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20 エーテル・ウェポン搬入

 朝食にもほとんど手を付けないシズマとナイタラを、サナ姫は訝しがった。

 副長の方は見るからに二日酔いで、スープを時折口に運んでは、強引に喉の奥へ流し込んでいる。

 対して彼は純粋に食欲が無い様子で、千切ったパンをバターもつけずにもさもさと齧っていた。

 健啖というのにふさわしい食欲の持ち主としては、非常に珍しい光景だった。


「シズマ・ヨナは昨晩なにかありましたか?」

「んぐ……ごふっ」


 喉にパンを詰まらせて、シズマは水を飲んでなんとか飲み下す。

 何度か咳き込みながら手元のナプキンで口を拭った。


「ちょっとベッドを汚してな。それは謝る。部屋を取り替えてもらったせいかな」

「そんなことが……何をしたかは問いませんが、ほどほどになさい」

「俺も重々気をつけたいところではあるんだ」


 ものの言い方に不審を覚えたサナ姫は、ちらりと姉侍従を見る。彼女は視線に気づいて、わずかに顔を左右へ振った。

 聞いたところでろくなことにならないと悟って、やわらかく焼かれたローストされた鶏肉にフォークを差した。

 その間、ナイタラは痛む頭を抱えて、延々と口と皿でスプーンを往復させていた。


 食事を終えると、機械人形乗りたちはファーネンヘルト城門前へ集まった。騎士団の面々は昨日の件を聞かされていたからか、ナイタラ同様に顔色の悪いのが多い。

 騎士長アッシュもその例に漏れないが、立場があるからかなんとか平静を装っている。

 酒の匂いこそしないが、やはり足下が盤石ではないという事実は、何かに縋らなければいられなかったのだろう。

 それでも逃げ出さずにここに集まれた彼らは、情けない大人ではなかった。


「昨日、解散前にここに集まるよう言われたが、今日は何をする予定で?」

「頼んでおいたものが運ばれてくることになっている。ナイタラとアッシュには使ってもらったが、あれの量産品って言えばわかるだろ」

「エーテル・ウェポンとか言ったか。あれさえあれば、俺たちでもイァッカム・クラスタに対抗できるな」

「たしかにあれは使えるよ」


 すこしでも希望があると使った二人は湧き上がる。


「それほどにいいものですか。私たちは見てもいないんですよ?」

「もうすぐ来るはずだから、それは試してもらいたい」

「でしたらそうしましょう」


 しかし、有効な武器であるとは知っていても、それがどういうものかわからない騎士団には、いまいちピンとこないようだ。

 集められた騎士団たちは頷くと、全員で格納庫へ向かった。

 豆粒の機械人形(オグナード)が六機と、尼僧の機械人形(アマタリス)が二機。魔力反応炉(マナ・リアクター)に反応することを考えて、『剣』の二機は起動していない。

 シズマはアッシュの、サナ姫はナイタラの後ろに据わっていた。彼女は慣れたものだったが、サブ・シートの素材はアルリナーヴのものよりも堅い。


「……後ろに座るとちょっと怖いな」

「ははは。俺も馬に乗る時は、後ろに座りたいとは思いません」

「だろうな。自分でやったほうがいくらかましだ」


 後ろに座るという経験は、ふだん自分で運転する人が助手席に座る感覚に似ているだろう。


「そういうものですか。わたしはいつもだからあまり変わりませんが?」

「サナ・オズマは姫様だから肝が太いんだよ。命を握るものを他人任せにするってのは、落ち着かないもんさ」

「人を感覚がない女のように言ってくれる……」

「褒めているんだ、受け取っておけ」

「もうすこし言い方というものがあります」


 軽口を叩きあう仲の良さを見せる女二人は、くすくすと笑いあった。


「騎士団は第五生成機関エーテル・ジェネレーターを一基運転させておいてくれ。ポイントになる」

「ポイントに?」


 わけもわからず、騎士団の一人は格納庫から剥き出しのジェネレーターを持ち出してきた。


「ああ、置くのは城と城下町からすこし離れた場所がいい」

「はい。このへんで?」

