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18 イァッカム・クラスタ動く

 ファーネンヘルトの会議室では久しぶりの再会に談笑が繰り広げられていた。

 サナ姫は王と女王にたっぷりと可愛がられている。


「すこし大きくなりましたね」


 妖精の国でとうとう十の齢を迎えたサナ姫の背は、指の関節一つ分も伸びていた。体つきはまだ幼いものの、童子(わらし)から少女へ向けて育とうとする気配が感じられる。


「はい。妖精の国では新鮮なお魚をたくさんいただきました」

「それはうらやましい。もっと話を聞かせてくれるね?」

「わたしもいっぱい、話したいことがあります」


 王族のあいだに入り込めるものはおらず、三人ばかりが話の花を咲かせている。

 その代わりに質問攻めに合うのは、シズマの役割だった。周囲には騎士団から騎士長アッシュと副長のナイタラが、城からは宰相ケダロが何を聞こうかと迫るものだ。


「ちょっと顔が近いんだよ! 話はするから下がれっていうの!」

「それはすまない。なにしろ六の満ち欠けほども話が溜まっておるのだ」


 シズマがテーブルの一席に腰を下ろすと、他の三人も椅子に尻をつけた。しかし上半身は乗り出し、肘をついて顔を近づけている。


「……まあ、いいよ。ケダロとの話は長くなるだろ?」

「間違いなく」


 頷く禿頭に辟易しながら、それを飲み込むと騎士長の方へ顔を向けた。とても一国の騎士団を率いるとは思えない表情をしている。


「だったらジグ・アッシュのものから聞いていく」

「あたしは後回しか!」


 がたりと立ち上がるのを諌めると、なんとか落ち着かせてシズマは順序を告げた。


「老人を最後に回したんだ。称号の偉いものから聞いていくのは許せよ」

「……わかったよ。けれど言葉は十分に聞いてもらうし、言わせてもらう!」

「まだ外壁のことを言うのか。……あれは直せばいいんだろ」

「そうじゃなくて……もういい!」


 ふくれてそっぽを向くナイタラに苦笑して、騎士長は口を挟んだ。


「ナイタラ・エーンは褒めてほしいんだよ、シズマ殿には。あんなものをよく造ったなと」

「ばっ……違いますよ! 騎士長は憶測でものを言うのはやめる!」

「そういうことか。ナイタラはよく働いてくれたよ。たった六ヶ月で、人の住む町ができているとは思わないものな」


 体は妙齢のものだが、その中身はサナ姫よりも幼さすら感じるような少女だ。子供にそうするように、シズマはやわらかい口調で褒めそやす。

 それを受け取って顔を赤く染め上げると、内気な少女のように照れながら椅子に座った。

 これが騎士団副長かとケダロの胃はしくしくと泣き出すものだが、それを顔に出すほど未熟ではない。


「そ、そんなこと言われても、外壁のことは怒っているからな」

「わかってる。その話はまたあとでしよう」

「うん……」


 彼女が落ち着いたのを見計らって、アッシュは口を開いた。


「それでは俺から。シズマ殿には、妖精の国とはどういうものかを教えていただきたい」


 どちらかと言えば、それは妖精の国の力を知りたいというよりも、閉ざされたカーテンの中を覗きたいという気持ちが見てとれた。

 その正体を教えることにシズマは戸惑った。取り囲む三人の瞳からは期待の色がある。

 厭世から島に隠れた神秘の種族の正体が、自給自足をして過ごす農耕民族に等しい。なんてありのままを伝えてしまえばがっかりするだろう。


「そうだな。島の半分は森に覆われていて、住人はみんな耳が長い、この世のものとは思えない美人ばかりだった。人だったらどれほど時間がかかるかわからないことを、魔法で済ませるようなものたちだったよ」

