、イーレブワーツ!」

『意のままに』


 クラウチングスタートのような体勢になって、赫灼剣は一歩踏み出した。

 直後、その姿はアクナルバウガを捉えている。


「おッ――!?」


 通りすがるように引っ掛けながら、鉤爪の一撃が深く傷を刻む。

 瞬間、脚を滑らせるようにして速度を回転に変え、爪先を突き入れる。

 ざっくりと食い込んだ装甲を足場に飛び上がり、尖る膝を頭部へ叩き込む。


「やってくれりゃがあるるッ!」


 膝を埋め込まれたせいで、砕けた口で悪態を吐きながら腕を振るった。

 しかし赫灼剣の姿はもはやそこにはない。遥か後ろで体勢を低く構えている。

 ふたたび、ロケットスタートが切られて、瞬間移動めいた機動で前へ。

 今度は全身を一回転させて、遠心力すら取り込みながら鉤爪を放つ。


「ぐるおおううるるッ!」


 超音速の刃が、削れて厚みを損なった左腕を肘から落とした。

 ざりざりと地を抉りながら、イーレブワーツは遥か前方で止まる。


「……はぁ、……はぁ、……はぁ、……っく!」

「これは……キツイな……」

『どうしました、我が操縦士。良い調子ですよ』

「お前はいいが……中身はそうじゃないんだよ!」

『操縦士はお早いのが苦手でしたか?』

「早いのはいいが……連続機動は負担がかかりすぎる」


 それはシズマの魔力流掌握(フル・コントロール)によるアクロバットを、もっと酷くしたようなものだ。

 血液が背中や腹側に偏り、最後の一撃などは視界が黒く滲んでいた。

 高速機動を前提としたデザインだから、これでも負荷は抑えられている方だ。

 しかし、だからといって耐G訓練も積んでいない人間には厳しい。


『そうでしたか。お詫びを、我が操縦士たち』

「いや、これは使わなきゃならなかった。それはいい」

「ナイタラは悪いが、次で決めてくれ。俺が持ちそうにない」

「あたしだってそうだ。……だから、もう一つ段階を上げる」


 歯を食いしばって、ナイタラは自分の頬を両手で叩いた。

 気合を入れ直し、頭部に血を集める。


第三段階(リリース3)を?』

「……それでも全開放じゃないんだな。……いや、いい。それでいい」

『全開放はその一つ上です。第三段階へ移行しますか?』

「ああ。いまのあたしたちにはそれで目一杯だ」

「……全身の鋭さをすべて集めろ。いけるな?」

「やるしかない……よな。くっ、シズマもこういう気持ちだったか!?」


 自分がやるしかないという経験は、彼女にはほとんどなかった。

 今までは、誰かがやっていたことを、自分でやらなければならない。

 そしてなにより、エスペルカミュの騎士たちから、やってくれと願われている。

 重たくて苦しいというのが、彼女の正直な気持ちだった。

 だが、悪くはない。

 周囲からの期待がのしかかるのは、彼女にとって嬉しくもあった。

 いまはもどれない祖国のために、ナイタラ・エーンが真剣を抜く。


機能限定解放(システム)第三段階(リリース3)


 地上に紅い光芒が奔った。


「る、お、ぉ?」


 音の壁を遥かに置いて、鉄のような風のその先へ。


『我が操縦士、反応停止(ブラック・アウト)。操縦権は副操縦士へ移行します』


 意識さえもついてこれないほどの速さで、赫灼剣は切り裂いた。

 あとには、五筋の傷でバラバラになった金属塊だけが残った。


「……ぐ、ぅ」

『魔力変換指数低下。機能限定解放終了(システム・リミット)。我が副操縦士、反応微弱』


 ザクシャの目はほとんど働いていなかった。

 視界はほぼ黒く塗りつぶされている。

 意識を保っているというよりは、失っていないだけだ。

 ほんのわずか、天から吊るされた糸にしがみついているようなもの。


「やってくれる」


 雑音で途切れ途切れにしか聞こえない耳に、その声が届いた。

 涙滴型の金属生命体(アヤンシロッツ)だ。

 静かに、そしてゆっくりと歩いてくる音は聞こえる。

 しかしザクシャは、なにをどうしていいかもわからない。

 手元にあるサブ・シート用の操縦卓をいじることはできる。

 だがそうした結果、なにがどうなっても見えなければ仕方がない。


「はっ!」


 それでもどうにかしようとした瞬間、衝撃が襲いかかった。

 アヤンシロッツが、紅い機械人形を殴りつける。

 流線型の腕は、気持ち悪いほどぬるりとなめらかに、胸部装甲にヒビを入れた。

 バランスをとる間もなく、イーレブワーツが背中から倒れ込む。


『我が副操縦士! 急いで立ち上がってください!』

「無理を、言うな……」


 がちゃがちゃと操縦卓を操作するが、虫のように地を這いずるばかりだ。


「醜いな。潰れろ」


 アリを踏み潰すように、アヤンシロッツが紅い機械人形を踏みつけた。

 バキバキと装甲が軋んでひび割れる。

 何度も、何度も脚を叩きつける度にヒビが広がった。

 そして胸部装甲が割れ、コックピットを閉じるドア・ブロックが露わになる。


「潰れろ、模造品」


 最後の一撃が落ちる前に、白い砲弾が涙滴を弾き飛ばした。


「……悪い。ヒーローは遅れて現れるものってな」


 シズマはぜえぜえと息も絶え絶えに、アルリナーヴが現れた。


『アルリナーヴ。我が操縦士たちは動けません。あとは頼みます』

『肯定。機能限定解放(システム・リリース)全開放(アンリミテッド)

「白騎士は勝手に! お仲間を痛めつけられて怒ったのはわかりますが!」

『肯定』

「素直じゃないか。……いいぜ、あいつを即ぶっ倒す」


 陽光のように輝く純白剣が、メインカメラの焦点を当てた。


「……言ってくれる。模造品が」


 ゆらりと、ダメージもなさそうにアヤンシロッツが立ち上がった。


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