「そのようにしてくれ。壁を壊されてはまた恨まれる」

「壁ぇ?」


 周囲に大気(エーテル)が散布され、その一帯だけ濃度が高まる。

 それから数分もすると、その地帯の一角に介入が起こった。空間がひび割れ、中から機械人形が姿を現す。

 空間転移現象だ。

 現れたのは金色と翠緑の『剣』だった。背部に接続したラックに、十数本もの大剣とマスケット砲を積み込んでいる。

 もっとも印象的なのは、翠緑剣が抱えた巨大な筒だろう。

 機械人形の背丈ほどもある長さをしている。太さの一般的な機械人形の半分ぐらいはあった。


「ここがファーネンヘルトか。のどかな景色だ」

「ようこそ、ラオベイリンのゲナガン親子。素直に田舎と言ってくれていいのですよ」

「そういう風に取られるか。ラオベイリンの周囲は拓かれて機械人形の巣箱になっているので、こういう自然は城からは見えないのです」


 エスペルカミュを襲撃した際にも、その周辺が格納庫ばかりになっていたことを思い出し、サナ姫は納得した。

 周囲をきょろきょろと見回すのでなく、オグナードとアマタリスを注意深く見るのはアウガン・ゲナガンだ。

 別大陸で発掘される機械人形は種類が違うのか、翠緑の機械人形のメインカメラが固定されている。


「へーえぇ。そっちの(オグナード)は畑仕事か採掘用かな。そっち(アマタリス)は……なんだろう」

「アマタリスは儀式を司るものと言いました。元々は魔法を増幅する道具を持っていましたから」


 納得いったのか、翠緑剣の頭部を縦に揺らした。


「なるほど、ずいぶん改造されてるってわけだ。今日は純粋剣はないのかい?」

「昨日、イァッカム・クラスタと出会ってな。おやすみしてもらってる」

「それでシズマはそいつに乗っていたのか」


 言いながら、アウガンは背部のラックを地面に下ろした。

 ゲナガンもマウント接続を解除して、大剣を解放する。


「このエーテル・ウェポンは、ラオベイリンで量産したものだ」

「いい発想だったよ。お姫様の考えは、いい刺激になった」


 サナ姫の考えをシズマとエルフが試作して、ラオベイリンが現実的なラインに落とし込んだものだ。

 試作品は技術が高度すぎて、他国では量産できないものになってしまった。

 性能は試作品の六割から七割といったものだが、量産品は十分通用するレベルになっている。

 白騎士が背部に背負っていたものは、その先行量産だ。


「使い方はわかるよな?」

「昨日、シズマ殿に借りた時のことを説明してあるが」


 そういってアッシュのオグナードが、大剣を一振り拾った。エーテルを吸入すると、淡く輝き出す。

 魔力付与(コーティング)をした時のような光に、騎士団はどよめいた。


「魔力は使ってないのでしょう?」

大気(エーテル)のみだ。機械人形が動くのだから、大きな力はあったのだろうな」


 余剰出力を使うというのはかんたんな話だが、イコール魔力に変換するという図式を崩すことが難しかった。

 魔法紋様式(プログラム・コード)は解析できるが、そこに大気(エーテル)自体を通すという発想はなかなか考えつくものではない。

 ましてや人の身では生み出すことができないのだから、誰かが発想するまで時間がかかったのも当然だろう。


「そんで、こいつが特別品。うちじゃなくて、妖精の国が作ったものだけどね」


 翠緑剣が背部ラックにしまわず、抱えていたものを地面に下ろす。

 そういうアウガンの声は実に気分よさそうだった。

 未知の技術ではないが、想像を超えた発想を実現させる研究者めいた仕事が楽しくてたまらないのだ。


「やけに巨大ですが、それもエーテル・ウェポンですか?」


 巨大な筒、というのが適切な表現だろう。

 ただしその中央からやや後ろに持ち手があることで、それがマスケット砲に似たなにかであることがわかる。


「そうだよ。しかも! なんと! 驚くことに!」

単体で動かす代物(スタンドアローン)だ。馬鹿げた話だが、なかなか興味深かった」

「ああー! それ、俺が言いたかったのに!」


 彼もラオベイリンの騎士で、研究者という性質は変わらない。

