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魔法使いは機械人形に乗って  作者: 高野十海
第一部 エスペルカミュ編
12/34

11 強襲、エスペルカミュ

 夜を通してエスペルカミュへ向かえば、もっとも深い時間にはその敷居を超えることができる。

 関門などというものは蹴散らして道なりに進めば、エスペルカミュが誇る機械人形の大格納庫が見えてくる。十数メートルもの鉄塊を入れておく箱はいくつにも別けてあるが、それを見回るのもまた人間ではなく機械人形だった。それを見ていれば、いかにエスペルカミュが機械人形の国であるかは理解できるだろう。

 彼らは鍛冶屋に作らせたらしき機械人形サイズのカンテラを持ってあたりを見回していた。といってもその動きは実に緩慢で、まさかエスペルカミュを襲うバカが存在するなどとはかけらも思っていない。深夜に働かされるだけの面倒な仕事とでも考えているのだろう。

 白騎士たちから警備の機械人形までは、おおよそ二百メートルだ。闇に紛れても歩く駆動音から、近づいていることはどうしたってバレるに違いない。


「白騎士。限定解除をしなくても刺突形態(レイピア)とやらは使えるか?」

『肯定。ただし出力差から速度は低下する』

「十分だ」


 騎士団を乗せたカーゴをアマタリスのナイタラに預けると、シズマは白騎士のシステムを起動する。五指を揃えたアルリナーヴの手首から装甲板が展開して刃に変わった。それを地面と平行に持ち上げて振りかぶると、ブーツの底からヒールが飛び出して巨体を推し出した。


『刺突形態』


 機械人形の歩幅にして数十歩の距離をその十分の一で詰めると、警備兵が叫ぶ前にコックピットを貫いた。シズマは静かに機械人形を地面へ落とし、カンテラを明滅させてナイタラたちを呼んだ。アマタリスが二つ分のカーゴを運びながらやってきて、格納庫前でカーゴをひとつ下ろす。

 中から騎士たちが飛び出して、体をほぐしたり酷い揺れに嘔吐するなりしてから、格納庫へ入っていった。

 外部スピーカーで盛大に喚くわけにもいかず、アルリナーヴはアマタリスに手を伸ばして接触回線を開いた。


「お宝はどこに眠ってる?」

「ここから右の一番奥のがコレクションだ」

「だったら他の格納庫は潰してもいいんだろ」

「そうはいうけど……いや、騎士団全員が動かすわけにもいかないよな」

「残しておけば使われるんだ」


 接触回線が切れるとナイタラはカーゴを持って右奥の格納庫へ向かった。白騎士はとなりの格納庫の隔壁を壊して入った。そこに並んでいるオーギティを見て、シズマは舌打ちする。


「こいつらは倒してもしょうがないが」

「やれるものはやっておきましょう。小さいことを無視しては足元を掬われる」

「それはそうか。刺突形態で水平に切り裂くぞ!」

『肯定。刺突形態』

「なます切りだ!」


 刃と化した貫手を一機のオーギティに突き入れると、シズマはそのまま靴底のヒールを弾き飛ばした。急加速した白騎士の短剣(ダガー)は、それまでの軌跡にあったすべてのオーギティを切り裂いていく。ぐるりと格納庫を一周してすべての釘を二つに落とすと、アルリナーヴはその格納庫を出た。

 白騎士が外気に姿を晒すと、隣の格納庫では酷い騒ぎが起こっていた。騎士団の何人かが機械人形を乗っ取ることに成功して、練習代わりに暴れている。

 これほどの騒ぎになるとエスペルカミュも気づくもので、魔力灯がついて昼間のように一帯が照らし出された。外回りに行っていた機械人形もあったのか、それがどしどしと駆けつけてきている。待機していた騎士たちも格納庫へ急いでいた。あと六つ残った格納庫を潰すまでに、どれだけ潰せるかがファーネンヘルト側の肝だ。

