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17 エルフィケーション

「それで?」


 自分自身の魔力変換炉(マナ・コンバーター)が限界に来て、死ぬ寸前だというのに冷静に続きを促した。

 それを見てエルフはぴくりと眉を動かした。鋭く眼が細まり、視線の温度が急降下した。


「それで、とはどういう意味だ。人間のオス」

「だから続きを言えってんだよ、イース・ティルオーク。終わりってことはないだろ」


 対して、シズマの目の光は熱を増してきた。燃える瞳は氷にも等しいイースの視線を受け切る。

 確信をもっているかのように振る舞って、開いた手を向けた。


「そんなものがあるかよ。機械人形に乗るのをやめろと言っている」

「いいや。エルフは嘘つきか? あるものをないとは言えないはずだ」


 種全体をばかにするような発言をされれば、イースの薄い色の瞳はいよいよ氷点下を割る。


「よくぞそんな口を叩いた。根拠を示さなければ侮辱は仇になるとわかっているのか」

「アンナ・ニナイは友達だよな。でなければイース・ティルオークに診断書など託さない」


 吹雪はじめた空気をものともせずに言い返し、自分自身が氷漬けにならない根拠を述べはじめる。


「ならばどうしたと言っている」

「あいつは俺が機械人形を作業したいと言ったら、誇りを奪うなと怒ったよ。プライドは高潔ってわかる。そんなエルフが他人に最終通告を突きつけるのを、友人任せにするわけはないだろ!」


 そこまで言い切って、エルフと人間は睨みつけるかのように視線をぶつけた。

 岩のような台座ではない。そこにあるのは妖精の種族への信頼からくる状況推理にすぎなかった。

 だからこそシズマはその場に立ち、信じることでイースを否定してみせた。


「可愛くないな、人間のオスは」

「憶測にすぎない。怖いに決まってるだろ」


 テーブルの下の彼の手は震えていた。温度も低く指先は白い。十分に氷河の冷たさを味わっている。

 フン、と鼻で笑ってイースはその視線から冷たさを取り除いた。


「貴様の言うとおりだ。それをクリアする話はある」

「それでは……!」


 顔に血の色がもどったサナ姫が続けようとしたのを手で制する。バラ色になりかけた肌の色は、また白く戻ってしまう。


「ただし時間がかかることは間違いない。それは変わらぬ」

「そりゃ、一朝一夕ってうまいことはないよな」

「それはどれぐらいの時を奪うものでしょう」


「短くとも月が三度入れ替わるほどの時は要る」

「……そんなにかかりますか」


 それはつまり、シズマとサナ姫が最低、三ヶ月は島に滞在しなければいけないということだ。

 彼女だけで帰るわけにはいかないし、帰ったところでひとりでは白騎士は動かせない。王女が行方不明というのも問題あるが、しかしまだ小さいから誤魔化す分にはなんとかなるだろう。

