14 巨人の建てる町
ガラガラと瓦礫を掻き集めて運んでいくのは、騎士団のオグナードだ。
即席で造ったトンボを動かし、ナイタラとザクシャのアマタリスが町の石畳を掃いていく。
「ザクシャは無理をするなよ! 病み上がりだろ!」
「体調は問題ない。リハビリも兼ねてるってこと」
退院したザクシャはエスペルカミュに戻らず、町の復興を手伝うことを選んだ。
国がしてきたことに失望したというよりは、もどったところで居場所がないと感じている。
それにナイタラを一人きりにしてしまえば、自分のために祖国を裏切った彼女に申し訳も立たない。
自分のことだけを考えて生きられるほど、ザクシャは冷たくはなかった。
「そうか。だったらよく働くんだな!」
「食った飯とベッドの分ぐらいはね」
八体の機械人形たちの足元は、これ以上無いほどに荒れていた。
建造物の痕跡などはわずかで、石造りの家などはまだ面影のようなものを感じ取れるが、木造などは跡形もない。
木材は集めて薪などに使用してしまうしかないが、石は組み直せば使える可能性はある。騎士団のオグナードは二種類をきっちり別けて運んでいった。
「機械人形というのは、こういうことに使えば便利なものだ」
「そうですね。発掘兵器などと言われるが、力仕事に活かせば平和なものを」
「むかしはそうして居たんでしょう。でもこれだけ大きな力を震えば、野望だって湧きますでしょ」
補充で入った女騎士のオグナードが、たっぷりと石の瓦礫を抱えにやってきた。
騎士団という職についた人間なら、強くなることが日常だったのだから、その気持ちはわからなくはないだろう。そう考えてしまえば、エスペルカミュ王が機械人形に取り憑かれたのはおかしくもない。
だからといって、他国のものを強奪するのは褒められてものではないが。
「男ならそういうことはあるだろう。女なら機械人形はどう扱うんだ?」
「飲んだくれの騎士たちでも、酒場から引っ張りだしましょうかね」
「あはははは! そいつはどんな野郎も一発だ。勘弁したいな!」
冗談を飛ばしながらアマタリスとオグナードは作業を進めていった。
朝も早くから始めて昼に休憩を挟み、夕暮れの頃合いになると、町一つ分の敷地はすっかりと瓦礫が取り除かれてしまった。
機械人形もなく人手だけでやっていたら、月単位の時間が必要になっただろう。
鉱山跡地付近に機械人形の部品を置いてあったおかげで、なんとかスペアパーツがあったことは不幸中の幸いだった。
また鉱山を掘るために鍛冶屋の師弟などが町を出ていたのもあり、皆殺しを免れた。だからこうして組むこともできたわけだ。
ただし彼らの衰弱は激しく、実際の作業は騎士団がやらねばならなかった。
こうなってくると、騎士なのか雑用集団なのかわかったものではない。しかし人手がないのだからやらざるを得ないのが現状だ。
機械人形を作業場の端に固めて座らせると、ナイタラたちは暗くなった視界の中でゆっくりと降りた。ひとりが脚を滑らせて尻を打ったが、大したことにはならなかった。
みんなが集合して、ジグ・アッシュが代表して列の前に立つ。
「今日はお疲れさん。また明日……って、別になにをすることもないんだがな」
ガリガリと頭を掻いて、騎士長アッシュは苦笑する。
当然ながら町は消し飛んでいるのだから、疲れを癒やす酒場や食堂なんて気の利いたものはない。
初日にみんなで建てた仮設住宅にもどって、ハパップ邸で働いていた使用人が作った夕飯を食べる。あとは眠るまで何をするかというものだ。
わざわざ城下町まで戻るには遠いし、翌日も作業があるのだから効率が悪い。となれば、特に娯楽もないものだった。
「お疲れさまでした。ここんとこの楽しみは、食事ぐらいのもんですからね」
「まあな。それと食後の一杯の酒か。こればかりは運んできておいて正解だった」
「酒のない夜は昼間よりも暗いですよ!」
「まったくだ」
汗にまみれた男たちが、夜の酒を想像して喉を鳴らした。
「そんなことより、食事を作ってくれる彼女を待たせてはいけないでしょ。早く帰りましょう」
「うむ。ならば帰るか」
ぞろぞろと歩いて仮設住宅までもどりながら、アッシュは進行具合を考えた。
物資の搬入ならば機械人形の仕事だ。騎士団を運んだように、まとめてあれば大抵のものは運べる。
食料や飲料などは豊富に持ち込んであるから、人数を考えれば半月は持つだろう。それだけあれば、機械人形の能力を考慮して、町づくりの基礎ぐらいは終わると考えていた。
仮設住宅に着くと、魔法灯のやさしい光が彼らを出迎えた。もわもわと温かい湯気とスープの香りが夜に広がっている。
ドアを開けられると、ベーコンをたっぷりつかったスープの匂いが空腹を刺激した。
「おかえりなさいませー」
ぐるぐると大鍋をかき混ぜる女使用人がくるりと振り向くと、上着を脱ぎながら入ってくる騎士団の姿があった。
夜は冷えるが、仮設住宅の中は火を使っているおかげか十分にあたたかい。
「いま帰った。……というと、まるで夫婦のようだが」
「騎士長ってば手が速いなあ。そういう牽制をしますか」
「そういうことではない!」