「おお! まさしくエルフの御技!」


 嘘ではないが、普段の生活は説明していない。そういう範囲のことをいくつか喋って、幻想を壊さずにアッシュの欲求を満たすことに成功させる。


「なるほどなるほど、かくしてエルフは妖精の国の通りでしたか」


 年齢に見合わずに幻想に憧れの強いアッシュは、十分に満足するとそれに浸るようにして引き下がった。

 次にナイタラの話に耳を傾けようかという時、強い揺れが城を襲った。テーブルの上にあったグラスが一つ落ちて割れる。


「なんです!?」

「うわっ……地震か?」


 というには不自然な揺れだった。何度も続く感じはなく、大きなものが一度だけ。地盤が動いた雰囲気というよりは、見えないハンマーが城だけを殴りつけたに近い。

 王とケダロは注意深く周囲を見回したが、揺れで落ちた埃ぐらいしか見つけたものはなかった。


「……家族団らんの時間も与えられませんか」

「話をするぐらいの猶予はあるかと思ったんだけどな」


 しかし、シズマとサナ姫は違う。

 エルフから聞かされていた話によって、この状況をすこしばかり予見することができた。

 席から立ち上がり、部屋を出ると通路を走っていく。

 それを追ってナイタラとアッシュがついてきた。ふたりもなにかしら勘付いたようではあるが、不鮮明で顔に疑問を貼り付けている。


「どういうことだ! なにが起こっている?」

「戦争に巻き込まれたんだ」

「戦争!? エスペルカミュとは同盟をしているし、他の隣国は機械人形の威力は知っているはずだろ!」

「まさかラオベイリンか!?」


 定期的な文書でのやりとりで、ファーネンヘルトもラオベイリンに『剣』があるというのは知っている。

 『剣』が空間転移をできるというのは証明されているから、不安視するのは当然だ。

 しかしシズマは首を振って否定した。


「いや、ラオベイリンは今回の件だと共闘相手といっていい」

「別の大陸の国と手を組む? どういう相手だよ。あたしが聞きたいのはそれだ」

「イァッカム・クラスタ。大地に住むすべての人々の敵だ」


 そう言われても、いまいちピンとこないのは仕方がないだろう。

 大事になりそうだ、という気配は感じても、実害がないのなら対岸の火事にほかならない。

 火の手が伸びてくるのが怖いと思うのは、熱いと感じるほど近づいてからだ。


「……聞き覚えがない。詳しく話せよ」

「それは時間がない。機械人形はそれに対抗するために生まれたってこと!」

「なんだそりゃあ!」


 階段を降りてシズマとサナ姫は中庭へ、ナイタラとアッシュは騎士団詰所併設の格納庫に向かった。

 中庭から手を差し伸べる白騎士の腕を昇って、二人は乗り込んだ。シートに座ってジェネレーターと接続しながらスイッチを入れていく。


「索敵頼む!」

『肯定。周囲熱源探知――発見。識別イァッカム・クラスタ』


 モニターに別ウィンドウとして表示される情報に目を通しながら、サナ姫はシートベルトの固定を終える。サブ・シートに増設された二本の副椀用のコントロール・パネルを確かめると、背部にマウントされた大剣が動く。

 二人乗りで後ろを遊ばせておくのはもったいないということから、シズマが提案したものだ。単純にできることが増えればそれだけ戦術は増える。


「副椀は感度良好。いつでもどうぞ」

「あいよ。だったら白騎士は出るぞ。アイテムは持ってるよな」

「お届け物は持っています」


 もう一本のサブアームには、全体に文様が刻まれた巨大なマスケット銃がセットされている。これはサナ姫の提案によるものだ。


『イァッカム・クラスタ接近中。出現地点予測、表示』


 アルリナーヴが予想したのは、城の外壁に食い込む地点から出て来るとしたものだ。


「まずいな。もうちょっと離れて囮を使う」

「ナイタラ・エーンとジグ・アッシュは待たない?」

「町に続いて壁を壊して怒られるのはごめんだろ」

「ふふっ。それはそうです」


 膝をついていた白騎士が立ち上がり、猛然と駆け出すと土煙が巻き起こった。城から数キロと離れ、アマタリスが遠くで出撃しているのを確認する。その位置はほとんど城と同一だ。

 それだけ離れていれば出現しても影響することはないだろう。


「餌を撒くぞ!」

「足下は見ます!」

『肯定。魔力波発生装置(マナ・ストリーマー)、微運転』


 モールドが低く唸ると、索敵モードで表示されているイァッカム・クラスタの進路が変わった。『剣』にのみ搭載されている魔力反応炉(マナ・リアクター)や、魔力波発生装置を感じて動くのだ。