 ファーネンヘルト側はそうなるが、しかし幼姫は祖国とそれほど長い時間、離れた経験はない。また情報も入ってこないとなれば、心細く思うのは当然だった。


「長いと感じるのなら、貴様にとって人間のオスはその程度ということよな」


 それを受け取るエルフの言葉は冷たい。

 心細さと相棒の命を天秤にかけられて混同もされれば、頭に血が昇らないわけがない。いくら幼くても女がすたる。


「撤回しましょう。シズマ・ヨナの命を三の月の満ち欠けで買えるなら破格です」


 黙っていることはできず、前言を覆すとイースの眼をじっと見上げた。


「どうだか。言われたからだろ?」

「わたしの想像力のなさは否定しませんが、命は大切ですよ!」

「サナ姫をいじめるのはそれくらいにしてやってくれ」


 ぷっくりとむくれる少女を大人げなくからかうのを見かねて、シズマは口を差し込んだ。


「貴様も貴様だ。機械人形の呪縛から解き放たれて、自由になれる時が来たというのに」

「それは馬鹿をしたと思うが、自分の手の外で未来が決まってしまうよりはいいと思っただけだよ」


 乗れないというのなら、白騎士のパイロットという仕事はやめられる。そうすれば命を危険に晒すということもなく、ジャンク屋でも大道芸人でもやって生きていけただろう。

 ただし、それは自分の領域の外で命運を左右されているということだ。干渉するちからがあるのに、他人にすべてを決定されるというのは、彼にはむず痒すぎた。


「シズマ・ヨナには、感謝と申し訳ないという気持ちはありますが……」

「相棒だからな」

「……はい!」


 当事者間で解決してしまうと、イースは瞳の温度を常温にもどした。

 吹雪いていた空気が暖かくなると、シズマとサナ姫はふうと息を吐いた。張り詰めた糸のように過敏になっていた神経が、おだやかな柔らかさを取りもどす。


「それじゃあ処方箋ってものを聞かせてもらおうか」


 薄色の金髪をくるりと束ねて腰を下ろして薬湯で口を湿らせると、彼女は指を三本立てた。


「対処法としては三つ。一つ目は人間の体質改善。二つ目は魔力変換に他所の力を持ってくる。三つ目は、いまアンナがやっている」

「イースの領分じゃないってことは、機械人形自体に仕掛けるんだよな。でも中身の改造はできないだろ?」

「だから魔力増槽(マナ・タンク)を取り付けている」

「えっ、……ああ、予備電池か! その発想はあったが、俺たちではな。そうか、そういう技術があるのか」


 そう言うとすこしばかり意識を巡らせた。もしかすれば、考えていたプランが幾つか実行できるのではないかと。


「だからエルフをやっていられるのだ」

「誇りを持っているというのはわかりました。最後のはともかく、前の三つはどうするもので?」

「一つ目はすでに始めている。食事療法と、あとは体は十分になれば内養功を練ればなおよい」

「中国拳法みたいなことを言う。しかしあのお茶は漢方薬みたいなものだったか」


 人間のふたりにはすこし風変わりのお茶のように感じられた薬湯も、体調を整えて魔力変換炉の性能を上げるための下ごしらえに近いものだった。


「二つ目の他所から力を持ってくるってのは?」

「その通りのことだ。魔法の道具に、魔力の消費を軽くする力があるものは知っているよな」

「シズマ・ヨナは魔法具の製作者ですから、その辺のことはわかりますか?」

「消費軽減の魔法紋(プログラム)はあったが、大きな力は……なるほど、そこがエルフの力ということか」

「そういうことだ。力のある魔法紋は秘匿するに限っていた」

「エルフの歴史を考えれば、技術の結晶が人との差につながっていると解ります」

「はるか昔から魔法のために積み重ねてきたものを提供するのだから、反論をさせるつもりはない」

「従うよ。そうしてくれとこっちから言ったんだ」


 ようやく薄い笑みを口端に浮かべると、イースはわずかにやわらかな日差しのような瞳をした。


「ならばさっさと出て行け。薬湯を体に散らしてくるんだよ」

「そういうところは変わらないな……」

「薬を散らすから散歩というのですね」


 ふたりは、また家を追い出された。




 その午後、ふたりはまた格納庫へ行った。

 灰色をした流線型のタンクが、アルリナーヴとイーレブワーツに追加されるの眺めていた。

 エルフたちの作業は早かった。重機や電動工具などがないにもかかわらず、すべてをテキパキとやっていく。

 休憩時間になると、シズマはタオルで汗を拭っているアンナに声を掛けた。


「お疲れさん。あれってどのぐらい魔力を溜められるようになるんだ?」

