表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法使いは機械人形に乗って  作者: 高野十海
第一部 エスペルカミュ編
10/34

09 剣を手にすれば

 大名行列めいた行進が終わり、一同はファーネンヘルト城下町へ辿り着いた。

 白騎士の黒いかさぶたはすっかり剥がれていた。

 その集音マイクは、遠くからでも指差して叫んでいる人々の声を拾っている。

 シズマは音量を調節しながら、帰ってきて安堵を覚えているサナ姫に振り返った。


「どうする。サナ姫は顔を出してアピールするか?」

「民衆はそれで安心するでしょうね」

「白騎士が守護神だものな。それはそうだろう」

「わかりました。すこしの時間を頂きます」


 喉の調子を整えて、彼女は馬で先を進んでいく騎士団に待ったをかけた。

 頭のなかで言葉をまとめると、小さな体から大きな声で演説を始める。


「ファーネンヘルトには機械人形がある! そういう話は知らなかったでしょう。しかしこれは事実です。その証拠をご覧に入れたい!」


 じっと目を見るとシズマは頷いて、コックピットを開け放った。

 位置が高いせいか風が吹いていて、それがサナ姫の髪を踊らせる。

 白騎士の手のひらに彼女を乗せて、宙へ突き出した。

 手のひらに乗ったサナ姫の姿は、民衆にとっても見覚えがあって特別だ。

 それが機械人形から現れ、あまつさえ従えているというのは相当の衝撃だった。

 人々からはどよめきと、喜びの声がぽつぽつと上がり始めた。

 幼姫は首元の拡声の魔法具を起動した。

 演説を求められる王族であるなら必須のものだ。

 民衆の声を制して、鈴のようにどこまでも響く声で語る。


「このように白騎士アルリナーヴはファーネンヘルトのものとなりました。ですがそれは安定したものではありません。機械人形がいくらでも出てくるという土地でないことは、皆さんも知ってご覧の通り。しかしこのように手に入ることは事実。機械人形の時代ではありますが、ファーネンヘルトはその道を歩いていると言いましょう!」


 そこで観衆からの喜びの声が上がった。

 それが静まるまでサナ姫は待ってから言葉を続ける。


「守ってくれることは期待できますが、それは絶対の壁ではありません。国民一人一人が力を出さねばならないのが本当のところです。もう一機の機械人形はファーネンヘルトから出たものではありません。が、こうして協力してくれています。このように手と手を合わせれば、必ずや道は広がるものでしょう!」


