表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/34

23 時間に巻き込まれて

「さて、このあたりでいいか」


 バナリィは二人を十五分ほど離れた路地裏まで案内した。

 人目につかず、大声を出しても人が来るまでにいくらか時間がかかる場所だ。

 空気は乾いていて、暗くじめっとしているということもない。

 空は端の方から炭化し始め、あと一時間も待たず夜に変わるだろう。


「随分、おしゃれなところを知っているな」

「気に入ったなら、永遠に寝ていてもらってもいいぜ」

「これでも忙しいんでね。またの機会にしよう」

「そいつは残念……だ!」


 ローブの下の短剣を抜き放ち、そのまま突き出した。

 甲高い音と共に、短剣の切っ先が魔力障壁と衝突する。

 牙を剥き出しにしてバナリィは笑う。


「なるほど、不意打ち対策は万全ってことかよ」

「アンタを信用したことは一度もなくてね」

「ならこいつはどうだ!」


 深いローブの下から手品のように現れたのは、装飾が施されたマスケット銃だ。

 言うまでもなく。その幾何学模様すべてが魔法紋様(プログラム)になっている。

 シズマの額から汗がたらりと落ちた。

 なんの躊躇もなく、バナリィが引き金を絞る。

 爆発と共に飛び出した弾丸が宙で止まった。

 ギチギチと障壁を軋ませて、ガリガリと魔力を奪い取っていく。


「……硬いな。優秀な魔法使いだ」

「いい道具だ。さすがは技術の国ってわけだ」

「オレの国だからな」

「お前の父親の、だろ?」

「そうだよ! お前が殺してくれたなぁ!!」


 空になった銃を落として、ローブから二丁のマスケットを引き抜いた。

 激昂のままに引き金が絞られ、シズマの顔に照準されたまま弾丸が放たれる。

 さすがにそれを通すわけにはいかず、シズマは魔力変換炉(マナ・コンバーター)に活を入れた。

 障壁が強く輝いて弾丸を弾き、跳弾で壁が削れる。


「落ち着けよ、バナリィ陛下。そのローブからワインぐらい出せるんじゃないか?」

「シズマ・ヨナはまたそうやって……」

「うぉおぉぉぉぉおぉぉおお!!」


 沸点を超えたバナリィは、さらにもう一丁ローブから取り出した。

 計、四丁のマスケット銃が彼の切り札だ。

 雄叫びと共に、銃身からスパークが起きるほど魔力を注ぎ込む。

 その眼は正気を失っている。

 シズマに銃撃が通じないとなると、彼はその照準をサナ姫へ向けた。

 大きな瞳に狙いをつけて、バナリィは人差し指を思い切り絞る。


「それは違うだろ!」


 展開した魔力障壁を思い切り叩きつけると、銃は暴発した。

 負荷に耐えきれなかった銃身が自壊して砕け、弾はあらぬ方へ飛んでいく。

 爆発で焼けた手が赤く染まり、ぽたぽたと雫が垂れ落ちる。


「ぐっ……貴様は上から見下ろして、さぞかしいい気分だろうな! こうして親子二代、お前たちをどうすることもできないんだ!」


 魔力障壁がある限り、シズマを傷つけることはできない。

 冷酷な事実はバナリィを追い詰めた。

 マスケット銃はいい道具だが、シズマのそれは、エルフから手ほどきを受けたものだ。

 魔術紋様の基礎からして隔絶した技術の差だった。


「勘違いするな、怨念は受け取ってやる。命のやりとりはなしだって言ってるんだよ」


 身につけた魔法具の腕輪を外して、地面に落とした。

 そのまま握り締めた右拳を、獣そのものの顔面へ叩きつける。


「ぐうっ!?」


 衝撃で後ろへ下がり、バナリィは壁に背を押しつけてなんとか倒れるのを防いだ。

 シズマは落ちたマスケット銃とナイフを足で払い除け、指先で「来い」と煽る。


「さあ、殴り合い(ケンカ)をしようか。お坊ちゃま」

「……後悔するなよ、自分の体も動かさないパイロットがぁ!」


 原始の戦いが始まった。

 立ち上がり、闘志を新たにしたバナリィが突っ込んでいく。

 大きく振りかぶった右の拳が炸裂する前に、鋭いジャブが視力を奪う。


「ちぃっ!」


 闇雲に放たれた右フックが空を切り、がら空きの胴にボディブローが埋まった。

 動きが止まったところで、シズマは打ち下ろすように鎖骨へ手刀を放つ。

 骨の軋む手応えを感じて手を引くよりも早く、バナリィがその腕を掴んだ。

 その握力は執念か、苦痛さえ噛み殺して潰れよとばかりに圧搾する。


「意外と根性あるじゃないか、バナリィ・カーは」

「ごふっ……ようやく捕まえたよ、シズマ・ヨナァ!」


 腕を引っ張ってシズマの体勢を崩すと、そのまま迎えるように肘を叩きつけた。

 肺へ突き抜けるダメージにたまらず息を吐き、崩れるように膝が沈む。


「がはっ……!」

「外させるものか!」


 上から打ち下ろしの正拳を放とうとしたバナリィの顎を、衝撃が貫いた。