「位置は?」

「邪気は……背後。接触まで三、二、一……」


 大雑把なレーダーと微細を感じるサナ姫のあわせ技でタイミングを計ると、アルリナーヴは振り向きざまに足を振り上げた。


「カカト落としでぇ!」

長剣形態(ロングソード)


 地面を爆発させて現れたイァッカム・クラスタへ向けて、高周波ブレードが炸裂した。肩から先をばっさりと切断されて、大声で悲鳴を上げる。


「ちぃ、外したか!」

「機械人形が地面から這い上がってくるのか!?」


 駆けつけてきたナイタラとアッシュは、それを見て驚愕した。

 左肩から先を落とされたイァッカム・クラスタは、種別こそ不明だが機械人形そのものだ。

 頭部にある角のせいか、紅い機械人形に似たシルエットで、放熱フィンのようなスリットが全身にある。そこが時々動いては吸入と排出をしていた。


「……にしては、おかしいだろ。顔が動いている」


 悲鳴を上げる口元は、生物のように開閉していた。喉があるかのように叫ぶ声は、スピーカーではなくそこから発されているとわかる。

 しかし関節などはどう見ても生物ではなく金属そのものだ。


「金属生命体ってやつらしいが!」


 地面からは次々とイァッカム・クラスタの金属生命体が姿を現し始めた。

 七機はほぼ同一の量産機めいていたが、最後に出現したものだけは異なる形をしている。

 他の七機がゴツゴツと鋭角的なラインがあるのに対し、最後の一機はなめらかな曲線が主体だ。頭部から生える一本角も長く、伝説上の有角馬のようなしなやかさが見て取れた。


「天の剣はやってくれるな」


 その有角馬の機械人形が喋ると、ジグ・アッシュは驚愕した。


「イァッカム・クラスタの機械人形は意思を持つのか!?」

「おかしなことを言う。そこの『天の剣』が金属生命体と言っただろうに」

「アルリナーヴをそう評するか。イァッカム・クラスタは天井に蓋をされているからな」

「そうだよ! すこしばかり人間の天盤などは穴を開けてもいいだろうに!」


 そう怒るのは、イァッカム・クラスタという種族が地の底で生まれたからだ。古い時代からずっと、永遠のように地の底に封印されてきた歴史を持つ。

 かつてハイ・エルフが地上に残っていた頃、空の光に憧れたイァッカム・クラスタの王が侵攻をしかけたことがあった。それに抵抗するために生まれたのが機械人形だ。

 その当時は押し返されて封印された彼らは、ハイ・エルフの象徴だった『剣』を破壊するべく、ラオベイリンでは頻繁に出現していた。

 シズマたちが身構えられたのは、ラオベイリンの騎士と妖精の国で交流をもてたからだ。それがなければ、襲撃されて太刀打ちも出来ずに破壊されていただろう。


「天盤の世界は機械人形には窮屈なんだってわかれよ!」

「地上でぬくぬくと光を浴びて育った種族は、地の底の冷たさを知らないからそんなことが言える!」


 地の底の住人が一度光を知ってしまえば、それを目指して昇ってくるのは当然のことだ。

 だからといって人間の世界を崩されて良しとされることはありえない。機械人形が闊歩する世の中になれば、力の劣るものは追い出されるだろう。そうなれば地の底に住むのは人間になる。

 機械人形は地の底でも生きてきたが、人間がそうなればどうなるかわかったものではない。

 だからこの平行線は交わることがありえなかった。話し合う余地もなく、ぶつかることでしか解決できない。


「その発祥には同情しますが、侵略には迎撃をもって返します!」

「偽物が本物に敵うわけがないだろう!」


 一機のイァッカム・クラスタの機械人形が背後からアルリナーヴを襲ったが、それを感知したサナ姫はサブ・アームを操作してコアブロックに大剣を突き刺した。がくがくと震えて、子鬼の機械人形が停止する。


「後発のほうが性能がいいなんてのは当たり前だろ?」

「なめるなよ模造品がぁ!」


 残った金属生命体たちのスリットから唸り声が上がった。それが開戦の合図になった。

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