『ファーネンヘルトに祝福を! サナ様に祝福を!』


 半ば狂乱したように至るところから声が上がった。

 サナ姫はそれに応えると、演説を締めてコックピットへ戻る。

 関心したようなシズマの顔に眉をひそめながら、彼女はサブ・シートに腰を下ろした。


「もうすこし信頼はあるかと思っていましたが」

「そのつもりはないが……そうなるのか? 本当に王族ってことを実感したよ」

「姫でもありますと言っているでしょう」

「今回ばかりは尊敬するよ」

「いつもしていれば、改める必要もありません」

「ははは、無茶を言ってくれる」

「あなたという人は……」


 呆れながらサナ姫は嘆息した。

 それが彼なりの信頼しているというサインであることがわかっている。

 だから素直でないのは少年らしさの現れだろうともわかる。

 しかし言葉にしてもらえないことは、わかっていようと寂しいものだ。

 大通りは歩くために設計されていない。

 合図を送って、騎士団を先に進めさせた。

 機械人形は城下町の外壁をぐるりと回って、王城へ向かっていく。



「本当のところ、サナ姫はよくやってると思うよ」

「……素直になられても困るものです」

「このガキ」

「淑女と言って下さい」


 こうして気軽なやりとりができるのも、サナ姫にとってはシズマぐらいだった。

 兄姉はライバルでもあって、気を許せる相手ではあるが気は抜けない。

 家族と言うには遠すぎて、他人というには近すぎる。

 それを当然と飲み込んでいるのが彼女の賢く、賢すぎたところだった。

 騎士団は苦労なく王城まで辿り着いた。

 シズマたち機械人形組は、王城裏手から腕を伝って直接、敷地の中庭へ降りた。

 これでは防衛もなにもあったものではないのだが、これが機械人形の支配する時代だ。

 警備兵たちは空から来るサナ姫たちに目を丸くした。

 だがその警戒は、エスペルカミュの意匠を纏うナイタラへ向けられた。


「下がってよろしい。ナイタラ・エーンはファーネンヘルトへ協力してくれたものです。刃を向ける人ではありません」

「はっ!」


 返事をして警備兵たちは下がり、ナイタラへ向かって一礼をした。

 それを手を上げて制して、サナ姫の斜め後ろに着く。


「いい。見ての通りだ、もてなされる人間ではない」

「はっ!」

「予定ではこのまま謁見となりますが、着替えたほうがいいでしょう。部屋を用意させます。シズマ・ヨナとナイタラ・エーンを案内しなさい」

「かしこまりました。シズマ様とナイタラ様は侍女が付きます。それについていって下さい」


 ぺこりと頭を下げる侍女二人は、ぱっと見どちらもよく似ていてた。

 双子かと思われたが、わずかにナイタラ付きのが人を先導する気配が強い。

 