 崩れたかに見えた膝は撓んだものだった。

 伸び上がりながら放つ、全身の瞬発力を使った掌打アッパーが、執念の握力を外した。

 ガクガクと膝が震えて、立っていられずに少年王が顔から倒れ込む。


「……ぎ、ぅ」

「驚いたな。まだ意識があるのか。本当に根性だな」


 ふつうに喰らっても威力のある攻撃で、脳を揺らされたのだ。

 まだ気絶していないというのは、ほとんど奇跡に近い。

 気絶したほうが楽だと言うのに、バナリィは顔を上げた。

 鼻と口から赤い雫が垂れ落ちている。

 どう見ても敗北寸前だというのに、その眼だけがまだ燃えていた。


「護衛ぐらいはついてきてるんだろ。いい加減にしないと後に残るぞ」


 シズマが周囲に呼びかけると、サナ姫の脇からひっそりとローブが現れた。

 深く顔までを覆った姿は、暗い仕事をする兵のものだ。


「エージェントか。黙ってみてたってことは問題ないよな?」


 こくりと頷いて、エージェントは気を失う寸前のバナリィを肩に担いだ。

 一言も話すことなく、彼はすばやく立ち去っていった。

 戦闘が終わるとシズマは、げほげほと咳き込んだ。

 じんじんと残るダメージは、未だに肺を片方苦しめている。

 サナ姫がごそごそと、ローブの懐に手を入れながら近づいた。


「……無茶をして。それが男の子という生き物ですか?」


 取り出した痛み止めと水筒を手渡すと、そのまま地面に落ちた腕輪を拾う。


「そりゃそうさ。殴り合ったってわからないこともあるが、伝わることもある」


 パンパンと汚れを叩いて、飲み終わった水筒を受け取り、そのまま腕に嵌めてやる。

 まるで女房のようなことをするが、シズマを回復させるのが彼女の仕事だ。


「その割には一方的な。バナリィ王をボロボロにして」

「当たり前だろ。俺は騎士でもなんでもない、ただの道具屋だ」


 腕輪を固定すると、肘の突き刺さった腹部を撫でながら顔をしかめる。

 手加減なしの本気の一撃だ。痣になるだろう。


「エルフから技を習った男が、そんなことをよくも言う」

「たかだか半年の付け焼き刃に期待するなよ」


 苦笑して、ナイタラ、ザクシャの二人と合流するために路地裏から歩き出す。


「どうだか。まったく疑り深い」


 最初の方はサナ姫も体操代わりに参加していた。

 しかし、その序盤からすでに学習率には差がついていた。

 結局、彼女は半年でボディ・コントロールを身に着けたぐらいで終わった。

 だが、シズマはエルフの武術の大半を習得してしまった。


「あのなぁ。俺だって……」


 と、言いかけた瞬間、街の一角が吹き飛んだ。

 方向からして、格納庫へつながるブロックだろう。


「……腹いせに白騎士をぶっ壊したってことはないよな?」

「そこまでの男だとは思いたくありませんが……」


 結論はすぐに出た。

 地の底から子鬼(オミス)の群れが現れたおかげで、状況はすぐに掴めた。


「……しまった。時間差できたか」

「この街へ来る前に倒したのは、偵察部隊……?」


 考えるサナ姫に背を向けて片膝を着くと、彼女はそこにおぶさった。

 シズマが走り出し、魔法で身体能力を上げて街を疾走する。

 夕時だからか人気は少ないが、完全にないわけじゃない。

 酒場へ向かう男たちを避けながら、いまにも壊れそうな格納庫へ向けて進む。


「ああ。もどってこなかった(ヽヽヽヽヽヽヽヽヽ)から来たってわけだ。まずいな、相手に頭があるぞ」

「しかも、パイロットが機械人形から降りた頃合いを見計らって」


 それは最低でも隊長格――喋る金属生命体がいるということだ。

 オミスだけなら脅威度はそれほど高いわけではない。

 物量で押せば、エーテル・ウェポンのないエスペルカミュでも片付くだろう。

 だが、統率されたオミスの脅威度は跳ね上がる。

 方向性を持った暴力で押し通されれば、壊滅もあるだろう。


「ここから格納庫まではどんなに急いでも十五分はかかる」

「イァッカム・クラスタ相手なら遅すぎる……」

「エスペルカミュの騎士が時間を稼ぐのに期待するしかないが……」


 それがどれだけ期待できるかは、二人の口からは出てこなかった。




「くそ! こいつらがイァッカム・クラスタとかいうのかよ!」


 オグナードで警備をしていた新人騎士が叫んだ。

 突如として堅く踏み固められた地面が地割れのようにひび割れた。

 かと思えば、機械人形ほどもあるものが続々と飛び出してきた。

 邪悪な面構えをするオミスは全部で十六機。

 それを統率する涙滴型の金属生命体と、角張った金属生命体が一機ずつ。

 二つの群れがそこに居た。

 それがどれだけ絶望的なことか、新人騎士に実感はなかった。


「とにかく、応援を呼んで……!」


 外部スピーカーで状況を叫び、格納庫で待機している騎士を待った。

