21 後継者
「それではエスペルカミュが、エーテル・ウェポンの製造をやってくれると決まったか」
深く息を吐いて、数時間もの会議の結果が出たことに宰相ケダロは安堵した。
話を飲み込んだカンバレル長官はハンカチで額を拭う。
「技術と知識がいただけるのですから、それはやります。今のうちの国には、対抗手段がろくにありませんから」
大陸随一の機械人形の国とは言え、イァッカム・クラスタに対抗するにも心許ない。
話を聞き、倒した金属生命体の残骸を試させられれば、状況は頷くしかなかった。
「しかし、それなりの代金は頂きたい。知識と技術だけではやや足りないかと存じます」
「むぅ……」
そう言われれば、足下を見られるのがファーネンヘルトだ。
工場を持たない国では量産が効かない。別大陸の国を頼らないでやるというなら、安易に値切るわけにもいかないだろう。
かといって渡せる代物があるかと言えば、ほとんどないのが現状だった。
食料や衣料品などといったものは、よほどに大国のが充実している。
彼の国が、喉から手が出るほど欲しいものは決まっていた。
白騎士と並ぶ、紅い機械人形――赫灼剣イーレブワーツにほかならない。
しかし、それを引き渡すというのは、切り札を一枚切るということだ。
「それでは機械人形を二機、譲りましょう。アマタリスと言いましたかな?」
「王。それは代金に過分では……」
「……たしかに、十分です」
ファーネンヘルト王の支払うといったものは、道具の代金としては多目のものだ。これにはカンバレルも、頷かざるをえない。
いくら作業機械とは言え、通常の能力を考えば高級機であることは確かだ。
それが二機ともなれば、六ヶ月前に相当数の機械人形が破損した国には、ありがたい申し出になる。
つまり王は、これでお互いの遺恨を流して握手しようと言っているのだ。
かなり融通を聞いてやっているのだからガタガタ言うな、と遙かに上からの目線で。
いくらカンバレルが人の上に立つ仕事をしていても、王とは桁が違う。
やりこめられた形になって、この数ヶ月で肋骨が浮き出るようになった腹がまた刮げた。
宰相ケダロから決定事項を遣われると、アッシュはどうにも渋い顔をしないわけにはいかなかった。
騎士長などというものは、上司と部下に挟まれる中間管理職にすぎない。
辛い話をしなければならないことは、彼の老け顔を作る要因の一つだった。
二人を騎士団詰所に呼び出すと、胃薬を飲んでから来るのを待つ。
「騎士長、お呼びですか?」
「ナイタラとザクシャ、参上しました」
やがて二人が現れると、アッシュは仮面の下に表情を隠した。
「よく来てくれた。今朝からの会議の結果を伝えようと思ってな」
「……はい。それってあたしたちに関係あることなんです、よね?」
「でなければ、呼び出さない」
「どういった話でしょう」
コホン、と咳を一つしてから、謝るかのように低い声でアッシュは告げた。
「細かいことは省くが、アマタリスはエスペルカミュへ渡すことになった」
「えぇー! なんでですよ!」
「アマタリスじゃなければいけませんか?」
会議の報を受けて、ナイタラとザクシャは眉を顰めないわけにはいなかなった。
半年も乗ってきた相棒を、決まったからといって手放せと言われれば、どうしたって納得いかないだろう。
引き渡すのならオグナードでもいいのでは、と代替案を考えるのも当然だ。
「すまないが決まった話だ。これを機に二人には、イーレブワーツに乗ってもらいたい」
そう告げられて、二人は眼を丸くしないわけにはいかなかった。
いまのファーネンヘルトには、有効な手段を遊ばせておく余裕はない。
事情はわかるが、彼女たちをパイロットにするとは想像もしていなかったからだ。
「騎士長は使われないのですか?」
「俺が乗ったところで、性能は引き出せぬだろう。ならば副長に乗ってもらうのが筋だ」
「シズマとサナ・オズマは納得しているんです?」
