12 赫灼剣イーレブワーツ
イェブネス・アクオスから立ち上る蘇芳色の光は、タシラ・プマックの執念の炎だ。
噴き上がる程に激しく燃えるそれが、紋様騎士を不気味なものに変えている。地獄の使者と言われたって否定出来ないものだ。
「剣もない騎士はなぁ! ここで落ちていけ!」
「すこし有利を取ったからと言って調子に乗るから!」
言い返すシズマだが、右腕の短剣形態も砕かれるといよいよ魔力波発生装置を使うしかなくなる。
上段から振り下ろされる一撃は、昏く輝く流星のようだ。アルリナーヴは反射的に右腕を動かしかけて、右へ動いて紋様騎士の刃を避けた。
「光の剣を使ったらどうだ白騎士は!」
「プマックにはもったいないんだよ!」
「口を減らせよ純白剣!」
大幅な稼働時間と引き換えに放つ一撃は、薬丸自顕流の二の太刀要らずを思わせる。しかしそれをなんらかの手段で防がれてしまえば白騎士はかなりの窮地に立たされるだろう。
ましてや相手は王室献上級の機械人形で、全身を魔法具にした不気味な相手だ。そこから何が飛び出すのかわかったものではない。
使うには使うが、それは確実に仕留められる時でなければ抜けない刃だ。
「シズマ・ヨナ、騎士団とナイタラ・エーンは順調です。間が開くと断ち切られます」
「わかってる。が、動けば切られるか?」
膠着するというほど長い間ではなかったが、二機の騎士が動かない時があった。
「故障かよ! だったら俺の手柄だろ!」
それを見て、一機のオグナードが白騎士へ右腕を振りかぶる。
「チィッ! 場を見極められない奴が!」
オグナードを避ける動作をすれば白騎士は紋様騎士に対処しづらくなる。プマックは舌打ちしながら一歩踏み込んだ。
「豆粒は吹っ飛ばす!」
白騎士は踏み込んできたオグナードに、右足を振り上げた。豆粒と言われるオグナードの手足を比べれば、白騎士の足は存分に長い。
「機械人形が蹴るのか!?」
「人型ならばやれるんだよ!」
立ち止まることも出来ず前蹴りをまともに食らったオグナードが、ぐしゃりと胸部装甲をへこませる。
「刺突形態はこう使う!」
『肯定。刺突形態』
そのままでも死に体であったオグナードに向けて、白騎士の靴底のヒールが弾ける。機械人形を水平に跳躍させるほどの威力を受けて、豆粒が背後のイェブネス・アクオスへ吹き飛んだ。
「バカが! 状況も見ないから!」
上段から苛烈に振り落とされた蘇芳色の剣によってオグナードは真っ二つになり、その側面を飛びすぎていく。プマック機はそのままもう一歩踏み込み、下段からの切り上げを持って白騎士の脚を切り落とそうとした。
「これで落ちろ!」
「そうはいかないんだよ!」
『肯定。長剣形態』
踵から脹脛までの装甲が展開し、ヒールと接合されて一本の長剣と化した。
突き出したままの白騎士の脚は引っ込められない。逆に高々と上がって、そのまま下から擦り上がる紋様騎士の剣と衝突した。
「かかと落としをするだと!?」
「腕より脚の力のが強いのは当然だろうが!」
やはり拮抗は一瞬で終わる。
「くっ、ここで折れさすわけには!」
蘇芳の刃が叩き伏せられると、即座に白騎士は軸足を切り替えた。左足を振り上げ、オグナードへしたように前蹴りを食らわせる。それを剣で受けたイェブネス・アクオスは、刺突形態まで食らってはたまらないと自ら後ろへ跳んだ。
「……やってくれるなぁ! だがその技はもう見たぞ!」
プマックが吠えるにも理由はある。押し切った長剣形態だが、その表面はわずかに刃こぼれしていた。同じ場所を蘇芳剣が叩き続ければ折れることもあるだろう。
「硬いな。あの一発で壊れないとは相当頑丈だ」
「魔法具で硬めているのです。あの光は魔力付与と同じものでしょう」
「だよな。……やっぱり光の剣しかないのか?」
「それよりは距離をとります。使うのなら、使う時はわかるはず」
「わかった!」
シズマはイェブネス・アクオスを見たまま背走を始めた。背中からぶつかったオーギティを素手で叩き伏せながら、騎士団とナイタラと開いた距離を詰め始める。
「させるかぁ! イェブネス・アクオスにだって技はある!」
蘇芳色の光が紋様騎士の足元で弾ける。
魔力を使って刺突形態のような推進力を得て、その加速を乗せたままプマックは赤暗い剣を突き入れた。