「んー、そんなに多くはないよ。いままでを十として、五十ぐらいかな」

「五倍にもなるではありませんか。大したことですよ!」

「最低出力ならね。でも最大出力だと、そうでもないんだな」


 興奮したようにサナ姫は言うが、現場で作業をしているアンナは首を振った。

 タンクを増やせば増やすだけ稼働時間は伸びるだろうが、それだけ重量が増えるしバランスも悪くなる。

 特に純白剣と赫灼剣は近接戦闘用の機体だ。それが鈍重になればどうなるかは、言うを待たない。


「ああ、そうか。全機能解放すると、長くても十五分ぐらいか?」

魔力波発生装置(マナ・ストリーマー)も頻繁に使うなら、さらに半分ぐらいになるね」

「それでもですよ。七分と半分も全開でやれるなら、向かうところに敵はありません」

「相手が『剣』ってことを抜きにすればな」

「うっ……」


 仮想敵を『剣』と考えた場合、相手もほぼ同等の強度を持つことから形態変化(モード・チェンジ)は決め手になり辛い。どうしたって魔力波発生装置を使う場面は出てくる。

 それは相手もおなじだが、もしラオベイリンのように一人で乗れるというなら、相手は交代して休憩しながら戦えるかもしれない。

 七分半という全力稼働時間は長いように見えるが、それほどではなかった。


「だから、いくつかプランを持ってきたんだ。可能かどうかを検討したい」

「へえ。小さな子の方は、そういう話はあるのかな?」

「……一つだけ」


 シズマのように魔法具作成者でもなければ、|魔法紋が解読できるわけでもない。だから自信こそないが、しかし彼女は使用者としての感覚がある。

 王族として、いくつもの魔法具を使ってきたことは、なにがどうあれば使いやすいかという視点を持っていた。

 だから一つだけではあるが、彼女もなにかないかと改善点は考えていたのだ。


「それじゃあ、話を聞こうか」


 それから三人は話し合い、幾つかのプランを実行することに決めた。中でも目を引いたのは、サナ姫の提案したプランだった。

 作るもののエゴよりも、使うもののエゴの方が実用上に関してはわかりやすいというのはままあることだ。

 作業中のデータをもらうことを約束して、シズマとサナ姫は午後の作業をじっと眺めていた。


 夕食後、ふたりはファーネンヘルトへ向けて伝書の魔法具を飛ばした。




        *




 季節が冬を越して春に変わって、ファーネンヘルトの町が出来て三ヶ月、徐々に人は増え始めていた。

 その頃には機械人形の建てた町として名が知れ始め、いくらかの移民が足を伸ばしている。

 エスペルカミュとの話もつき、今後は同盟国として一緒に技術を高めていくように握手をした。


 シズマとサナ姫が妖精の国に行ってから、半年が過ぎようとしていた。

 町を一望できる高台から眺めながら、元エスペルカミュのふたりは休憩していた。

 この頃になると屋台や飲食店というのも出来てきて、ナイタラとザクシャも屋台で買った軽食を持って景色のいい場所で食べるのが恒例になっていた。


「定期的に伝書の魔法具は届くけどさ、長いよな」

「シズマ・ヨナという人のダメージが大きかったんでしょ。仕方ないよ」


 それだけの時間が流れれば、ナイタラとザクシャもすっかり国の人になっている。結局ふたりは王国騎士団に入って、副隊長を勤め上げることになった。


「それはそうだけど……」


 空を見上げて彼女は言う。時期にして、定期的に届く伝書の魔法具はそろそろ届く頃合いだった。数日ほど、彼女は休憩時間にこうして空をみあげている。

 その介あってか、宙を舞う魔法具の存在にいち早く気づいたのはナイタラだった。


「あっ、来た!」


 鳥の姿のそれを捕まえると、ナイタラはすぐに文書を引き抜いた。


「もうそろそろ帰ります……だってよ! あはは! 遅すぎんだよ、あいつらは!」

「よかったな」


 文をザクシャに渡すと、彼女は大ぶりのソーセージを挟んだパンを齧った。

 その直後、町の一角がひび割れた。


「えっ、ちょっ、なんだぁ!?」

「空間が割れて……白騎士と、紅い機械人形が!」


 二機がいきなり現れると、その足元にあった外壁の一部が砕けた。


『うぉっ!? 町がある! やっちまった』

『……あとで直してもらいましょう。これは事故です』


「あたしたちの作った町がぁ――! あいつらなにしてくれたぁ!」

「……ああいう人たちなんだな」


 手紙と同時刻に辿り着いたふたりは、吉報だけでなく凶報も持ち帰った。




 

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