 抗議する息子を諌めながら台詞を奪っていったゲナガンは、やはりその親だった。


「ええと、どういうことでしょう?」


 そう言われてもなんのことかわからないのが騎士団だ。

 女騎士の操るオグナードが首を傾げると、今度はアウガンがウキウキで翠緑剣を動かす。


「つまり、こういうこと!」


 大筒を持って移動し、すこし離れた場所に設置してあった第五生成機関を持ち上げた。


「あっ、なにを!?」


 そして大筒の後半部を展開し、ジェネレーターを収めてから閉じる。


「……まさか、第五生成機関を丸ごと使うエーテル・ウェポン!?」

「そう! 大胆すぎてあくびも出ないよね。機械人形の心臓を、そのまま武器に詰めちゃうなんてさ!」


 使いすぎれば機械人形の動きが悪くなるというのなら、そもそも供給するエーテルを単独にすればいい。

 そう思えるのはファーネンヘルトが機械人形後進国で、大破したものを再建造できないからだろう。

 ラオベイリンもエスペルカミュも、部品をコピーする技術ぐらいはもっているから、貴重な心臓部を余らせてなどいない。


「……いやはや、これもサナ姫様が?」

「さすがにこれほどの無茶は考えもしません。シズマ・ヨナの思いつきです」


 騎士団のオグナードの視線が、ぐるりとアッシュ機へ向いた。


「使えるリソースは全部使えて考えはサナ姫由来なので、それほどの大事ではない」

「無茶を言いなさる……」


 ジェネレーターが運転中だったせいか、翠緑剣の構える大筒が輝きを放ち始めていた。

 その大きさも機械人形級だから、全体にエーテルが回るのもそれなりに時間がかかるようだ。


「起動したままだったか。シズマ、これ試しに撃っちゃってもいいかな?」

「どうせ試射をするつもりだったからな。砲身は上を向けて、空を狙ってくれ」


 新しくもらったおもちゃを構えて、アウガンは全体にエーテルが浸透するまでじっくりと待った。

 やがて大筒全体が強く輝き出す。ロックが自動的に解除されて、発射準備完了を知らせる。


「方向よし。それじゃあ試射、いっきまーす!」


 大筒の下部を地面に当てて固定し、翠緑剣が引き金を絞った。

 直後、全体を覆っていた輝きが一瞬にして消え、先端から圧縮加速されたエーテルが放出された。

 輝きが空を切り裂き、上空にあった雲に着弾すると衝撃で霧散した。光の柱はどこまでも伸びていく。

 加速度から考えれば宇宙へ到達した頃合いになって、筒から放出されるエーテルが消えた。

 鈍い音とともに、第五生成機関の出力が最低レベルまで落ち込んだ。


「……シズマ、これを使ってラオベイリンを攻撃したりしないでね」

「こんなもの、人を相手に使えるかよ」


 リミッターがついていないせいで、一発でジェネレーターがダウンするというトラブルはあったものの、その威力は誰も彼もの想像を超えていた。

 おそらくこれを街や城へ撃ち込めば、それだけで半壊するだろう。

 そういったことは『剣』ならばどれであっても可能だが、射程距離が長すぎるし、クリアする条件が緩すぎる。


「見たとおり、こいつは強力すぎる。『光の柱』は基本的に使わないものとする。いいか?」


 シズマの問いに、騎士団のオグナードとアマタリスが頷いた。


「……とんでもないものを作ってくれましたね、シズマ・ヨナ」

「こんなものになったのはエルフのせいに違いない。あいつらが限度を知らなかったんだ」

「いないものに責任を押し付けて……恥ずかしい男」


 それからすぐに隣国から「あの光はなんだ」という鳥の魔法具が殺到した。

 返事に「なんでもない」としたためながら、サナ姫はエスペルカミュにだけ違うものを送った。


「ちょうどいい機会です。そろそろ仲直りもしないといけませんからね」


 機械人形の国なら手伝ってみせろ、という旨のものを送って、サナ姫は城に会議の用意をさせた。

 三カ国で対イァッカム・クラスタへ向けての準備が進められた。



 

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