その問いに、アッシュは頷いた。
上からの報告が届いて、まずその二人には確認しにいかなければならなかった。
「了解はしてもらっている。ナイタラとザクシャならば機体に愛着を持つから、可愛がってやってくれと」
「……そうでしたか。ならば俺からは了解します」
「わかりましたよ。あたしもやってみせます」
騎士団もある程度は習熟したが、しかしある程度であることに変わりはない。
エスペルカミュで正規訓練を受けたパイロットに高性能機を任せるという判断は道理だ。
「けれど、ケダロ宰相には怒られますね」
「体面を気にしてもしかたあるまい。既成事実を作ってしまえば、よい」
花形として騎士長が乗るべきものを、副長に与えれば恰好はつかない。
しかし、花より実を取らなければいけない時期なのは、誰もわかっているだろう。形を整えるのは後でも足りる。
「……わかりました。でも、名残惜しくないわけはない」
「ああ。しかし赫灼剣も世話はしてやってくれ」
「『剣』は喋りますからね。寂しがり屋とは聞きました」
「そういうものか。土の中にいたから、人が恋しいんだろうな」
アマタリスとの別れを惜しみながら、新しい相棒を可愛がってやる。
寂しがっていいのか、喜んでいいのか、二人の胸中は複雑に絡まっていた。
エーテル・ウェポンの教示のために、三機の機械人形が道を進んでいた。
今度は正々堂々と胸を張ってエスペルカミュに招待されたものだ。
以前の強行軍ほど急いではいないが、さりとてのんびりともしていない。
量産型の工程はラオベイリンから譲り受けてあるが、実際の作業はシズマたちが実地で見せることから、どうしても移動が必要になった。
それならついでに、と紅の機械人形に二人を慣れさせることも含めて動かしていた。
材料その他荷運び役として騎士が一人、ドワーフの鍛冶職人を背後に乗せて、オグナードでついてきている。
「イーレブワーツの乗り心地はどうだ?」
「シートがやわらかいな。サナ・オズマの言っていたことはわかる。それとジャケットに張り付く接続肢は慣れない」
人の魔力変換炉と第五生成機関を接続するものは独特のものだ。
前から機械人形に乗っていたからこそ慣れないのだろう。
「負担が大きいな。乗っているだけで消耗していく」
「それでもちょっとは良くなったもんだ」
「これで? 白騎士の二人はよくも乗っていられる」
感嘆と呆れを含めて、ザクシャは苦笑した。
「みなさんは余裕ですねぇ」
緊張で、先程から水筒の水をついつい口にしてしまうのが女騎士だ。
ファーネンヘルトの外へ出るのも始めてなら、こうしてアッシュに付かずに任務するのも始めてだった。
ましてや自国の姫がいるのだから、固くなるなという方が無理だ。
「着く前から疲れることはありません。……いえ、訂正します。すこし疲れることになるでしょう」
『警告。敵機接近。反応――地下。イァッカム・クラスタと推定』
白騎士から警告を聞かされて、|にわかにイーレブワーツの動きが固くなった。
オグナードなんかは止まってしまって、まるで全身の関節が錆びついたようだ。
「『剣』が二機も動いていればそうなるだろうけど、こんなところで!?」
「落ち着けナイタラ。いまは赫灼剣に乗っているんだから、すぐにやられるってことはないはずだ」
シートの後ろからそう指摘されて、彼女はつばを飲み込んだ。
何度か浅く息を吐いてから、一度深呼吸をする。
「……だよな。イーレブワーツもやってくれるんだろ」
『その通りです。我が操縦士』
アルリナーヴの簡素な言葉遣いとは違い、イーレブワーツは人間のように流暢に喋った。
エルフの言うように純白剣が姫を守る騎士なら、赫灼剣は年頃の乙女のように反応する。
起動時に、最低限の言葉も交わしたことのなかったその場の面々は、誰もが驚いた。
「……なんか想像と違うな。もっと怖いのかと思ってたよ」