顔を赤くしながら弁明するが説得力はなかった。使用人の方も気恥ずかしそうに、はにかんでしまう。
女騎士がアッシュをからかう騎士たちの尻を叩いてたしなめる
「食事の前にすこし頭を冷やしたほうがよろしいでしょ。われわれも汗まみれですから、水浴びといきましょう」
「む、うむ。そうだな。このままでは女性がたも気が済むまい」
ジャケットの襟を引っ張って匂いを嗅げば、労働が染み込んでいる。
「たしかにさっぱりとしたいか。男たちは覗くなよ!」
「そんなことはしない! ……はずだ」
「騎士は断言をするものだろ! ザクシャは騎士たちを見張っておいてくれ!」
「わかったよ。ごゆっくり」
「ザクシャってばいい恰好をして、キザったらしいんだ!」
わいわいと叫ぶ騎士団は子供のそのものだ。
城下町の寮ではなく、仮設住宅暮らしという特殊な空間が、彼らを少年に引き戻しているのかもしれない。
ともかく外で働いてきたものたちは順番に水浴びをして身をきれいにして、しっかりと夕食をとった。
あとは寝るか酒を飲んで寝るか、ちょっとしたボードゲームで遊んでから寝るかというばかりだ。
ナイタラは騎士団の一人とチェスをして、何度も待ったをかけては悩みこんでいる。
それを見ながらザクシャは、ちびちびと酒を飲みつつ酔っぱらいの相手をして、もうそろそろ寝かせようかと考えていた。
町一つが消し飛ぶなどという大事件があったのに、こうして安らいでいられるのは、彼らにはまだ現実味がないからなのかもしれない。
その原因の一つが、忽然と消えてしまった二機の『剣』だろう。
遠くからでも聞こえたサナ姫の叫びに慌てて彼らは駆けつけたが、そこには影一つ残っていなかった。
機械人形ならば足跡の一つも残っているだろうと探してみても、瓦礫の他にはなにも見つからない。いよいよ捜索を諦めて町造りに励むことになったのだが、不可解な点が多すぎる。
何かがあった。けれどそれはなにかわからない。
しかしこうも気安くいられるのは、消えたのが『剣』であり、そしてシズマとサナ姫だからだろう。常識を覆すようなことの連続をしてきた彼らなら、あるいは……という気持ちにさせるのだ。
そんな生活が一週間ほど続いたところで、転機は訪れた。
「あれ、なんでしょう?」
昼の休憩中、パンを齧りながら女騎士は宙を指差した。
そこには奇っ怪な恰好の鳥みたいなものが、くるくると宙を回っている姿があった。生物を模してはいるものの、それはどうみても石のような質感をしている。
「あれは伝書の魔法具だな。迷ったか?」
アッシュが手を出してみると、石の鳥は羽を休めるようにその指に止まった。
途端に石の鳥は筒のような形に変じた。中に丸めた紙を収めてあるのだ。
「もしかしたら、この町が消える前に誰かが寄越したのかもな。失礼」
筒を開けて取り出すと、ぱっと広げてしまう。もし宛先が解るようなら代わりに出さなければならない。
「……ははは! やはりそうか。ただではすまないと思ったが!」
「急に大声を上げなくてもいいじゃないですか」
「そうはいられるか! シズマ殿とサナ姫様の居場所がわかったぞ!」
「その様子なら生きているってことだよな。やっぱり悪運の強い奴らだ!」
もぐもぐと口の中のパンを飲み込むと、ナイタラはからからと笑った。騎士団の面々は肩を組んで、その知らせに沸き上がる。
「それで、二人はいったいどこに居るんです?」
「まあ待て。……ふむ、これは迎えに行くというわけにはいかないな」
「だからどこなんですよ!」
一人納得したところに非難の目を向けられて、慌てて続きを喋る。
「どうやら、アイロマ・ハボトキア・オニアケスらしい」
「……それって、どこでしょう?」
「無理もない。今となってはそんな呼び方はされないからな」
女騎士は首を傾げた。
彼女はファーネンヘルトから一歩も出たことがないというのもあるが、そもそも高等教育を受けているわけではない。魔法の才能を買われて市民から取り立てられたものだ。
ましてやその呼び方は古語なのだから、知らなくてもおかしくはなかった。
「この大陸からずっと離れた島国だよ。古い言葉で『聖なる樹の足下』って意味だ」
「へえ。ザクシャさんは物知りです。……え、島? 島ってことは、海の向こうでしょ!?」
「そうなるな。どんな手段を使ったんだか」
苦笑するザクシャにもどうしてそうなったかまではわからない。というより、この場所で理解しているものは一人も居ないだろう。
「シズマは置いてもサナ・オズマは王女だろ。そんなに長く暇をしていられるのかよ?」
ナイタラが聞くと、騎士長は首を横に振った。
「どうやらいまは帰れる手段がないらしく、ゆっくりしていく、とのことだ」
「バカンスをするか! あいつらはこっちの気持ちも知らずに!」
「ふつうは行けないところなんだ。土産話をたっぷり持ち帰ってくることは期待しよう」
ぷんぷんと怒る彼女をみんなで慰めながら、食事は再開された。
「しかし、あいつらがあの国へ行くとはねぇ」
聖なる樹の足元――転じて、魔法発祥の地を通称、妖精の国と呼んだ。
それは古い時代から、魔法技術を継承する一族が住んでいることに由来する。
この種族を今の世では、エルフと言う。




