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19 眠れない夜に

「オミスは天の剣以外を片付けろ!」


 子鬼(オミス)の金属生命体が、そばにいた尼僧の機械人形(アマタリス)に襲いかかった。

 ゴツゴツと角張る肘から先は棍棒そのもので、叩きつけるだけで凶器となるだろう。叩きつけられる右腕をトンファーで受けとめると、アマタリスは返す刀で左腕を打ち込んだ。


「これで抜けないのか!?」


 トンファーの反撃は、もう一本の棍棒(うで)で防がれていた。強度があって威力があるということは、堅く閉ざされた門にもなりうる。

 目の前の機械人形は脅威にならないとわかったのか、オミスは乱杭歯のような口元を見せつけた。錆鉄をこすりつけたような汚い笑い声が響く。


「だったら、アマタリスを光らせればぁ!」

「深追いはよせ! いまは下がる時だってわかるはずだ!」


 魔法増強ユニットを用いて、いまにも破壊力を発揮しようとしたトンファーは、仕事を果たす前に別から襲ってきたオミスの一撃で砕かれた。破片が散り、装甲を叩いて落ちる。

 そのあまりのことに、豆粒の機械人形(オグナード)は一歩も動くことができなかった。より強力なアマタリスが一方的にやられるのなら、その未来は想像に難くない。


「なっ……アマタリスだぞ! 魔法も使って!」

「戦う役割でないもののおもちゃが壊れたからと言って吠えるな!」

「戦うものではない……機械人形でしょ!?」

「尼僧が戦うわけはないだろ! 作業機械が戦いに割り込んだ責任は支払え!」


 機械人形がなぜ騎士を模したり尼僧を模したりしているかと言えば、それは役割を与えられているからだ。

 オグナードが土木作業のために高い出力を与えられているように、アマタリスはもともと持っていた錫杖ユニットを使って祈りを捧げる役目を与えられていた。

 だから戦いをする機械人形は騎士や鬼を模して勇ましく、作業のための尼僧や豆粒の機械人形はやわらかいシルエットをしている。

 つまりナイタラやアッシュのしていることは、戦車や装甲車の行き交う戦場に軽自動車で現れたようなものだ。


「機械人形が……戦わないものだって……!」


 だからといってこの場面で引けるわけはない。それならばここまで来ることもなく引きこもっているだけだ。

 閉ざされた門扉を抉じ開けることはできなくても、その隙間から本体を狙うことができれば、とナイタラとアッシュが気持ちを持ち直す。


「オミスは雑魚を排除しろ! 天の剣には手を出すなよ!」


 獲物と見た二機のオミスがアマタリスとオグナードに襲いかかろうとしたところを、アルリナーヴが長剣形態(ロングソード)の回し蹴りで切り払う。

 ざっくりと傷ついて吹き飛ばされたものの、その二機は依然として行動可能だ。立ち上がって、乱杭歯を向いてスリットから怒りのような駆動音が唸る。


「天の剣はよそ見をする暇があるかぁ!」


 有角馬の金属生命体(ソレックオーノム)が腕を振りかぶると、手甲がスライドしてマニピュレーターを保護した。そのまま白騎士へ向けて、蹄めいた一撃を打ち放つ。


「やるのならこれを使え!」


 五指を揃えて装甲板を展開し、左手を短剣形態(ダガー)に変えた。その寸前、背部サブ・アームで保持していたマスケット砲をオグナード、大剣をアマタリスへ投げ渡す。

 転瞬、着弾した蹄撃が爆発のような轟音とともに、白騎士の巨体を吹き飛ばした。防御した左手は装甲板ごと砕かれ、マニピュレーターからジリジリと火花が散る。