「壁になってくれ!」
「ぶげぇ!?」
脇に居たノットニックを捕まえて前へ突き出すと、その装甲をいともたやすく貫いた。引き抜いたがノットニックは回路がやられたのか、そのまま崩れ落ちる。
「……騎士の名に恥じることばかりをするのが白騎士だったなぁ!」
「シズマ・ヨナは挑発に乗らないように。そろそろ脱出します」
「ああ、わかってる。このまま行けば抜けられるよな」
ナイタラが縁の下の力持ちをしてくれたおかげで、騎士団もなんとか格納庫地帯を抜けてエスペルカミュの外壁が迫ってきていた。先走ったエスペルカミュの兵たちが出口を塞いでいるが、アマタリスならば突破できるだろう。
「これだけのことをしておいて逃げ帰らせはしない!」
ふたたび魔力光が炸裂する。
イェブネス・アクオスが刃を肩に担ぐようにして構え、白騎士へと迫る。シズマはそれを迎え撃とうと長剣の用意をしたが、プマックは白騎士を間合いに収めても刃を抜かなかった。そして白騎士を通り過ぎ、その背後でもたつく騎士団を狙うつもりだ。
「しまった! 汚い手を使うのはやはりエスペルカミュだ!」
「ジグ・アッシュは避けなさい!」
「そんな無茶なことを……!」
騎士長アッシュは避けることをそうそうに諦めていた。ならばせめて一撃ぐらい返してやろうと、オグナードのマニピュレーターを壊す覚悟で振りかぶる。
「チェイアアァ――!」
振り抜かれる刃は、アッシュに届かなかった。
「騎士長はやらせない!」
両腕のないオグナードがイェブネス・アクオスに特攻をしかけ、頭上から真っ二つにされる。そのせいで難を逃れたアッシュのマニピュレーターは、ぴくりと動かないまま宙に静止した。
「バラック・ザンは……バカなことを……!」
アッシュのオグナードはそのまま振り返り、マニピュレーターを叩きつけることも忘れて逃走路を急いだ。それが死んでいった部下にできる最後の手向けだ。
「タシラ・プマック! あなたはここで落とす!」
「サナ姫は熱くなるな! 目の前で命を奪われて怒るなとは言えないが、お前が目だろ!」
「くっ……わたしは、白騎士のサブパイロットだ……!」
ギリギリと手のひらに爪を立てながら、サナ姫は目を見開いた。垂れ落ちる涙を袖で拭って、その怒りを噛みしめる。
自分たちはどれだけのことをしていても、自分がされれば痛いと言うのは理不尽な話だろう。
しかしそれが人間でもある。
「ファーネンヘルトの薄汚い騎士団は邪魔をしてくれて!」
侮辱するプマックのやり口は、以前にシズマがアマタリスを倒した時に使ったものだ。それを自分が食らった威力は、少年の炎が青白く燃え盛るほどだった。
サナ姫が怒るのも無理はない。だがシズマは自分が言った手前、唇を噛み締めてでもその怒りは口には出さなかった。
ナイタラが格納庫の出口を固めた機械人形をねじ伏せて抉じ開けると、そこからひよこのように騎士団のオグナードが出て行く。アッシュが出たところで、シズマは一気に反転した。
「プマック君には申し訳ないが、やはり構ってはいられないってことだ! 男の尻を追っかける前に、彼女でも作れよ!」
短剣形態を連続起動して一気に距離を詰めると、そのまま出口を切り抜けようとする。
「ふざけるのも大概にしろォオォオオ!!」
それを逃がすほどイェブネス・アクオスは遅くはなかった。炸裂する魔力は刺突形態よりもわずかに速い。
白騎士が出口を過ぎた辺りで追いつき、プマックはそのまま速度ごと叩きつけるように刃を振りかぶる。
「頭にきているのはこっちなんだよ!」
『魔力波溶断』
白騎士は即座に反転、裏拳を振り抜くようにして、光の刃を放つ。
右腕からは蘇芳などと暗い色ではない、闇夜を切り裂く光が溢れ出した。
「イェブネス・アクオスだぞ。白騎士は……王室献上級さえも凌ぐのか……?」
叩きつけられた刃ごと、両腕を落とした光の刃だったが、全身が魔法具の防御で固められた王室献上級は一撃だけではすべてを切断することはできなかった。瞬間のみしか発生しなかったこともあり、胸部は破壊に至っていない。
ただし全身で一つを構築する魔法具は、大幅に表面を失ったことで大分弱体化したのか、不気味な輝きは弱まっている。
「プマックの声は聞き飽きたんだよ!」