 ここまでくれば外部スピーカーを気にする必要はない。シズマはスイッチを入れて叫んだ。


「騎士団はどうやってもいい、余ったのに乗ろうとするやつを蹴散らせ!」

「ナイタラ・エーンは手加減をするものではありませんよ!」

「わかっている! サナ・オズマは小うるさいったら!」


 すっかり仲の良くなったふたりは軽口を叩き合いながら、どこからともなく湧いてくる機械人形の対処に手を焼いた。ナイタラのアマタリスは、トンファー型に改造した両手の錫杖ユニットを使って基礎能力を強化しながら殴り倒し、騎士団が乗っ取るまでの時間を稼いでいる。

 それを見上げながら格納庫へ走るエスペルカミュのパイロットたちは必死だ。


「あれはアマタリスだろ。どうしてエスペルカミュを襲うんだよ!」

「おかしいなら裏切り者だろうが! あれはファーネンヘルトってこと!」

「だったらあの変な棒はそういうことか!」

「ならオグナードはアマタリスを叩く!」


 外回りから帰ってきた、釘とは正反対と言っていいずんぐりむっくりの形をしたオグナードが、アマタリスに走り寄る。太い腕はにはいかにもパワーがつまっていて、細身のアマタリスならば吹き飛ばしそうだ。


「オグナードが勝てると思ったなら、勘違いだって教えてやる!」


 大振りされたオグナードのパンチを右腕のトンファーで受けると、ナイタラはアマタリスの腕を捻った。受けながらカウンターのようにオグナードに打ち込むと、背後から殴りかかってきたオグナードの攻撃を左のトンファーで受ける。


「後ろに目があるのか!?」

「小賢しいんだよ!」


 トンファーで巻き込みながらオグナードの態勢を崩させると、アマタリスは半身を捻って威力の乗った右腕を突き入れる。装甲を砕きながら大きな小人が吹き飛んだ。


「なんだぁぁっ!」


 それを見て次に襲いかかろうとしていたオグナードの動きが止まる。格納庫から飛び出してきた他の機械人形たちもアマタリスを取り囲み、じんわりとその輪を狭めながら一斉に飛びかかろうという構えだ。

 これだけ機械人形が出てくるというのは、正規の訓練を受けたパイロットが乗ってしまえば所詮はファーネンヘルトの騎士団では敵わないということだ。多くの機械人形を破壊することには成功したけれど、そこまでの役割でしかなかった。


「アマタリスなんだから、オグナードより強いのは当然だ!」

「数を揃えればオグナードはやれるはず!」

「豆粒が何体いたところで敵うと思ってんの!?」

「豆粒だって集まれば力なんだよ!」


 さすがにそれだけの機械人形に取り囲まれてしまえば、アマタリスも全部の攻撃を受けることは出来ない。じんわりと額に浮かぶ汗を袖で拭いながらナイタラはコックピットの中で辺りを見回した。逃げられれそうな隙間はすでに塞がれている。


「いち、にィのォ……さん!」


 タイミングを合わせて突っ込んだオグナードたちが、中央で衝突する。


「跳んだあ!?」

「白騎士にやれたんだから、アマタリスだってこのぐらいはなぁ!」


 軽快な動きで宙を舞ったアマタリスが、オグナードたちの遙か背後に着地する。

 白騎士が魔力流掌握(フル・コントロール)でしてみせたように、基本性能を上げたアマタリスなら跳躍して上から逃げるぐらいはしてみせた。もっとも、アマタリスの下半身には相当の負荷がかかるし、ナイタラの血流が偏って二度とやろうなどとは思わない軽業だ。


「そんなアクロバットは、二度もできまい!」

「する必要がないだろ!」


 ナイタラが次の行動まで大きな隙ができる動作を出来たのは、周囲を見た時にそれが目に入ったからだ。


「そう固まっていればこうなってわかるだろうが!」

魔力波溶断(マナ・ブレード)