「サナ姫が造らせたものだ! それなら通じる!」

「おもちゃが増えたからといってオミスがやれると思うなよ!」


 空中で態勢を整え、なんとか脚から落ちて土煙を上げながらシズマが叫ぶ。それを追いかけてソレックオーノムは地を蹴り、ふたたび腕を振りかぶった。

 受け取ったアマタリスが大剣を構えたところで、一機のオミスが背後から殴りつけようと迫った。


「やらせるかよ!」


 それよりも早く、マスケット砲が放たれた。

 発射する寸前、機体を循環するエーテルが吸入されて砲身が鈍く輝く。


「お、おおっ!?」


 想像以上の反動のせいで、オグナードの腕が跳ね上がった。

 砲身を蹴りつけて疾駆する弾丸が、オミスの腕を破砕する。


「こいつは強力だ!」

「だったら大剣だってやれるはず!」


 最初に白騎士に片腕を落とされたオミスが、反動で動けなくなったオグナードに体当たりを仕掛けたところへ、ナイタラが踏み込んだ。エーテルを吸い込んだ大剣が力を示す。

 装甲のない傷口から入った刃は、いともたやすく貫いた。そのまま力任せに切り下げて、行動停止したオミスを捨て払う。


「いい剣だ。作業機械だって武器を与えられればやれる!」


 六ヶ月前にサナ姫が提案したのは、シズマが考えたプランとは正反対のものだった。

 魔力(マナ)を使わずに強化できる道具という提案は、魔力を使うのが当然と考えていたシズマとエルフからすれば灯台下暗しだった。

 魔力を使えば『剣』の機械人形の行動時間は落ちるし、なにより魔力変換炉(マナ・コンバーター)に負荷をかける。

 それなら続々と生成されるエーテルだけを使えばいい、と。

 ファーネンヘルトにある機械人形が、仮想として対『剣』に力不足になるという予想もあった。

 ならば通じるだけの武器を生み出せば、戦力に数えられるという視点は、まさしく使うものだ。


「サナ・オズマをこれほどまで尊敬したのは始めてだよ!」

「姫様には感謝する!」


 アマタリスが立ち回って、オグナードが付属していた砲弾を再装填する時間を稼ぐ。

 二人は新しい武器をもらい、周りを取り囲むオミスへ戦意を新たにした。


 サナ姫は、目の端に二人が好戦する様子を見て口端を持ち上げた。

 逸らしていた視線をもどし、高くからソレックオーノムと白騎士を見下ろす。

 その視界は遥かに広く、すでに自分自身をも凌駕している。


「やってくれるな、天盤の小人ども」

「いつまでも巣穴のモグラに怯えてはいられないんだよ」

「その口を閉じさせて中身を引きずり出し、一方的に踏み潰してやる!」


 怒りの沸点を超えたソレックオーノムは、両腕のマニピュレーターを蹄に変える。まさしく馬力という他ない出力の高さは、疾風のように右腕の一撃を繰り出させた。

 しかし、それは行動が始まる前から見えている攻撃だ。ならばサナ姫が居て、どうして躱せない理由があるだろう。

 外側から内側へ弾くようにして右手の短剣形態が叩きつけられる。容易に軌道を変えた蹄撃をいなして、白騎士は斜め前に踏み込んだ。


「片方を避けても両手がある……だ、ろ?」


 反転して、もう片腕を目の前のアルリナーヴへ、叩きつけようとした金属生命体の動きは途中で止まった。弾いた腕を掴むサブ・アームが、回転を殺している。

 自分自身の体が支えて、腕を伸ばしきれない蹄撃は宙を泳いだ。

 武器を持たずとも副腕は接近戦に十分役立つ。ましてや、それがサナ姫の予測と合わされば。


脚部限定機能解放(システム・リリース1)