 オグナードが腰部にマウントされたメイスを手に取る。

 ずっしりと重たい金属塊は、当たればオミスとてただではすまない。

 それを見て、一機のオミスが走った。


「く、来るのか!」


 オグナードの腕が思いっきり振り上げられた。

 メイスが十分に振り回され、威力が乗ったところで、オミスが懐へ飛び込む。


「早っ……」


 棍棒めいたこぶした胸部コックピットに叩きつけられて、激しく揺られた。

 一撃で装甲がべこりと凹み、二撃で胸部装甲がひび割れた。

 無骨なマニピュレーターが隙間に入り込んで、メキメキと剥がしていく。


「や、やめろ! やめろおおぉぉ!」


 ガチャガチャとコントロール・パネルを弄るが、あまりにも遅い。

 三撃でコックピットが打ち抜かれた。

 それを見ていたベテラン騎士が叫ぶ。


「王室献上級を使え! 誰でもいい!」


 自らは剣持ちの機械人形(アイリキレン)に乗り込み、背丈の半分ほどもある大剣を担ぐ。

 応援を呼ばれた騎士たちが、イァッカム・クラスタたちが戦闘用機械人形と呼ぶ高級機の方へ走っていくのを見ながら、ベテラン騎士は覚悟を決めた。


「倒す……一機ぐらいはやってみせる!」


 格納庫を出て、すぐ近くちょうど別のオグナードを破壊していたオミスを見つける。


「喰らえェェ!」


 稲妻のように振り下ろされた大剣が子鬼の背を割った。

 途中で刃がひび割れ止まるが、そのまま強引に切り伏せる。

 大剣と引き換えに、オミスが一機、機能停止した。


「やったぞ!」


 その直後、跳んでやってきたオミスが、アイリキレンの頭部を潰す。


「上から来たか!」


 モニターの一部がブラックアウトして、サブカメラが起動した。

 強引に体当たりでオミスを引かせて間を作り、オグナードのメイスを拾う。


「ぐううっ、一機やれたんだ、二機だってやれるはず!」


 自分に言い聞かせるベテラン騎士を、モニターがブラックアウトした死角から、別のオミスが襲いかかった。

 二機以上のオミスに攻撃されて、あっという間にアイリキレンが破壊される。


「オラアァッ!!」


 そこへ二機の槌持ちの機械人形(ノットニック)が、大金槌を叩きつけた。

 防御する腕ごとへし折って地面へ引き倒し、剥き出しになった胸部へもう一撃。

 二機の機械人形が背中をあわせ、周囲を見て死角を潰しながら警戒する。

 油断なく見回す機械人形を見て、涙滴型の金属生命体(アヤンシロッツ)が腕を上げた。


「潰せ」


 オミスが鏃の形に陣形を組み、二機のノットニックを叩き潰した。




 高級機械人形が起動するまでに、オミスを十二機に減らすことに成功した。

 エスペルカミュ側は、オグナードを六機、アイリキレンを二機、ノットニックを二機失って、それだけの戦果を得た。

 質と量を考えれば十分な働きだったが、それで得られたのはわずか二分の時間だけだった。


「よくも先輩たちを!」


 一機の紋様騎士が、高級格納庫から出てきた。

 盾の戦闘機械人形イェブネス・アルアカウだ。

 肘と膝から先の装甲が大きく、盾のように出張った形になっている。

 その質量こそが防御力であり、攻撃力だ。

 無手ながら盾という所以である。


「チッ……劣化品か、気に食わねェ」


 角張った金属生命体(アクナルバウガ)が見下げ果てる。

 彼らからすれば模造品としている『剣』は元より、それにも劣る戦闘機械人形は気に食わないものだ。

 オミスに任せておけば、その姿を長々と見なければならない。

 そう感じたアクナルバウガは自ら手を下すことに決めた。


「来るのなら、容赦はしない!」

「俺がな」


 イェブネス・アルアカウが防御を固める前に、角張った腕が肩口にめり込んでいた。

 バチバチと火花が散る、両腕が落ちる。


「あ、え?」

「魔力も帯びさせてないなら、こんなものは玩具なんだよ!」


 戦闘機械人形の真価は、魔力による強化だ。

 新兵だった彼はそれをすることもなく、そのまま死んだ。

 王室献上級でも歯がたたないという事実に、騎士たちの士気が下がるのは当然だった。

 反撃もどこか散発的なものになり、統率されたオミスに押されていく。


「……あーあ、つまんねェなァ。せっかく地上に出たんだからよォ。もっと歯ごたえのある奴がいねェのかって話だろうがァ」


 苛立つアクナルバウガが戦場を一瞥した時、紅い閃光が弾けた。


「……家族との再会もゆっくり楽しめないのか!」

「やれやれ、故郷を懐かしむ時間もないとはな」


 格納庫を襲っていたオミスが、引き裂かれて機能を終えた。


「いるじゃねェかよ。模造品がァ……」


 戦場に煌めく赫灼剣を見て、アクナルバウガが笑った。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