 白騎士の光の剣が、ごっちゃりと固まったオグナードすべてを切り裂いた。脱出装置が飛び出して、空中でぶつかりあいポップコーンのように弾ける。


「拾った命は大切に」

「救われたのはシズマにだ。サナ・オズマはおぶってもらって!」

「そういう言い方をする暇があれば――右!」

「チェイアァー!」


 サナ姫の言葉に振り向いたが、そこにいたオーギティは一機のオグナードに叩き伏せられていた。


「格納庫を一つは潰しましたぜ、シズマ殿」

「ジグ・アッシュか。やってくれたのはいいが、騎士団は……」

「半分はうまくいきました」


 そういう彼の言葉の端々には、にじみ出る色があった。


「だったら、その怒りは残りへぶつけてくれよ」

「言われなくとも!」


 この勢いでシズマたちは格納庫の三分の二を潰したものの、取り囲む機械人形が増えすぎて安息地というのはなくなってきている。魔力波発生装置(マナ・ストリーマー)こそ多用しなかったものの、形態変化(モードチェンジ)を多用したために魔力変換炉(マナ・コンバーター)への負荷はそれなりにかかっていた。

 撤退戦をすることを考えれば引き際を見極めないと、特攻しただけで終わってしまうことになる。


「サナ姫、まだ持つか?」

「大丈夫……といいたいところですが、本音を言えば厳しい」

「俺もだ」


 前回までの戦いとちがって、エスペルカミュまで自力で移動してきている。その分、事前に負荷がかかっていたのもあった。一度ファーネンヘルトへ帰るまではいかなくとも、どこかで休憩を取る必要はとりたいのが正直なところだろう。


「ナイタラと騎士団はいけるのか?」

「やってはやりましたが、こっちも限界です。操縦慣れしてないせいで随分とやられました」


 騎士長アッシュの駆るオグナードはもはやボロボロだ。動くぐらいはしてくれても、戦闘に耐える状態にはない。

 騎士団が奪った残りの機械人形もそんな有様で、なかには腕が両方とも砕けているものまである。


「あたしが殿(しんがり)をやるよ。トンファーは一つ折れたが、そのぐらいはさせてもらう」

「だったら引き上げるぞ。これだけやっておけば悪くはない!」


 白騎士とアマタリスにオグナードが六機、脱出を図ろうということに気づいたのか、奥のほうの格納庫からは機械人形が押し寄せてくる。白騎士とはまたちがう印象を受ける剣持ち(ソードマン)のアイリキレンや、巨大なハンマーを持ったノットニックなどというものまで持ち出してきた。

 大物としては王室献上級の一つイェブネス・アクオスにまで乗っているのが居る。見た目は装飾重視のパレードアーマーに似ていて装飾華美な騎士といった感じだが、見る人が見ればそれはまったくの別物だ。


「ナイタラはあの派手な奴に手を出すなよ! めちゃくちゃだ、あんなことがあるのか!?」

「どうしたっていうんです。……あれが……あれは……すべてが、魔法具の紋様?」

「デタラメすぎる。装甲の一枚から(ヽヽヽヽヽヽヽ)すべてが魔法具(ヽヽヽヽヽヽヽ)で作られている」

「そんなバカな話が……それが本当なら、アマタリスだって劣るじゃないか!」


 言わば、白騎士とは逆の発想の魔力型機械人形だ。アルリナーヴは駆動エネルギー自体を魔力にしたものだが、イェブネス・アクオスは動力にエーテルを用いながら、外面すべてを魔法具にすることで消耗を少なくしつつ魔力型として性能を高めようとしている。

 魔法具というのは作成自体に魔力を使うものだから、それが機械人形サイズともなればどれだけ使うのかわかったものではない。また破損する度に性能は落ちるし作り直さないといけないのだから、その発想にどれだけの労力と財力を費やしたかしれたものではない。

 動かす時間を確保するためにそれ以外に必要な時間を膨大に増やすというのだから、作成者はほとんど狂人なのではないかとシズマには思われた。


「だからナイタラと騎士団は下がれって! 殿は白騎士がやるしかないだろ!」

「くっ……わかったけれど、まともにやるなよ!」

「誰がやりたいもんか! 俺だってわけのわからないものは相手にしたくない!」

「……悔しいが俺たちではな。シズマ殿には頼みます!」


 ナイタラが先頭になって撤退を始めながら、後ろから押し寄せる機械人形たちを短剣形態で捌いていく。サナ姫が周囲を確認しながらじりじりと下がるが、エスペルカミュ側もこれをやすやすと逃す訳にはいかない。