『いいえ。我が操縦士に怖い思いなどさせません』
くすくすと笑うのはシズマとサナ姫だ。この二人は知っていたが、驚かすために黙っていた。
思った以上にパイロットの二人が驚いたもので、笑いを堪えきれなかったのだ。
「アルリナーヴもあのように親しみやすくともいいのですよ?」
『否定』
「けっこう頑固なんだよな、お前は」
『否定』
「そういうところがさ」
もう一つ笑って、みんなの緊張が解けたところを見計らい、シズマは状態を確かめた。
敵機反応は数百メートルほど前方に出てくることを予測している。
数はおよそ八機。
出てきたところを仕留め切るには多い。
「オグナードは下がれ」
「わかりました!」
女騎士は転送された出現予測地点から距離を取り始める。
大剣とマスケット砲は持っているが、無理に戦闘をする必要もないだろう。
「ナイタラとザクシャには悪いが、下がってもらうわけにはいかない」
「それは……やってみる。赫灼剣ってやつを振るわせてもらう」
『はい。我が搭乗者を塞ぐ敵を切り払いましょう』
「ああ、頼もしい機械人形だ」
飛び跳ねそうになる心臓を落ち着けながら、モニターでカウントされる出現予測を睨みつける。
あと十秒を切ったという時に、彼女はイーレブワーツを走らせた。
「ちからを出すやつをやってくれ!」
『意のままに。機能限定解放』
瞬間、赫灼剣の装甲が鮮やかに煌き出した。
搭乗者の二人は増えた負担に歯を噛み締めながら、出撃予測地点を見る。
「それから切り裂くやつも頼む!」
『爪撃機動』
装甲の一部が展開され、放熱フィン状のスリットから、魔力の燐光が宙に散っていく。
紅光の尾を引いて、紅い機械人形は地上の流星となる。
「ナイタラ、出力が予想以上だ。一秒以上速い!」
「わかってる。イーレブワーツってば暴れ馬で!」
そのままでは出撃予測地点を通り過ぎると見て、一度、深く沈み込ませた。
「止まりきるか?」
「止まらない!」
「なんで!」
「というより、止まれない!」
「なんでぇ!?」
機械人形の力をすべて使い、ナイタラは高く高く空へ跳んだ。
上空、数十メートルにも達する大跳躍の足下には、地を掘り出てきた子鬼の群れが辺りを見回している。
反応からすぐ近くにいたはずのイーレブワーツを探しているのか、わずかに戸惑いが見られた。
「お、落ちる……!」
「墜とすんだよ!」
『意のままに。羽撃機動』
自然落下するかに思われた赫灼剣が急降下を始めた。
大気の槌に叩き落されたかのような速度は、猛禽類の狩りにも似ている。
「これは、ちょっと速すぎる――!」
紅の機械人形に天から奇襲を喰らい、恐怖を紛らわすかのように暴れたナイタラのせいで、オミスは無惨に引き裂かれた。
「やるなあ、ナイタラ。とても初めてとは思えない」
「見事でした。誰にも取り柄というものはありますね」
「は、ははは。当たり前だろ! あたしはナイタラ・エーンだ! 副長だからな!」
パチパチと拍手する白騎士の前で強がる彼女を見て、ザクシャは心底縮み上がった心臓でため息を吐いた。
『機能解放終了。素晴らしいです、我が操縦士』
「あ、ああ。イーレブワーツはよくやってくれた」
「たしかに。過激な子だ」
『あなたにも感謝を。我が副操縦士』
サナ姫の皮肉にも満足に返さないのを見て、シズマは自分が見つけたのが白騎士でよかったと安堵した。
三機の機械人形がエスペルカミュの街に姿を現すと、それを一目見ようと市民が眺めていた。
これから格納庫の方へ行って預かってもらうものだが、城側から貴重なものだから見せてやってくれと話があり、それを受けたものだ。
機械人形で大きくなった街だからかその関心は並々ならず、研究者のような男たちが分析するかのような目で見ている。
その中、一人の子供がまた異なる瞳をしていた。
「あれが父を殺したものか。綺麗な姿をしている」
野性の動物めいた空気を纏う少年が、燃えるような視線を向けた。