「シズマ・ヨナ様はこちらへどうぞ」

「ナイタラ・エーン様はこちらへどうぞ」


 シズマは妹らしき方へついていった。

 中庭からぐるりと回るように廊下を通る。

 案内された部屋はハパップ邸と比べても上等で、クローゼットを見てもまるでちがう。

 これほどまでに豪華な部屋だと、庶民出の彼には落ち着かなかった。


「案内どうも。着替えといっても合うものがあるか?」

「ファーネンヘルトの正装は男女ともにローブとなっています。同じくらいの年頃のものをお借りしてきましょう。色はなにがよろしいでしょうか」

「底抜けに明るいような色のものはやめてくれ。君の見立てでいい」

「かしこまりました。それではお持ち致しますのでくつろいでお待ち下さい」


 また頭を下げて、妹侍女は出ていった。


「くつろいでってもなあ」


 部屋を見回して、シズマはなにをどうしていいものかと考えた。

 一人か二人用の小さなテーブルには水壜とグラスが二つ置いてある。

 植物で編まれた籠には、フルーツがいくつか入っていた。

 彼はもこもとしたコンバットジャケットを脱ぎながら、グラスに水を注いだ。

 一息で飲み干すと、小ぶりのリンゴを手にとってしゃくしゃく齧った。


「酸っぱ……いけど、うまいや。さすがは城のリンゴ」


 そのまま齧って芯だけになったのをぶら下げていると、妹侍女がもどってきた。

 白騎士に合わせたのか、白を基調としたローブを手に取っている。

 赤色で引き締めていて、地味ではないが派手すぎるということもない。


「おまたせいたしました。……リンゴの芯は、あとで捨てておきますので……」

「助かる。頭からすっぽりかぶればいいか?」

「そちらの方も手伝わせていただきます。……上着と下穿きは脱がないでよろしいかと」

「そうなの?」


 上着のボタンに手をかけたあたりで声を掛けられ、シズマはそのまま手をおろした。

 正面から妹侍女がやってきて、彼の頭からローブをかぶせる。


「ローブの下が裸ということはありません」


 それから袖を通させて腰帯を止めると、すっかり魔法使いかという恰好になった。

 機械人形以前は魔法文明であって、ローブが重要視されるのはおかしくない。


「こいつは付け髭でもして、木の杖でも持ったほうがさまになりそうだが」

「そういった恰好は大人の方がすることです」

「あ、やっぱりするのね」

「お若い方はそれなりのやり方がありますでしょ」

「メイクでもしなきゃ顔と合わないか」


 素直に妹侍女に従って、シズマは若い魔法使いの恰好をした。

 謁見のために客室から出ると、ナイタラもちょうど出てくるところだった。

 赤い髪をローブに収めた姿は、どうみても跳ねっ返りの見習いといったところだ。


「……なかなかのお手前で」

「お世辞などいるものか! 似合ってないってことはあたしがわかってる!」

「ナイタラはローブより騎士の姿のが似合うもんな」

「ほ、褒めるな。人が見ているだろ!」


 ほんのり顔を染める姿を見て、姉侍女が微笑ましそうに口元に手を当てた。

 ほとんど同世代に見える女から見ても、ナイタラの仕草は小型犬がキャンキャンと騒いでいるかのようだ。


「人前じゃなきゃいいのか」

「よくない!」

「どうしろって言うんだ……」

「どうもするな! シズマ・ヨナは近寄りすぎる!」


 やっぱりナイタラは苦手だと思いつつ、彼は謁見のために階段下へと連れてこられた。

 しかし彼女に元気が出てよかったと、純粋に思っている

 サナ姫も正装に着替えていた。

 シズマたちの簡素なローブとは、格の違う豪奢なものに身を包んでいる。


「へえ、見違えた」

「ここはわたしの領域ですから。傅いても許します」

「サナ姫より小さくならなくちゃいけないのは大変だ」

「なら這いつくばってよろしい」

「そいつはごめんだね」


 軽口を叩き合うサナ姫を目の前にして、姉妹侍女は眼を丸くした。

 こうした姿はなかなかお目にかからない。

 ましてや姫だと知っているのに、態度を改めない不届き者にも驚愕している。


「シズマ・ヨナはこうしたものです。もはや諦めました。私的の場では許しますが、公的の場では控えるように」


 前半はその場に居る城の労働者たちへ、後半はシズマへ向かって述べる。


「それぐらいのことは弁えている。ボロが出たらそれは大目に見てくれ」

「わたしの権限において、首が半分飛ぶぐらいのことですませましょう」

「それなら安心……できるか!」

「そろそろ謁見だが!」


 騒がしすぎたのもあり、たっぷりと髭の生えた老人に叱られてシズマは謝った。


「どうしてあたしまで怒られるんだ……シズマ・ヨナは黙れよ」

「そうする」

「なるべくなら謁見中もしゃべらないほうがいいでしょう」

「それも、そうする」

「謁見だと言っている!」


 二度怒られて、ようやくシズマたちは王の控える間まで進むことを許された。

 立派な玉座に座る王は、威厳たっぷりという様子ではない。

 サナ姫の源流というのも頷けるほど背が小さかった。

 かといって幼いわけではなく、源流だけに一目で聡そうだと見てとれる。

 瞳はキラキラと輝いて肌艶も良く、健康状態は良好そうだ。

 ヒゲこそ生やしているが、貫禄はやや足りない。

 総じて、不思議な雰囲気のある人物だった。

 シズマとナイタラは、片膝を着いて面を上げずに赤い絨毯のみを見る。

 サナ姫が筆頭して口を開いた。


「お父様、ただいま帰りました」