「白い機械人形たちは閉じ込めろ! 出口を塞ぐんだよ!」

「なんでイェブネス・アクオスが出ているかはわからないが、動くならそれが行くまでは持たせる!」


 大規模魔法を放って牽制しながら、エスペルカミュの兵たちはナイタラや騎士団のオグナードへ向かって距離を詰めつつあった。その後方、紋様騎士が魔力光を纏い始めると、その動きは格段に速くなる。ほとんど味方を押しのけながら、白騎士の方へ駆けていく。


「白騎士ィィィィ――!」

「この声は……タシラ・プマックか! アンタもしつこいんだよ!」

「お前だけは! 許すわけには! いかんのだ!」

「次々と乗り物を変えて、いい加減にはしたない男です!」

「一張羅を見せびらかす白騎士がぁ!」


 イェブネス・アクオスから聞こえてきた声にシズマは舌打ちした。

 三度目の邂逅ともなれば手の内も幾つかは知られている。それだけにアルリナーヴにとってはやりにくいものになるだろう予感があった。

 紋様騎士が腰の鞘から装飾剣を引き抜くと、それが全身のように魔力光を纏う。二機の間にあった機械人形は押し飛ばされて、プマックは上段から騎士の太刀筋で振り下ろした。


「ウォォオオオッ!」

「そうかんたんにやらせると思うな!」


 シズマはそれを左腕の短剣形態で切り合わせた。

 一瞬の拮抗があって、すぐにそれは勝敗を分けた。


「そんな、白騎士が押し負ける!?」


 五指を覆う装甲板にヒビが入り、シズマは慌てて左腕を振り払った。直後、短剣形態を成していた装甲板がパラパラと地面に落ちる。

 大規模魔法でも平気な白騎士であっても、大質量の魔法具相手では無傷とはいかないようだった。


「通る、通るぞ! この剣ならば白騎士は倒せる!」

「調子に乗ってくれて……!」


 タシラ・プマックはふたたび剣を上段に構えながら、モニター越しにアルリナーヴを睨みつけた。




        *




 同時刻、ファーネンヘルト旧鉱山では発掘が日夜問わず発掘が進められていた。

 カンテラで中を照らしながら鍛冶屋の弟子たちが、腕と胴だけを組み上げたアマタリスや半壊のオーギティを使って、ザクザクと地面を掘り進めていく。


「楽なもんですな。こういうものがあれば発掘が捗るんですから、そりゃあ一機出てきたところは何機でも掘り出しましょう」

「そうでさぁね。これじゃあ採掘屋はおまんまの食い上げですわ」


 なにしろ、岩でもなんでも関係なく掘ってしまうのだから。

 そうこうしていると、オーギティの手になにか惚れない硬い感触のものが触れた。


「金属でしょうかね。にしては、硬すぎるような……」


 オーギティの手で掘れないものなら、それはすなわち金属かなにかということになる。これだから分けるのも容易い話だ。

 慎重にオーギティとアマタリスが触れだしたもの掘り出していくと、土のなかからはしっとりと濡れたような色艶の紅いものが見えてきた。


「これは、白騎士の装備……には、見えないが……まさか、機械人形か!?」


 あたりが騒然となって、現場管理者のハパップが上から覗き込んだ。そこにはたしかに、白騎士を思わせる土の汚れひとつない完全な装甲のようなものがあった。


「姫様……には連絡できないのでした。とりあえず、掘り起こしてしまいましょうか」


 ハパップはそう命じて、ドワーフの弟子たちに掘り起こさせはじめた。

 その現場から、余計な土を運び出すひとりの作業員が消えたことは、その騒動の中では気づかれなかった。

 作業員が鉱山を出て物陰に隠れると、鳥に変じて目的地に飛ぶ魔法具を取り出した。それに紅い機械人形のようなものが掘り出されたと記して放つ。

 すぐにその鳥の魔法具を受け取ったエスペルカミュ王は、ゴブレットの赤ワインを飲み干して酒場を出た。


「赫灼剣が出たか。見つけてくれてありがとうよ、ファーネンヘルト」


 ファーネンヘルトの街の酒場に居た男が、鉱山へ向けて歩き出した。




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