 白騎士の腰から下のみが白く輝きはじめた。

 魔力効率を高める研究の成果の一つだ。


「ぶった斬れろ!」

「おのれ小人がァァ――!」


 腕を掴まれて逃げることもできず、ソレックオノームは脚部の高周波ブレードで両断された。

 ナイタラとアッシュもどうにか最後のオミスを倒すところだった。

 砲弾が頭部を撃ち抜き、巨体が地に倒れる。


「……小規模で助かったな」

「ええ。イーレブワーツを動かしていたら、もっと多くの隊が来ていたかもしれません」


 駆け寄ってくるアマタリスとオグナードは、さすがにボロボロになっていた。

 元々の基本性能が違うから、攻撃が掠ればそれだけでダメージになってしまう。

 それでも腕が取れたりというダメージはない。装甲で止まっているあたり、アッシュも機械人形に慣れたのを感じさせる。


「助かったが、こいつは一体……」

「エーテル・ウェポンだ。使いすぎれば機械人形が動かなくなるが、うまくやれば強力な武器になる」

「それはわかったが、イァッカム・クラスタってのは、どこにでも現れるのか?」

「彼らは地の底の者です。坑道のように掘り進めば、そうなるでしょう」


 どこに居たって、完璧な安全というものが保証されないという事実は、ナイタラとアッシュにはひどく衝撃的だった。

 シズマとサナ姫もエルフに聞かされた時は冗談かと思ったが、ラオベイリンの騎士から真実だと聞かされれば動揺もした。

 いつ足下から、金属生命体が現れるかもしれないと想像すれば、地面など居たくもならない気分になるのは、おかしい話じゃない。

 コックピットのなかでぶるりと震えて、ナイタラとアッシュは恐怖した。


「……どれぐらいの規模なんだよ、あいつらは」

「知っていれば話しているさ」

「だよな。機械人形から降りるのが怖くなるなんて、おかしいよな」


 半年前まで機械人形なんて触ったこともなかったのに、とアッシュは自嘲した。

 それから城に帰るまで、ファーネンヘルト騎士団のふたりは一言も喋らなかった。

 最低限のことを王とケダロに報告すると、その日はそれで解散となった。

 誰にも休息と考える時間が必要だった。




 その夜、シズマの寝所を叩く音があった。

 ベッドに転がり、考えごとを中断してドアを開けると、そこにはナイタラが立っていた。


「ナイタラか。……飲んでいるのか?」

「あたしが飲んじゃ、わるいってのかよ」


 顔色はわずかに赤く、酒の香りが漂っている。どこかでもらって飲んできたようだ。

 手にグラスや小さな入れ物なんてものはもっていないから、これ以上飲むことはないだろう。

 不安を押し殺すために、一夜ばかり酒に溺れることは、彼女にも必要だった。


「そうは言わないけどほどほどにしておけよ。副長になったんだろ」

「うるさい。副長さまに逆らうな! シズマは騎士団でもないんだから……」


 その口調はすこしばかり舌っ足らずで、思いの外、酒が深いことが伺えた。

 シズマは酔っぱらいの相手はしたことあるが、それはだいたい中年の男で、酔った女の介護なんかはしたことがない。

 どう扱っていいかわからず、水でも飲まそうかとテーブルに置いてあった水差しを取ろうとすると、彼女はその腕を掴んで止めた。

 驚いて目を見れば、どうにも据わっていて言葉を聞く雰囲気ではなかった。

 間近で酒の匂いのする息を嗅いで、酔ったかのようにシズマの脳はぼんやりと霧がかった。

 女の濡れた瞳は、まだ少年と言える彼には恐怖にも近い印象を与える。


「……こんなつもりじゃ、ないんだ。いつものあたしじゃないんだ。お酒なんてぜんぜん飲まないし」

「わかってるよ。ナイタラはそういうやつじゃないんだろ」

「どうしてそんなことがわかるんだ! ずーっと離れてたくせに!」


 酔っぱらいの論理を飛躍した言葉に固まりながら、それでもなんとか対処しようとぐるぐると頭を回す彼に、むず痒くなったのか、ナイタラはベッドに押し倒した。

 驚いて目を丸くするシズマに、長い髪の檻を下ろし、匂いの鎖で締め付けると、とろりと蕩けそうな瞳を注いだ。

 背筋から寒くなるようなぞくぞくとした感覚に、押しのけようとするものの、男女の差があるとは言え、正規の訓練を受けた騎士の体は動かない。


「怖いんだよ。女を慰めるぐらいの甲斐性はないのか」

「シズマ・ヨナにそんなものを求めるのか?」

「半年前に唇をあげたじゃないか。……その代金ぐらいは支払えよ」


 そう言われれば、彼にはなにもできなくなる。

 あのビンタと口づけがなかったら、いまのシズマはない。

 男として覚悟を決めて受け入れようとした瞬間、ナイタラの口が開いた。


「――ぼぇ」


 どろりと温かいものがシズマとベッドをひどく汚した。

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