『長剣形態』
弧を描くように一連の動作として振り上げられた右脚が落ちて、紋様騎士を切り裂いた。
空を見れば徐々に端の方から明るくなってきていて、夜が明けてくるのを感じさせる。
追撃もなくなって、シズマたちはちょうど見つけた岩場に機械人形を座らせて休憩を取った。その数は全部で七つ。白騎士とアマタリスを除けば、オグナードがわずか五機ばかり。奪取してきたのはおまけで、破壊工作が主な任務だったが、それにしては被害が大きすぎた。
白騎士の脚に腰掛けてサナ姫が白く血の滞った手を開くと、くっきりと爪痕がついている。
騎士団たちは疲れ果て、機械人形を乗っ取る前にも戦いがあったことを示す傷がいくつも見えた。彼らはジグ・アッシュの導きで遺体すら持ち運べない仲間に祈りながら、疲れを癒やす。
シズマはぐったりとサナ姫のとなりに座り込み、深呼吸をしながら魔力変換炉の負荷を抜いていく。ナイタラはその隣りに座って、騎士団の悲しみが移ったのかポロポロと涙を流していた。
作戦は成功したが、みんながボロボロだった。
すすり泣く音が聞こえたものの誰が口を開くわけでもなく、シズマとサナがふたたび白騎士に乗れるようなるまで、ずっと騎士たちの祈りは続いていた。
*
ほとんど朝になって、シズマたちはようやく国境を超えた。ファーネンヘルトの領土へ足を踏み入れると、しんみりとした雰囲気も幾分か明るくなってくる。
「帰ってきましたね」
「たった一夜のことなんだよな」
「嘘みたいだけど本当だ。これから必死で機体を直すんだぜ」
「鍛冶屋だけじゃなくて騎士団も総出だろぉ?」
「魔法が使えるやつはみんな使ってやればいい!」
その内に笑い声なんかも出てきた。
「さて、そろそろ我らが愛しの半壊砦が見えてくるぞ」
「今は町長のハパップさんが仕切って白騎士の武具を掘ってんだろ?」
「だったらオグナードを見せてびっくりさせてやろうぜ!」
一行はそろそろ見慣れた鉱山が見えてくる頃合いだとモニターの向こうを見た。
たしかにそれは半壊した鉱山だった。ただし、みんなの記憶にないほどぐしゃぐしゃな姿で。
挙句、町の方からはなにやらくすんだ色の煙が上がっている。チラチラと映る赤い光のようなものもあった。シズマが望遠モードにしてみれば一目瞭然だった。ハパップが収めていた町は、これでもかというほどに荒らされていた。
シズマの棲家だったジャンク屋も面影がない。
「な、なんだ。なにが起こった?」
「まさか……そんなことは……裏を掻いたつもりだった。けれど、掻かれたのか……?」
ジグ・アッシュがそう言うと、みんなははっとして気がついた。
宣戦布告をする前に白騎士を奪おうと刺客を送ってくる相手が、正々堂々と倒しに来るだろうかと感がれば、それも当然と思えるだろう。
ファーネンヘルトが奇襲をかけたように、エスペルカミュもまた奇襲をかけたのだ。
「シズマ・ヨナ! 町が、町が燃えています!」
「わかってる! 急ぐぞ!」
「こんな……エスペルカミュはここまでする国か……?」
「するんだろ! こうして!」
「くっ……!」
ナイタラの疑問は苛だった騎士の一人に返された。溢れる涙を拭いながら赤毛の女は白騎士についていく。
地獄絵図とはこういうものかと、シズマは息を呑んだ。
見える場所すべてが破壊されていた。人の気配はない。避難したならばいいが、そうでなかったのなら絶望的と言っていいだろう。
家がぺしゃんこに潰れている。壁はぐしゃぐしゃに溶けた泥のようだ。教会はシンボルごとへし折れて外側から砕かれていた。
サナ姫の腰が抜けてへたり込まなかったのは、すでにシートに座っていたからに他ならない。それほどの衝撃を受けて、ぱくぱくと金魚のように口を開くことしか出来なかった。
「……戦争なんて知りませんでした。白騎士があればなんとかなるって、思ってました」
溢れてくる涙を止めもせず、幼姫はポツポツと呟く。
「こんなことになるなんて。町が、みんなが、ぐちゃぐちゃで……」
少女は賢い。だからこそ理解できてしまう。
賭けに負けたのだ。
もし一夜でも出立を遅らせていたら、この惨劇を回避できたかもしれない。だがそうしていれば、奇襲は成功しなかったかもしれない。
可能性でしかないが、それでも悔いるには十分な話だ。