「うん。おかえり、サナ。それで彼らは……」

「はい。白いのがシズマ・ヨナ。赤いローブがナイタラ・エーンです」

「そうか。彼が白騎士アルリナーヴの……顔を見せてもらおう」

「はっ。存分に」


 シズマが顔を上げると、ファーネンヘルト王はにこやかにその表情を見た。

 自分を覗かれている感覚に、どこか薄ら寒く背筋にピリピリと電流が走る。

 間違いなくサナ姫の親であることを確信して、口が急速に乾いていく。


「なかなかおもしろい顔立ちをしている。移民か」

「はい。しかし今はファーネンヘルトに腰を据えているものです」


 世辞を言うシズマに対して、王は片腕を上げて制した。

 それに頷いて、ある程度は本当のことを言うつもりにもなった。


「よい。それはいままでのことを聞いてわかる。サナ姫を守ってくれたのだろう」

「結果的にはそうなりました。が、騎士をやっていたつもりはございません」

「それはそうだろう。選定もされていないのだから。しかし役目は果たした。それは評価するものだ」

「ありがたく名誉は頂戴します」

「うむ。それではそちらの方も顔を見せてもらおう」

「はっ」


 ナイタラが顔を上げた。

 赤い髪と翠の瞳を見て目を細め、ファーネンヘルト王はわずかに頷いた。


「エスペルカミュのものと聞いている。西のものであろうか」

「はい。父と母が西の方におりました」


 彼女は驚いて眉が上がるのを抑えきれなかった。

 他国の領土の、しかも地方人の特徴を覚えているとまでは思わなかったからだ。


「その特徴がよく出ている。この度はよくぞ力を貸してくれた。そなたにしてみれば無念ではあったろうが、こちらとしては喜ばしく思っている」

「……それは、はい」


 何度言われてもそれは彼女にとっては屈辱だった。

 必死に飲み下しながら、鋭く細まる眼を抑えられない。


「無理に頷けとは言わぬ。望むのなら君ともう一人の捕虜の返還を交渉のカードにするものだが、どうか」

「……あたしの居場所はあると思いますか?」

「オーギティという機械人形で格上を二機も抑えたのであろう。そのような優秀なパイロットを六人も失った今であれば、喉から手が出よう」


 シズマとナイタラでは答えもでなかったことを、王はあっさりと応えてみせた。

 それが多少、都合の良い解釈だとしても、決してまるきりの嘘ではない。


「……ならば、エスペルカミュ王が好意的だとファーネンヘルト王が思われた時は、そうお願いしたく存じます」

「うむ。その通りに。それではサナ。白い機械人形――アルリナーヴと言ったか。その報告を」

「はい」


 そういってサナ姫は一歩前へ出た。

 シズマとナイタラはどこを見ていいかわからず、王の近くで下を向けと合図を送っている宰相を見て、その通りに従った。

 しばらく彼にとっては知っていることのおさらいが続いた。

 王はサナ姫の言葉に一つ一つ頷きながら、瞳をキラキラ好奇心に輝かせていく。


「報告ご苦労。大したものであることはよくわかった。これが交渉において切れる最大のカードであることは明らかだな。サナはよくもやってくれた」

「はい。お手伝いになれば幸いです」

「お手伝いなどというものではない。十分な働きを見せてくれた。父として、王として感謝しよう」

「……はい」


 サナ姫の顔を二人は見なかったが、声色だけでとても喜んでいることがわかった。

 そういう子供らしいことがあることに安堵しながら、シズマは残りの謁見の時間を絨毯の柔らかさだけを感じて終わった。




 三日後、エスペルカミュからファーネンヘルトへ向けて、一つの通達があった。

 それは決して交渉しようなどという物腰ではなかった。

 たった一つの冷徹な事実が、ファーネンヘルト中に衝撃を走らせた。


 ――宣戦布告である。




        *




「国王、よろしいので?」

「ああ。ルギットたちはもったいなかったが、確信ができた。『剣』ならば間違いはない」


 カンバレルの言葉を受けて、背もたれに預けていた体を起こす。

 エスペルカミュ王は、くあっとあくびをして従者に飲み物を頼んだ。


「しかしあのような国へ向けて戦争を仕掛けるというのは……」

「あのような国だからだ。いま動かずして時を待てば、飲み込まれるのはこちらになりかねん」

「それほどまでに危険ですか……」


 カンバレルは痛む胃をさすりながら、浮いた脂汗をハンカチで拭う。

 そうしていなければ襟元はびっちょりと濡れそぼっていただろう。


「アマタリスを七機やってくれただろ。こちらもそのつもりでいかねばならん」

「……純白剣を手に入れるのですね」

「ああ。あの土地が必要だ」

「土地……ですか?」


 純白剣アルリナーヴが強力な機体人形であることは、カンバレルにも理解できた。

 だが、それが出てきた土地を欲しがるというのはわからない。

 従者が赤いワインを注いだゴブレットを持ってきて、王は水のように飲み干した。


「純白剣の最後は古文書(データベース)に記されていた。機械人形たちの冬がきたのは、二機の機械人形の争いの余波であると」

「……では、もう片割れも眠っていると……?」

「俺はそう考える」


 エスペルカミュ王はすべてを噛み砕かんばかりに歯を剥いて笑った。


「もう一振りの『赫灼剣』も我が手にするのだ」


 ワインのせいか、赤い呼気が王から放たれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