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魔法使いは機械人形に乗って  作者: 高野十海
第一部 エスペルカミュ編
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00 魔法の世界に喚ばれて

 与那静馬(ヨナ・シズマ)の手が炎に包まれた。


「ぐおぉぉ!?」


 ごろごろと転がって地面に叩きつけ、火が消えればそこにはわずかに赤く火膨れした右腕がある。

 それを見たギモン・ナンダは呆れて物が言えなくなり、ナイフで裂いて水を抜いてやった。魔法で氷片を生み出し、その腕にぴったりと押し付ける。


「あ、ぐぅ……! あ、ありが、とう」

「初めて魔法を使ったにしては上出来っちゃ上出来だけどさ。それって才能っていうのかよ?」

「使えたってことは、才能があるってことだろ?」

「使いこなせてないってことは、センスはまだってことだよ」

「だったらすぐに身につけるさ」


 脂汗を額に浮かべながら笑う黒髪茶目の少年を見て、ギモンは肩を竦めた。

 日に灼けていない白い肌と、彫りの浅いのっぺりとした顔からは想像もつかない根性だけは、大したものだと思うが、その無茶はしなくてもいいものだ。もっと記述と紋様を勉強すれば、失敗する確率は格段に低くなる。

 生まれてから育つ間に魔法を教えてもらう現地人からすればそういう感覚だが、シズマからすればそれはまったく異なる。

 未知の力を使えるという高揚感は、普段ならばブレーキをかけるところを、アクセルベタ踏みさせていた。

 もともと好奇心の強い性格ではあったが、魔法の世界という環境に晒されて異様な気分になっているというのもあっただろう。


「だいたい、いまは魔法なんて流行らないぜ。いまじゃ、魔法の源(エーテル)だって少なくなってるんだ」

「それは……残念だけど、魔法が使えないってわけじゃないだろ」

「そりゃそうさ。でも、それだけじゃないんだぜ……そら、見なよ」


 そう言ってギモンは遠くの方からくるものを指差した。

 ズシン、と地面を揺らしながらやってくるのは、想像を超えて巨大なものだ。

 数階建てのビルにも匹敵する巨大なものが、近づいてくるのがわかった。

 シズマはあんぐりと口を開けて、それがなんなのかを知った。


「ろ、ロボット?」

「機械人形だよ。あんなものを前に、魔法なんて大した力じゃないってことはわかるだろ」

「ぐ……む……」


 その質量を見れば、誰にだって理解できる。

 どんなに大きな岩を作り出しても、機械人形がちょっと脚を踏み出せばそれは石ころのように吹き飛ばされるだろう。

 人から見れば海のような炎だって、その腰までだって届かない。

 間近で見れば、戦うなんて意思が湧いてこないぐらいには、シズマにだってわかった。


「だから魔法で戦おうなんて馬鹿なことはやめろよ。生活に役立つちょっとしたことでいいんだからさ」

「……たしかに、ギモンの言ってることは正しい。魔法は戦うためのものじゃない」

「そりゃあそうだろ。騎士団じゃいまでも魔法のセンスが上等じゃなけりゃ入れないなんていうけど、時代遅れだね」


 フン、と鼻で笑うギモンに、しかしシズマは同調しなかった。


「けど、魔法は極める。生活に役立つならその方向でいい。俺はその道を行く」

「シズマも強情だな。まあいいさ。魔法を教えれば金はもらえるんだろ?」

「ああ。金ぐらいなんとでも稼いでやるさ」


 魔法を使える。

 たったそれだけのことが嬉しいと、魔法のある世界で生まれたギモンにはわからないだろう。

 魔法のない世界で生まれたシズマだから、こうまで熱中できるのだ。

 痛みを噛み殺し、魔法という技術を手にして彼は笑った。




 なんでもできたといったら嘘になるけれど、大抵のことは与那静馬にとって難しくなかった。

 スポーツに手を出せばすこしの時間で上達し、絵や歌や生活のちょっとしたことだって、あっという間にコツを掴んでしまう。

 もちろん努力はしている。しているが、効率が人とまるで違った。

 十の努力をすれば、大抵の人はそのうちの半分かもうすこし身につけばいい方だろう。

 しかし静馬はそれで倍かそれ以上に覚えてしまう。

 やればやるだけ吸収するスポンジのような学習力は、周囲の人間からすれば脅威に他ならない。

 小さな頃はそれでよかったが、中学生にもなればそれは妬みの対象になる。

 自然と、静馬の物事に対する情熱が冷めていくまで、時間はかからなかった。

 すべてに灰色を混ぜたように、彼の世界は色褪せていった。


 行き場を失った彼の行動力が、次第に迷走していったことも不思議はないだろう。

 できないことを見つけて、それをクリアするというのが彼の趣味になった。

 いつしか家中のものからできないことがなくなると、静馬は外へ出かけるようになった。


 探して、探して、片っ端から試しては、いままでに覚えたことの応用で出来てしまうようになるまで、時間はかからなかった。

 その内に、絶対に不可能だと思えることに挑戦しはじめた。

 魔法や超能力、宇宙人というオカルトに傾倒していったことは、孤立していた彼をさらに孤立させていくことになった。

 法律を破るギリギリの手段にまで手を染めた彼の前に、ありえないことが起こった。

 オカルト雑誌に『魔法が使いたいなら連絡下さい』という記事が載って、静馬はそれに手紙を送った。

 その返信が来ていた。

 格式張った蝋封がしてあり、人前では開かないで下さいと注意書きがあった。


 静馬は部屋で封を開くと、途端、ありえないような光が部屋を満たした。


「……なんだ、こりゃ。……ひょっとしてホンモノなのか? そんなことがあるのか!?」


 光量はどんどん強まり、やがて目も開けられないぐらいになると、彼のまぶたを貫通した。

 脳に痛みさえ覚える光に溺れて、静馬はいつしか気を失っていた。


 次に目覚めた時、光に灼けた彼の目が映し出したのは、自室ではなくどこかの街の一角だった。

 空は薄暗く、やがて赤く燃えて炭が広がるころになると、彼らの内、一人の男が掌にどこからともなく光を生み出した。

 煌々と照らすくせにふよふよと頼りなく揺れて、ロウソクのようにやわらかいのにLED電球のようにはっきりとしている。


「……魔法が、ある?」


 マッチも持っていないのに、パイプに指先で火をつける男を目撃して、静馬の胸中に歓喜が溢れた。

 着の身着のまま、一文だって持っていないことさえも気にならないほどに。

 彼の色褪せた世界が色を取りもどした瞬間、眠っていた情熱が吹き上がった。




 それから彼がギモン・ナンダと出会い、魔法を覚え始めてから一年とすこし。

 世界がまた動き出すことになる。

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