どちらにしたってシズマたちは行くしかなかったのだから、この強襲は避けられなかった。
「わたしは……シズマ・ヨナ。わたしは……」
シズマがなにか声をかけようとしたところで、ずしりと大きなものが動く音を集音マイクが拾った。
「……遅かったじゃあないか、純白剣」
声がした方を振り向けば、そこに見慣れぬ紅い機械人形が居た。
頭部から突き出た二本の角型アンテナは東洋の鬼を思わせる。
白騎士の全体がガッチリとした体型とは逆に、部分は大きいのに細い部分が多く、ややアンバランスに見えた。
肩や肘などとにかく尖った部分が多く、触れただけで傷つく薔薇の棘のようだ。
長い両腕の先のマニピュレーターは巨大な鉤爪めいていて、何かをつかむことを考えていない。
その姿を認めた途端、白騎士のコックピットに剣のシンボルの嵐が吹き荒れる。
『警告。『剣』を出現感知。識別……赫灼剣イーレブワーツ』
「赫灼剣……イーレブワーツ……?」
「そうだとも、純白剣アルリナーヴ。貴様らが掘り出してくれて感謝するよ。戦争で土地を奪う手間が省けたからな」
自分の体のようにしてイーレブワーツの肩を竦めさせると、エスペルカミュ王は愉快そうに笑った。
「なにを言って……一体お前は……」
「その声は、エスペルカミュ王……?」
「エスペルカミュ王だと!?」
シズマは戦争を仕掛けた国のトップが目の前に居ることを信じられなかったが、ナイタラが聞き分けたのだから本物だ。彼は本気で紅い機械人形を手に入れるためだけに、ファーネンヘルトを潰そうとしてるのだと。
「そんな話があるかよ。強力だけれど、たかが機械人形一機のために!」
「『剣』ともなれば話は別だということを知れ。その機能を全開放したわけでもないのに圧倒的な強さだろう! こいつさえあれば、野望などというものはすべて叶うということだ!」
シズマたちが今日まで生きてこられたのは、白騎士の性能あってのことだ。それが底しれないのは感じていたが、しかし国一つを潰すほどとは考えていなかった。
けれどそれは、機械人形のために国を潰されるサナ姫にとっては、到底許せるものではない。
背後から純粋なまでの怒りを感じて、シズマは振り返らずにはいられなかった。サナ姫の表情は、むしろ正反対に一切変化がない無表情に見える。それは沸点を遥かに通り越した怒りに、表情がついてこられないからだ。
「その紅い機械人形に、国一つの価値があると?」
「馬鹿を言う。一つや二つでは足りん」
「だったらそれを持って帰りなさい。そして戦争を取りやめればいい」
「それこそできない相談だ。その純白剣も貰わなくてはな」
煮えたぎる怒りは、嘲るようなエスペルカミュ王の言葉で限界を超えた。
「シズマ・ヨナ。アルリナーヴ。あの男を何が何でも殺します」
「……サナ姫はそんな言葉を使うな。やるのは俺だろ」
『対『剣』戦闘ならば機能全開放を推奨。ただし負担は増大』
「それで行きましょう。どうせ、あとのことなんて考えられない」
すべてを焼き尽くすような憤怒は、幼姫の体に余りある。ともすれば気絶してしまいかねないほどの青白い炎が、魔力変換炉を急激に加速させていく。
「やるっていうのならあたしたちは下がる! 巻き添えを食らってはひとたまりもないだろ!」
「そうしてくれ!」
「情けないが……頼んだ!」
騎士団とナイタラは出来る限りの距離を取りはじめた。全速力で逃げ出していく。
白騎士の威力を知っている者たちならば、それがぶつかりあえばどんなことが起こるかわからないと解る。
やがて彼らの姿が見えなくなると、シズマは深く息を吸い込んだ。
「行くぞ、アルリナーヴ。全力全開だ!」
「わたしたちの全身全霊を掛けて、あの男を打倒します!」
「お前たちはイーレブワーツの威力を知れ!」
『機能限定解除、全開放』
『機能限定解除、全開放』
純白剣アルリナーヴの装甲が陽の如く輝き始め、赫灼剣イーレブワーツの装甲が火の如く煌き出す。
白騎士の両肘下のモールドが前進し、いつでも光の剣を出せる状態になる。
「さあ、むかしの続きと行こうか。アルリナーヴ!」
「そんなことは知った事かぁ!」
「おとぎ話がしたいのなら、ベッドの上で語りなさい!」
二機の『剣』が、地を蹴った。




